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同調率99%の少女(22) :いざ館山

# 2 いざ館山

 館山に朝から行ける艦娘たちは、鎮守府Aの本館ロビーに朝7時に集まることが言い渡されていた。確実に遅刻しそうな川内のために、那珂は朝5時すぎから何度か電話とメッセンジャーで連続起床攻撃をしかけたが、集合時間ギリギリで本館へと駆けこむはめになった。原因たる川内は悪びれた様子なく、ただ
「ハハッ、すみませ~ん。休みの日って早起きしたくない質なんで。」
と言い訳にも満たないセリフを発するのみだったので、那珂は文句を言う気をなくした。

 那珂と川内がロビーに到着すると、すでに時雨たちは集まっていた。合宿には行かない五十鈴と神通、そしてまだ行かない五月雨もなぜかいる。
「あっれぇ~、三人ともいるし。どーしたのさ?」
「私は見送りよ。神通はいつもどおり朝練。見送りも兼ねてね。」
「私も見送りです!今日は秘書艦なので!」
 合点がいった那珂と川内はコクコクと頷いておしゃべりに興じ始めた。

 しばらくすると提督が正面玄関から入ってきた。
「おぉ、那珂と川内も来たな。みんなの艤装をトラックに載せるから、各自装備が全部揃ってるか確認してくれ。あと、制服がある人は制服を、それ以外の人は衣類の申請の通りに着替えてくれ。それから黒崎先生は申し訳ございませんが、みょうこ……ええとお姉さんと一緒に細かい確認引き続きお願いします。」
「提督、艦娘名でいいですよ私は。どちらも黒崎姓で呼んだら紛らわしいですし。」
「そ、そうです……。私は先生という呼び方だけでも結構ですよ?」
 そう言って妙高のしとやかなツッコミに続いたのは、五月雨たちの中学校の艦娘部の顧問、黒崎理沙だ。
 結局、各学校の艦娘部顧問としては都合が唯一合った理沙だけが参加することになった。
「わー先生先生! 先生と旅行っぽい!楽しみ~!」
「フフッ。私も皆さんと出かけるのは楽しみなんですよ。」と理沙。
「もう、先生もゆうも……。旅行じゃなくて合宿兼任務なんだからねぇ。」
「ご、ゴメンなさいね村木さん。先生も早く艦娘になれるよう、今回皆さんの活動をしっかり見させてもらいますね。」
 村雨が二人の反応に若干呆れてツッコむと、理沙は申し訳なさそうに謝りそして意気込みを口にした。
「私も先生と一緒に行きたかったですよぅ……。」
「まぁまぁ。夕方以降また会えますよ。それまで秘書艦のお仕事頑張ってくださいね、早川さん。」
 一人だけ寂しそうな口調なのは五月雨だ。そんな五月雨を見て理沙は従姉たる妙高とは異なる優しげな雰囲気でもって慰めるのだった。

 そんな中学生組と教師のやり取りを眺めて那珂は五月雨たちが羨ましなとぼんやり感じた。

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 提督から今回の話を聞いた翌々日、那美恵・流留・幸は揃って学校へ行き、阿賀奈に事を伝えた。話自体は提督から伝わっているはずだが、自分達の口から伝えて同行を願えないか伺いを立てたかったのだ。

