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失敗に終わったグロッソとガットゥーゾのリーグアン挑戦🇮🇹

今季から18クラブ制に削減したリーグアン。2月時点での順位表を見ると分かるように、2位以下の競争率がかなり激しくなっている。


そんな中で今季は4クラブで計6人の監督が解任・辞任された。

今回はその内の、2006年W杯優勝に貢献した2人の元カルチョ戦士🇮🇹に焦点を当て、初めてのリーグアン挑戦を振り返る。




元リヨネーの血×リーグアンの経験


会長を追い出して独裁者を気取った男の末路

オランピック・ドゥ・リヨンの70%以上の株式を取得し、2022年にオーナーに就任したジョン・テクストルが、ジャン=ミシェル・オラス氏を会長職から引きずりおろしたのが2023年5月の出来事。

独裁権を握った彼の目論見とは裏腹に、DNCG[財務状況監視機関]の要求に見合った予算を提出できず、今夏の移籍市場では予算制限を喰らった。結果として、バルコラやルケバといった手塩にかけて大事に育ててきた若手有望株を泣く泣く放出せざるを得ない状況となり、ましてや代替選手の獲得も遂行できなかった。

自身が望むスタイルの核を失ったローラン・ブラン監督はプレシーズンマッチの段階から全く結果を残せないまま、第4節PSG戦(●1-4)を以て解任。ブランはマネジメント能力に定評があるが、結果が残せてない時期において、記者の「何を変える必要がある?」という問いに対して「監督を変える必要があるね笑」とジョークで返したことで、サポーター含めて求心力を失ってしまった。

2023/09/04 PSG戦前のサポーターのバナー
「ローラン・ブラン 戦う気がないなら辞めろ」

前チェルシーのグレアム・ポッターや、前リーベル・プレートのマルセロ・ガジャルド等、後任候補には多国籍の複数の人物が挙がった。

その中で、経営陣が選んだのはOBのファビオ・グロッソだった。

Fabio Grosso🇮🇹
1977/11/28


最悪な状況下でのバトンタッチ

2007〜2009年までリヨンでプレーしていたOBの監督就任は歓喜の反面、ある種のサプライズ要素だった。

というのも、オラス前会長主導のもと、リヨンというクラブは監督はフランス人に限るという姿勢を貫いていたからだ(21世紀以降、外国人監督はシウヴィーニョ🇧🇷とピーター・ボス🇳🇱のみ)。

ただ、グロッソの強みとしてあるのは自身もリーグアン及びリヨンでプレーした経験があるのと、リヨンサポーターの気質やリヨンという街全体を熟知していることにある。

さらには直近まで率いていたフロジノーネを見事セリエA昇格に導いた実績も相まって、危急存亡の秋ではあるものの、OBに寄せる期待感は大きかった。


質とバランスを考慮した早々の構想外通告

9月24日のブレスト戦から率いたグロッソ。好調ブレスト相手に終始守勢に回ったこの試合で、一定数の戦力の見極めがついたと予測する。

10月1日のスタッド・ランス戦以降、グロッソが基軸としていたのは5-3-2のシステム。

俊足のCBが皆無である状況と、それによる中盤の守備強度を保つうえではそれぞれ4枚・2枚では足りないという考えからこのシステム採用に至ったのだろう。

しかし、守備バランスを重視しすぎたあまりに攻撃面のおける脅威はほとんど生み出せなかった。「まず失点を無くす」という実にイタリアンチックで現実を重んじたグロッソの采配には納得がいくが、いかんせん攻撃力がないために、先手を取られると試合を通して苦しさが隠せなかった。

「まず失点を無くす」というプランを遂行する上で、グロッソはオフェンシブな選手の先発起用には消極的だった。

攻撃的なプレイヤーとしては、シェルキラカゼットが現在のリヨンの代表例。

Rayan Cherki🇫🇷 & Alexandre Lacazette🇫🇷

彼らは攻撃的な選手ではあるものの、ポジショニングを含め、かなり自由を好む傾向にある。彼らのプレースタイルは「チーム全体」で守備を遂行する上では、秩序を乱しかねない。そのため、彼らの同時起用は希有であり、状況に応じて「どちらか一方が」ピッチに送り出されるケースが目立った。


