クラシックギターの魅力~3.アウトプットできる音色が多彩

 「クラシックギターの魅力」について、最後はギターという楽器、それ自体の特性に起因した魅力を紹介します。

 まずは基本的な話から始めると、現在使われているモダンクラシックギターには6本の弦が張ってあり、これを弾いた振動をサウンドホールで増幅した音を出しています。ネックにはフレットがあり、フレットを押さえる箇所で音程を調整します。加えて、6本の弦のいずれかを単音または同時に弾くかで和音の表現も可能です。したがって、楽器を通してアウトプットされる音楽はピアノに近い多声のそれであると言うことができ、一人の演奏者がメロディ、ベース、内声といったいくつかの声部を表現できます。(「ギターは小さなオーケストラ」という有名な言葉も残っています。)

 しかし、ピアノと違う点として、楽器の構造上同じ音程の音が出る箇所が複数存在し、6本の弦はスチール弦とナイロン弦/カーボン弦の違いや、弦の直径の違いから、得られる音色が異なります。しかも弦を弾く位置をサウンドホール寄りとするのか、ブリッジ寄りとするのかで音色が異なりますし、左手でかけるビブラートの有無や、弦を弾く時の奏法も多数存在し、爪をあてる角度でも音色が異なります。

(ヤマハのHP。選択肢を選ぶと、対応するクラシックギターの各部位が拡大・マーキング表示される。)

 また、張る弦をどのメーカーのものにするかで品質が異なるため、得られる音質は異なりますし、演奏家によっては、本来クラシックギターの弦として生産されていない"釣り糸"を張るなど、音のイメージに合わせて実験的な試みを行う場合すらあります。他に、当初製作された時点で取付けられている糸巻きを交換したり、サドル側の弦端部にチップを追加するといったことでも得られる音質は変わります。

(クラシックギター関連の商品を多く扱う「ファナ」の各商品HPへのリンク。)

 さらに弦や楽器本体のボディを叩く、ヴァイオリンでも聴くことのできるピチカート奏法、倍音を出すハーモニクス奏法、瞬間的に連続して音を出す(トレモロ)奏法などの特殊奏法も加わり、単純なヴィジュアルとしても、音楽をアウトプットされた時の音響効果としても、表現の幅が非常に大きく多彩です。"クラシック"ギターという響きに、格式や形式といった言葉や保守的なイメージを連想した場合には、かなりぶっとんでいる印象を受けるものもあるかと思いますね・・・。

(村治佳織による「トレモロ奏法」の解説動画。ピックを使用するエレキギターやマンドリンのそれとは異なり、2つの以上の声部を表現しながら連続音が持続音の代替効果をもたす。)

(福田進一とジョン・ウィリアムズの対談。ジョンは、クラシックギターの魅力について演奏を交えつつ、「ギターという楽器の一番の特色はすごく速く弾ける」「硬い音も柔らかい音も自由自在 多彩な表現ができる」「とにかく音のバリエーションが豊富」と語る(13'25''~)。)

(こちらは、福田進一と日本のロックバンド「B'z」のギタリスト松本孝弘の対談。たとえ同じギターを使用しても、演奏者が異なれば音も変わる。)

(大萩康司とMIYAVI-雅-のセッション(10'20"~)。そしてThe Beatlesの『Yesterday』(11'40")。MIYAVI-雅-はポピュラーミュージックやロックの分野で世界的に活躍しているギタリストであり、カスタマイズされたオリジナルのエレキギターを使用している。普段は異なる世界観で活躍している二人の共演。)

 このような多彩な音色がもたらす演奏効果は、ギターオリジナルではない、編曲作品でも発揮されます。スペインの作曲家E.グラナドスの『詩的なワルツ集』やI.アルベニスの『アストゥーリアス』は本来、ピアニストでもある作曲家が作ったピアノ作品としての姿がオリジナルです。しかし、ギターオリジナル曲かと思われるほど、アルペジオ奏法による分散和音の響きや、和音をストロークすることで得られるアタック感のある響きなど、スペイン色の強い作風に対してピアノとは違う演奏効果が発揮されることから、ギタリストのレパートリーとして演奏される機会は多いです。

(『詩的なワルツ集』と『アストゥーリアス』それぞれのピアノ演奏とギター演奏。同じ曲でも音色(響き方)の違いで受ける印象は異なる。)

 次に、クラシックギターの多彩な音色がアウトプットされるギターオリジナル曲へ耳を傾けます。キューバの作曲家L.ブローウェルの『永劫の螺旋』は抽象的な音楽作品であり、アルペジオやスラー(エレキギターの奏法でいう"プリングオン"/"プリングオフ")に加えていわゆる"ライトハンド奏法"が多用されています。電子音やミニマルミュージックのような演奏効果が発揮され、弦をこする、弦をつまんでフレットにぶつける、フレットを直接手で叩くといった特殊奏法も加わることで、打楽器的な響きまでもが表現されます。同作曲家の『鐘の鳴るキューバの風景』でも同様の演奏効果が発揮されている他、エンディングではハーモニクス奏法によって鐘の響き(4'36"~)が表現され、なんとも美しいです。

