ラッキーストライク

ラッキーストライクっていうタバコがある。アメリカ発祥の、パッケージの赤い丸がトレードマークのやつ。ラッキー!かつ ストライク!って、なんだかハッピーでわくわくしちゃう、いい名前だよね。
チバユウスケってひとも、ラッキーストライクを吸っていた。まあ、最近死んだんだけど。


12月5日のあの日、訳がわからないまま、タバコを買いに行った。銘柄は、もちろんラッキーストライク。それしか知らなかったから。
タバコなんて吸ったことなかったよ。でもさ、チバが死んだんだ!線香もあげられないんなら、せめてチバが好きだったタバコの煙ぐらいは届けたかったの。

火をつけて、息を吸う。タバコの吸い方はネットで調べた。案外真面目なんだ、ボクは。
初めて吸ったタバコは、それはもう信じられない味がした。まずい、どころの騒ぎじゃない、人間が摂取するべきでは無い何かだと思った。(それは、そうなんだけど。) 苦しいし、クラクラするし、煙は邪魔だし、全然良さがわからん。ただ、あの独特の煙の匂いは、チバの骨が焼ける匂いなのかもしれないと思って、忘れないように吸い込んで、むせた。


ラッキーストライクには、一箱に二十本タバコが入っている。これが無くなるまでに、お別れを言おうって決めたんだけど。
吸い殻は増えていく、チバがどんどん過去になっていく。消えかけたタバコから上がる細い煙が目に染みて、涙が出た。


二十本目は、夜に吸った。
これが最後なんだけど、ぜんぜんチバにさよならを言える気がしなくて、どうしよー、って思いながら、チバの全部を吸い込むつもりで、息を吸った。
やっぱり苦しい。涙目になる。
そん時さ、ふっと空を見上げたら、星が一個だけ光ってんの。他に星なんかない、まして月も見えない。ただ一つだけの光が煌々と、涙で滲む夜空を照らしている。

息を吸って、吐いたんだけど、煙は全部星の方に行く、行きたがって。

涙がこぼれた。なぜか、すんなりチバにさよならが言えた。


この前、金曜日はチバの献花式だった。ラッキーなことにチケットがご用意されて、そわそわする気持ちで、お台場の大地を踏み締めた。
長い時間並んで、やっとこさ会場に入る。チバの声が轟音で響く中、色とりどりのガーベラを持った大人たちが、メソメソ泣いている。

ステージの上、満点の星空の中、写真の中のチバは煌々と輝いていた。

やっぱりチバは一番星になったんだ、と思った。

夜空に光る、いちばん綺麗な星。

花をたむけて、手を合わせる。目を瞑ったら自分の涙で溺れそうになって、焦って顔を上げた。

ありがとう、って3回言って、さよなら、って言うしかできなかった。
それで良かった。


帰りの電車、まだ一本しか吸ってないラッキーストライクが無くなっていることに気づいた。たぶん、チバが持ってっちゃったんだろう。
半分眠りこけた頭で、タバコだけ持ってって、ライターはどうすんのー、って、聞いてみた。そしたら、太陽で火いつけるから、いいよ。って、確かに聞こえた気がしたの。
お空は自由だ。


チバが死んで、心に穴が開く、ってよく言うけど、まさにそんな感じだった。いちばん大事なところに、ぽっかりと。
でも、開いた穴にラッキーストライクの煙を充満させると、煙たくてなにも見えなくなる。
穴は埋めなくていいのだ。そのままでいい。騙し騙しでもいいから、やっていくしかないと思うんだ。


チバ、サンキューな。バイバイ。
ラッキーストライクを吸いながら、そんなことを考える夜なのでした。

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