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同調率99%の少女(20) :とある日の出会い

--- 2 とある日の出会い

 各々自分のペースで休んだ日曜日が明け迎えた月曜日。8月も2週目に突入した相変わらずの夏日。川内と神通の基本訓練が終わり、鎮守府に出勤しなければならない義務的な役目もひとまずなくなって那珂は少し気が抜けていた。それは五十鈴も同じだ。軽巡艦娘たち4人はとりあえずとばかりに出勤してきたが、那珂と五十鈴は待機室でボーッとしているその様を川内にツッコまれた。

「二人共えらいボーッとしてますね?珍しいというからしくないっていうか。大丈夫?」
 那珂は机に突っ伏し、五十鈴は頬杖をつきながら同時にハァ……と溜息一つついてから口を開く。
「な~~んかさ。目下最重要だった二人の訓練が終わってさ、安心したっていうか気が抜けたっていうか。」
「……あれね。私も那珂もきっと燃え尽き症候群かもね。それに緊急の出撃もあったし。」
「二人がなんで燃え尽きるんすかー!訓練で大変だったのはあたしたちの方なのにぃ。」
 川内の文句に神通がコクコクと頷く。

「二人もこれから入ってくる艦娘を指導する立場になればわかるよ~きっと。」
 那珂の気の抜けきったセリフに五十鈴は特段頷きも言葉も出さずに目を閉じることで同意を示した。
「あたしは深海棲艦と適度に戦えればそれでいいんでそういうのはパスです。ね、神通?」
「え……はい。私は、当分那珂さんと五十鈴さんに教わっていたい……です。」

 一人前になりたての二人のそれぞれの意見を聞く那珂は再びため息を吐いてもう数分は机の上に突っ伏してだらける姿勢を保っていた。

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 ふと思い出した那珂が口を開く。
「そういえばさ、川内ちゃんはいつ病院行くの?」
「え~~と。妙高さんが来次第です。あ~~、行きたくないなぁ。やだなぁ~。艦娘の診察と治療ってどんなことやるんですか?」
「別に普段と変わらないよ。ただ神経系の検査するために変なおっきなマシンに寝かされるけど、それも痛いわけじゃないしすぐ終わるよ。」
 しれっと聞き慣れない表現で言ってきた那珂に川内は大げさに驚いて聞き返す。思わず机をグンと強く両手で押して乗り出すほどだ。
「神経系って!?なんですかそれ!!」
「耳元でおっきな声出さないでよ……。スキャンするだけよ。別に大したことじゃないでしょ。」
「いやいや!なんかサラリと言ってますけど、なんなんですかそれ!?」
「艦娘の艤装で使われてるコアユニットの技術というのはね、人間のあらゆる神経に直接働きかけて様々な労働作業を支援するものなんですって。それによっていわゆるパワーアップするそうよ。私たち艦娘が言うところの“同調”がそれ。神経に触れて人間に普段の限界以上の活動をさせる技術。それが実用化されて30年くらい経つ技術らしいけど、医学界では未だに安全性に疑問視してるらしいわ。」
 と丁寧に説明する五十鈴。
「いやそれって……艦娘ってめちゃ危険な技術で成り立ってるんじゃ!?」
「実績も安全性も証明されてるみたいだし問題ないって国や艤装の開発企業は言ってるからいいんじゃない? 実際あたしたちも活動する時それ以外の時もまったく問題ないし。けど医学界のメンツを保つとかなんとかで、艦娘になった人の治療や検査のときは、神経の検査をするのが医療機関との提携の絶対条件なんだって。前に明石さんが教えてくれたよ。」
 那珂は軽い雰囲気で五十鈴の説明を補完する。

 先輩二人がものすごく平然と語るので川内は途端に不安をもたげる。普段に似合わぬ心配性な川内。ふと川内は以前那珂こと光主那美恵に起きた問題を思い出した。
「そういや那珂さん、以前結構ヤバイ事起きましたよね?あれは結局大丈夫だったんすか?」
「川内ちゃん!」
 那珂は急に語尾を荒げて一言で川内の言い方を咎める。それに五十鈴と神通が呆けた表情で反応した。
「あんた何かあったの?」
「?」
 那珂は珍しく慌てて頭をブンブンと振って否定した。
「ううん。なんでもないの! 艤装の調子がおかしかったことが前にあっただけ。明石さんにその後聞いたら問題ないって言ってたし。だ~か~ら!川内ちゃんたちは気にしなくてオールオッケー。アンダスタン?」
 釈然としないも、あまり深く突っ込んで先輩を困らせるつもりはなかったため川内は声の明るさを下げた返事をした。その話題では完全な部外者の五十鈴と神通はただ呆気にとられていることしかできなかった。

