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ヨハン・ユスト・シューシャルト(Johann Just Schuchart :London. ca.1741-1753))破損したテナージョイントの修復記録 7

リードについて

ヒストリカルファゴットのリード全般に言えることは、
1,どの国のモデルなのか
2,当時のオリジナルメーカーの実働年代はいつごろか
3,当時のその国のピッチがどのくらいなのか、
4,実際に演奏に使用する場合のピッチ
5,(レプリカの場合)現代のどのメーカーのレプリカなのか
 A.オリジナルの計測値を忠実にコピーしているメーカーなのか
 B.現在の演奏家の要望をフィードバックしているメーカーなのか

がリードを製作する際に考慮すべき要素になります。
今回はオリジナルなので、1,2,3のみ検討することになります。

この楽器の場合は
1,ロンドン
2,18世紀半ば
3,A =408前後?
4,A =415
となります。

実作業は「様々なリード作って試していく」だけのことです。しかし試行錯誤の最中に「ああ理屈から考えるとこうなるよな」という局面がしばしばあります。なので楽器の時代背景はしっかりと認識するのがいいと思います。

リードのデザインについて


W.ウォータハウス氏による有名なヒストリカルリードのスケッチ

18世紀のファゴットリードについては、オジが著した教則本に製法や調整法が書かれており、同時代のフレーリヒの著作とともに様々な研究者によって解説されていますし、世界中の演奏家がそれに従いリードを製作し演奏しています。
ですから、いまさら私が述べるようなことはないのですが、この楽器を修復、調整する過程で感じたことを書き留めておきます。

まず、私が常用しているリードは、今使っている Prudent:ca.1760 Pris に合わせています。
デザインは、ほぼオジの残したサイズに基づいています。
(オジは、これらの測定値は、ケーンの品質に応じて変化する。とも述べた。)

オジのリードサイズ

私の平均的なリードサイズ

全長:63mm〜66mm
ブレードの先端巾:約17mm
第一ワイヤーのブレードの始まりあたり:約10.5mm
ガウジングは少し厚めで1.2〜1.3mm(ブレードの裏側はチューブ部分よりも少し薄くなるようにガウジングしています)

試奏でわかったこと、感じたこと

上記のデザインのリードで試奏を初めました。
常用しているリード(パリで活躍したオジの幅広いブレード)はパリ後期バロック〜クラシカル時代の細い内径を持つバソンの低音域をより鳴らしやすくするリードではないかと思います。

しかし、色々と試した結果、ブレードの巾はオジのサイズより狭い方(約16mm〜17mm)がこの楽器には合うようです。この楽器はそれより前の時代にロンドンで作られた楽器であり、内径はパリの楽器よりは太いので低音域の音色はより充実しています。リードをそれほど幅広にしなくてもいいわけです。またオジの時代のパリの楽器に比べるとあきらかにバロック的な音色(粒子の荒い音)を持っています。

運指表が示す事実

後期バロック時代になると、パリではラモーのオペラなどでファゴットにも g'# や a' などの高音が求められることもあり、運指表にも記載されています。また、高音域のためのウイングキーも比較的早くから装備されました。ところが18世紀のロンドンのファゴットは、必要性がなかったのか、1730年〜1756年の間にロンドンで出版された運指表記載の最高音はg’までです。

以下は、1730年にロンドンでウォルシュ社によって出版された「Musica Bellicosa」に掲載された運指表についての Paul J. Whiteによる考察です。

  • 調律法への示唆:この運指表は、英国におけるバロック時代の運指法に関する最も古い完全な資料で、特定の臨時記号(シャープとフラット)に対する偏りを示しています。この偏りは特定の調号と、古典調律(非均等調律)と呼ばれる調律法が好まれた可能性を示唆しています。(いくつかの音程が平均律律法と比べてわずかにずれていることを意味します)

  • 臨時記号のダイアトニック運指: 一部の臨時記号(C#など)の運指は、楽器の自然音階に関連しています。例えば、C#はCと同じ指使いで鳴らし、DbはDから唇を下げることで演奏します。

  • 高音:高音の運指には「ピンチング」と呼ばれるリードを強く挟むテクニックが必要となる場合があり、これはテナー音域よりも高い音域において、リードや楽器自体の機能の限界を示唆しています。

実際に試奏に使っているリード

この <Johann Just Schuchart / Londonca.1730>
  も例外ではなくg’#がなるかどうかはリードによります。a'は限りなく遠い感じです。つまり高音域の安全ためにリードの巾は自然と狭くなってくるのです。