特にシェルキに関しては、7歳の頃からリヨンが手塩にかけて熟成させてきた逸材。テクニックに優れていることばかりがメディアに取り上げられがちだが、それに伴うリスク(上記)に関してはグロッソの洞察力は鋭かった。

2人の衝突はすぐにメディアに報道された。グロッソも会見で「シェルキは特別な選手ではない。たとえ素晴らしい能力を有していても、他の選手と変わりない。彼は精神的・運動的資質を磨く必要がある」とあえて奮起を促した。結果、シェルキはグロッソ就任後からプレイタイムが大幅に減少した(90分間出場した試合はゼロ)。

グロッソと対立したのはシェルキだけではない。とある選手がグロッソに対する不満をメディアに漏らし、その報道に怒ったグロッソが犯人探しを敢行する事案が発生したこともあった(犯人は冷遇された新戦力達であるという噂)。

初陣から4試合で1分3敗(4得点・8失点)。結果が残せず、さらには選手達との対立が隠せない最悪に近い状況の中で、10月末にある事件が発生する


バス襲撃事件で増えたサポーターの同情票

現地時間10月29日。ライバルのマルセイユとのダービーに臨むリヨンの選手団を乗せたバスが、スタジアムに向かう道中で一部マルセイユサポーターからの投石被害に遭った。

バスの窓ガラスが大破し、さらには石がグロッソの顔面に直撃。大量の血を流したグロッソは計12針を縫う大怪我を負った。

この事件により(理由はあまり喜ばしくないものであれども)、サポーターの批判の矛先はグロッソから改めて経営陣に向いた


「悪いのは君じゃない。こういう事態を招いた経営陣が悪いんだ」。

かつてのリヨネーに対するサポーターからの、難しい時期に監督業を受け入れてくれたことの感謝、そして何よりOBとしての愛が彼を大きく包み込んだ。


それでも許容できなかった部分がある

しかしながら、サポーターからの同情票が集まったところで成績は向上しなかった(唯一の白星レンヌ戦は開始早々に相手が10人に)。第13節リール戦での完敗を以て、ファビオ・グロッソの解任とユースからピエール・サージュの昇格が発表された。


元々、グロッソに期待したのは成績向上ではなかった。夏に即戦力を獲得できなかった事案を踏まえて、冬の移籍市場までに予算制限を解除して戦力の拡大を図るのが上層部の狙いだった。

その点を踏まえると、成績における許容範囲は広いと見ることができる。上層部がグロッソに期待したのは、「今冬の移籍市場以降の巻き返しまでのバトンを繋ぐこと」。


しかし、成績以上に深刻な問題となっていたのは選手達との対立。グロッソ就任以降、明らかにリヨンの選手達の顔から活気が消えており、これ以上溝が深まるのを恐れた上層部はOBを追い出した。


争いは内容ではなくて、言い方から生まれる

ローラン・ブランの後任としてグロッソを招聘したのは、前述の通りリヨンの血を知っているというアドバンテージと共に、グロッソ自身がフランス語によるコミュニケーションが可能であるということだ。

調べたところ、わずか2年の在籍期間ながら、グロッソは現役時代からフランス語でインタビューに応じている。


さらには、監督転身後初の海外挑戦となったFCシオン🇨🇭ではトレーニングをフランス語で行なっている(もちろんリヨンでも)。


フランス語学習者であれば気づくと思うが、彼のフランス語はイタリア語訛りがかなり強い。さらには文法的な誤りも多く、フランス語を話しているのにフランス語字幕を付けられることも珍しくない。


これによって予想されるのは、彼の伝えたい内容が選手達にうまく伝わらなかった可能性がある。ある程度は通じるかもしれないが、詳細な部分はやはり母国語でないと伝達するのは難しくなる。つまり、言い方が悪くて選手達との対立に繋がった可能性も否定できない。

しかし、メディアに不満を漏らした選手を晒そうとしたり、解任前日のセッションでは「俺が嫌ならオーナーに言え。だけど、俺に面と向かって言えないなら黙ってろ」と煽ったように、内容にも問題があったのは指摘せざるを得ない(ラカゼットはグロッソ解任後に「やっと監督と話せるようになった」と暴露)。

苦しい状況下であえて緊張感を高めて奮起を促す手法は、上層部が描いていた理想からは大きくずれてしまい、サポーターの愛とは裏腹に、解任は免れなかった。


【ファビオ・グロッソ成績】
2023/09〜2023/11
1勝2分4敗(総得点6 総失点11)



