海の底に眠る14
「もうまた地雷踏むんだよ、ダンナ。最近飯の味が濃いけど、まさか俺を殺そうとしてないよね?だって。全然面白くない冗談、たまにかますんだから」
玉野さんが朝からプンプンしてお茶をすする。
「でもさぁ、子供が大きくなって来て薄味だとすぐかけるの、ソースとか醤油とかジャーって。そうなればこっちだって一発で決めてやろうってなるじゃん?」
始業前、隣の玉野さんとは他愛のない話をしている。
「あー、ムカつく。あまりに腹たったから今日の弁当思い切り薄味にしてやった。卵焼きなんてほとんど味なし。米にもふりかけなし。うしし」
不倫の是非を問うことは疲れたからやめた、と同じ口から出て来たとは思えないほど、玉野さんの毎日は真摯に平和にそよっと波が立つ。
土曜日の渾身の夕飯、豚の角煮は「すごいじゃん。買って来たやつみたい」と珍しくビール缶二本を上機嫌で空けた保くんを横目に、まりもはずっと香坂さんからの返信を待っていた。これまでも土日は忙しいゆえにあまり返信はなかったし、そのことをあまり気にかけてはいなかったけれど、今回はさすがに不安だ。もしかして失うかもしれない。そんなことはわかっていたけれど、いざ現実になると思うと震える。
「お、女優の桑原マリコ離婚だってー、だよねぇ」
素早くスマホをチェックしていたと思ったら、玉野さんが得意の芸能ネタを囁く。
「なんでいちいち言うのかね。離婚しましたってさ。時が経てば誰と誰が結婚してて離婚してバツイチで、なんて誰も気にしないのにね。そっとやっちゃえばいいのに。離婚も結婚も」
そんなわけにいかないでしょ、と思うけれど、すでにまりもは桑原マリコが誰と結婚していたのか曖昧だ。
「ま、そんなのをいちいちチェックしてあーだこーだ言うのがおばちゃんだけどさー」
よほどダンナさんに弁当リベンジしたのがスカッとしたのか、玉野さんは上機嫌だ。
「そう言えば、顔がさらに曇ってるけどどう言うわけなのよ」
気づくと真横に顔があって、じいっと丸い目で覗かれている。
「まだモヤモヤ真っ最中でして」
軽くのけぞりながら、まりもは「またこの人のペースだな」と諦める。
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