 その後1時間ほどした後、妙高が待機室に顔を出したので川内はしぶしぶといった乗り気でない様子で鎮守府近くの海浜病院へと向かっていった。
 残された那珂たち3人は訓練をしてもいいと思っていたが、学生の本分を思い出し3人揃って学校の宿題・課題を進めることにした。普段勉強に励む場所とは異なる場所ですることは良い刺激となったのか、3人は黙々となおかつ時々互いに疑問を聞き合って進める。その後川内が昼過ぎに戻ってきたことで一段落ついて昼食を取りに行く。
 なおこの日は鎮守府Aの他の艦娘は妙高と五月雨のみであった。

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 午後になって鎮守府Aに、那珂たちは初めて会う別の鎮守府の提督が艦娘を連れて訪れた。那珂たちが昼食を取って本館に戻ってくると、ちょうど本館の玄関で五月雨が二人の人物に挨拶をしているところに出くわす。

「あ……こんにちは。」
 那珂が代表して挨拶をすると、その振り向いた二人の人物の一人の顔に那珂は表情を思い切りほころばせる。

「あ!!天龍ちゃん!」
「お~!那珂さんに五十鈴さん!早速来たぜ!」

 那珂が天龍がいる場所までの距離を一気に駆けていき、五十鈴は早歩きでそれを追いかける。三人は手を取り合ったり肩をはたきあったりして再会を喜び合う。
 一方で妙なテンションの先輩2人にポカーンとしてゆっくり近寄っていく川内と神通。

「いや~会いたかったぜ二人とも~。」
「あたしもだよぉ~!」
「この前は私は会えなかったけど、元気だったかしら?」
「あぁ。今日はパパに頼み込んで強引に付いてきちゃったよ。」
「「パ、パパ?」」
 いきなりとんでもないキーワードを耳にした那珂たちは目をパチクリさせて天龍を見る。天龍は一瞬自分の言葉の意味を忘れていたが、すぐに迂闊な口走りと気づいたのか慌てて取り繕う。
「あ~!いやあの~……パパだ。」
 言い訳をできるほど器量がよくないのか、すぐに諦め否開き直って説明し始める。
「うちの提督はさ、あたしのパパなんだよ。」
 そう言って天龍が背後にいる男性に視線を送る。すると言及された男性が会釈して自己紹介し始めた。

「初めまして。神奈川第一鎮守府の提督、つまり深海棲艦対策局神奈川第一支局の支局長を勤めている、村瀬貫三と申します。娘と仲良くしてくれたそうで。これからもよろしく頼むよ。」
「んで、あたしは軽巡洋艦天龍こと、村瀬立江。」
 静かな佇まいと痩せ型のその身、そして太いが透き通るような澄んだ声で挨拶をするその中年男性のダンディさに那珂たちは一瞬見惚れて返事をするのを忘れる。那珂たち4人は慌てて挨拶をし返して続きを五月雨に戻した。

「あ、ええと五月雨ちゃん。案内の途中邪魔してゴメンね。お二人の案内お願いね?」
「はい。それではこちらへどうぞ!」
 五月雨が案内を再開すると村瀬提督は天龍の肩を引いて本館へと入っていった。本館を歩いて行く立江は後ろを振り向いて那珂たちに言った。
「じゃあな!後で顔出すからどこにいるか教えてくれよ!」
「うん!3階の一番東の部屋の待機室にいるからね!」

 そう言葉をかわして那珂は天龍たちの背中を見送った後、自身らも本館へと入った。

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 那珂たちが待機室に入って数分経つと、約束通り天龍がやってきた。
「お~。ここが鎮守府Aの艦娘の部屋か?なーんか何にもなくてだたっぴろいなぁ。」
 入室一番、部屋の感想を口にする天龍。那珂を始め五十鈴たちは苦笑いを浮かべるも平静を保ち、天龍を招き寄せて説明する。
「まぁ人少ないですしぃ。使い切れてないから今のうちならあたしたちが思いっきり使い放題!ってとこかなぁ。」
「アハハ。そりゃいいや。なぁなぁ。こっちの鎮守府を案内してくれよ。よその鎮守府って興味あるんだ。」
「うんうん!それじゃああたしたち4人で案内してあげる!行こ、みんな!」
「えぇ。」
「「はい。」」
 五十鈴、そして川内と神通が返事をする。そして4人は天龍を連れて本館、そして鎮守府の敷地内の各設備を案内し始めた。

