見出し画像

シンプルに生きたい自分とオタクの自分が殴り合う

物心ついた頃から二次元オタクだった。

夢女子ではないものの、私の人生にはいつも『推し』のジャンルがあり、『推し』のキャラクターが居た。
子供の頃から高校を卒業するくらいまで、漫画>アニメ>ゲームくらいの熱量で色々なものを齧って、沢山グッズを買っていた。
地方住みな上にめちゃくちゃフットワークが重いので遠征は一度もしなかったが、その分ネットで散々物を買ってきた。……いや、今もたまに買っている。

アラサーの現在。
ゲーム>>>音楽>映画(特に洋画)>漫画
アニメは全く観なくなったものの、ゲーミングPCやらPS5やら手に入れたことで余暇時間をゲームに費やすことが増えてきた。
私が楽しんでいるのは主に洋ゲーで、洋ゲーはグッズが希少なことも多い。
「今手に入れないと無くなるんじゃない!?」という不安にかられ、衝動買いをしたものの、日の目を見ていないグッズが沢山ある。

ミニマリストさんの書いた本やシンプリストさんの自室写真などを見て、わ〜素敵!と思う一方で、「壁に飾ってる缶バッジやキーホルダー……。苦労して手に入れたんだよな……これはこのキャラが推しと聞いたあの人がわざわざ買ってくれたものだし……推しを裏切る訳にはいかんよな…………」と思う自分がいる。

ただ、今日はなんだか調子が良くて、「これらを手放す=『推しを裏切る』ことになるのか??別にそんなことないんじゃない?」という心境だ。

今部屋にいるキーホルダーや缶バッジ、その他グッズは何度も何度も持ち物を見直して手元に残してきた精鋭たちだけれど、私はどうやらもう昔のように「これらを飾って眺めているだけで幸せ!」という気持ちになれなくなっているらしい。
たくさん持ちすぎて使ってあげられないキーホルダーも、手にした当時は嬉しかったけど今は掃除の度に「ちょっと邪魔だな……」とさえ思ってしまっているアクリルスタンドやフィギュアも、もうそろそろ手放しても良い頃なのかもしれない。

でも私はやっぱりキャラものが好きだ。
そして、無印〇品の清潔で洗練されたシンプルな商品よりも、かわいい猫のイラストがごちゃごちゃ描かれた商品を選びがちだ。
ただ、それでも別に良いのかなと思い始めている。
柄物キャラ物を置いていると世界観の統一された素敵な部屋にはできないかもしれないけれど、『その時好きな物』に囲まれて生きるのはきっと楽しいだろう。
ガチャガチャや小物を買って、置いて、数ヶ月後 飽きたとしたら手放しても良いじゃないか。
その品物が大好きだった数ヶ月、きっと私は幸せだったはずだ。

本来は「いつか捨てたくなるであろうものは一切買わない」のが節約に一番大切な考え方だとわかってはいるけれど、今夜の私はこういう考え方である。
これからも無理の無い程度に趣味グッズを買いつつ、あまり数を増やさない・不要になったらすぐに手放すを徹底して部屋を綺麗に保ちたいと思う。

……そんなことを考えながら、今夜は壁に飾っていたグッズ類を全て取り外した。

さよなら、かつての推したち。
ありがとう!

頑張って生きていきたいと思います。