 一部の部活動で生徒がいる以外、夏季休暇中の学校には生徒は誰もいないため静けさが新鮮だ。那美恵達は校舎に入り職員室を目指した。

「失礼します。」
 那美恵が代表して断ってから入室する。職員室には阿賀奈の他、数人の教師がいた。教師陣も夏季休暇ならではの少なさだ。
 阿賀奈は那美恵らに気がつくと小振りな手の振り方で合図して呼び寄せた。しかし口ぶりは普段通りやかましげだ。
「あ、光主さんたちぃー!」
 阿賀奈のデスクのそばまで行き、那美恵が説明を始めた。
「先生、多分提督から話いってるかと思うんですけど、8月の○日から3日間、艦娘の活動で館山に行くことになったんです。それで、先生にもご同行願えないかな~と思いまして。」
那美恵の説明に阿賀奈は待ってましたと言わんばかりの満面の笑顔で言った。
「ウフフ。は~い! 私ってば顧問ですもんね。合宿ということなら参加しないワケにはいかないわね~!○日からね。えぇ良いわy
「四ッ原先生! 何をおっしゃってるんですか!? 」
突然話に割り込んできたのは一学年担当の主任教師だ。
「その日は一年生担当教職員の研修会の後期日程のまっ最中でしょう! ダメでしょ勝手に口約束しちゃあ!」
「ひぇ!? で、でも……お国にかかわることですしぃ~。」
「四ツ原先生はまだ艦娘に着任していないんでしょう?今話しを聞く限りだと西脇提督や他の方も参加されるそうじゃないですか。それにですね……」
 クドクドとひたすらツッコミを受け叱られ始める阿賀奈。普段の底抜けに明るい雰囲気はどこへやら、シュンとしょげるという表現がピッタリすぎるほどの態度でもって一学年主任の教師に叱られていた。
 その雰囲気に口を挟めなかった那美恵達は一言小声で断ってからそうっと職員室を後にした。
「そ、それじゃあ失礼しまーす。また別の機会ということでぇ……。」

 職員室からそそくさと出てきた那美恵たちは足早にその場から離れ、下駄箱付近まで戻ってきてからようやく口々に喋り始めた。
「はぁ~~。ま、先生も忙しかったということで。」と那美恵。
「ハハハ。あれじゃあ仕方ないっすよね~。そうですよね~~。うん。」
「内田さん……そんなに露骨に嬉しそうにしなくても……。」
 流留の言い分に呆れた幸がツッコむ。しかし流留は面倒くさい保護者がいなくてすんだというその一点の未来が垣間見えただけで心躍り底抜けに安心していたため、親友の言葉が届くことはなかった。

 その後那美恵たちは続く足で鎮守府に行き、提督に直接説明した。するとその日は秘書艦をしていた五月雨から、同様の交渉の過程と結果が報告された。
 五月雨こと早川皐月達からの学校から、艦娘部顧問の黒崎理沙が参加することになった。(合わせて不知火こと知田智子からも、自身の中学校の艦娘部顧問の石井桂子も参加できないという事実が明かされた)
 つまり今回の館山へは、各学校の艦娘部としては五月雨たちの中学校からのみ教師が同行することに決まった。

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 艦娘達は工廠へと向かい、そこで明石や技師らが積み込もうとしている自身らの艤装のパーツを確認・着替えを済ませ、その旨提督に報告した。
 その間提督と妙高そして理沙は艤装以外の身支度を整え終わり、本館の入り口前で待っていた。

「それじゃあみんな、出発するぞ。トラックは明石さんが、こっちの車は俺が運転していく。今回は大きい車を借りてきたから、全員ゆったり乗れるぞ。館山までは順調に行けば大体1時間50分くらいだ。妙高さん、助手席おねがいできますか? 黒崎先生は申し訳ないけれど、生徒さんと一緒に中列の座席にお願いします。」
「はい、承知いたしました。」
「構いませんよ。」
 丁寧に返事をする妙高と理沙。仕草や答え方はさすが従姉妹同士と言えるそのものである。無駄のない動きで子供たちの案内や小荷物を捌く妙高の様は、旦那の働きの意図を理解して的確に立ち居振る舞う良妻の様である。理沙の夕立達を優しく諭して促す様はさしずめ母親だ。
 那珂は妙高と理沙のしとやかで大人な動きをチラチラと気にし、見惚れていた。いいとこのお嬢様方だったりするのだろうか、それとも歳を重ねれば身につく相応の振る舞い方なのだろうか。どちらにせよ、自分には真似できぬ雰囲気だし、もう一人の秘書艦にもあと十数年必要になる。
 あの従姉にしてあの従妹ありといったところなのだろうか。妙高の仕草立ち居振る舞いを受け継いだと思われる黒崎理沙その人、あんな女性が教師としてそばにいてくれるというのは、時雨たちにとって大人の女性としての理想、頼もしかったりするのだろうか。
 那珂は前の座席の2箇所の様子をボーっと眺め、思いにふけっていた。

