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津野米咲~赤い才媛〈前編〉

 日本のガールズバンド「赤い公園」のギタリストであり、作詞・作曲・編曲・プロデュースなどをほとんど担当しているバンドリーダー、津野米咲さん(以下、津野さん)のファンなので、その天才っぷりを書き散らかしたいと思います。

 まず、発表されている作品のいくつかをリリース順に追いながら、津野さんの音楽性を照らしていきます。

01.透明なのか黒なのか

 2010年に結成された「赤い公園」。メジャーデビュー作品としてリリースされたEP「透明なのか黒なのか」(2012)では、これまでのライヴでも演奏される機会の多い、『透明』という曲から注目していきます。豊かに場面展開していく独特の作風が見られ、結成初期の作品の中でも、作家性のよく表れている曲と言えます。

 内容としては、緊張を伴った深呼吸がイントロ、リバーブの効いた鋭いギターカッティングの音像がこだまします。ホラー感のある雰囲気の中で、ヴォーカルはゆっくりと静かに立ち上がり、後を追うようにドラムスがビートを刻み、ベースも唸りはじめます。

 Aメロが終わったあとには、リズムの細かくなったドラムスと短い呼吸の繰り返しのみが残され、短い間奏となります。

 一呼吸だけ空白があり、そして堰を切ったように溢れる感嘆と添えられるコーラス、ギターがもたらすコード感のアンサンブルは非常に美しいです。(サビ後にハードなバンドアンサンブルに変奏されますが、この時に現れたコーラスがほとんど似た形で後半にもリフレインされる様は、クラシック音楽的な発想だと思います。)、この後に続くサビでは、疾走感が与えられ、コーラスも含めた憂いのヴォーカルとオケが勇ましさを帯びて上気します。

 サビでもたらされた熱量は終盤で内に秘められてややクールダウンし、エンディングに向かってはリズミカルなドラムを背景として、歪ながら、耽美的ギターノイズが何度か鳴らされます(ギターの弦を弾くというよりピックでカッティングするように叩いている部分も)。ノイズはピアノのような滑らかな輪郭の旋律に昇華され、波紋が消えていくように終ります。

 津野さん曰く「ラヴェルのボレロ」のような発想を持ち込んだものとコメントしているのを、何かで読みました。現在でも赤い公園の代表曲の一つといえる作品だと思います。

(イギリスのロンドン交響楽団による演奏でM.ラヴェルの『ボレロ』。20世紀に作曲されたクラシック音楽の有名曲の一つ。『透明』とは違う世界観の音楽ではあるが、クラシック音楽でありつつ、20世紀以降の現代音楽としての独特な構成と響きを持つ。弱音のメロディーに始まり、15分越えの尺の中で最初のモチーフがループされる。徐々に楽器が加わり、リレーのように交代しながらディテールが施され、音量も増幅しつつクライマックスへ向かう展開はとてもトランシー。)

(『透明』は一時期、同世代のガールズバンド【tricot】によるカヴァー演奏をYoutubeで聴くことができましたが、現在はなくなっているようです。)

 次に、『副流煙』では、メトロノームのねじを巻く音からはじまります。メトロノームは、強拍(1拍目)を「チーン」という高い音。弱拍(2拍目)を「カチッ」というクリック音で示します。

 メトロノームで印象付けられた2拍子に、重厚なグルーヴが奏でられ、その音に遮られているかのような中でヴォーカルは歌われます。すぐにサビへ移ると変拍子となり、ワルツのような3拍子のグルーヴの中で浮遊感がもたらされます。しかし、メトロノームの音は継続して残り続けることで、3拍子と2拍子が混在するポリリズムの曲となります。(1拍目は合致するが、2拍子と3拍子の2つのリズムが混在する。)

 続く間奏では、ドラムスが明快に3拍子を刻み続けるのものの、ギターソロ(メロディ)では、2小節分にわたる息の長いフレーズが奏でられることで、それまでのグルーヴ感が一度リセットされます。その音数が徐々に増えていくことで、ワルツ風のグルーヴ感が明快に取り戻されていきます。サビと似たメロディがリズムや音程を変えて変奏されますが、ヴォーカルよりも低い音域でエフェクトが効いており、ギター的な和音へと発展していく様は対比的です。