人身掌握術に長けた闘犬が会長を助ける


選手たちからの反発に耐えることができなかったイゴール・トゥドールはわずか1年で監督から離れた。後任人時に勤しんだマルセイユのパブロ・ロンゴリア会長は、マルセロ・ガジャルドからフラれ、限られた準備期間の中で指名したのは同胞マルセリーノだった。

彼の代名詞[4-4-2]を成熟させるべく、彼の獲得希望のもとで複数の即戦力が迎えられた。しかし、蓋を開けてみればCLは本選に出場できず、ましてや彼のスタイルは攻撃的なスタイルを信仰する南仏人の気質とはミスマッチだった。

さらにその状況に拍車をかけたのが、トゥールーズ戦後(9/18)に行われたサポーターグループの幹部とクラブ経営陣との会談。成績不振に加え、経営陣への姿勢に不満を露わにした幹部は、会長に向かって「今すぐ退任しろ。さもなくば戦争を起こす」と脅迫。

その脅迫にひどく傷心したロンゴリア会長は退任に心が傾くと、親友マルセリーノは「君(会長)がそのような危険な状態では、自分は監督なんか続けられない」とELやPSGとのダービーが直前に控えている状況で強行的に退任。

結局、脅迫に屈しなかった会長は自身のコネクションを活かして後任にジェンナーロ・ガットゥーゾを指名。

Gennaro Ivan Gattuso🇮🇹
1978/01/09

初めてフランスの地に降り立った“闘犬”は、会長のサポートを誓うと共に「マルセイユのような偉大なクラブからオファーが来るのはとても光栄なことだ」と心を躍らせた。


崇拝するシステムのミスマッチと選手への甘え

ガットゥーゾ初陣となったモナコ戦では、1タッチの連携でサイドのトライアングルを活用した自身が好むスタイルで臨んだ。結果として敗れはしたものの、ある一定の部分では選手たちの躍動感が感じられた。

ガットゥーゾ前期

しかし12月にかけてガットゥーゾの望むスタイルが選手たちに合わなくなった。特に4バックの面々はプレッシャーに弱く、プレスをかけられるとまともにボールコントロールすら出来なくなるような弱さが垣間見えた。さらには中盤にはボールを持ちたがる選手が複数いて、明らかにガットゥーゾのスタイルとはミスマッチだった(そもそも今季のチーム編成はマルセリーノ用)。


結果はさほど悪くないものの、現状の内容に危機感を抱いたガットゥーゾは延期となったリヨン戦(12/7)から5バックに変更。

ガットゥーゾ中期

少しのプレス回避能力の向上と共に、中盤の大黒柱ロンジエを欠いた状況下で、守備強度の高いコンドグビアを中盤の底に置いた5-3-2を基軸とした。オーバメヤンのプレス矢印に従って全体で同サイド圧縮を仕掛け、攻撃性能の高いWBと共にハイテンポで攻め切る戦術を採った。

自身が崇拝するシステムの不適合と共に、抱えている選手たちの最低限の質を補完したマネジメントは評価すべきだろう。自身を押し切るか、選手らの質を考慮した甘えを取るかの2択は、闘犬は後者を選択した。


アフリカの弊害 心の隔たりが芽生えてきて

僅かながら成績が向上した矢先、開幕前から懸念されていたある壁がガッツの前に立ちはだかった。

その名はアフリカ選手権。リーグアン全クラブから同大会に出場する選手が輩出されたが、マルセイユはセネガル代表を中心にリーグ最多の7名が一時的にクラブを離れた。

さらにはバックスの駒不足とコンドグビアの負傷、クラブに忠誠を誓ったロジがサウジアラビアに渡るなど今冬は全く落ち着かない人員整理となった。

選手たちに合わせたシステムが遂行できないと見るや、ガットゥーゾは再び自身のスタイルに舵を戻す試みをした。

ガットゥーゾ終期

しかし、4バックに戻すと以前の課題が再発。プレッシャーに弱く、まともにボールを保持できない精神的弱さに加え、サイドのトライアングルを活用した1タッチの連携は皆無に等しかった。

ガットゥーゾ自身にさらなるプレッシャーがかかったのは、第20節のリヨン戦(2/5)。冬に即戦力を補強できたリヨンに対して、終始気迫が感じられない体たらくを晒してしまい、完封負けを喫したことでさらに厳しい目が向けられることに。