 出発間際、五月雨は那珂たちが乗り込んだ車に手を振って期待に満ちた笑顔で五十鈴・神通らと一緒に見送りをしている。
 提督は窓から顔を出し、五月雨を近くに寄せて何かを伝える。それに対し五月雨は元気よく返事をした。
「それじゃあ五月雨、よろしく頼むよ?」
「はい!任せて下さい。あの……早く戻ってきてくださいね?」
「おぅ。」
 最後に五月雨による意図せぬ猫なで声気味の声色で囁かれた提督は若干照れを醸し出しながらも返事をし、アクセルをゆっくりと踏んで車を発進させた。

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 館山自動車道を通って千葉県を南下、休憩一回挟んで那珂たちは館山駅を車中から眺めていた。9時近くなっていたので眠気もすっかりなくなり、初めて見る地方都市の光景を少女たちは興味津々に眺め、あれやこれやとおしゃべりに興じ続けている。
 運転する提督と助手席の妙高は声のボリュームを下げて2~3言葉を交わし合っている。那珂と川内が座っている三列目の座席からではその内容を聞き取ることはできない。

 ほどなくして提督が運転する車と明石と付き添いの初老の男性技師の乗るトラックは海上自衛隊、館山航空基地の正門までたどり着いた。
 一旦車を止め、提督は正門の警衛所から出てきた警備員に艦娘制度の管理者たらんとする証明証を見せ事情を話した。最初は訝しやな表情で提督を睨みつけてきた警備員も、その証明で曲がりなりにも国の一制度に携わる人物と理解すると、態度をコロッと変えて挨拶をし、内線で通信をどこかにし、提督ら鎮守府Aの一同を基地内へと迎え入れた。

 指示されるままに駐車場まで車を進め、ようやく停めると那珂たち艦娘らは我が一番とばかりに降り、基地の雰囲気を吸うように堪能し始め黄色い声をあげる。
「おーい、庁舎はこっちだと。ホラ行くぞ。」
 そう提督が促すと、那珂たちは返事をして従い提督の側に近寄る。
「ねぇ提督!艤装はどうするの?」
 川内が質問する。するとその質問には明石が答えた。
「指示があるまでこのままですよ~。まずは挨拶に行かないと。ですよね、提督?」
 明石の確認に提督はコクリと頷いた。

 提督が那珂たち艦娘を引き連れて本部庁舎前まで行くと、一人の人物が近寄ってきた。
「千葉第二支局の西脇様と艤装装着者の方々ですね。私は三等海尉の西木田と申します。皆様をこれからご案内させていただきます。よろしくお願い致します。」
「こちらこそよろしくお願い致します。」
「よろしくお願い致します!!」
 提督が代表して挨拶し返すと、那珂たちも声を揃えて挨拶した。

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 提督や那珂らが案内されたのは、とある小会議室だった。まだ隣の鎮守府の面々は来ていないとのことで、その部屋でしばらく待機していることになった。
 緊張のためか那珂は若干催してきた感じを受け、妙高や明石にそれとなく伝えて部屋を出た。帰り道、小会議室に戻ろうとするとちょうど見知った顔と廊下で鉢合わせした。

「あ!天龍ちゃん!」
「あっれぇ!那珂さん!あんたも今回参加するのか!」
「うんうん!そっか!天龍ちゃんも? うわぁ~嬉しい~~!」
 那珂が真っ先に出会ったのは、隣の鎮守府の天龍こと村瀬立江だった。天龍たる少女は村瀬提督の数列後ろで他の艦娘たちに混ざって歩いていた。
 見知った顔を見て那珂は途端に気持ちが弾み、この後の出来事の期待感がさらに増す。施設員に案内されて進む村瀬提督ら隣の鎮守府の艦娘らは人数が多いため、別の部屋に通される様子だった。それを見て那珂はすぐさま自分たちが案内された小会議室に戻った。

「ねぇねぇみんな。○○鎮守府のみんなが来たよ!さっきそこで天龍ちゃんに出会った!」
「お、村瀬提督のご到着か。それじゃあもうそろそろだな。みんな、失礼のないようにしてくれよ。」
「「はい!」」