 最後は、一瞬のブレイクの後に破壊的ギターノイズが鳴らされる痛快な展開の後、サビが再び現れます。リフレインが1回多く加えられ、最後にエコーがかかって消滅しますが、『ワルツ』の冒頭よりも前のインタルードまで音楽が遡ります。インタルードではギターがスタッカートで奏でたようなドラムスが3回鳴り、インタルードの冒頭に奏でられた静かなギターフレーズへと戻ります。このギターソロはピアノ的なフレージングであるようにも聞こえます。

(『副流煙』で採用されている2拍子のテンポはこのくらいかと思われる。最近ではBPM(「Beats Per Minute」の略)という言葉も散見される。)

 最後に収録された『世紀末』は、どこかディストピアを匂わせる歌詞と相反するかのようなアップテンポで颯爽とした曲。

 シンセ(キーボード)打ち込みの電子音とピアノによる快活なグルーヴで、Aメロではシンセは鳴りやみますが、明快なピアノコードと共にギターコードの響きが違和感を与えます。

 サビでは、1回目はピアノ伴奏と歌のみから入り非常に美しいです。2回目では、パーカッション、笛やラッパ(?)のような音、コーラスなどがとても賑やかに奏でられ、3回目ではエネルギッシュなロックバンドのオケです。冒頭のシンセのグルーヴにループして戻り、イントロと同様に奏でられた後は、ややメタリックなシンセが駆け抜け、ナチュラルなピアノの音色が鳴って終わります。

 このように、一つの作品の中で多くのアイデアを盛り込みつつ、いずれも3、4分程度の内容に濃く、しかしポップにまとめあげています。日本のバンド形式のミュージシャンに多く聞かれるロックあるいはポピュラーミュージックから外れた作風が多く見られ、とても刺激的です。

(「透明なのか黒なのか」リリース後のインタビュー記事。)


--.新しい文明開化

 【赤い公園】は、全国流通の音源発表や国内でのツアーより先に国外(カナダ)でツアーを実施した経歴を持つ稀有なバンドです。2011年Next Music from Tokyo Vol.3に参加し、10月13日~18日にかけてカナダのモントリオール、トロント、バンクーバーの3都市、計5公演のライヴツアーを実施しています。(日本から他に【NATSUMEN】【百蚊】【チーナ】【Merpeoples】が出演している。)

(Next Musei From Tokyo vol.3 ツアー開催前のPV。百蚊の『Hanazono』をBGMに出演者やライヴの様子が紹介されている。)

(『透明なのか黒なのか』リリース後、『ランドリーで漂白を』リリース前に公開されたインタビュー記事。赤い公園結成時のエピソードやカナダでのライヴについて語られている。)

 インタビューにて津野さんは、【赤い公園】以前では【東京事変】のコピーをやっていたことや、ギタリストの浮雲のプレイを「ピアノみたいなギターを弾くので、大好き」と語っています。【東京事変】は現在解散しているものの、椎名林檎をフロントマンに据えたメジャーバンド。浮雲(ex. 【東京事変】)=長岡亮介(from. 【ペトロールズ】)はバンドマン/ギタリストとしての側面だけでなく、ヴォーカルや作曲・編曲などにも関わるソロミュージシャンとしての側面も大きい人物であると言えます。野心的な作風や活動のスタイルを継続しつつ、大衆的な共感も獲得している点は、津野さんにも通じている部分として見ることができます。

(【東京事変】の『新しい文明開化』(2013年)。メンバーは椎名林檎(Vo)、浮雲(Gt)、亀田誠治(Ba)、刄田綴色(Dr)、伊澤一葉(Key)、亀田誠治は後に【赤い公園】をプロデュースすることとなる。)

(【東京事変】では浮雲としてクレジットされてたが、バンド【ペトロールズ】やソロでは長岡亮介(Vo,Gt)として活動を続けている。)

