カレンダーをめくる

二度寝して昼頃に起きてくると外がひどく騒がしくて、道路を挟んで向かい側にある小学校から子供の歓声や大人の応援の声が、大きなざわめきとなって聞こえてくるのだった。次は、徒競走です、という声と聴き馴染みのある「ギャロップ」が流れて、ピストルの音が青い空に吸い込まれていった。夫はテレビゲームをしながら流れ聞こえてくる曲に合わせて鼻歌を歌う。びっくりするほど夏の気色が動いている。洗濯物を干しながら鼻のあたまに汗をかいてしまった。暑いのは嫌いでイライラしていると、夫がよしよし、と扇風機を向けてくれた。
アパート周りの白いコンクリートがまぶしく光っていた。夏はそんなに好きじゃない。

昼から車のディーラーに行って、新車を決めてきた。中古車と迷ったりもしたが、迷い始めると面倒くさくなるのであまり迷わなかった。営業の男性は、五年働いているがまだ売ったことがないといって頭を下げる。笑うと目が山なりになって、目じりにしわがたまる男だった。愛嬌があるようにも思えたが、顎のところに髭の剃りのこしがあったのでちょっと不潔にも思えた。商談中はもうずっとそこばかり気になってしまって、オプション一つに悩む夫の横で、どうしてそこの部分だけが伸びるのだろう、と悩んでいたけれど私に髭は生えないのでその謎は解けない。
お金使っちゃったねえ、と夫は言うが、私は結婚式をしたり新婚旅行に行ったり新居用に新しく家具を買ったり車を買ったりするほどは、ちゃんとお金を稼いだのだな、と思えるからちょっと嬉しいよ、と答えたら、そうかなあ、と、夫は不思議そうに答えた。そりゃお金があるに越したことはないけど、というと、お金ほしいね、と、彼は笑った。

夕方になっても気温は下がらず、むしむしとしている。空はうっすら明るいようにも感じていて、夏の空は昼でも夜でもどこか軽薄そうに思える。和紙を何枚も重ねたような色だ。海岸側に工場があって年がら年中稼働しているから、事実海岸側は明るく見える。全部、夏の訪れを教えているのだった

夏になるのに、衣替えはまだしていないし、寝汗をかくからシーツはこまめに洗わないといけないし、風呂場のカビ予防はまともにやってない。掃除もしないと埃や髪の毛はやっぱい落ちていく。でも、仕事から帰ってきてやれることは限られていて、でも、やらないと、得体のしれないなにかに埋もれてしまいそうだ。全部が全部面倒くさいけれど、やらないと生活がままならない。別にやらなくてもいいけど、やらないと、私の生活はままならないのだ。仕事で未だによくわからない端数調整に時間を割くだけではなく、風呂場のカビとの格闘にも時間を割かねば、私の生活はままならないことに、ちょっとげっそりする。
昔はもっと、もっと、いろんなことを考えて生きていけると思っていた。いろんなことって、具体的には挙げられない。挙げられないけど、少なくとも毎日生活してるのに生活に追われるようなことは想定していなかったと思う。誰かに比べたらぜったいに負けるのもわかっていて、でも、文章を書くことも好きだし、小説を読むことも好きだし、映画を見ることだって好きだし、漫画を読むのも好きだし、絵をかくのも好きだし、出かけるのだって好きだし、誰かと話すのだって好きだ。好きだし、昔はそういうことについてよく考えたりもしていた。でも、今、私が営む生活にそういう余地はない。逆にどんな生活を送っているのかわからないぐらい、生活に追われているのかもしれない。でも、私は生活を送っているので、やっぱり生活に追われているのはおかしい。ずっと、堂々巡りをしてしまう。

家に帰ってきて、夫がカレンダーをめくった。会社の取引先が持ってきたシンプルすぎるカレンダーだけどなかなか重宝している。
先月一か月、げっそりしながら重ねた日々はカレンダーをめくるとあっという間にリセットされる。毎日の連続が一週間一か月半年と続いて一年になるのに、カレンダーをめくるとまた一から始まるように思える。
また、毎日の積み重ね。また、生活を営む。たまには今日みたいな日もあったり、必要以上にげっそりして、絶望に打ちのめされる日も来る。

いろんなことが堂々巡りをしているうちに、カレンダーがどうせまた一枚めくられるのだなあ、と思うと、むしろおかしみと感慨が同時にやってくるようだった。
それに案外、カレンダーをばりばりとめくって剥がす音は、好きだから。

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みなもとはなえ

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自分へ送る日々の備忘録(その2)
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