 ほどなくして先ほどの海尉がやってきて、那珂たちを案内し始めた。
 その場所は先程いた小会議室よりも二回りほど大きな会議室、というよりも講堂だった。すでにパイプ椅子と長机が数列置かれており、隣の鎮守府の面々はどこに座るかワイワイとはしゃいでいる。
 西脇提督も促され、那珂たちを所定の場所に静かに移動させて座らせた。

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 提督の右隣に着席していた妙高と理沙。提督は前方や左の海上自衛隊や神奈川第一の面々に視線が向いていて気づかなかったが、妙高は右隣にいる理沙がソワソワ落ち着かない様子であることにすぐ気づき、小声をかけた。
「どうしたの理沙?」
「え……う。私、こういうところ初めてだから緊張しちゃって。」
「教師になって何年経ってるの? 大勢の人の場なんか慣れたものでしょう。」
 理沙のこれまでの事を従姉妹同士の情報ネットワークで知っていた妙高は素直に疑問とツッコミをぶつけた。それに対し理沙の返事は芳しくない。
「だって……子供達相手と大人しかも自衛隊とか国の人がいる場は全然違うよぉ。お姉ちゃんは緊張してないの?」
「私だって緊張しています。けれど、何も取って食われるわけじゃないんですし、心慌てさせるだけ損ですよ。理沙はもうちょっと図太くなりなさい。」
「……お姉ちゃんはマイペースすぎるんだもんなぁ……。」
 提督の隣に座っている黒崎(従)姉妹はヒソヒソ話し、仲の良い従姉妹同士の雰囲気を醸し出していた。そんな大人二人の様子を後ろの席で見ていた那珂、そして顧問たる教師の素の一面を垣間見た時雨たちは、そんな光景を肴に一杯ならぬ一喋りをヒソヒソとするのだった。

 そんな小声のお喋りが続いて数分後、講堂に数人の人物が入ってきた。彼の人らは館山基地に籍を置く、海上自衛隊の幹部たる顔ぶれであった。緊張感が一気に高まり、自然と全員が口を閉じて壇上に視線を向けた。

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 数人の幕僚が講堂の壇上に並ぶと、司会役の海尉が脇に立ち、進行し始めた。
「それでは208x年度、館山市、館山航空基地第21航空群合同主催、艦館フェスタ(かんたてフェスタ)の前日打ち合わせを行います。今年も深海棲艦対策局および艤装装着者管理署神奈川第一支局に共催をお願いしておりますが、今年より、深海棲艦対策局千葉第二支局にも合同で参加していただくことになります。前日の最終打ち合わせということで、改めて紹介をさせていただきます。それではまず、今回のフェスタ実行委員会委員長、三等海佐の鯉住が挨拶を述べます。」

 そう言って司会は合図を出す。当の海佐は壇上で一歩、それから数歩歩み出て口を開いた。
「えー、実行委員会委員長、三佐の鯉住です。今回はフェスタの実行委員会の委員長を勤めさせていただいております。艦館フェスタでは、海上と沿岸地域被害を与え続ける深海棲艦に心身を悩ませ続ける市民の皆様に対し、心から楽しんでいただき、そして安心して日々過ごしていただけるよう、アピールする場であります。我々第21航空群は海上自衛隊の一部隊として、従来の海上警備をさらに強化して、深海棲艦の脅威から一般船舶や人々の救護をすべく日夜活動しております。ただ我々の力では深海棲艦の侵攻に対し、直接的な抑止力となりえていないことは事実です。深海棲艦への直接の打撃力として、艤装装着者……通称艦娘の皆様の活躍があってこそ、我々も救護活動や警備活動を遂行できるのであり、協力関係にあってこそ保てる平和だと痛感しております。今年のフェスタを通じて、皆様と引き続き厚い関係を保てることを願っております。それでは関係各位の紹介に移らせていただきます。」
 幕僚の紹介と意気込みが語られると、司会はそれに会釈をして次にそれぞれの団体の長に合図を送り、自己紹介を促した。

