ロストハウス

まるで詩や小説のようにも見えますが、詩や小説にはなっていない何かの断片をあつめて行きま…

ロストハウス

まるで詩や小説のようにも見えますが、詩や小説にはなっていない何かの断片をあつめて行きます。

最近の記事

劇場 第三稿

 劇場の観客席にはさまざまな人種が集まっていましたが、その日はなかでも注連縄人たちの姿が目立ちました。  彼らはそのねじれた手足を地球製の小さな椅子に押し込めて、同郷のスターであるアケミさんの出番が来るのを礼儀正しく待っていました。  劇場には地球人の姿がほとんどありません。ほとんどの地球人は、その頃すでに内地へ引き揚げてしまっていたからです。もともとは地球人の手によって建てられた劇場なのに、その頃には異星人たちによる異星人向けの演目ばかりが舞台の上にかけられていました。  

    • 劇場 第二稿

       劇場の観客席にはさまざまな人種が集っていたが、その日はなかでも注連縄人たちの姿が目立った。  彼らはねじれた手足を地球製の小さな椅子に押し込めて、同郷のスターであるアケミさんの出番が来るのを礼儀正しく待っていた。  その頃になると劇場の客席に地球人の姿を見かけることは滅多になかった。ほとんどの地球人は、すでに内地へ引き揚げてしまっていたからだ。もともとは地球人の手によって建てられた劇場なのに、その頃には異星人たちによる異星人向けの演目ばかりが舞台の上にかけられていた。  ぼ

      • 劇場

         開演時刻の十六時が迫ると、劇場にはあらゆる人種が集まってくる。しかし地球の人間は、このなかでおそらく私ひとりだった。  敗戦が決定的になってから、地球人はほぼすべて内地に引き揚げてしまった。むかしは地球人による、地球人向けのプログラムを上演していたこの劇場も、いまは注連縄人が興行を仕切っている。  客席は注連縄人や箒人の団体で満席だ。以前は劇場の客の大半は地球人だったから、異星人たちは隅の席で固まっていじけていたのを見たことがある。この星に地球人がやってきた際、我々は「種族

        • 入口

           女のような顔をしたその男の睫毛は長く、指は短い。  男はその短い指で、ケースから器用に煙草を取り出して火を着ける。  男の指は十本とも、第一関節から先を切り取られている。  爪のない指が卑猥に動く。そして私は男の爪がなぜないのかを知っている。  私の視線に気付いた男が、はにかみながら私につぶやく。  「この前ついに陰茎の先っぽも持ってかれちまいました」  髭のない男の白い顔に、紫色の切り傷の痕が無数に走っている。  「そろそろあきらめたほうが良いんじゃないのか。執着する気持

          国防軍パブ

           待ち合わせに指定された場所は、池袋の国防軍パブだった。  新宿の軍パブには何度か行ったことがあるが、池袋のその店は初めてだ。  東京の中に入れ子状に存在する地方都市。田舎者しか居ない街、池袋。俺は池袋が大嫌いなので、あまり近寄らないようにしているのだ。しかし大切な取引なのだから好き嫌いは言っていられない。相変わらず下品で醜い池袋の駅前から路地を通り抜け、俺は店へと向けて足を急がせる。  店内には巨大な日の丸、旭日旗、インターネットで人気の国防大臣のポスター等がところ狭しと貼

          ドリームハイツ(15)

           再帰するサスペンス。これは神話である。人物は皆ひかりを浴びて佇んでいて、ねこは炬燵でまるくなる。大通りには黄色いくるましか走れない。下水道の安寧秩序。律法は忘れ去られ、駄洒落だけが流行る世間の荒波を、いまひとりの聖者が正義を求めて歩みを進める。  縮れた頭髪は禿げ上がり、頬は白い無精髭にまみれ、身体には古布を巻き付けただけで裸足の足下。いかにも聖者然としたその姿かたちはまるでコスプレ。しかし予断は禁物である。彼こそは本物の聖者であり、厳格な求道者であった。  男の名は反語郎

          ドリームハイツ(15)

          ドリームハイツ(14)

           泥臭いサスペンス。王は王宮のベランダに据えられた籐椅子に腰をかけ、アイス・ティーで一息つきながら、兵士たちが洗濯物を大量に干しているのを眺めている。  「今日は厚手のものもよく乾きそうだな」  平和な昼のひととき。王宮には緩やかな時間が流れている。兵士が侍女の誰かに卑猥な冗談でも言ったのだろう、馬鹿笑いする男女の声が物干し台から聞こえてくる。  「天気の話はもう良いだよ。で、王ちゃんはなんと見る? 俺は神に対してどう申し開きをすれば良いだべか」  むかしは若かった王も、すで

          ドリームハイツ(14)

          ドリームハイツ(番外)

          【前回までのあらすじ】  不注意、あるいは見間違い。かつてはそのように処理されてきた事柄が、すべて可能である世界。  数字の1を7と読み間違えた結果、私の出した見積もり金額は正しくなかったとされた。  しかし7であることもまた正しいとすることがいまの私には可能である。  かつて神は自らがもたらした秩序によって、不自由に苦しめられた。人間だけが自由であることを許されていて、神はいつでも正しくなくてはならず、不注意や見間違いは人間だけがもつ特権とされていた。  しかしあたらしい秩

          ドリームハイツ(番外)

          ギョソ(5)

