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金をお貸しください

コラム『あまのじゃく』1962/10/18 発行
文化新聞  No. 4287


年末まで15万円、無利息で… 

    主幹 吉 田 金 八

 今、私は非常に金が苦しい。
 金が苦しいのは酔狂で要らない物を買い込むからだ、と女房や子どもに笑われるが、全くその通りである。
 私は売りに来たものは、大概のものは買い込む癖がある。だから東京の印刷機ブローカーなどは飯能へ行けば安い機械ならいつでも買ってもらえると言う位の信用(?)がある。
 この間も立川の方に四六全判のオフセット自動二色印刷機械の売り物があるからぜひ買ってくれと持ち込まれた。新品なら800万円するが。 200万で手放したいという話だった。
 私はその時五万、十万の金も右から左に出せない状態だったが、その売主は土地成金で、印刷屋を始めて何千万円という金でいろんな印刷機を設備した。東京から10人、15人もの工員を一時に入れて、盛大に始めたのは良いが慣れない商売と渡りものの工員に手を焼いて、一年ばかりで2000万ほどのマイナスを出してしまった。
 何億という成金だからその位の損には驚かないが、つまらない職工に弄られ、要求がましいものを突きつけられたのが癪で、望むままの退職金を払って全部解雇し、工場を違う業種に転換し、数ある印刷機はなるべく損をしないように気長に処分しているが、最後に大物が残っているという話である。
 こちらも興味があった。 それに200万円もの大金の機械を気にいればすぐにも勝負できる相手だと見立てられた以上、金額に恐れをなして取り合わなかったと思われるのも悔しかったので、気に入れば買っても良いと殿様みたいに鷹揚ぶった。
 しかし、その機械が本当に良い機械で欲しいとなったら、金の都合はすれば何とかなるという自信がないでもない。
 しかし、その機械は現在新聞社にある輪転機より大型で、最近のものならもっと小さい筈だが、兎に角ハシゴがついて二階式になっており、重量も10トンはあるかと思うばかり。ちょっと私どもでは使いこなせないような代物で、値のあってない中古だから価格で別れるより仕方ないと思って「気に入らないが、この値なら」と確か30万円位のバカ値をつけたら、ブローカーも流石に先方様に値が言えず、それなり別れたことがあったが、そんな具合に持ち込まれた売り物にはだいたい乗り気で買い応じるクセがある。
 今、私の金の手詰まりは、毎月の経営の赤字とか家計の食い込みとかいう消極的なものではない。新聞社も労働争議は中労委の最終判定で組合も引き下がり、委員長は辞任申し出で、余計な人間は向こう様から手を退いて、無駄が少なくなって健全財政、来年の決算は多少の黒字になる見込みである。
 家族は新聞社から別れて全て文化印刷有限会社の出資社員に固まって(実際には印刷会社そのものが新聞の仕事をやり、新聞社の者が印刷会社の仕事をやっている部分があるが、それは過渡的の弁法で出向社員の形をとっている)おり、この方は勿論かなりの業績を上げている。
 それなら何で金が苦しいかといえば、目下建設面で相当積極的に手張っていることである。
 例えば新聞の巻き取り紙の購入が今まで3本宛仕入れ、使い終わったら頃支払うという、その日暮らしの借買いものが、11月からの用紙値上がりを見越して、かなり買い込んでいる。現在、20本近い巻取りが工場狭いと積み込んであり、こんなことは文化新聞社始まって以来の壮観さである。
 一方には手のすいたコンクリ職人が居たのをよい機会に、中途半端にしてあった工場の整備を再開した。梅雨時には 地下水が押し込んで5馬力の水中ポンプを村野工業所から借りて排水しても水が出し切れず、水の中で長靴を履いて仕事をした50坪の地下工場も、全く見違えるように整頓された。
 また、その他にも地下に物置として使っている10坪ほどの所をきれいな作業室にする仕事を今やっている。その一部には低圧ボイラーを仕掛けて今年の冬は完全暖房の工場でスムーズな仕事をしたいというのが計画である。
 こんな訳だから、金のなる木を持たない限りやり繰りが苦しいのは当たり前である。
 そこで、この20日には是非15万ばかりの金が欲しい。私が金策に飛び回ればその位の金は何とかなると思うが、目下青梅地区労から21日までにどうしても仕上げなければならない仕事を頼まれている。
 これが普通の印刷工程に乗る仕事でなく、タイプ印刷の部類で、私でなければ出来ないと言うとおこがましいが、タイプをやるのは私と次男だけ、次男はもっと重要な仕事があり、『お父さんがタイプにかかったのでは商売にならない』と女房はこぼすが、『人間意気に感ず』で、儲かるからやる、儲からないからやらないでは情けない。気に入った相手なら損得は問わないというのが私の信条で、そんな訳で『社長さん目下多忙』私はこんな愚にもつかぬ社説を書く、集まった新聞の原稿に目を通して赤を入れる、それが終わると地下室でシャベルを振るう真似は、息抜き・体操のつもり、お客様の合間を見てタイプに向かう。
 夕方になると新聞の校正がある。それが済んでから腰を落ち着けてタイプにかかって10時まで根を詰めた仕事をやる。
 タイプは旧式なため時々つかえる。処理済の原稿の量を見るとまだ先が長い。納期を考えると頭が痛い。
 そんな訳で金算段をして歩く暇がない訳である。
 そこで読者にお願いする。15万円ばかり年末まで無利子でお貸しください。誠に虫の良いお願いだが、利息のつく金では新聞社は払い切れない。
 私はこれだけの舞台を背負って、利息のつく金は新聞社が信用金庫から20万、私個人が農協から十数万円、それしか借金はしていない。
 『文化新聞気に入った。俺が貸そう』という篤志家の出現を望む。


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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