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その蛙の置物は夢を見る 第四話

 「あれ。色々落っこちてる。」
「さっきテレビにぶつかった時に落としちゃったのかも。」
 私はサヤカとマヒロの声で目を覚ました。意識が戻った私の目の前に広がっていたのは薄暗い暗闇で、いつもの景色とは違っていた。ほのかに明るい方向を見ると茶色いものやら紙みたいな何かがバラバラに散らばっているのが見えた。
「あ、おばあちゃんの写真立てが落ちてる。……中身出ちゃってるじゃん。」
 茶色いものの近くにマヒロの顔がひょっこりとあらわれた。マヒロは写真を手に取ってしばらく見た後、私の方を見た。マヒロは何か良いものを見つけたのだろうか?異様に瞳がキラキラしていた。
「お姉ちゃん、ベッドの下に蛙が落ちてる。奥の方にあるから届かないかも。」
 2人はどこからか持ってきた長い棒で私を救出してくれた。
 床頭台のテレビ横、いつもと同じ場所に置かれて私はようやく落ち着くことが出来た。キヨさんは不在のようだ。

 「今日誰が来るんだろう。カズマサだったら嫌だな。」
「わかる。私はチカコもセットで嫌。」
 サヤカとマヒロは大袈裟にため息をつくと笑いあった。しばらく沈黙が流れた後でサヤカが切り出した。
「マヒロ。おばあちゃんにやめるように言われたのに、やってるよね?事情聴取。」
「バレてた?私的にはうまく聞き出してたつもりだったんだけど。」
「どこまでバレてるかはわからないけど、結構不自然。何であの日の事色々聞いてくるんだろうってエリが言ってたよ。やめた方がいいんじゃない?」
「お姉ちゃんてビビリだよね。疑われて悔しくないの?」
「悔しいけどさ。せっかくおばあちゃんが自分の勘違いだったって皆に言ってくれてるのにマヒロが変な風に動くと逆効果なんじゃないかと思うの。」
「お姉ちゃん全然わかってない。今更おばあちゃんがそんな事言い出しても遅いんだよ。孫がやった事を隠すために口裏合わせてんだな、としか思われないよ。」
 サヤカは息を呑んだ。
 廊下からガヤガヤと声が聞こえた。よく通る男性の声が近づいてくる。
「カズマサだ。今日はハズレだわ。」マヒロは心底嫌そうな声で言った。

 扉が開いて30代位の背が高い男性と女性、60代位の白髪まじりの男性が入ってきた。
「おー。噂をすればサヤカとマヒロ。今日も点数稼ぎのお見舞いか。やっちまったもんなぁ。」背の高い男性が口を開き、隣の女性がクスクス笑った。
「こんにちわ。シロウ大叔父さんとカズマサくんとチカコちゃん。おばあちゃんはリハビリよ。言ってる事の意味がよくわからないけど、人数多いとおばあちゃん疲れちゃいそうだから私達は帰るわ。」
 マヒロはサヤカを連れて出て行った。

 扉が閉まるとカズマサとチカコは顔を見合わせた。
「ご機嫌伺いも大変だわ。」
「大大大スポンサーだもんね。必死すぎて笑える。」
「滅多な事言うんじゃない。キヨコ姉さんは勘違いだったと言ってたじゃないか。」
 シロウが2人を嗜めた。
「今になって?ありえないでしょ。カズオ伯父さんなら何ていうかな。」
「有罪じゃ。」カズマサは顔をしかめて低い声で言った。2人の笑い声が室内に響き渡った。

 「随分楽しそうね。廊下まで響いていたわよ。何の話?」リハビリから戻ったキヨさんがニコニコしながら2人に話しかけた。2人は「大した話じゃないよ。」とバツが悪そうな顔をして話をそらした。その後は和やかに過ぎていった。

