居酒屋にて

 あ、部長。ここです。おつかれさまです。生中でいいですか? すいませーん。生中2つお願いします。料理はさっき適当に頼んでおきました。
 いやあ、今日忙しかったですねえ。でも誘っていただいてありがとうございます。僕も部長に聞きたいことあったんですよ。

 「おう。何だよ」

 まだビールも来てないのにすいません。僕も5年目で、前より仕事覚えてきたとは思うんですけど、なんか壁に当たってるっていうか。営業の成績もあんまり上がらないし、森さんとかには仕事が遅いってよく言われるんですよね。

 「そうか? よくやってるけどな。まあちょっとミスが多いな」

 そうなんですよね。早くしよう、と思うと焦っちゃって。

 「お前が仕事速いなって思うのは誰?」

 んー、中村さんとかですかね。書類つくるのとか得意先回りとか、急いでる感じに見えないんですけど、仕事速いってみんな言ってます。

 「中村な。それはさ、ムダがないからだよ。せっかく10分で請求書作っても、どこかに間違いがあって作り直してたら5分余計にかかるだろ。それなら12分で正確に仕上げたほうが速いから。お、ビール来たな。はいお疲れさん」

 あ、ありがとうございます。乾杯。いや、まあそうですけど、急いだほうが速い気がして。

 「結局、正確なのが一番速いんだよ。そのために何が必要か。2つあるよな。1つは、書類に必要な情報を頭の中に止めておくこと。もう1つは、いま必要じゃない依頼は蹴ること。あと、本当に大事なものは自分で運ぶことだな」

 3つあるじゃないですか。ちょっと何か急にこじつけっぽい気もします。

 「そうか? お前時々鋭いよな。それはともかく、正確にやれば仲間からも先方からも信頼されて、お前にパスが集まってくる。中村は得意先からの指名案件も多いよ。得意先回りもさあ、場所を覚えて効率いいルートを考えれば、急がなくても1件2件余分に回れるよ」

 なるほど。そういうもんですか。確かに中村さんがミスしたってあんま聞かないですね。

 「あいつもさあ、最初はやっぱり細かいミスはしてたよ。俺にしか分からない、本人も気付いてないようなレベルだったけど。それは言われないと分かんないからな」

 難しいですね。分かる人にしか分からないミスってあるんですか。

 「たとえば、在庫がいくつあるのか事前に知らないのもミスだよな。在庫の数を知っておけば、納品まで何日かかるか大体分かるだろ。そうすれば社に問い合わせる手間が減って、さらに取り引きがスムーズになる」

 えっ。そんなことまで見ておかないといけないんですか⁉︎

 「結局、納品できなきゃ意味ないからな。遠い工程だと思っても、一番遠いところから見とくんだよ。上手い奴はそうしてる。あ、お姉さん、黒霧お願い。ロック。最初はさ、意識して見るんだよ。そのうち、見ようとしなくても見えるようになる。ま、俺に言わせりゃ、見ようと思って首振ってる間はまだまだだけどな」

 ハードル高いです。そんなハイレベルなとこ目指せませんよ…

 「一番上を目指さなくてどうすんだよ。俺はいつも一番上に基準を合わせてる。たとえば中村の営業が一番速いなら、仕入れもそれに合わせられるスピードじゃないと意味ないだろ。中村が取ってくる注文を見越して仕入れておくくらいじゃないと、今度は中村のスピードが落ちちゃうからな。今それができてるのは大久保くらいかな。『この時期、中村なら新規の顧客を見つけてきて、ウチが売りたいこの新商品の注文取ってくるぞ』とかな。お互いが今何を見てるか、どうしたいか。その目をそろえておかないといけない」

 目をそろえる、ですか。

 「そうだよ。目をそろえないと、本当にやりたいことはできない。目は同じもの見てるとは限らないからな。見えないものを見ればいいし、見えるものも見なくていい。見ないで見ることもある」

 え、ええ…。

 「なんだよ。聞きたいんじゃなかったのかよ。この話が分かんないんだったら置いてかれちゃうぞ」

 はい。勉強します。奥が深いですねこの道は…。でも、やりがいと感じられたら、すごく成長できそうです。

 「あ、風間部長」

 「お、小林。久しぶりだな」

 「部長が異動されてもう1年ですか。ごぶさたしてます。お、期待の若手、和泉君と一杯ですか」

 「どうだ、よかったら一緒に」

 ええ是非。お話、聞いてみたいです。

 「じゃあお邪魔していいですか。これ、うちの部の大島です。よければ一緒に」

 「いいよ。おごらねえけどな」

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