(L.ブローウェル作曲『永劫の螺旋』と『鐘の鳴るキューバの風景』。)

 日本の作曲家、家藤井敬吾の『羽衣伝説』は、日本(沖縄)の旋律や響きを表現すべく変則チューニングで弾かれます。あらゆる技巧が尽くされており、現代曲ならではの音楽のひとつです。

(『羽衣伝説』の作曲者である藤井敬吾による解説と演奏の動画。)

 紹介してきたようなギターの構造的あるいは演奏する上での特徴が挙げられる中で、当然、楽器それ自体に対してもさまざまなアプローチがなされています。音量を向上させる「ダブルトップ構造」や、ハイポジションにおける弾きにくさと音量低下の解消を目指した「RF(ライズドフィンガーボード)モデル」という指板がサウンドホールに寄るほどせり上がる設計としたギター、まるでアンプを搭載しているかのような大音量を得られる構造としたギター等も開発されています。曲の難易度の向上や、コンサートホールのキャパシティの拡大といった演奏を行う空間の変化(演奏が聴かれる環境の変化)の中で、楽器も日々、新しい時代にふさわしい品質への試行錯誤が行われ、更新され続けています。

(日本のギターメーカー【アストゥーリアス】による「ダブルトップ構造」のギター紹介HP。)

(日本のギター製作家 桜井正毅による「RFモデル」の紹介HP)

(ポーランドの製作家によるギターを使用した演奏。ライズド・フィンガーボードやダブルトップの採用、および1弦のサウンドホール部分に19フレット以降の延長がみられる。)

 他方では、現在一般的に使われているギターではなく、「19世紀ギター」を使用するという選択がなされる場合もあります。音量の面からは劣るものの、当時の音色や様式感の再現を追求する場合等、プロがコンサートで使用する場合もあります。(クラシックギターが現在のような形になる以前、19世紀には、アントニオ・デ・トーレスという製作家が前身にあたるギターを制作しました。20世紀以降、A.セゴビアの登場により、ギターがクラシック音楽を演奏するための楽器として改善され、現在のようなモダンクラシックギターの形へと至ります。)

(19世紀ギターおよびガット弦(羊の腸)を使用した演奏。)

(はじめはモダンクラシックギターを使って右手のストロークで奏でられる現代曲A.ヒナステラの『ギターソナタ(第4楽章)』(00'37"~)を、次に19世紀ギターを使ってF.ソルの『ワルツ ホ長調』(03'05"~)を演奏している。)

 また、倍音の響きを補うために作られた10弦ギターや、ルネサンス時代やバロック時代のリュート作品やチェンバロ作品を弾く際に、当時の様式感や音響を目指した11弦ギターを用いて演奏される場合もあります。

(10弦ギターを使用して、H.ヴィラ・ロボスの練習曲第11番を演奏している。ヴィラ・ロボスの曲によくみられる解放弦の多用や同じ運指のままフレットをずらすことで得られるグラデーションのような音響効果が際立っている。)

(11弦ギターを使用して、J.S.バッハの「無伴奏リュート組曲 ハ短調 BWV997」より第3楽章にあたる『サラバンド』を演奏している。)

 クラシックギターは主に独奏のための楽器であると言えますが、伴奏楽器としても活躍しています。無論、フォークギターやエレキギターでは、ポピュラーミュージックを中心に、弾き語りやバンドアンサンブルの一部としてBGMを奏でる光景が一般的なものなっていますが、ここでは、通常クラシックギター以外の伴奏でよく取り上げられるクラシック音楽の曲や、クラシックギター+〇〇のアンサンブル作品として知られる曲とそのアンサンブルにおける響きを紹介します。

(フルート+ギター編成によるH.ヴィラ・ロボスの『ブラジル風バッハ 第5番』。オリジナルはソプラノ独唱と8つのチェロのための作品。)

(ギター+チェロ編成によるA.ピアソラ『タンティ・アンニ・プリマ』。オリジナルはオーボエとピアノためのの作品。)

(ヴァイオリン+ギター編成による録音作品のプロモーション動画。19世紀ギターが用いられている。)

  決して演奏が頻繁に行わる形式ではありませんが、プロによるギターのみのアンサンブルも存在します。一人の演奏家が多声音楽を表現できるギターですが、人数をさらに増やして編成することで、ソロよりも複雑な音楽や、豊かな表現が可能であると言えます。

(【オタワ・ギター・トリオ】によるM.ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』。)

(【ロサンゼルス・ギター・カルテッド(LAGQ)】によるP.チャイコフスキーの『花のワルツ』。)

(【ワイマール・ギター・カルテット】による360°の視点とサウンドを提供した動画。)

(【パシフィック・ギター・アンサンブル】によるJ.S.バッハの「ブランデンブルク協奏曲第6番」から第3楽章 Allegro。クラシックギターだけでなく、スチール弦のアコースティックギター、バロックギターも編成されている。)

