足がない

階段を下りるのが苦手だ。手すりがないと怖い。階段の真ん中を下りることが難しい。駅のホームへ上がる階段とか、下りる階段とか、そういうものがめっきりだめだ。先日、友人と小旅行に出かけたときも、颯爽と列の先頭を歩いていた私だったが、階段が出てくるとずるずる最後尾に回り、一段一段確かめるように下りた。スニーカーでも怖い。踏み外しそうだ、と、頭が思うよりも先に体がこわばってしまう。踏み外しそうだ、と、思わなければいいのだ、そんな歩き始めた子どもでもあるいし、と、気にしない風を装ってリズムをつけて少し早足で下りる、と、大体踏み外しそうになって心臓がひっくり返る。

きっかけは自分でも心あたりがある。大学時代、5cmヒールのパンプスを履いて階段を下りていたときに、友人との会話に夢中になって踏み外したことがある。大体15段ほどのある階段の中ほどで踏み外し、あっと友達が叫んだときには私はがたがたと変な形で滑って行った。幸い、若かったからか滑り落ちながらも足が階段を下りていく形になって、頭は打たず、また、階下から上がっていた中国人男性に手を摑まえられ、左のすねを強打したのだが、それ以外で特にけがはなかった。とはいえ、すねが痛すぎて、大学から家へ自転車をこぐのも歩くのも大変で、1週間ほど腫れていた(病院には行っていない)。

それ以来、足が治ってもどうも左足の下りる感覚だけどこかおかしくて、下り階段には必要以上に構えてしまう。長い階段なんか見ると、高所恐怖症も相まって足がすくむ。今日も、職場の階段を、3階から1階に下りて行ったのだけど、不意に「あ、左足がない」という意味不明な感覚がよぎり、階段の中段で不器用に立ち止まったりした。そんな私を見て、人は歩き方がペンギンみたいだとか、かわいいとかいうけれど、こちらは結構かわいくない問題だ。だって足がないような気がするのだ。左足に重心をかけることが怖い。階段を下りるのが怖い。

これは将来的に恐怖症なんかにつながるのではないかと思い、インターネットで「階段を下りる 恐怖症」と検索したら、運動不足が招くとかいう結果がでてきた。クソッタレ、とつぶやいて私は携帯を放り投げる。