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5  天人五衰

芳しい香り。

流れ落ちる黒髪。

象牙色の肌に、陽の光が映える。

狂おしく、愛おしい。

心の安らぎを、与えてくれる君。

降り注ぐ光を受けて、輝く。

果てしなく広く感じたこの世界を、

君は希望に染めて。

永久に、今が続けばいいと、そう願う。

どんな幸福も、いつかは、終わりがあると人はいう。

幸福の始まりは、終わりの始まりでもあるんだっけね。


でも、僕は今、君に出会えたことに感謝するよ。

終わりがあってもいいんだ。

始まりがないことのほうが、きっと僕を絶望させただろうから。


昔話に出てくる、幸せの権化のような長寿の天人でさえ、

その衰えの時を恐れているんだってさ。


長寿であろうと、短命であろうと、

今日を生きることに変わりはないけど。



僕らは何を恐れるっていうんだ。

僕が恐れているのは、

君が僕の腕をすり抜けて行ってしまうこと。

君の心が僕を忘れてしまうこと。

ただ、それだけなんだ。


君は何を恐れている?


君は天女のように、天人五衰を恐れるのかな。


いや、違う。


愛に溢れた君。

僕を溺れさせるほどの愛を注いでくれる君だから、


きっと僕という受け皿を失うことを恐れているんだね。

僕らは自分自身が持っているものを失う事を、恐れてなんかいない。

お互いを失う事を一番恐れているんだ。


どちらかが、もし、先にこの世から消えてしまったら・・・。


ああ。そうだね。


その時こそ、天人五衰だ。

何もかもを失った、天人の悲しみが理解できるだろう。


僕にとっての全て。

君にとっての全て。


天人五衰。

天人五衰。


君と過ごす時間こそ、僕にとっての永遠。


#0to9







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