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走れ!走れ!オレたち⑩

地上界完結編


 地上界でのジャイアントランニングは岸辺総理のコールにより全世界でスタートした。地磁気の乱れの為に通信手段が万全でない状況ではあったが、走れのコールはあの名曲と共に地球上のすべての人々に奇跡的に伝わった。

 皇居前広場をスタートした100万人を超える集団は岸辺を先頭に走る。しかし岸辺なだけにどうしてもスピードは上がらない。よって途中から陸上競技関係者がバトンを引き継ぎ、集団を引っ張るようになった。必然的に岸辺ら国会議員達は遅れをとり、集団にはじかれる格好で脇道に入るしかなかった。

 「総理、大丈夫ですか?もう辛そうですけど…」
主席秘書官が青息吐息の岸辺に声をかける。
ひーひーぜぇーと呼吸もままならない岸辺はまだまだと言いたげに手を左右にふるが、足はもつれ顔面蒼白で、ついに側道沿いの街路樹の根っこに倒れ込む。
「ひー、ちょっ・・と、ひー、タンマ・・・ひー、きゅーけー、ひー」
「なんです?」
「休憩させろじゃないですか?」
「みず、みず、くれー、ひー」
おーい、誰か!水!総理に水!
「しょうがない、しばらく休ませろ」派閥議員の一人が声をかけ、一行は小休止することになった。その間も大集団はどんどんと走って行く。
少し息が整い始めた岸辺に、これまた青息吐息でなんとか伴走してきた宝田教授は、ここで告げなければと意を決して岸辺に言った。

 「総理、ここまでの総理のリーダーシップを、私は感服いたしております。しかし総理、これだけはどうしても申さねばなりません」
走りで青白くなった顔にこれまた緊張の宝田の表情に、岸辺はただならぬ気配を感じ「なに?言ってください、ひー」と答える。

 「総理、このジャイアントランニング、走れー走れーは成功しません」
「ひー?」
「無理なんですよ、人類が全員走っても、地球を回すなんて」
「ひ、ひー??ぴー?」
「?ぴーちゃんですか?」
「ひぃ」岸辺は頷きながら短く答える。あんたはショッカーの戦闘員か!と突っ込みたくなるのを堪え、宝田は続けた。

「ぴーちゃんがぐるぐるして、ぐるぐるするのは、あのぐるぐるが軽いからぐるぐるするのであって、地球の質量は人類総数よりもはるかに重い。だからどんだけ~蹴っても回りっこないのです。」
「ひ~」と言って岸辺が気を失いかける。おい!水だ!水ぶっかけろ!
気を取り戻した岸辺は、宝田の胸ぐらをつかみ叫ぶ。

 「なんでそれを先に言わない!ひー、もう、みんなにコールしちゃったじゃないか!ひー、世界中で50億から走ってるんだぞひー!今更、ひー、回らんなんて言えるか?」
岸辺は泣きながら宝田の胸を二度三度と拳で叩く。宝田も辛かった。奇跡が起きてほしい、そう宝田も願っていた。しかし科学者としての宝田は真実から目を背けてはいけない。
 「総理、走るのをやめろとは言いません。世界の人々を一つにまとめ、同じ目的で行動させたのは間違いなく総理です。たとえ人類がこのまま終わりをむかえたとしてもそれは総理のせいではありません。あなたは最後の指導者として立派にその使命を果たされたのです」
宝田の言葉に派閥議員達も「そうだ、その通りだ」と口々に声をあげながら皆、泣いていた。

 岸辺は涙をウェアの裾で拭うと、すっくと立ちあがる。
「おい、今からお台場に向かうぞ」
「なんです?」
「お台場から船に乗り、多摩川へ入って集団の前に出る。そして再び皆の先頭に立って走るんだ。最後まで、今度は最後までな」

 岸辺ら一行は急遽お台場へ走った。もう、岸辺の意向に誰も逆らわなかった。最後までこの人についていこう。最後の総理大臣、岸辺に!

