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花枝さん Ep final  Love you

 花枝はなえさん(仮名)67歳(本当は72歳)は私の職場におられる現役最年長パートタイマーだ。

  Ep finalと銘打ったのには理由がある。実は1か月ほど前の事だが、花枝さんは15年以上勤められた今の職場を退職された。

 私は花枝さんに許可を頂きこのシリーズを書いている。彼女はnoteを登録してまではお読みなっていない。そもそもSNSやこういうネットそのものにご興味はない。ご自分のアバターがどんなふうに描かれているのかにもご興味はないらしい。
 
 また、私は会社の人達に自分がこういう文章をネットで発表していることも、花枝さんを題材にした文章を書いていることも一切明かしてはいない。

 最初、花枝さんにこういうのを書きたいのだけれどと相談をした。
一応許可をもらって、彼女にも読んでもらい、そしてOKをもらってから発表しようと思って温めていた話だった。
とにかく一作UPして、それなりに好評ならば暫く続けようかくらいで、こんな10作近くまで書くことはそれほど考えてなかった。

 彼女には最初の一作をUPする前に下書きを読んでいただいた。
かなり勇気がいったがその時の印象は……

「まあ、いいんじゃないの」
 
 もう少し文句や反応があるかなとも思ったが、UPするということも決めてたし、あるnoterさんとのやりとりで面白い記事を出すという目的もあったので、OKという解釈で発表することにした。

 彼女がその後、続いていく話を読んでくださっていたのかはよくは分からない。
出したよとも言わなかったし、『読んだわよ』とも言われなかった。
彼女が他の人にこの話をした様子もなかった。

 もしかしたら気分を害しておられたのかも? しれないが、彼女なら気に入らないことを黙っているわけがないだろう。
「アナータ!ちょっと、この間の話、アナータね、アタシはそんないじわるな感じ? アナータ! ちょっと、アナータ!!」
と言う風に、私を問い詰めていたはずだ。

 最初にお願いした時の、花枝さんとのやりとりをできるだけ正確に再現したいと思う。

「アナータにそんな趣味があるなんて知らなかったわよ…… ウチの主人も本は好きだったわね~。学生の時はほら、アタシたちの時はちょうど大学紛争が終わった頃だったでしょう。なんかインテリや文学、哲学かぶれはもう古いみたいな感じはあったのよ。皆、新しいものに飛びついたりしてたわね~」

「花枝さんもそうやったんですか?」

「アタシはスポーツとか、踊ったりとか、映画とかさ、やっぱりそれなりに青春してたわよ、アタシだって若かったもの……」

花枝さんの眼は遠くを見てた。

「主人ね、アタシの大学の同級生だったのよ」
「えー、そうやったんですか」
「テニスしたりさ~、旅行行ったり、楽しかったわよ。で、あの人も結構いい会社に勤めてさ、まじめな人だったからうちの両親も反対しなかったし」

「それで結婚されたんですね」

「それがアナータ、アタシはそれほど結婚しようとまで思ってなかったのよ」

「あらま、なんかそういう気にならないことがあったんですか?」

「いや、その頃、ちょっと気になる人がいてね~」
え~~~~~~!! 花枝さんの二股疑惑~~~~~~~!!

「でも、その人はアタシより随分と年上だったし、噂ではイイ人がいたらしいからね~。アナータ、アタシもそんなに図々しいことできないじゃない?」
おおお、花枝さん、ヤマトナデシコ~~!! 

「それでも、なんかね、荒川の土手のところでさ~、『結婚しようか』って言われてさ~、アナータ、アタシだって嫌だって断れないじゃないの」
「けど、花枝さんも旦那さんのこと好きやったんでしょ?」
「そりゃまあ~さあ~、アナータ、ウチの人、結構、男前でいい声してるしさ~、背も高いしさ~友達には自慢できるわよね~ハホホ……」

「へぇ~ごちそうさんです」

花枝さんの頬が少し紅潮しているような気がした。

「でもね~ウチの人、先に逝っちゃってさ~、アナータ、いまやアタシは一人でパートのおばさんよ。つまんないわよね~ハホホ」
「そうでしたね。息子さんのところでご一緒にとか、考えてないんです?」

「つまんないけどさ~、働けるうちはアナータ、一人の方が気楽でいいのよ」
「そうかもしれませんね、働けるうちはね」
「アナータもまだまだ若いんだから、頑張って働きなさいよ。働いて美味しいもの食べとかないと、アナータもこれからやりたいように自由にできる歳になるんだからね。アタシもさ、67になってからやっとよ、ハホホ、だからさ、それもさ、好きに書いたらいいじゃない」

