理学の合言葉 1 数学も科学もみんな表現!

理学の目的であり、一番の魅力とも言える「形式化」について話していこうと思います。

理学は、「直感的に私達が考えたいこと」の表現法の一つです。
なのでまずは、絵や音楽、日本語、英語なども含めた、一般の表現について考えましょう。
これらの表現は、以下のおおよそ二種類に分けられます。

1 意味を含ませた、枠組みも中身も合わせた表現
2 意味を含ませず、操作などの枠組みのみの表現

ここで1が「意味論的表現」、2が「形式的表現」、枠組みが「形式」、中身が「意味」、1から2の表現に翻訳することを「形式化」ということにします。
また、多くの表現は意味論的表現に該当します。
そして本題の理学について、意味論的、形式的表現どちらのものもありますが、理論的な本質は形式的表現にあるといえます。
ここで、「意味論的なほうが広くて完全に表現しているんだから、そっちだけで良いんじゃないか」と思うかもしれません。
ですが、受け取れる全てを拾わず、視点を限定することによるメリットも沢山あるんですね。

例えば、黒鉛とダイヤモンドは、外見性質全てに同時に注目すると中々関係が見つかりません。
しかし、構成している元素という視点のみに限定してみると、同じ炭素からできているとわかります。
その理解がないと、黒鉛からダイヤモンドをつくれるんじゃないか!?という発はきっと生まれなかったでしょう。

話を戻しまして、次は形式的表現は具体的にどう進むのか考えます。
…とはいっても、皆さんが思っている以上にこれは自由です。
その人がしたいことを、その人が望む範囲で、その人なりの方法で表現したらいいのです。
なので大量の形式的表現法があるのですが、その中でも以下の条件を満たす手法が好んで使われます。
1~3と4はほぼ同値ですが、念の為分けて書きました。

1 少しの前提を活用し、他の多くの形式的表現法を再現する形である
2 1の前提がその人の直感に合い、自明である
3 1の活用がその人の直感に合い、自明である
4 何かの表現としてある程度普遍的である

重要なのは、「1は再現以上のことは求めていない」ということです。
他の形式的表現法の本質まで表現しなくても、外見と性質さえ表現すれば十分です(もちろんしてもいいですが)。
また、1より、複数の形式的表現が互いを再現、表現しあうことがあります。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?