 さらに、独奏以外のクラシックギター音楽の中で、ある意味で最もポピュラーなものを紹介します。クラシックギター(+α)で編成されるギター合奏やマンドリン・ギター合奏は、間口が広く、学生や社会人団体など、アマチュアの間で普及しているギターの演奏形式であると言えます。独奏では多声音楽を一つの楽器と一人の演奏者によって表現しますが、合奏では音楽の構成要素が音域や声部によってパートに割り振られ、複数の人間で演奏を行うことで、技術的に難しい曲も演奏可能となります。また、独奏にはないスケール感や音響が実現できます。さらに、独奏で用いられているクラシックギター(プライムギター)に加えて、アルトギター、バスギター、ギタロンのような合奏用ギターを用いて、音域や音色の幅を拡大し、ポピュラーミュージックや、時には、あらゆる楽器が使用されているオーケストラ曲をギター合奏で演奏する場合もあり、広いレパートリーに対応できる演奏形式であると言えます。

(高校生によるギター合奏。小ぶりなギターがアルトギター(左手)、プライムギター(中央)、バスギター(右手)、ギタロン(右手奥)という編成と思われる。)

(社会人によるマンドリン・ギター合奏団【ARTE MANDOLINISTICA】によるP.チャイコフスキーの「交響曲第4番」から第4楽章、【メトロポリタン・マンドリン・オーケストラ】によるC.ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』。)

(日本・韓国・中国の3国合同によるギター合奏のF.タレガ『アルハンブラ宮殿の想い出』。)

 最後の「クラシックギターの魅力」では、楽器そのものについて、構造的な観点からはじまり、奏法などにも影響される「音色の多彩さ」をアピールしてみました。他楽器やギター同士のアンサンブル/合奏といった演奏形式によって得られる音色の違いも含めて、その魅力が少しでも共有できればと思います。また、プロによる演奏だけでなく、アマチュアによる演奏も含めて、その音色の多様さは楽しめるものだと思います。


【あとがき】

 「クラシックギターの魅力」と題して、私なりに大きく3つの視点から紹介してみました。趣味としてこれまでやってきた中で感じたことはある程度表現できたと思います。しかし、クラシックギターやその音楽の魅力はもっと多様で、私が気にもとめなかった知識や見解、視点はいくらでもあると思うし、その数だけ面白さが存在すると思います。

 3つの視点から記事を書く上でも、ネット上で様々なサイトを閲覧して回ったり、本を手に取ってみたり、過去に行ったコンサートのプログラムに書かれた曲の解説を読み返すなど、知識の補強や精度の確保といった推敲を重ねていく中で、新たな知見を得られたことや、今だから面白さを感じられることが多くありました。

 私はアマチュアのクラシックギター愛好家ですが、アマチュアなりにこのような記事を書く上で、一般化できる話でありつつ、プロの演奏家や音楽批評家が語ったり・扱うには外れそうなオリジナリティのある視点(プロの方たちはきっと、自身の専門分野について、収益性や話題性、作家性、時間を考慮した上で、演奏したりコメントする対象として適切かをよく考慮されていると想像します。)を目指しました。従って、曲や演奏家・団体等に対する個人的な批評や感想、音楽的な解説は、このシリーズで目指しませんでした。また、ネットを用いることで、日本ではあまり取り上げられない演奏家や曲、専門知識を集めたり、耳で聴く芸術である音楽をよりわかりやすく伝える便利な教材として、動画を多数引用しました。近年の動画によるプロモーションや情報共有の流れに積極的に加わることで、文字と合わせて情報共有を円滑にすることと、編集者の真似ごとのような方法であれば、むしろ説明可能なことがあるのかなという、発想と姿勢です。

 最後に、クラシックギター音楽にまつわる各時代や国、作曲家や演奏家をたどっていく中で、それぞれにドラマがあり、時に淀み、時に奔流となり、小さな小川から広大な河川へと、その魅力は常に拡大し続けているのだと感じました。


【参考・備考】

◆演奏家の氏名は敬称略とさせて頂きました。

◆追記:本文中に用いている"モダンクラシックギター"という表現について、通常用いられる言葉ではありません。しかし、"クラシックギター"という表現はバロックギターやルネサンスギター、11弦ギターのような多弦ギター、19世紀ギター、フラメンコギター等も包括する上、ジャンル名としても用いられるものなので、それらとの識別をわかりやすくするために適宜用いました。

◆19世紀以前のギターを探すHP[http://tarolute.crane.gr.jp/wanted!.htm]

◆島村楽器店スタッフによる弦の違いを解説したHP[https://www.shimamura.co.jp/shop/machida/ag-ukulele/20140612/154]

◆ギタリストであり作曲・編曲、指揮や指導もなされている藤井眞吾先生のHP。ソロからアンサンブル作品まで紹介がなされている他、曲によっては解説も書かれています[http://shingofujii.com/music/edition/index.html]

◆ワイマール・ギター・カルテットのHP[http://www.weimarguitarquartet.com/]

◆オタワ・ギター・トリオのHP[https://www.ottawaguitartrio.com/]

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