「ありがとうございます」

 私はこうして「花枝さん」を書くことを決めた。
ここで一つ、その話の最中に私は気付いたことがあった。たぶんそれは他の方が知らないことだ。

 一方、ここまでずっと「花枝さん」を読んでいただいた方はある疑問を感じておられる方もいると思う。

 そう、年齢のくだりだ。
私はEp1から常にこの年齢のことを取り上げている。実は彼女との最初のやり取りでこの年齢についての真実の話は聞いていた。花枝さんから直接……

 だからそれを踏まえたうえでEp1を書いた。そしてあと2~3の話もプロットも示したうえで彼女に許可をもらっていた。
 
 その答えが「まあ、いいんじゃない」だったのだ。

 年齢の真実はずっと謎ということにして話を書いていた。
でも、話を終えるにあたって大変勝手な判断だけれど、彼女の人柄を皆さんに知っていただくためにあえて書こうと思った。
 
 花枝さんは私にほんとの話をして下さった時点で、話に盛り込むことは認めてくださっている。だから最後にはこのことを話しておかないと花枝さんを私が敬愛する理由がすべて語れない。

 花枝さんはご主人が亡くなられてから歳をとっていない。

 同い年だったご主人は67歳で亡くなられた。その翌年から実は彼女は毎年67歳の誕生日を迎えておられるのだ。ご主人は誕生日が6月、そして67歳になられてすぐにお亡くなりになっている。花枝さんは翌2月にご主人の歳に追いつく。そしてそれから彼女はずっと毎年67歳だった。

「なんかね~時計が止まっちゃったみたいだったわ」

 彼女はそう言った。その後、例の間があった。
彼女の心にご主人との思い出がよぎっている間だったと思う。

 彼女は発送の荷物の上にちょこんと座り(本当は怒られるのだが)足をブラブラさせて遠くを見つめてた。そこにいるのは70歳を超えた花枝さんではなく、20代の松原智恵子さんによく似た、恋をしていた花枝さんだった。

「不思議なのよね、私の母親も67で亡くなったのよ。なんかあるのかな~とアナータだって思わない?」
「そうですね、不思議な感じですよね」
「なんでアタシだけ歳とっちゃうんだろうって思うわよ」

『だからアタシは67歳から齢をとらない』と彼女は言ってない。
勿論、私も『だからですか』なんてことは言わない。

 ただただ、花枝さんの想いは私の中ですごく大きなものだった。

 花枝さんが退職される日、私は挨拶をうけた。
「イヌヅカさん、お世話になったわね~」
「いえ、いえ、こちらこそお世話になりっぱなしで…… どうするんです?これから」
「うん、もう少ししたら鎌倉の息子のとこへ行くのよ。アナータ、アタシもさあ、もうそんなに長くは働けないと思うしね、去年位から息子も色々準備しててくれて」

「そうですか、それなら安心ですよね」
「そう、安心なのよ ハホホ」
「あの、僕、花枝さんの話、書いてるじゃないですか」
「え? ああ、アナータ、まだ書いてたの?」
「読んでくれてます?」
「あ~、読んでないかしら」
「・・・・・・」
「まだ、書くの?」
「いや、花枝さんがいなくなったら書くのはやめます」
「そうなの……」
「まあ、ありがとね、こんなおばあさんを話にしてもらって」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「イヌヅカさん……」
「はい」
「・・・・・・」
最後まで間があくんかい……

「アナータ、アタシ、そんな松原智恵子に似てるかしら……」

 そこだけは読んでるんと違うか?!

 
 
 完

ラブ・ストーリーは突然に 👆 Youtube Premiumのみの視聴です。
小田和正 Official 

このシリーズを読んで頂いた皆様、ありがとうございました。
急に花枝さんが身近にいなくなって、私も勝手にこの作品を続けるわけにはいかなくなりました。でもエピソードはまだあるのです。だから、主人公を変え、そのネタはSSとか短編の中に盛り込んでいこうとは思っています。


花枝さんを好きになってくれた皆さん、ありがとうございました。

花枝さん、読んでくれてます? お世話になりました。

僕はあなたが大好きでした。

こちらはカバー版 hi note music lounge 
原曲に近いカバーバージョンです。YoutubePremiumが視聴できない方はこちらからでどうぞ。


はたして前回Ep8でお気づきの方はいただろうか。

残念ながらご主人は5年ほど前に若くして亡くなられているが、今でもDVDを時折、観るらしい。ただ、声優が城達也さんではないらしく「ウチのひとの声じゃない」と仰る。

「花枝さんEp8 」より






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