 館山市の市議、そして次に隣の鎮守府こと神奈川第一鎮守府の村瀬提督が自己紹介をし、そしていよいよ西脇提督の番になった。西脇提督は緊張の面持ちで先頭の座席から立ち上がり、壇上にあがり、全員が顔を見られる場所で言葉を発し始めた。
「深海棲艦対策局千葉第二支局、支局長を勤めております、西脇栄馬と申します。この度は神奈川第一ちn……支局の村瀬支局長のお計らいをいただき、こうして来るべき記念行事の場に加えていただきましたことを、大変喜ばしく存じます。弊局ではようやく艤装装着者が10人を超え、訓練体制・人員を適切に派遣できる体制が整いつつあります。今回は選りすぐりの者を準備させていただきましたので、どうかよろしくお願い致します。」

 西脇提督の自己紹介が終わると、ほうぼうから拍手が発生する。本音はどうであれ、関係的には歓迎されている雰囲気が広がる。提督の紹介を席で見ていた那珂たちは密かにゴクリと唾を飲み込んで緊張感に耐えていた。

 各団体の一通りの自己紹介と挨拶が終わると、司会進行からスケジュールが発表された。
 話が進むと、隣の鎮守府こと神奈川第二鎮守府の艦娘の何人かはこれまで数回館山入りし、観艦式の立案とテストを担当していたということがわかった。那珂は任せてくれと先日大見得を切ったばかりだが、ぶっつけ本番にも近いこの直前のタイミングで加わることに実際は不安を隠せない。提督は観艦式の事前の打ち合わせに自分らを潜りこませられなかったのだろうかと提督の落ち度すら気にかけ始めた。
 だがその不安は村瀬提督の口により解消された。

「例年通り、観艦式は我々神奈川第一のメンツで行いますが、今年は千葉第二の艦娘にも加わってもらいます。とはいえ基本的な練習の度合いが違うかと思うので、千葉第二の方々には無理のないパートを割り当てております。その演技の部分に集中していただければと思っています。そのあたりは、西脇支局長と話をしてありますので、よろしくお願い致します。」
 そう言う村瀬提督の言葉を受けて、西脇提督は中腰になって四方へ会釈をする。そして口を開いた。

「この度は準備の押し迫った中で村瀬支局長には無理難題を聞いていただいて、真に頭を何度も下げる思いでした。この観艦式に弊局から参加させる艦娘を紹介させていただきます。それじゃあ那珂、頼むよ。」
 西脇提督は最後の一言を小声で言った。那珂は今までまとっていた緊張感を小さな深呼吸により落ち着け、しずしずと立ち上がって自己紹介を始めた。

「千葉第二支局より、観艦式に参加させていただくことになりました、軽巡洋艦艦娘、那珂を担当しております、○○高等学校二年生の光主那美恵と申します。初めての行事参加に胸が張り裂けそうな思いで緊張もしておりますが、皆様のご迷惑にならないよう、担当の演技に注力いたしますので、どうかよろしくお願いします!」

 那珂の無駄のない自己紹介と意気込み、年頃の女子高生らしからぬ堂々としたその様に、四方八方から拍手が鳴り響く。那珂は会釈を拍手のした方向にし続けながら着席した。どれだけ人がいようが、那珂は生徒会長として大勢の前での演説には慣れているため、緊張と焦りはよいしゃべりのための調味料にすぎない。そうして座ると、提督は笑顔を那珂に向けてきた。那珂は机の下でこっそり親指を立ててグッドを示すハンドサインをして相槌とした。
 そして提督はもう一人、観艦式に参加する予定の五月雨について触れた。

「それからもう一人、五月雨という艦娘が参加予定です。彼女は弊局の別の用事で今この場への参加が間に合いませんでしたが、今日中に到着する見込みです。神奈川第一の皆様にはお手数をお掛けしますが、なにとぞご容赦願います。」
 西脇提督の言葉のあと、村瀬提督や海自や市議たちは静かに相槌を打って返事をしあった。