 お台場で船をチャーターし、岸辺ら一行は東京湾をいったん南下、羽田空港を回って多摩川へ入り、多摩川浅間神社辺りまで川を上り、集団の先頭に先回りしようと考えていた。車があれば首都高を走ればすぐなのだが、現在使える車はないゆえのボート戦略である。

 船に乗りエンジン全開で東京湾を南下する一行。空は地磁気の乱れからか日本では珍しいオーロラが見え出した。赤みがかった揺らぐ炎のようなその光景は美しいと感ずるものではなく、最終章の幕開けを思わせる不気味さだった。風も強くなり空全体が赤く焼けていく。誰もが迫りくるその時に震えていた。
「総理、もう時間があまりないようです。お覚悟を決めるときかと…」
宝田は大きく波打ちだした海と赤く揺らぐ空を見て岸辺に告げる。
「いや、最後まで、最後まで望みは捨てん」

 その時、船が速度を落とした。そしてついに停まる。
「どうした!?、なぜ停めるんだ!」岸辺は叫んだ。
「総理!海が、海が!」船首にいた男が叫んだ。
一同が前方の海を見ると、海面が無数の魚類で埋め尽くされ、大地のようになっていく。地球の終末に魚たちも行き場をなくし海面へ集まっていたのだ。
「これでは船は動かせません」
「もはやこれまでか」
宝田は覚悟し、ずっと抱いていたぴーちゃんを見た。
ぴーちゃんはヒマワリの種でもぐもぐタイム中だった。ちょっとばつが悪そうだった。

 「まだ行くぞ!」岸辺は叫ぶ。
流石にこれ以上は無理と一同は顔を見合わせる。しかし岸辺は叫ぶ。
「お前たち、この状態を見ろ!海面は魚で大地のようになっている。これならこの上を走れるぞ、走って走って前へ進む!因幡の白うさぎ作戦だ!」
岸辺は来年がうさぎ年だということをかけて、内心、上手い!と得意満面の表情で一同に言う。
「さ、皆、飛び降りろ!行くぞ!」
岸辺は船首から魚の大群の背に飛び降りる。少しぷにょぷにょしているがそれがバネになり、ぴょんぴょんと本当にウサギが跳ねるように走る。
「おい、因幡の白うさぎって、鮫に食われるんじゃなかったか?」
「いや、騙した罰に皮をはがれるんだ」
「大丈夫か?」
「いや、だめでしょ」
そんなことを言って船から下りない秘書や派閥議員らを振り返ることなく、岸辺はぴょんぴょんと跳ねていく。
 
ぴょんぴょんする岸辺に天からまた、あの歌が聴こえてきた。
走れー走れー♪ オレーたーちー♪ ながれーる♬なんとか かんとか―♪

岸辺はその歌を聴きながら、跳ねながら思う。

おれは…おれはー!最高に…カッコいいぞー!!

 赤く不気味に揺らいでいた空に金色に耀く環が現れる。岸辺は悦に入ってそれを自分への賞賛のリングだと思った。
金色の輪はどんどんと大きくなり、やがて空をすべて金色に輝かせる。
「神よ、私を導き給え・・・」
岸辺は両手を天に掲げた。光は岸辺を包み込んだ。

 同じく金色の光が空に拡がる様子を見ていた船上の宝田たちは、信じられないものを目にする。金色の光が人型になり天を駆け、そしてそのあとに満天の星空が現る。
「夜だ、夜になったぞ、地球が動いているぞ!」
宝田は叫んだ。
空全体がプラネタリウムのショーのように、どんどんと星が月が流れていく。そして東の空から明るくなり、もう、日の出はすぐそこまでにやってきていた。

 大天文ショーに見とれていた一同はふと海面に目をやると、大地のように群れていた魚たちは消え、見飽きた東京湾が戻っていた。
「宝田さん、これは…」
「うん、奇跡が、奇跡が起きたんだ!」
宝田はぴーちゃんを両手で大切に包み空に掲げた。
ぴーちゃんはまだもぐもぐしていた。

 陸でもあちらこちらから歓喜の声が風にのって聞こえてくる。
地球は救われた。オレたちの走りで。
皆、そう思っていた。本当は違うけど。

 「ところで、総理は?」
誰かが言う。
「あ~~~~~」
一同が我に返り、海上を見た。
一頭のイルカが背に岸辺をあお向けに乗せ、陸地のほうへと泳いでいる。
意識があるのかは分からなかったが、波をイルカが切るごとに手をぶらぶらさせて「おいでおいで」と、白鯨のエイハブのごとく呼んでいるように見えた。

「総理~大丈夫ですか~?」
「今、助けに行きますから~」
船は岸辺とイルカを全速で追う。

 東京湾に先ほどと同じく金色の光がその環を拡げ、2023年が明けていった。


2023年その後(最終話)につづく

エンディングテーマ【Runner (平成30年Ver.)】
サンプラザ中野くん 公式MV

走れ!走れ!オレたち①   
走れ!走れ!オレたち②
走れ!走れ!オレたち③
走れ!走れ!オレたち④
走れ!走れ!オレたち⑤
走れ!走れ!オレたち⑥
走れ!走れ!オレたち⑦加筆修正版
走れ!走れ!オレたち⑧
走れ!走れ!オレたち➈




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