(2016年に開催されたリオデジャネイロパラリンピックの閉会式で披露されたパフォーマンスのBGM『東京は七時』では、長岡亮介がヴォーカルを担当している。長岡亮介は過去に、椎名林檎、Salyu、星野源、SOIL & "PIMP" SESSIONS、冨田ラボ、THE BAWDIES、平井堅など、多くのミュージシャンに対して作詞・作曲・編曲、バックバンドの一人として参加など多数のキャリアがある。)


02.ランドリーで漂白を

 続いて、「透明なのか黒なのか」から約3月後にリリースされた「ランドリーで漂白を」(2012)では、オープニングの『ナンバーシックス』が特徴的です。

 パーカッションとコーラスの即興的で奔放なアンサンブルから、サビでは王道ロックチューンへと変化します。ギターはAメロで伴奏としてのコード感を伴うリフ、Bメロでアルペジオ裏メロ風にと次第に表情を変えていくように思いますが、唐突に雰囲気の変わるサビではアグレッシヴな性格に変化します。アンサンブルも細やかなカッティングと疾走感のある刻みへと変化しており、コミカルさと爽快感を合わせた一曲です。

(赤い公園ファンによる『ナンバーシックス』のリリックMV。)

 このような特徴的な楽曲の多いEP「透明なのか黒なのか」「ランドリーで漂白を」では、面白いアイデアとしてすべての曲間にインタルードが設けてあり、電話の着信と再生、ネジ式メトロノームを巻く音、全く音響イメージや世界観の異質なパロディのようなキッチュなデュエット、などが曲間に挿入されています。単なる繋ぎとしてだけでなく、作品全体の一貫性と意外性、オリジナリティ、エンターテイメントとしての機能性が高いめられた作品です。

 (メジャーデビュー当時のインタビュー記事。津野さんは「ピアノですべて作曲した後にギターで無理やり弾いている。」という制作過程。そしてインタビュアーからドビュッシーやラヴェルというクラシックの作曲家の名前が挙がると、曲の流れの中で効果的な不協和音は好んで用いていることなどを伝えている。)

 津野さんは、まず最初の作品としてこれら2枚のEPを連続リリースし【赤い公園】を本格始動させていることから、この時点で豊かな創作を行うこもができる人と言えるでしょう。


03.公園デビュー

 次に、最初のフルアルバムとして発売された「公園デビュー」(2013)では、最初期のEP2枚と比べると、洗練され、複雑さや情報量は見直されています。

 『交信』は、「今更/交信/さよならは言わない」としてアルバムに先だってシングルリリースされた作品の一つです。クラシックやジャズのような語感のピュアなピアノリフに始まります。

 サビ後の中間部では遭難信号の「SOS」を意味するモールス信号「トトトツーツーツートトト」が、子供の声や、大多数の人のざわめきと共に反復されます。ギター曲的な発想や、ロックバンド的な発想だけでは作られない内容であると言えます。この曲は、そもそも津野さんが持っているピアニズムが存分に発揮された作風であるように思います。

(『交信のMV』。子役を起用した物語仕立て。津野さん曰く、難しいコード、難しい符割はほとんどなく、子供のキー。確かにシンプルな構造ではあるが、バンド演奏と重なるコーラスやピアノの裏メロはアンサンブルとして非常に美しく、作家性を感じる。)

 『今更』では、作詞家としての側面にも注目します。ロック然としたエレキギターリフから始り、ライヴでもオープニングに選ばれる機会が多いナンバーです。筆者は「SUMMER SONIC 2013」のRAINBOW STAGE で、この曲からオープニングを奏でた彼女たちの音楽を初めて聴き、一瞬でファンになりました。


