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【バイク教習日記番外編2】あまりにも出来なさすぎてびっくり!

50歳153㎝の女子が無謀にも大型バイクの免許にチャレンジした時のことを振り返りながらコーチングやカウンセリングの観点から分析していきます。

あえて苦手にチャレンジしたのは何故?

来る日も来る日も同じ課題を繰返す日々
全く上達しない自分に凹む日々
出口がみえず不安になる日々

なんでこんなことやってるのかな?
膨らむ劣等感と自己嫌悪

得意なことに時間を使い伸ばすほうがいい、特に歳を重ねていればなおさら

クライアントさんに聞かれたら確実にこう答える。

それなのにあえて苦手にチャレンジして劣等感と自己嫌悪に苛まれる日を送るなんてクレイジー極まりない!

「マゾなの?修行僧なの?」

バイクの免許を取るためにあえて苦しい日々を送る必要性もないし、そんなつもりでチャレンジを始めたわけではない。
しかし、チャレンジをはじめてみると思いのほかハードで、心身ともに修行のような日々になってしまったのだ。


予想以上に出来なさ過ぎて我ながらびっくり!


運動神経がないと思っていたのは「思い込みかも?」という気づきから「やってみよう~!なんとかなるさっ」という軽いノリでチャレンジを始めたもののあまりの出来なさに我ながらびっくり!

苦労はするだろうと覚悟はしていたけれど…こんなに心身ともにグロッキーになるほどに「出来ない」とは思わなかった。

50を過ぎて老化が始まるこのタイミングからなまりきった運動神経を叩き起こすことがこんなに大変だとは!

運動に対する苦手意識から「出来ない自分」のイメージが強烈すぎる

チャレンジする!と意気込んではいるけれど、教習を受けている時はとにかく「ビビる」「頭が真っ白になる」「恐怖で体が固まる」と積極性とは程遠い有様

コーチングやカウンセリングを生業にしているので、不安や恐怖が能力発揮にブレーキをかけ、普段以上に「出来ない」自分になることは知っていたし、メンタル不調の時に経験していたはずなのに…

こんなに苦しいのか…こんなにままならぬものなのか

喉元過ぎれば熱さを忘れる

クライアントさんのしんどさや苦しみを経験者然として分かった風に受け止めていた自分が恥ずかしい。

あまりの出来なさに心が何度も折れかける

あまりの「出来なさ」「物覚えの悪さ」に我ながらドン引き…。メンタル面で凹むだけでなく実際にコケまくり打ち身すり傷だらけになる。

心身共に疲れて凹み過ぎると終いには

「私はバイクに乗ってはいけない類の人間なのでは?」
「バイクに乗るのは死へのパスポートなのでは?」

などと普段なら考えられない思考が働き、こういった超ネガティブことを本気で考える始末

バイクに乗りたいから教習を始めたハズなのに…途中から本当にバイクに乗りたいのかすら分からなくなる。

怪我してしばらく休むと教習に行く気力がなくなってきて「もうやめようかな…でも」と迷って思って予約取ってはキャンセルを繰返す。しばらく行かないと休み癖がついてますます行く気が出ない。

そんな時夫が「仕事が空いたから教習見学に行っていい?」とご丁寧に送迎してくれることが何度もあった。
送迎という名の強制連行だったような気もするけど…

夫は一緒にバイクに乗ることを楽しみにしていたので、教習所になかなか足が向かない私にしびれを切らしたのかもしれない。

強制連行してくれたからこそ諦めずに続けられたと思うけど、タイミングが良すぎるあたりやはり夫もいろいろ気を使ってくれていたのだろう。

登校しぶりをする小学生とはまさにこう言った気持ちなのだろうかと考えながらも、バイクにはなんとか乗り続ける

心身共に紆余曲折しながらも、何度も折れた心に「接ぎ木」をしつつ教習を続けることができました。


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