災いとクローバー

(第二回SS合評参加作品)

 四年ぶりに訪れる故郷は、記憶の中とそれほど異なってはいなかった。山を切り開いて造られた人口一万人程度の新興住宅地。幼い日の僕にとって「世界のすべて」だった町。思春期の僕にとって退屈の閉塞の象徴だった町。考えてみれば僕はずっとこの町を出て行くことばかり考えていた。この盆地を囲む山の向こうのどこかに自分の本当の居場所があると信じていた。結局それは素朴なロマンティシズムに過ぎなかったのだが、とにかく僕は両親をこの町に残し、遠く離れた土地で暮らしている。ここは大人になった僕に選んで貰えなかった町だ。

 この町を出てからというもの、冴えない日々の中で僕は長い間燻り続けてきた。それでも故郷に帰って暮らしたいという気持ちはなかった。僕の旧友たちの中には、この町で暮らすことを選んだ者たちがいる。彼らとどのように接すればよいのか、今でもわからない。僕がこの町を選ばなかったことだけが理由ではない。正直に言えば、彼らに失望されるのが怖かったのだ。盆や正月や法事など、この町に帰る用事ができた時にはひっそりとこの町を訪れ、人目を避けて過ごし、逃げるように帰ったものだった。そんな肩身の狭い帰郷も、ある日を最後にぷっつりと途絶えた。

 僕は両親の運転する車の窓から故郷の風景を眺める。隣には五歳になる長男が座っている。目に映る野山や農地や住宅の姿は、以前と変わらぬ平穏なものに見える。それが一度失われ、取り戻されたものであることを、僕は知っていた。

 僕らを載せた車は住宅地を囲む農地をぬって走る。父が窓の外を指さした。農地の片隅に緑のビニールシートに覆われた何かがある。高さ一メートル、面積四メートル四方ほどの塊。一箇所だけではない。見渡せば、道沿いの農地のところどころに同じようなビニールシートが点在していた。父の言葉によって僕はその中身を知った。かつてこの町に降り注いだ災いだった。

 僕が遠く離れた土地で父親になって間もない頃、この町には目に見えない災いが降り注いだ。災いの名を放射性物質という。この町の人たちは、災いの降り積もった表土を何度も削り取って暮らしを守ろうとした。集めた表土の仮置き場を周辺の何軒かの農家が提供してくれた。それがビニールシートの正体だ。集められた表土を最終的にどこへ運ぶのか、まだ決まってはいない。

 車は住宅地の入り口に差し掛かった。傍らの空き地には何台もの除染車が待機している。フォークリフトに似た形状で、上部にオレンジ系の回転灯が付いている小型の車両。まだ役割を終えていないのだろうか。除染車たちが回転灯を点滅させて慌ただしく出動する光景を思い浮かべたら、心がざわめくのを感じた。

 この町に災いが降り注ぐことがわかった時、僕は両親にこの町を捨てて別の土地に住むように薦めた。メディアの流す情報は混乱していた。国や電力会社の情報も信用できなかった。誰も正確な情報を知らないように見えた。僕の提案は最悪のケースを想定してのものだった。しかし両親は住み慣れた土地で慣れ親しんだ人たちと過ごすことを選んだ。僕が特に恐れたのは放射線の子供への影響だった。そこで孫の顔を見せる時は僕が帰郷するのではなく、両親が僕の家を訪れるということになった。そのルールは四年たった今に至るまで何となく続いてしまい、僕はずっと息子に故郷を見せたことがなかった。先週、息子を連れて帰ると伝えた時、電話越しに聞こえる母の声は喜びに弾んでいた。

 ここに来る前に息子には帰郷の理由を話した。君が一歳の時に大きな地震があったこと。お爺ちゃんとお祖母ちゃんの住む県には、大きな電気を作る建物があって地震で壊れてしまったこと。その建物から沢山の毒が飛び出して空から降ってきたので、お掃除をする必要があったこと。お父さんは毒が怖くて君を連れて行けなかったけれど、もうお掃除も済んだから大丈夫だよ、と。息子は一生懸命に話を理解しようとしていた。でも正直に言えば僕を帰郷から遠ざけたのはそればかりが理由ではない。やはり根底にあるのは故郷への後ろめたさだった。その事実はますます僕を後ろめたい気持ちにさせた。