戦術のアップデートもされないどころか、明らかに戦術面以外の部分においても影響力を失っていることは明白だった。12月18日以降リーグ戦での白星から遠ざかっている現状を見かねた上層部は、2月20日ガットゥーゾ解任と共に、前コートジボワール代表監督ジャン=ルイ・ガセが今季終了までの監督に就任することを発表した。


影響力は地の底まで落ちてしまい

全てが混沌とした状況の中で、今季終了までの短い契約期間ながらマルセイユに救いの手を差し伸べたガットゥーゾ。

右往左往しながらも就任当初は結果以上に、選手たちとの距離感の測り方には賞賛の声が多く寄せられていた。


しかしながら、いくら選手との距離感を良好に保っていたとしても、必ずしも結果に直結しないのは自明だ。脅迫事件によって疲弊したロッカールームに活気をもたらしたものの、肝心の戦術面はうまく落とし込むことができなかった。

選手のバランスを考えたシステムで調子を取り戻したものの、1月における人事異動が甚しかった影響に潰され、舵を自身のスタイルに戻したところで選手たちの心は離れてしまった(ガットゥーゾの解任に不満を持った選手は1人も現れなかったという報道も)。


こういう風に綴ってしまうと、一方的にガットゥーゾが悪役のように思われがちだが(それでも彼の実力不足は否めない)、批判の矛先は選手たちにもしっかり向いている。

ハビエル・リバルタの後任として、昨年11月にマルセイユのSDに就任した元モロッコ代表メフディ・ベナティアは複数の主力選手に対してかなり強めの口調で奮起を促したとされている(特にジョナタン・クロウスに対する態度はパワハラ疑惑が立ったほど)。

Mehdi Benatia🇲🇦
1987/04/17


鬱病を発症した選手もいるほど、選手たちの精神がガットゥーゾの情熱に追いつけなかったのが一番の原因だろう。ただ、難しい時期に監督業をすぐに受け入れてくれたこと、ELでは最終節こそ残念ではあるが決勝トーナメント進出に導いてくれたことに対する感謝はサポーターの心の中に留めておく必要があるのかもしれない。


【ジェンナーロ・ガットゥーゾ成績】
(2023/09~2024/02)
9勝9分6敗(総得点37 総失点25)



かつてのアッズーリが苦しんだリーグアンの壁

ファビオ・グロッソとジェンナーロ・ガットゥーゾ。

かつて2006年W杯優勝に貢献した2人のアッズーリ戦士のリーグアン挑戦は、成就せずに幕を下ろした。

それぞれオランピック・ドゥ・リヨン、オランピック・ドゥ・マルセイユというフランス屈指の名門が嘆いている最中で、復権に一役買った功績は忘れてはならない。


もっとも、悔やまれるのが両者が監督として対戦する機会が失われたことだ。

前述の通り、それぞれリヨンとマルセイユの監督を担っていた時期にダービーで相見える予定が、サポーターのバス襲撃事件によって試合は延期。

12月に再試合をしている頃には、既にグロッソは首を切られていた...。


グロッソは就任当初から緊張感を煽りすぎて選手との溝が深まり、ガットゥーゾは最初こそ信頼を得たが、長続きしなかった。

リーグアンという舞台は他のリーグとは異なる一面を持つ。近年はモナコにニコ・コバチ🇭🇷、ナントにセルジオ・コンセイソン🇵🇹、リールにマルセロ・ビエルサ🇦🇷など、トップクラブを中心に監督の国際化が進んでいるものの、彼らは口を揃えて特殊なリーグであることを公言している(リーグアンに限った話ではないと思うが)。

監督の国際化が進んでいることは素晴らしいことではある反面、今回の両者の解任(特にグロッソ)に代表されるように、いくつかのデメリットを生み出しているのも間違いない。

これに関しては今回の話題から逸れるため、またどこかの機会で綴ることにする。しかし、あえて1つだけ残すとするならば、この問題は、来季の国内放映権が未定であるというリーグアンが現在抱えている課題とは無関係ではないということだ。


少々本題から逸れてしまったが、2人の元カルチョ戦士の今後を陰ながら追っていきたい所存だ。リーグアンに1つのエンタメ要素をもたらしてくれた両者に改めて感謝したい🇮🇹


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