           ぼくは一冊の本を持っている。  とても変わったつくりの本で、ふつうに本屋さんで売っている本や学校の図書室にある本とは全然違う。  題名や、書いたひとの名前がなんにも書いていないし、いつ頃どこで売っていた本なのかもわからない。もしかしたらお父さんが作った本かもしれないけれど、何となくそうじゃない気がする。  表紙がすごく変わっている。表面に動物の毛皮が貼られていて、黒っぽくて長い毛が本全体をおおっている。見た目はちょっと気持ち悪いんだけど、手に持ってみるとふさふさして気持ちが

          ギョソ(5)

          ギョソ(4)

           「自由とは、いったいどういうことでしょう」  そんなぼんやりとした質問を、いきなり見ず知らずのオオアリクイから投げかけられても困ってしまう。しかも普通のそこいら辺にいるオオアリクイではない。体長四メートルほどの並外れて巨大な獣が、私の前に二本脚で立っていた。獣の長い体毛が、夏の陽射しを浴びて虹の七色に輝いている。  もっとも、そのオオアリクイは私にとって全くの見ず知らずというわけではない。それはさっきまで可愛らしい少女の姿でオレンジのスカートをひらひらさせていた、一体のギョ

          ギョソ(4)

          ギョソ(3)

           狭い仮設住宅の部屋の中、ギター・アンプにベース・アンプ、それに小口径とは言えドラム・セットまで置いてあれば、そこに嵯峨が座れるような場所は残っていない。  嵯峨は立ったままで壁にもたれ、部屋の片隅で腕組みをして、テング率いるパンク・ロック・バンド『耳の現場』のリハーサル風景を眺めている。  「ひい、ふう、みい、よう」  ニュウギュウがスティックを鳴らしながらカウントする声が聞こえ、テンポの速いマイナー・キイの曲がスタートする。サバクの弾くフェンダー・ジャズ・ベースが床を震わ

          ギョソ(3)

          ドリームハイツ(13)

           十人並みのサスペンス。言語郎は反重力装置の電源を入れて宙に浮かぶ。部屋中に散らばる神をこれ以上粉々にしないように気づかいながら、玄関を出て空を飛ぶ。特に行くあてはなかったが、自らの眼前で発現した奇跡の意味を咀嚼するために、彼はあの部屋にとどまることが出来なかったのだ。  初夏の快晴。人々は言語郎のつくった反重力装置を片手に空中をたゆたい、路の上は混雑していた。言語郎はたったいま起きた驚天動地の大事件を大声で人々に訴えようかとも思ったが、行き交う人々の顔を見て黙りこむ。人々の

          ドリームハイツ(13)

          ドリームハイツ(12)

           曖昧なるサスペンス。言語郎は六十歳になり、この地方に住む人々の平均寿命をはるかに超える年齢を迎えていた。  偉大なる発明の功績に免じた特赦を受け、牢から出され自宅に戻ることができた彼は、その後も自身の発明である反重力装置の改良を続けた。わずか数年で小型化、低コスト化が可能となり、もはや民家の扉のような大きな木材を必要とせず安価で量産できるようになった反重力装置は、たちまち人々の間に普及した。装置はいまや手のひらにすっぽり収まるほどのサイズになり、人々は晴れ渡る青空の下、ポケ

          ドリームハイツ(12)

          ドリームハイツ(11)

           沈降するサスペンス。  「するとその重力とやらが人々と神を対立させていると」  「そうだ。我々と神が真の共存を果たすためにはまず重力そのものを操作せねばなんねんだ」  若き王が地下牢の言語郎を足繁く訪ねるようになって、間もなく一年が過ぎようとしていた。  初めて王宮の地下へと下りたあの夏の日、若き王は自らの心中にわき起こる恐怖に戦いた。地下の暗さは外界に照りつける夏の陽光が入り込むことを頑として拒み、更には虫の鳴き声や風のそよぐ音など、地上に住む人間にとって耳慣れた音響を残

          ドリームハイツ(11)

          ドリームハイツ(10)

           秘匿されたサスペンス。言語郎はそれから十年の間、王宮の地下牢に幽閉された。神たるコーン・フレークを踏み割った者は年齢性別問わず全てこれを死罪とする、というこの地方の法律が、結果的に彼の身を極刑から守ったことになる。言語郎の罪はコーン・フレークに水をかけてふやけさせたことであり、彼は決してそれを踏み割りはしなかったのだから。王宮の裁判官たちは前代未聞のこの犯罪に対する処罰の決定に思い悩み、結論が出ないまま彼を地下牢へと封じ込めた。そして無為の十年が経ち、言語郎は牢で五十歳の誕

          ドリームハイツ(10)

          ドリームハイツ(9)

           顕在化するサスペンス。これは神話である。人物は皆ひかりを浴びて佇んでいて、ねこは炬燵でまるくなる。大通りには黄色いくるましか走れない。下水道の安寧秩序。律法は忘れ去られ、駄洒落だけが流行る世間の荒波を、いまひとりの聖者が正義を求めて歩みを進める。  縮れた頭髪は禿げ上がり、頬は白い無精髭にまみれ、身体には古布を巻き付けただけで裸足の足下。いかにも聖者然としたその姿かたちはまるでコスプレ。しかし予断は禁物である。彼こそは本物の聖者であり、厳格な求道者であった。  彼が生まれ育

          ドリームハイツ(9)