バックオーライ

そう皆様

生き急いでった奴らを

祝福できるかな今更

引き止めなくっちゃ

まず 君から


 上記はサビのみ引用した『今更』の歌詞ですが、ロックチューンで勢いのある曲の内容とは裏腹に、歌詞の内容はバックオーライという「後退」の意思を示したものとなっています。しかし、ひたすら精神的にも肉体的にもポジティビティや「前進」を推すロックナンバー/ポピュラーミュージックにマンネリや予定調和を感じてしまうことは嗜好性や逆張り傾向の問題であるにせよ、このようなメッセージ(視点)を発信し、曲のアイデンティティとして落とし込める側面を津野さんの個性として見出だすことが出来ます。

(赤い公園の『今更』のMVは、メンバーが演奏とダンスを交互に挟みつつバックしていく様がワンカット(風)に演出されている。最後は『交信』のMVへと接続される面白い作品。もう一つは、矢井田瞳さん好きでもある筆者の個人的な視点から引用する動画。our musicで押尾コータロー×矢井田瞳という編成で披露された『Look Back Again』(直訳すると「もう一度振り返ろう」)。快活な曲調であるが、過去を振り返ることへのポジティブなメンタルが歌詞に表現されていて、個人的には共通の好感があります。)

(「公園デビュー」リリース後のインタビュー記事。特に津野さんの発言からは、客観的な視点が多くみられる。)

04.猛烈リトミック

 2作目のフルアルバムである「猛烈リトミック」(2014)では、豪華なプロデューサー陣を迎えて作品に取り組んでおり、蔦谷好位置、亀田誠司(以下、蔦谷さん、亀田さん)、蓮沼執太が参加しています。また『ドライフラワー』ではヴァイオリンの弦一徹、『東京HARBAR』ではKREVAもゲストミュージシャンとしてラップで参加。したがって、津野さん自身の個性そして他のバンドメンバーとの共同作業という【赤い公園】枠、そこに外部からも多くのアプローチが加えられているアルバム作品です。

 この作品ではまず、津野さんと参加ミュージシャンの対談(インタビュー記事)を中心に見ていきます。音楽家同士の対談を通して、津野さんの脳内にある音楽やそのイメージがいろいろな角度(言葉)で浮かび上がっていると思います。

 音楽理論の話なども登場しているので、この手の話はハードルが高く、ミュージシャンズミュージシャン(ミュージック)的な話題だと思われがちかもしれませんが、より音楽を楽しむためのきっかけとなる、とても良い内容だと思います。

(蔦谷さんも津野さんをベタ褒めしている対談記事。)

(津野さんを指して「常人が思いつかないコード進行を思いつく」例として、先に動画紹介した『ボレロ』の作曲者M.ラヴェルと、もう一人名前の挙がったのがジャズのセロニアス・モンク。)

(『ひつじ屋さん』について蔦谷さんが参照しているcoldcut『more beats and pieces』。『ひつじ屋さん』も冒頭からテレビの砂嵐を彷彿とさせるようなショッキングなノイズ音や、カオティックな間奏が設けられている。録音素材をカット&ペーストして作っているので、機械的なアンサンブルである一方、津野さんの脳内ではすべて楽譜化されている。)

(カラオケマシーンの「DAM」再生時に放送される『ひつじ屋さん』の動画。歌詞に合わせてアマチュアのキャストのように登場し、Xジャンプや羊と戯れる様子など、カラオケMVならではのキッチュな作風に仕上げてられている。蔦谷さんの参照したcoldcutの音楽とMVからでは想像できないであろう映像演出。楽しそう(笑)。)

(『ドライフラワー』に通じる曲として紹介された清竜人の『All My Life』。明るい曲ではないが、蔦谷さんは「アガる」曲として参照している。)

(童謡の『赤い靴』。「人さらいの歌」という説が名高いホラーソングでもある。蔦谷さんは歌がはじまってから3・4小節目にあたる「ミーラードーラーシー」(「お~ん~な~の~こ~~♪」の部分に該当)がきれいと表現し、津野さんも同意している。)

(津野さんが怖がっている『ドナドナ』。)

(『楽しい』は多数の【赤い公園】メンバー以外の人の声が録音されているという。ライヴではオーディエンスと合唱するワイワイナンバー。)