 見舞い客が帰るとキヨさんはカーテンのふさ掛けにかけたバッグの中から小型の機械を取り出した。私はどこかでそれを見た事があるような気がしてぼやけた記憶を総動員して考えていた。
 キヨさんは小さなボタンを押した。すると雑音混じりの音が聞こえてきた。
 しばらく雑音だけの時間が過ぎてから人の声が聞こえてきた。そしてガタンという音がして何かが落ちる音が続いた。
「あれ。色々落っこちてる。」というマヒロの声。数時間前にこの部屋で交わされた会話が流れてきた。
 ボイスレコーダーだ。私はその小型機器の名前を思い出した。
 キヨさんは真剣な表情で一部始終を聞いていた。サヤカとマヒロの会話を聞いて「マヒロが私の言う事を素直に聞くわけないわよね。」と項垂れ、カズマサとチカコの会話の辺りで「そう受け取っちゃうのね。」と頭を抱えていた。そして写真立てを手に取った。裏の板を外して中に入れていた誕生日会で撮った写真を取り出した。
「嫌な事を言う子達だけどカズマサとチカコは何も知らなさそうだからマルよね。シロウは右端に居たから椅子に届くわけもないからマル。」
 独り言を言いながら写真の裏に丸印を3つつけた。既に書かれた丸印がいくつかあるのが見えた。私は真ん中のキヨさんの両脇に立っている2人には何の印も書かれていなかったのが見えて何だか悲しい気持ちになった。

 毎日のようにキヨさんの部屋には見舞い客が訪れ笑い声が響いていた。何も知らない人から見れば彼らは仲良い親戚、キヨさんは皆に愛された幸せな老婦人に見えただろう。私は毎日増えていく写真の裏の丸印、毎日ボイスレコーダーを確認するキヨさんの顔がどんどん険しくなっていく事が気になっていた。

 その夜のキヨさんはいつも見ていたテレビをつけずにボーッと天井を見ていた。私はキヨさんに何かあったのだろうか、と心配になり見守っていた。すると、キヨさんがぱっと顔を動かして私の方を見たので私は驚いた。キヨさんは私の反応を伺うようにしばらく見つめてから言った。
「今回は一度も話しかけてくれないのね。蛙さん。ずっと待っていたのに。」
 私はびっくりした。今まで私に話しかける人は何人かいたが、あくまで私に話しかける体をとった独り言だったのに、キヨさんは私が会話できる事を前提に話しかけてきたからだ。キヨさんは私の動揺を気に留めず話を続けた。
「入れ替えがあるって言ってたから交代しちゃったのかしら。残念だわ。お礼を言いたかったのに。」
 入れ替え?交代?初めて知った情報のはずなのに、自分の記憶の中にかする部分がある事が更に私を動揺させた。自分は誰かと交代して蛙の置物になったのだろうか。では蛙の置物になる前は何だったんだ?
 思い出そうとしても頭の中はぼんやりしていて答えは見つからなかった。

 「でも誰かいる気がするわ。目が優しいもの。」
キヨさんが私を優しく見つめるので私はどうしたらいいのかわからなくなった。
「例え誰もいないとしても、あなたに言うと心が軽くなるから今日は聞いてくれると助かるわ。」キヨさんは私から目を離すと遠くを見つめた。
「自分でも馬鹿な事をしていると思うの。こんな事しても真実なんてわかりっこないし、知りたくなかった嫌な事ばかり知って傷ついて何やってるんだろうと思うのよ。」キヨさんの声がしゃがれて聞こえ辛くなった。
「私があんな事言わなければサヤカとマヒロが疑われる事もなかったのよね。何とかしたくて私の勘違いという事にしてみたけど更に疑いを強める事になってしまって上手くいかなかったわ。皆カメラを見ていたから椅子が動いたところを見た人はいないのよ。」
「でもね、立ち上がる時に確認した椅子が座る時には後ろにずれていたのは本当なの。そして、その椅子を動かすことができる場所にサヤカとマヒロがいた事も事実なのよ。それでも、私はあの子達がやったなんて思えないし、かといって私の記憶が間違っているとも思えないの。」

 その気持ちは痛いほどわかった。自分が大事にしている人が自分を裏切っているなんて思いたい人は1人もいないだろう。

 いつのまにか私の周りが白くなり全てが薄れていった。小さな蛙達が私の周囲に集まり口々に叫ぶのが聞こえた。

 「だけど、キヨさんは選ばなければいけない。」
 「どちらを選ぶのか。」
 「サヤカかマヒロか。」
 「どちらも守る事はできない。」
 
それはキヨさんにとって余りにも残酷な選択ではないか?
私は絶望しながら深い眠りに落ちていった。 

 

 

 

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