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 本館内は特に興味を持てる部屋や施設がないためか、天龍は那珂と五十鈴の説明に話半分といった様子を見せる。そしてしまいには
「んー、建物の中はいいや。他案内してくれよ。」
と言い放つ。悪びれた様子もなく、その言い方は彼女本来のものであることは容易に想像つくため那珂と五十鈴は苦笑しながらその言葉に承諾する。

 ただ突然の来訪者、先輩二人と仲良く話す人物をつまらなそうに眺めているのは川内と神通だ。
 自身が学校では男勝りとか言われているのを知っていた川内は気にしてないと言いながらも実はその表現がある種のステータスと感じていて気に入っていた。決して男っぽくしたいというわけではないが、ゲームやアニメの人物よろしく良いキャラ付けで目立てる・人に覚えてもらえるというメリットを活用する考えがあったからだ。
 だからこの天龍という少女は自分とキャラが被っていると最初は思っていた。諸々の受け答えや態度を見ていくうち、男勝りとかそんなレベルではなく、男っぽい・さらには何時の時代にも存在する荒ぶる若者、ヤンキーなんじゃ……と捉え方を変える。
 結論として川内はこの天龍という少女が最初から気に食わない。ウマが合わないと感じていた。だからこの場は那珂と五十鈴の応対に完全に任せる・頼り切るつもりなのである。

 一方で神通は、川内とは違う方面で直感的に関わらないことにした。彼女の頭の中には“見るからに怖い人、近寄らぬが仏、触らぬ神に祟りなし”と川内に負けず劣らず早い段階で印象を固めていた。それゆえ神通も、応対は先輩二人に頼り切るつもりだ。だが愛想笑いや相槌は適当に打っておこうと決める。

 学年的には1つ上、那珂や五十鈴と同学年の高校二年生と耳にしていたので、普通にかかわらなくてもどうでもいいやという思考に至る二人であった。

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 天龍の手を引っ張って那珂が先頭に立ち、本館裏のグラウンドや倉庫群、そして海岸沿いを案内する。那珂は説明の後必ず隣の鎮守府ではどうなのかと尋ねる。天龍はぶっきらぼうながらもそれに丁寧に答えるというやりとりが続いた。

「へぇ~。鎮守府からの景色はこっちのほうがいいな。この良い感じに何もない具合っつうのかね。東京湾なんてどこも汚ねぇだろーけど、それでもこっちのほうが景色は綺麗だわ。」
「天龍ちゃんのとこは?」
「うちは横浜港の一角のいろんな企業の建物と水路の隙間にあるんだよ。だから鎮守府から景色を見ても面白くなし。良いことっていったら近くにプールセンターがあったりコンビニとか駅が近いってところだな。うん。」
「そちらの敷地はどのくらい広いのかしら?」
 五十鈴も質問すると同じ雰囲気で軽快に答える。
「こっちを全部見たわけじゃねーからわかんねぇけど、多分同じくらいだと思うぞ。あ~でも水路挟んで向こう側にもうちの敷地は続いてっからうちの方が広いぜ。」
「へぇ~。そっちの鎮守府にも行ってみたいなぁ~。ねね?今度遊びに行っていい?いい?」
「あとでパパに聞いておくよ。ま、問題ないんじゃね?艦娘同士の交流ってことで。」

 その後那珂は工廠を案内し鎮守府Aの明石を紹介したり、自分らの艤装の保管庫を案内するなど、一通りの案内をして本館へと戻ってきた。せっかくなので演習をしたいと思っていた那珂。演習を願い出てきた那珂に天龍も十二分に乗り気だったが、五十鈴から艤装を持ってきていないことをツッコまれると焦りを隠さずに浮かべたまま笑う。
「アハハ、まぁあれだよ。本当にやるときにはあらかじめ持ってくるよ。というかこっちにも天龍の艤装が配備されたんならそれ借りられたんだろーけどさ。」
「仕方ないねぇ。別の機会にやろ?」
「あぁ!」
 揃ってケラケラと笑う那珂と天龍を五十鈴は額を抑えて頭を悩ませるのだった。