(津野さんが好きだというYUKIの『長い夢』。蔦谷さんが作・編曲している作品。)

 津野さんとKREVAさんとの対談では、歌詞についての話題や、津野さんが参加した【SKY-HI】の『糸』、赤い公園で対バンした【THE BLUE HARB】、KREVAさんがコラボしたMIYAVIとの作品について語られています。

(「ラップ」や、それを扱うミュージシャンが多く参照されている。)

(MIYAVIの『STRONG』。津野さんは"リズムのポケットが広い"『東京HARBAR』との対比として、KREVAさんとMIYAVIが組んだ作品『STRONG』を"あえて前に前にノっていく感じ"と表現している。)

(【SKY-HI】のコンピレーションアルバム「SKY-HI presents FLOATIN' LAB」から、津野さんがコーラス参加している『糸』。)

(【赤い公園】と対バンした【THE BLUE HARB】がTVCMのために書き下ろした『ONE STEP』。)

--.Somewhere Over The Afterschool

 ここで、亀田さんがプロデュースした『サイダー』について、これまでとは少し違う視点を加えて考察してみます。この曲は【赤い公園】にとって、むしろ今まで先送りされていた「ガールズバンドとしてのイメージ」をも定着させた一曲となったと思います。津野さんは亀田さんとの制作にあたって、「かめださん。この曲、けいおん。女子高生、胸キュンだから。」とコメントしたようです。

 この津野さんが参照した『けいおん!』という作品がどのようなものであるか触れていきます。【かきふらい】先生による漫画が原作であり、女子高の軽音部内でガールズバンドを組んでいる少女たちの日常生活がモチーフです。

 「日常系」というジャンルとして認識されている通り、主人公たちをはじめ、同級生や顧問の先生といった登場人物たち同士の会話や生活がメインであり、必ずしも常にバンド活動や演奏そのものを中心とした物語ではありません。

 その反面、「キャラ設定」として、主人公の平沢唯は、ギブソン・レスポール・スタンダードを使う初心者でありながら、チューニングを素で行う勘の良さも持ち合わせていることや、ベースの秋山澪は左利きでフェンダー・ジャズベースを使用し、乙女チックな趣味の作詞を担当すること、中野梓(リズムギター)は、音楽経験者で演奏がうまく、ムスタングを使用し、ジミー・ペイジ(Led Zeppelin')やカート・コバーン(NIRVANA)風のギターのサウンドメイキングであること等、主要なバンドメンバーには、現実に存在する楽器や、ミュージシャンを参照した詳細なイメージが設定されている作品です。

 これは、原作者のかきふらい先生自身が複数のギターを所有する音楽好き/楽器好きな男性であったことから、多くの女子高生の実態というよりは、個人的な趣味・嗜好を密かに反映されていた部分であったと捉えるべきでしょう。(漫画の物語の中では、それらの部分は強調されていません。)

 このような女性のみのユルい世界観の物語は、京都アニメーションという制作会社のもとアニメ化するにあたって、キャラクターの言動や世界観に「女性目線」が本格的に加えられ、ブラッシュアップされました。

 劇中の音楽も原作者や漫画読者の想像上の存在としてではなく、プロによる作品が作られています。テレビによるアニメ放送という、より大衆的な拡散力と音声や動画としての情報も伝えられるメディアへの変化に伴って、そのコンテンツもより大衆的な共感の得られるものへと強化されたと言えます。その結果、女性も含めた音楽ファンにまで、その人気が拡大したコンテンツとなりました。

 さて、アニメの劇中では、【放課後ティータイム】という架空のバンドが原作をもとに再現されています。その音楽は音源化もされており、例えばギター経験者でカッティングの上手いリズムギターの中野梓というキャラクターイメージは、音源化されたリズムギターのトラックにも反映されています。前澤寛之さんという方をはじめとした作曲家が作・編曲を担当し、歌は、劇中で各キャラクターを演じているそれぞれの声優さんが担当しています。