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 哨戒任務については、先日那珂が頼み込んで含めてもらった夜間の哨戒についても話題に触れられたことに、提督も那珂もホッと胸をなでおろした。
 発表の後、委員長の鯉住三佐が西脇提督に向かって礼をする。すると西脇提督は自分らの担当たる艦娘を紹介し始めた。
「それでは本日夜間の哨戒任務にあたる弊局の担当者を紹介させていただきます。まずは旗艦、川内。」
 そう声を張って発表すると、提督は声のボリュームを一気に下げて川内に向かって合図をした。川内は慌てて立ち上がる。知らない人たちが大勢、しかも海上自衛隊や市の役人がいる公的な場。こんなところに自分のようなただの女子高生がいていいのか。
 立ち上がったはいいが緊張と混乱で顔が真っ赤、頭が真っ白になる川内。なかなか言葉が出てこない。

 そんな川内の背中を押したのは、隣の席にいた那珂だった。立ち上がった川内のスカートの裾をクイッと軽く引っ張り意識を向けさせる。頭と首を右下に傾けた川内の目には、笑顔だがあたしに任せろ!と言わんばかりの自信に満ちた先輩の姿があった。そして那珂が小さく一言発した。

(がんば、川内ちゃん。思いっきり挨拶。)

 ウジウジと悩み緊張した様を醜態として晒すのは自分らしくない。
 ゴクリと唾を飲み込み、意を決した川内の口はたどたどしくも声量は強く動き出した。
「た、え……と。あの。ただいま紹介されました、千葉第二鎮守府の軽巡洋艦艦娘川内こと、○○高校一年、内田流留です。あ~えっと。千葉第二支局の軽巡洋艦艦娘川内です。張り切って任務勤めます。よろしくお願いします!」

 どもるが、正式名称に言い直すくらいの配慮を込めてなんとか持ち直す。大勢の拍手の雰囲気が自分の微妙な失態を許してくれた気がした。
 西脇提督は川内の意気込みを見て言葉なくウンウンと軽く頷いて見聞き、満足気に補足した。
「うちの川内は先月着任いたしまして、基本訓練の成績は良好、度胸も十分、実戦でも古参の艦娘に引けをとらない優秀な若者です。まだ至らぬところもありますが、どうか彼女をフォローしていただけますようよろしくお願い致します。それでは続きまして……」

 自分のことをそういうふうに思ってくれていたのか。いくつか訓練中に失態をしたのに、良い評価をして見守ってくれていた。
((さすがあたしが兄やんと見込んだ男、嬉しいから期待に答えちゃうぞ。))
 川内は提督からの評価を真に受けていた。

 提督は残りの4人を紹介する。触れられると、それぞれの艦娘らは立ち上がって自己紹介をしてその場にいる様々な顔ぶれの人間に控えめなアピールをする。
 さすがの夕立も、元来の人見知りの性格が遺憾なく発揮されたため、時雨らが心配するような暴走は一切せず、お前はどこのお嬢様だとツッコみたくなるようなしとやかさで自己紹介を終始させた。ただひとつ、口癖の“っぽい”は一部に残ったので、らしさは残って一安心と、時雨と村雨はなぜかスッキリした安心顔をした。

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 その後打合せは翌日の哨戒任務の話題になった。村瀬提督の口から担当する艦娘が次々に発表され、挨拶と自己紹介・意気込みが語られていく。そして、海自が独自に開く小規模な催し物の最終確認、当日のメインステージのスケジュールが発表・確認が進められていった。

 自身らに直接関わりがない内容とわかると、打ち合わせの内容は少女たちの頭を右から左へと素通りしていく。そんな那珂たちが一番気にしているのは、この後行われるはずの、西脇提督が合宿と言い張る合同の訓練のことだ。どこでどのように行われるのか。
 その心配は、司会の海尉が打合せの最後に発表して解消することとなった。
「それではこの後の予定ですが、希望される艦娘の方々には特別体験入隊として隊員との訓練に臨んでいただきたいと思います。同じ海を守る者として、ぜひとも我々の活動への理解を深めていただければと。監督官を担当いたしますのは、一等海尉の亥角(いすみ)です。参加される皆様は以後、亥角一尉の指示で行動していただけますようよろしくお願い致します。」