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 本館に入り那珂たちが執務室へと戻ろうとすると、西脇提督と村瀬提督は2階の中央広間にいた。提督同士で本館の設備を案内してるところに出くわした。

「パパ!」
「天龍。……仕事中はちゃんと役職名で呼び合おうっていつも言ってるじゃないか。」
「はいよ、提督。」
 村瀬提督は天龍の言い方にまだ不満があるのか若干苦い表情を浮かべたが、すぐに表情を緩める。
「娘さんが艦娘っていうのはなんだか大変そうですね。」
 西脇提督が尋ねると村瀬提督は肩をすくめ、脱力した口調で口にした。
「いやいや。もう慣れたものだよ。元々艦娘制度のために単身赴任的に今の場所に越して来たんですがね。良い機会だから教育のために娘も連れてけと女房から押し付けられたものでね。支局の仕事はもう5年、娘が早いもので3年も艦娘やってます。娘が私の鎮守府の採用試験に応募してきた時は驚いたが……。他の艦娘との交流は完全に娘に任せてるので詳しくは知らんのですが、龍田になった従妹の娘やその同級生とは仲良くしてるのを見て安心しています。」
 そう語る村瀬提督の表情には、提督としての仕事上の顔ではなく父親として娘を気にかける慈愛の表情が浮かんでいた。西脇提督は、提督と艦娘の関係の様々な形の一つを垣間見たことに心の中で感慨深く感じる。
 それには側で聞いていた那珂や五十鈴も同じ気持を抱いていた。

 父娘で艦娘制度に関わることのメリット。

 娘を危険に晒すことに抵抗がない親はいない。那珂は自分の時を思い出した。艦娘になることを伝えたその日、慌てふためく母とは違い父は特に何も言わなかった。それは傍から見れば放任主義で責任感のない父と捉えられるかもしれないが、実の娘である那珂は父のその態度の真意をわかっていた。
 これまで両親に何度か自分がやりたいと思った時に相談をしたことがあるが、何度か父は普段の優しい様を一変させて反対してきた。その当時は反対されたことに憤りを感じたこともあったが、後に母から父の考えを聞かされた。
 自分の本気が100%ではないこと・父がそれを娘である自分だけに任せるには危ないと思った事に対しては厳として反対していたのだということを。自分の身を案じての反対だったのだ。以後那珂は父の見方を180度変える。父の思いに気づいて以降は、自分がやりたいと思ったことにはその度合いを測り、きっちり分けて両親への打ち明けに臨んだ。
 その結果、艦娘になりたいと告白した時に何も言われず笑顔で返してくれたのは、きっと自分の熱意が本物で、鎮守府Aの組織や西脇栄馬という管理者が信頼に足る、許せるだけの本気と判断してくれたからなのだと那珂は確証を得ていた。
 だから那珂は安心してやってこられた。おそらく五十鈴や川内・神通そして五月雨ら他の娘も家庭内で同じやりとりを経た結果この場にいるのだろう。それが一般的。

 そしてこの天龍こと村瀬立江と村瀬提督。
 そもそも父親が仕事場にいるという前提条件が自分らとは異なるその状況だ。父の安心感もそうだが、娘の安心感は仕事の危険性という点に絞ってみれば心任せられる存在が側にいるだけで絶大なものになろう。
 世の中の女子高生は大抵が父親を煙たがっているのが何時の世も常である。しかし那珂自身はそうでもないしこの父娘にもそんな雰囲気は全くの無関係に見えた。会話もそうだが、仕事上とはいえ父親にくっついて相手先まで来るという行為の時点でその度合がわかる。
 なぜ優しい物腰の父に対してこのぶっきらぼうで粗雑な娘なのか知る由もないが、この父娘のその鎮守府には、ここに至るまでの彼らなりの人間関係とその物語があるのだなと、当たり前のことなのに那珂は愉快に感じるのだった。

 燦々と太陽の光がど頂点近くから照りつける真夏の15時すぎ、隣の鎮守府の村瀬提督と娘の天龍は西脇提督の車の運転で駅まで送られて帰っていった。

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