 まさに「理想化されたガールズバンド」の音楽を高い完成度で作っているものと言えます。

(『けいおん!』は2011年にオリジナル作品の映画公開にまで至っており、主人公ら【放課後ティータイム】が卒業旅行としてイギリスへ行く物語。The Beatlesの「Abbey Road」アルバムジャケットで有名なアビー・ロード・スタジオ前の横断歩道を歩くシーンなども登場します。)

(ファンによる『けいおん!』の記事。)

 少し、フィクションの世界に水を差すような視点ではありますが、このような、「理想化されたガールズバンド」の音楽は、現実的にはふつうの女子高生が簡単に作ったり演奏できるような内容ではありません。

 一方で、津野さんが亀田さんに対して「この曲、けいおん。」と発言した通り、『サイダー』はまさに『けいおん!』のイメージに通じるポップな曲調と女子高生の恋心をイメージさせるようなギターロックでした。つまり、フィクションが出自であるが故に創作可能だった「理想化されたガールズバンド」の音楽とその大衆性に、現実のガールズバンドが追いついた作品であると言えます。

 そして、この『サイダー』も収録されているアルバム「猛烈リトミック」は、第56回「輝く!レコード大賞」において、『優秀アルバム賞』を受賞しています。(ちなみに最優秀アルバム賞は、竹内まりやの「TRAD」。)

 さらに、他のアルバム収録曲として、『風が知っている』はTVアニメ「とある飛空士への恋歌」EDテーマ、『ひつじ屋さん』は映画「呪報2405 ワタシが死ぬ理由 劇場版」EDテーマ、『絶対的な関係』はTVドラマ「ロストデイズ」主題歌と、アルバム収録曲の多くがタイアップ作品として選ばれています。

 すなわち「猛烈リトミック」は、津野さんと【赤い公園】が音楽好きやバンド好きだけが知っている存在ではなく、徐々に大衆にも知られる存在として本格的に知名度を獲得していった作品であるとも位置づけられるでしょう。

※【赤い公園】の結成当時メンバーが高校生であったことを考えると、現役高校生のコピバンに始まり、その後「透明なのか黒なのか」の制作が行われるようになり、将来、そのバンドの作品がTV放送でオンエアされたり、メジャー音楽の賞を受賞するということなので、『けいおん!』で描かれたガールズバンドと比べても「事実は小説より奇なり」であると思います。

(「猛烈リトミック」収録の『サイダー』と【放課後ティータイム】の『ふわふわ時間』。)

(亀田さん×津野さんの対談記事。『風が知っている』のギターパートは、津野さんによるデモ時点ではもともと丸いシンセであったこと等が明かされている。)

(シングル『絶対的な関係/きっかけ/遠く遠く』発売後の【赤い公園】メンバーへのインタビュー記事。)

(「猛烈リトミック」リリース後のインタビュー記事。)

lnterlude~赤い才媛

 さて、〈前編〉では、2014年の「猛烈リトミック」までを扱いました。リリースされてきた作品と共に主にインタビュー記事を参考にして、津野さんの音楽や歌詞そのものだけでなく、影響を受けた音楽家や作品に注意を向けることで、よりその個性を理解できるような内容を目指してみました。

 また、『けいおん!』の【放課後ティータイム】を大衆的な知名度を獲得した「ガールズバンドのイメージサンプル」と捉えて、どのような経緯や方法でつくられているのかを見てみることで『けいおん!』と、津野さんや【赤い公園】、それぞれの面白さを共有できればと試みています。

 津野さんはバンド内で最も音楽的教養やリーダーシップがあり、長女的なポジションの才女でありながら、柔軟さ・自由度も高い作風の音楽家です。そして時にはそれらの破壊的・革命的とさえ思えるような部分も含めて、「赤い才媛」と呼ぶに相応しい人物だと思います。

 〈後編〉では、【赤い公園】での活動のみならず、楽曲提供者として側面なども含めて、より多くの角度から書いていきます。


下記、他のファンの方たちが書いた津野さんの楽曲へのレビューを集めてみました。使ってある語彙からして、音楽経験者が多いのではないかと思います。


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