右側2本はオジのサイズによるリードで、プルドンのオリジナルにフィットするリードです。左に行くにつれてブレードは細くなり、一番左は堂阪氏より提供のリードです。

楽器に一番フィットしているのは中央右側(白い紙の上)の2本です。
堂阪氏のリードを含む左側の3本は、考えられる限り一番細いシェイプです。この3本でも、まずまずの結果はでています。
一番右側2本は「オジ」のタイプで、演奏は可能ですが、高音域は「ピンチング」を使い、少し無理をしないと出せません。(発音時にリスクを伴う)

・高音域のためには巾が細い方がいい。
・低音域の音色は巾が広めのほうがいい。

という当たり前の結果がでています。理想を言えば、高音域の安全のために今試奏に使っているリードをほんの少しだけ細くする。という選択肢もありかもしれません。

リードに関して、その2(補筆)

18世紀においては楽器を購入するとリード2〜3本が付いておりリードは楽器の一部でした。そして奏者はそのリードを大切に何年も使っていました。この付属リードを製作したのは楽器製作者本人なのか、それともメーカーお抱えの製作者がいたのかは定かではありませんが、良いリードは奏者にとっては貴重品だったのでしょう。現代は新しいリードが簡単に手に入りますが、18世紀ロンドンのパブで大切なリードを紛失したプロ奏者が新聞広告で懸賞金をつけて探した、という話も残っているくらいです。
ロンドンでリード販売に関する文献が最初に登場するのは新聞広告です。1761 年 10 月 1 日付のホワイトホール イブニング ポストに ジョージ・ブラウンという人の出した広告に、ファゴットリードの記載がありました。この人はあらゆる管楽器を販売していたようです。

モダンリードとヒストリカルリード

モダンリードは全体が均一な厚さにガウジングされたケーンを使い、ブレード部分は外から削り込まれ、繊維の柔らかい部分を使い繊細なスクレープをしてバランスをとっています。これは広い音域をカバーし、ソロ曲やオーケストラでの無理難題に応えるための宿命であり、完成されたスタイルでもあります。ブレードは微妙なバランスで、かなり薄くまで削られるので、リード製作者は必然的に加工しやすい材料を選ぶようになります。材料が柔らかいと必然的に耐久性は落ちます。

一方、大雑把な私のイメージでは、ヒストリカルリードはブレードそのものよりも全体の形状で振動を整える、という感じです。
ヒストリカルリードは均一なガウジングをした後、ブレード部分の裏側を先端に向かってだんだん薄くなるようにスクレープします。
その結果、ブレード部分は表皮近くの固い繊維層を使うのでスクレープは難しいですし、表面をだけ見ると完成リードのスクレープはモダンリードに比べてかなり大雑把に見えます。しかし、ブレードの裏側が絶妙に薄くなっており、さらにフォーミングもかなり慎重におこないます。私が「ルーム」と呼んでいる第1ワイヤー付近の内部空間が特に重要です。オジはこのルームを形成するための2つのマンドレルを示しています。現在使われている「フォーミングマンドレル」はリードの根本から抜き差しできますが、オジのフォーミングマンドレルは楕円であり普通のマンドレルより巾広なので、一旦この部分を成形したら、リードの糸をほどいてからチューブ部分を整形するために通常のマンドレルを使います。

実際、良くできたヒストリカルリードは、水に浸した時にブレードが大きく開きますが、針金を触らず、ブレードの先端を静かに閉じることによって制御が可能になり。大きな厚いリードであるにもかかわらず、繊細な振動を取り出すことができます。ヒストリカルバスーンは常用音域が3オクターブ未満で、ブレードに大きな負担がかからないこともあり、必然的に長持ちするリードになります。これは現代のコントラバスーンのリードが長持ちするのと同様です。10年前のリードが現役で使えることも珍しくはありません。

モダンバスーンは、様々な改良の結果、音程補正のためのホールがあちこちに開いており、それを連結キーで自動的に開閉できるようになっています。そのモダンバスーンですら一つの音に対して複数の補正運指(替え指)が存在するので、優れた奏者はそのフレーズにふさわしい運指、息の量、アンブシュアの深さ、角度、圧力を常に修正しながら演奏します。もちろん、ヒストリカルバスーンでも同様のことがいえますが、ヒストリカルバスーンの音、音色、音程は、さらに精妙なバランスの上に成立しています。わかりやすい例えは、ナチュラルホルン演奏者がアンブシュアや息を調整しががら常に右手を出し入れしているのと同じことを「ひっそりとやってのける」のがヒストリカル木管奏者なのです。
加えて、ヒストリカルバスーンではモダンバスーンよりもはるかに多くハーモニックス運指を使います。例えばGの指使い(123・456)でD3を鳴らすことがあります。モダンバスーンの設計ではこの音は実用にはなりませんが、ヒストリカルでは良い音色で使える実用運指です。

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