 その後打合せが閉まると、海佐達と市議、提督たちが集まって数分話した後、艦娘たちの前に両提督が戻ってきた。
 那珂たちは西脇提督のもとに、同じように神奈川第一鎮守府の艦娘らも村瀬提督の席に集まっている。艦娘たちが提督に向けて口にする話題は、どちらも似たものだった。少女たちが口にする不安や意気込みを両提督は親身に耳を傾けて聞く。

「初めて他の鎮守府の艦娘と行動を共にする人もいて不安だと思う。けど、この場では交流を深める良い機会でもあるから、臆さずに積極的に動いて欲しい。申し訳ないけど俺はこの後一旦鎮守府に戻る。この場での提督代理は、妙高さんに一任する。それから黒崎先生には妙高さんの補佐をお願いしたい。村瀬提督や自衛隊の方々にも了解を取ってある。後の相談ごとや指示は二人に従ってほしい。二人は大丈夫ですか?」
 提督が目配せをすると、妙高が先に口を開く。
「はい。承りました。理沙もいいですね?」
「は、はい。私まだ艦娘として着任していませんが、これも教育の場の一つとして、臨みたいと思います。」
 二人の同意を得られた提督は説明を再開する。
「それから明石さんは……この後は確か?」
「はい。私はこの後艤装を仕舞いにいくので離れます。自衛隊の方に艤装のメンテナンスについて説明しなければいけませんので、今後も別行動になるかもしれません。また後で会いましょう。」
 そう言って明石は一足先に離れ、近くの自衛隊員に事を伝えて講堂から出て行った。
 それを見届けると提督が再び口を開いた。
「戻って用事を済ませたら五月雨と不知火を連れてくる。その時は君たちが体験入隊に励む姿をじっくり見させてもらえたら見るよ。」
「うわ~提督ってば、海自の隊員さんに混じってあたしたちが汗を垂らして苦しんでる姿を視姦するよーに見学なんていやらし~~!」
「おい。……おい。こういう場でそういうこと言うのはやめなさい。」
 提督は那珂のいつもどおりの茶化しを受けると、本気の焦りを見せて厳しく咎める。しかし那珂はペロッと舌を出しておどけて謝るのみの態度。
 提督はその仕草を見て軽くため息を吐いたが、気を取り直して那珂に言う。
「それと那珂、君には言っておきたいことがある。」
「うえっ!?な、なに?」
 おどけた空気が拭い去りきれていないうちに那珂は提督から真面目な声数割増しで声を掛けられてドキッとする。
「観艦式に出る艦娘は、体験入隊組の皆とは別行動だから間違えないようにな? まぁ基本しっかりしてる君のことだから大丈夫だとは思うけどさ。ただ後から五月雨を加えるから、あの娘の密なフォローをお願いする。それを踏まえてあちらの艦娘たちとの行動をしてもらいたい。いいな?」
「あ~~、はいはい。そういうことなのね。あたしは“合宿”ばりの体験入隊っていう合同訓練とは別行動になっちゃうのね。あ~~、残念だけど大役もらってるから仕方ないよね~。」
 提督の説明と注意と願いを聞き取って理解をわざとらしくオーバーリアクションで示す。

「それじゃあ体験入隊するのって、あたしと夕立ちゃん、時雨ちゃん、村雨ちゃん、不知火ちゃんってことですか?」
 そう川内が尋ねると提督は頷きそして一言謝った。
「あぁ。結果的にこれだけの人数になって申し訳ない。」
「いいっていいって。隊員さんに従って動いてればいいんでしょ?お偉いさんと接するのは妙高さん達に任せるし、観艦式は那珂さんにドーンと任せるから、あたしたちは楽でしょ。」
「楽っぽ~い!」
 川内のノリに夕立が乗るのはいつもの流れなのでもはや気にしない一同だったが、提督が注意を払わせた。
「そういうこと言ってられるのも、今のうちだけだぞ~。夜の哨戒任務もあるから、君たちの訓練には一応考慮をお願いしておいたけど、疲れを任務に影響させない程度に励めよ。」
「う……嫌なこと言うなぁ。」「っぽい~……。」
 揃って一気に悄気げる二人に、残りのメンツは苦笑いをするだけだった。

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