 両親の家の手前にある公園に車を停めた。僕が7歳の頃に出来た公園。出来た時は広いグラウンドと真新しい遊具が誇らしかった。この町に公園は数あれど、ローラー滑り台がある公園はここだけだった。しかし、今はすべての遊具に立入禁止テープが巻かれ、遊ぶことはできない。公園の片隅には線量計が設置され、オレンジ色のデジタル数字が僅かに増減を繰り返していた。

 遊具が使えないので、長男をグラウンドで遊ばせる。町内会のソフトボールの練習に使ったグラウンドだ。僕は日曜朝のソフトボールの練習が嫌いだった。アニメや特撮番組が視れなくなるから。記憶の中では乾いた土の味気ないグラウンドだったが、今は青々とした芝生に覆われている。かなり新しい芝生だ。長男ははしゃいで母と鬼ごっこをしている。他にも数組の親子の姿がある。この芝生の下にも汚染された土が埋まっている、と父が教えてくれた。町内会でグラウンドを掘り起こし、行き場のない汚れた土を埋めたのだそうだ。このグラウンドがそんなふうに使われることになるなんて、子供の頃は予想もできなかった。

 グラウンドの脇の道路をこちらへ、ゆっくりゆっくりベビーカーを押して歩いてくる女性の姿が見えた。背中にもう一人幼児を背負っている。「あ、Cちゃんね」という母の言葉を聞くまで気付かなかった。僕の同級生だった女の子の三歳下の妹。いつもお姉ちゃんの後ろをついてまわっていた小学校低学年の頃の姿が思い出される。でも現実の彼女は三十代の立派なお母さんになっていた。毎日この時間になるとベビーカーを押してこのあたりを散歩しているのだと母は話す。Cちゃんと両親は慣れた調子で挨拶を交わした。その後ろで僕は「お久しぶりです」などと余所余所しい言葉を発して軽く頭を下げた。Cちゃんも軽く笑顔で頭を下げ、二人の子供といっしょにゆっくりゆっくり遠ざかっていった。それだけの出来事。もっと親しげな言葉をかければよかったのかもしれない。素直に再会を喜び、少しばかりお互いの話をしてみたい気持ちもあった。でも僕の捨てた町に留まり、降り注ぐ災いの下で子供を育ててきた彼女と、どんな言葉を交わせばよいのかわからなかった。僕はゆっくり遠ざかる彼女の姿を見送った。

 グラウンドの傍らにはシロツメクサが沢山茂っていて、子供たちの一団が身をかがめて熱心に草をより分けている。「四つ葉のクローバー見つかった?」母が声を掛ける。僕もよくこの公園で四つ葉のクローバーを探したものだった。四つ葉は乏しい日光を補うためにできるのだそうだ。従って日陰に多く見つかる。「見つけたよ。ほら。あげる」一人の小学生が腰を上げて、僕と母親に四つ葉を差し出してきた。「でも悪いよ。せっかく君が見つけたんでしょ」僕は遠慮の言葉を口にする。「大丈夫だよ。まだまだいっぱい持ってるし」その子は笑ってもう片方の手を突き出す。そこには数えきれないほどの四つ葉のクローバーが誇らしげに並んでいた。僕たちはクローバーを受け取って家に帰った。長男は遊具で遊べなかったことに不満を漏らす。来月には新しい遊具が設置されると父が教えてくれた。まもなくあの子供たちは真新しい遊具で誇らしく遊ぶことだろう。

 結局、故郷には二泊した。両親は息子に家の中を案内し、僕が使っていた部屋を見せたり僕が好きだった絵本や玩具やそれにまつわる思い出話を聞かせたりした。父は最近習い始めたというギターを披露し、母は合唱やフラダンスなど地域の文化活動に参加したビデオを見せてくれた。最近出来たという高級な回転寿司を食べに行ったり山のキャンプ場でバーベキューをしたり釣り堀でイワナを釣って塩焼きにしたりした。長男はすっかり気に入ったようで、一部の心ない人たちが忌避するこの土地の名を、まるで楽園を思い浮かべるかのように口にした。

 「また来ようね」帰りの新幹線の中で息子に言われた僕は「うん。また来よう。君に見せたい綺麗な場所や楽しい場所ががまだまだいっぱいあるよ」と答えた。僕が好きだったものの全てを伝えるには、何度も何度もこの土地に足を運ばなければならないだろう。僕の手元の文庫本には、四つ葉のクローバーの押し葉が栞代わりに挟まっている。かつて僕が遊んだ場所は災いを飲み込んで今も在り、そこで遊ぶ子供たちは僕に贈り物をくれた。この四つ葉には「幸運」よりも「希望」の言葉が相応しい。


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ろす

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