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味噌汁の香りとおじさんとの時間そして相棒になったアイツ・後編 「カレーの香りと家族の色」  #カバー小説

味噌汁の香りとおじさんとの時間そして相棒になったアイツ・後編 「カレーの香りと家族の色」  #カバー小説



前編 味噌汁の香りとおじさんとの時間

後編の前に

後編は、事件の後、数年後の設定です。
法的判断や裁判的な状況には触れていません。
また、この少年のような状況で外部に出かける機会があるのかは疑問ですが、ここでは架空の話としてお読みください。


少年、寄り添うカウンセラー、
この後編で登場する相棒の話です。



後編 相棒になったアイツ

おじさんとのカウンセリングは続いた。


いくつもの季節が通り過ぎていった…。
ここの暮らしは部屋にこもっていた、あの頃とは違う。
やりたいようにやる事はできないけど、昼夜逆転だった頃と違ってここでは朝起きるようになった。
ここはつまらないけど、朝の日差しって気分がいいかもしれない…。
嫌な作業するのも慣れてはきた。
繰り返しの単純な日々…。
いつのまにかボクは、おじさんが来るのを心待ちにするようになっていた。


初雪が降る頃、おじさんが頬を真っ赤にしてやってきた。
手袋とマフラーを外しながら言った。
「いや、今日は寒かったよな。ここも寒かっただろう?」
おじさんはコートの下も着膨れするくらい着込んでいた。寒がりだなぁ…。
「ボクは若いから大丈夫さ」
「お?人を年寄り扱いするんかー?」おじさんは笑った。
そして、いつも通りの他愛無い話をひとしきりした。
帰り際、おじさんは、
「次はちょっと早めに来るよ…クリスマスの頃な」
そう言って帰っていった。



クリスマスが来た。
ここでもボランティアの劇や歌を観たり、ほんの少しだけど、ちょっとしたご馳走も出た。

「カウンセラーさんが来るから早めに今日はあちらの部屋に移動を…」
そう言われてボクだけ先に抜ける事になった。

「あ、おじさんだ」
今日は、いつもと違う部屋の前に、おじさんが立っていた。
…やせっぽちのイヌを連れて。



「おお、抜けられたかい。今日は、君の相棒になるヤツを連れて来たんだよ…」
おじさんは、いつにも増して満面の笑みでボクに話しかけてきた。
ボクがキョトンとしていると、また話し出した。
「コイツね。虐待受けてたところを動物保護団体に保護されてねー。いや、うちの母ちゃんがイヌ好きでさ。その仕事の手伝いしてるんだけどね。人に怯える癖があるから譲渡会では無理そうなんだ…『24時間付きっきりで世話できる誰かいないか』って探していたんだよ。『その人にサポートを任せてコイツを立ち直らせる訓練したい』って言っていたから、君を思い出してさ。連れて来たんだ…君さ、イヌ好きだろう?」
「え?コイツのサポート?!…イヌは好きは好きだけど…」


おそるおそる、ソイツのアタマをなでてみた。
久しぶりの感触。温もりが伝わってきた。
ソイツはチラッとこちらを見たけど目をそらして、眉間にシワをよせて微かに震えていた。


「どうせ、暇だしな…」
ボクは、おじさんからリードを受け取るとソイツを連れて運動場に出た。吐く息が白いのがわかった。
向こうの隅には雪が積もっている。
見上げるとちょっと大きめな雪が空から降ってきた。


ただ並んでグルグルと歩いてみた。
さっきはブルブル震えていたけどソイツも嫌がることもなくついて歩いた。

歩いているうちに上着を脱いでも良さそうなくらいにカラダが温かくなってきたから、向こうのベンチに上着を脱ごうと立ち止まった。
するとソイツがチラッとボクを見あげているのが視界に入った。
目をやるボクの視線に気づくと、また目をそらした。


そんな出会いの後、ボクはソイツを世話する事になった。

「名前つけてやらないとな…」
うーん名前、何も思いつかないよ…。


名前もなしで、ソイツと一緒に部屋で寝起きして、餌の世話、散歩…。
震えることはなくなったけど、相変わらず目も合わさないし、全然吠えもしない。


そうして2週間くらい経った、ある日のこと。
「ほい!エサだ」
と言ったら、ソイツは初めて声を上げた。
「ワン!」
「ワン?!おー!オマエ声が出たんだな?吠えもしない、おとなしいヤツだなと思ってたよ。記念すべき日だ。今日は1月11日か…。
1・11…?!ONE ONE ONEじゃん!
よし、今日からお前の名前はONEだ!『ワン』に決定!」



それからというもの、一日中、ボクはワンと一緒に行動した。
これは保護犬とボクのようなヤツとの「何とかプログラム」らしい。
「アメリカで刑務所にいる人たちでやってた『プリズン・ドッグ』って言う前からやっていた取り組みを日本でもやる事になったんだ」っておじさんが教えてくれた。
ボクの他にも何頭かのイヌたちがここにも来て、一対一で担当になったんだ。


作業の時も横にずっとワンは付き添っていた。伏せをしたままじっとしてね。
ワンはいつからか目を合わせてくれるようになった。
相棒と認めてくれたのかな?

