海の底に眠る15
“あんたこそ何なんだよ”
待ちに待った香坂さんからの返信はこの一言だった。
何とまぁ。
恐れていたことが起きていたのか。そう、香坂さんはモテる、多分。
商売はうまくいっているようで、自分の自由になるお金はある程度あるようだったし、美容院にもこまめに通い、身に付けるものもそれなりのものをチョイスしていた。成功した大人の男の香りがプンプン漂っている。そんな男に女は尊敬と信頼を寄せるものだ。
若い女がいたのだろうか。その女がまりもとは違い、強烈に嫉妬心の強いやつでそれに手を焼いた香坂さんが自分に距離を置こうとしている。どうして捨てられるのが、既婚で物分かりが良くておとなしい自分の方と言うことになるのだ。バカな、そんなことってあるか。
久しぶりに連絡をし、デートをした時に不倫に疲れていたこと、そんな時に出会った男と結婚したことは正直に話をした。その時に「じゃあ今度はそんなに苦しまなくてもいいわけだ。同じだものね、立場は」と香坂さんは微笑んだ。対等と言う響きを含んだ表情に、まりもは心底満足したのだ。だから必要以上にのめり込まないよう注意して来た。それが裏目に出たと言うのか。
スマホを持つ手が震える。いつか失くすことは予想していた。ただそれがこんな形になるなんて。
「あら、こんなに残して。食欲ないの?」
玉野さんの声にまりもは我に返った。そうだ、まだ仕事中なのだった。ランチタイムにスマホを開いたまま、時間が止まり耳が遠くなっていた。
「あぁ、食欲なくて」
「あらダメよ、食べられなくなったら人間おしまいなんだから」
玉野さんは持参した大きなお弁当箱を開くと、白い米にふりかけを満遍なくかけていく。
「あー、疲れた。ランチ前に資料修正とか思いつくなっての。主任のやつ」
遅い昼食となった玉野さんは大きな口を開けて、ハンバーグにかぶりつく。
「お疲れ様です。主任、面倒なことは玉野さんにしか頼まないから」
まりもは上の空で会話をするけれど、胸がシクシクして全く食欲がわかない。
「いいよ、無理に喋らなくて。愛想笑いとか痛しいんだからね」
玉野さんの言葉に、まりもはほろほろっと心が解けるのを覚えた。
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