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最後のメッセージ

2021年7月24日 11:48 AMのブログ

先日、青田ケンイチが亡くなったらしい。
「らしい」と書いたのは昨晩、知り合いのツイッターRTに、彼の訃報を見つけたばかりだからだ。
本人にはまだ、確認できていない。報せが本当なら、連絡のしようがないんだけれど。

最後にLINEが来たのが7月19日。亡くなったのは、20日未明だそうだ。
LINEの文面はいたってシンプルなもの。都合が悪くなり、次回撮影の日程を変更したいとのことだった。

事実だとして(複数名の追悼がツイッターに上がっているから間違いないんだろう)、今の時点で何の情報もない。
彼が突然この世を去ったと、数時間前に知ったまでだ。だから、何のコメントもしない。

ひとまずこの曲とその直後に撮ったトークが、おそらく生前最後の記録と思われる。

この日の撮影は、あえて格安マニュアルレンズを使用している。シャープすぎない仕上がりを狙った。
ピントが合っていないカットもあるけど、彼の好んだ白黒映像に、意外とマッチしている気がする。

ご覧いただければお分かりのように、ここでのパフォーマンスに「死の影」など、一寸たりと見当たらない。

キミはこの日、オリジナルを撮りたがるボクに中島みゆきのカバー曲を主張した。
ちゃんと聴いたのはこの日が初めてだったけど、確かに名曲だ。キミのソウルフルな歌唱に違和感なくハマっていて、撮るだけの甲斐はあったと思う。

だけどこんなことなら1曲でも多く、キミの曲を残しておきたかった。結果論だけどね。
才能に比して報われないミュージシャはごまんといる。世に出れるか否かは紙一重の世界なんだと、キミや牧野佳代を知った後では、つくづく思う。

まだ終わらないでいい。諦めないでいい。
新たな展開を求め動き出そうとした矢先に、これはないだろう。もっとワクワクすること、できたはずなのに。

「ファイト!」か。
キミは誰に向かって、このエールを送っていたんだろうか。

2021年7月25日 3:01 PMのブログ

青田ケンイチと、新しいYouTubeチャンネルを立ち上げようと考えた。
彼いわく公開に際し、20本くらいの動画を、あらかじめ用意しておいた方がいいとの事。
そこで今後は、歌やコメントを撮り溜めしていこうとなった。

7月1日、この収録が最初になる。それから3週間も経たぬうち、彼は忽然とこの世からいなくなってしまった。
だから彼のオリジナル作品を撮ったのは、「ケムリ」と、この「熱病」だけになる。

青ケンは、白黒の映像が好きだった。
最初この動画も、白黒に変更して欲しいとせがまれる。でも、ちょっとしてから「このまま行きましょう」と、返事が来た。だから今回も、カラーのままアップする。

狭いスタジオで撮り続けるのは画え的に限界があるから、ちょっとだけでも外で撮影しないかと誘った。
明確な理由は言わず、「今日は止めときましょう」との返事。ま、雨もけっこう降ってたからな。

出来上がった映像を見せると、「夜の雨の公園なんか、いいっすよねぇ。もっとそういうイメージ、挿入したいっすよねぇ」。
おい、それオレが最初に撮ろうって言ったやつじゃん。勝手なヤロウだ。

正直、撮った時はいまいちピンとこない曲だった。
このあと彼のトークも収録したけど、特定の恋愛経験に捉われない別れのイメージを歌にしたものだ。

ところが今聴くと、「熱病」が彼の farewell Song に響いてならない。
取り返しのつかない時間、「過去」という名の非情を、今という変更の効かない「現実」そのままに映し出している。
僕たちを置き去りに、ひとり去ってしまった青ケン。
まるで自分のためのレクイエムを残すため、僕という共犯を必要としたかのようだ。

誓っていうが、このとき彼に忍び寄る死の影など、微塵も感じていなかった。
彼もそうであったと、断言できる。偶然がこの曲を、最後の公開とさせたまでだ。
でもそれこそが天の差配であったと、今となっては思えてならない。

彼を愛する人たちのツイッターは、大切な存在を失ったことへの喪失感に満ちている。
嘆き・悲嘆・友情・愛。いずれも彼が受け取るにふさわしいメッセージばかりだ。

彼よりだいぶ歳も多く、付き合いも浅い僕からすれば、世に問う機会を永遠に閉ざされてしまった才能をこそ、惜しむ。
生前、彼の作品はもっと多くの人に触れられるべきだったし、常人離れした声量は、かけがえのないものだった。

彼のラストステージにワンマンショーの形で浴した僕は、その一点に限れば、幸運だったのかもしれない。
そしてもう一つの気がかりについて、日を改めて綴りたい。

イラスト hanami🛸|ω・)و

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