作業が終わると、ボクは運動場をグルグル散歩した。まあ、残念ながらここから外へは出られないけどね…。
探検みたいに、ワンはあちこちの匂いを嗅いでいた。


ワンが熱心に嗅ぐ辺りを観るとぺんぺん草が生えていたり、たんぽぽの花が咲いていたり、小さな新しい発見があった。こんなの前のボクだったら気づきもしなかった。


温かくなって来たある日。
ビューンと強い風が吹いてきた。
ワンと二人で向こうの方を見上げると、どこからかピンクの花びらがひらひらと飛んできた。


運動場の片隅には、たんぽぽの黄色い花が咲いていた。白いふわふわのボールみたいな綿帽子に息を吹きかけると風に乗って綿毛が空へと舞い上がった。

ワンも風に乗る綿毛を追いかけるように長いリードがギリギリ伸びる所まで走った。


そして半年後、特別な許可でここの数人が犬を連れて近くの老健施設に出かける事になった。
そこのおじいちゃん、おばあちゃんとの交流会をする「ふれあい会」をする事になった。


当日は、おじさんも来てくれた。
「まるで授業参観みたいだなぁ」とボクは思った。
ワンを連れてボクは、おじいちゃん、おばあちゃんとお茶とお菓子を食べる事になってテーブルに分かれた。


「あっ!!」
その後は涙が出て声にならなかった。
「ばあちゃん…」


おじさんが後で教えてくれた。
ばあちゃんは認知症が進んで、一人暮らしが出来なくなったらしい。
本当は、ずっと前からボクの所に近いこの施設に申し込んでいたんだ。やっと手配できて、この正月にここに入れたんだって。


ばあちゃんは、ボクがボクだとわからない。ニコニコしながら、
「にいちゃん、これを食べな」って言って、お菓子をくれた。

「おや?かわいいワンちゃんだねー。おりこうさんだ。お座りが上手だね。いい目をしているよ、この子。可愛がられて暮らしているんだネ。

ばあちゃんもイヌ飼ってたんだよ。孫が犬好きでね…いい子なんだよ…優しい子でね。絵が上手なんだ。大きくなったら、絵描きになりたいって言っててネ…」

ボクは涙が溢れて前が見えなくなってしまった。



「ばあちゃん、また来るよ…、そしておじさん、ワンありがとう」
ボクは心に思った。

おりこうにお座りしているワンは、思いっきりシッポをブンブンと振っている。
コイツはボクが嬉しいのがわかるんだ。
ワンも「ものすごく嬉しいよ!」ってサインを送ってくれてるんだよ。



「にいちゃん、ワンちゃん。今度はばあちゃんのうちにおいでよ。ばあちゃんがご飯炊いて味噌汁作って待っているからね…」



「おばあちゃん、そろそろお部屋に戻りましょうか」
施設の人は、そう言って、ばあちゃんの車椅子を押して部屋へと連れて行った。

ボクとワンは、ばあちゃんの姿が小さく見えなくなるまで見つめていた。


そんな二人をおじさんは、後ろから嬉しそうに見ていた。


         おしまい


プリズンドッグとは


アメリカでは「プリズンドッグ」という取り組みで、刑務所や少年院にいる入所者さんが犬を世話するプログラムがあります。
中にはセラピードッグや介助犬と育ててる場となり社会貢献していると、紹介される記事もありました。また、この取り組みを卒業して出所した人たちは再犯率がほとんど無いという少年院もあるようです。

日本でも盲導犬育成のパピーウォーカーとして育成支援をしている所もあるそうです。
少年にも犬にも、お互い癒しになるだけでなく、介助を受ける人や視覚障害者への社会貢献にまで広がる取り組みに感動しました。


それにヒントを得た小説になります。
実際にはこんなに簡単に癒せないだろうと思いますが、少年の深い闇が癒されるように考えて書きました。


カバー小説 | 椎名ピザさん
企画参加



椎名ピザさん、こういう機会を頂き感謝しています♪


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