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同調率99%の少女(22) :合流

# 9 合流

 那珂たちは西北西の艤装の反応目指して進むことにした。どちらがピンチの度合いが高いか測りかねる。しかし二分の一の確率なら、距離的にもルート的にもまずは一番近い方から行くほうが最適と那珂は説いた。すると五月雨たち駆逐艦艦娘たちは揃って頷いて理解を示した。

 どのくらい進んだのか、時々後ろを振り返り、先ほどの戦場たる場所の目印の大岩を凝視する。月明かりの光量がほとんどない夜のせいもあり、ほとんど小さく見えなくなっていた。

「もうすぐつくはずだけど……。」
「み~えま~したぁ!」綾波が間延びした声で発見を知らせる。
「何人?」すぐに那珂は確認させる。
「んー、艤装の点灯が3つだよ。多分三人いる!」
 綾波の発言の代わりに敷波が実際に見て数えた状況を報告する。

 那珂たちがさらに近づくと、後進してきたと思われる村雨と近距離で遭遇した。
「わっ! だ、誰!?」
「んおっ!そちらこそどなたー!?」那珂は軽調子で尋ね返す。
「その声は……那珂さん? 私です、村雨ですぅ~!」
 相手が那珂と分かるや、村雨の声色は一気に明るみを醸し出し、安堵感を溢れ出させた。
「う、はぁ~~~~。よかったぁ~那珂さん、来てくれたんですねぇ。」
「ますみちゃん、私もいるよ!」
「その声は、さみ? あなたも来てくれたのね。」
「うん。神奈川第一の人たちも一緒だよ。皆で助けにきたの。」
 五月雨が手で紹介がてら語りかけると、雷たちはペコリとお辞儀をした。村雨は4人を見渡してうんうんと頷き、安心を目に見えて溢れ出す。しかしすぐに現実に戻る。
「あ、今あっちにゆうと時雨がいるわ。」
「村雨ちゃん。敵の様子はわかる?」
「ええとですね。一匹は小柄だけど鈍いので結構当てて倒せそうなんですが、もう一匹が二回り以上も大きくて、砲撃が弾かれてしまうんです。」
 村雨の説明を聞いて、那珂は腕を組み頭を傾けて考え込み、過去の体験と照らし合わせる。
「うーむ。もしかして、そいつ軽巡級かもね。ハッキリとはわからないけど、前に戦った個体と似てるとしたら、雷撃で倒すしかないよ。」
 那珂の提案に村雨は首を横に振る。
「雷撃は試したんです。けど、当たらなくて。」
「仕方ないよ。こんな夜だもん。でも、夕立ちゃんの目があるでしょ?」
 那珂の指摘に村雨は言葉をつまらせ、言いよどんでしまった。それを見た五月雨が首を傾げて尋ねる。
「ますみちゃん? どうしたの?」
「あの、ゆう、よ?まともに指示できて私達が撃てると思う!?」
 瞬間的に憤ってみせた村雨はすぐに感情を落ち着かせてため息を吐く。五月雨はすぐに察したのか、あ~と一言で村雨と感情を重ね合わせた。

 その時、村雨が指し示した方向から二人やってきた。
「ますみちゃーーん!」
「ますみーーん!」
 逃げるようにしてやってきた時雨と夕立は、村雨と一緒にいる那珂や五月雨に気づいた。が、その口からはまず文句が飛び出した。
「後ろに下がるなら下がるって先に言ってよ! 隣見たらますみちゃんいなくて焦っちゃったよ。」
「ますみんってばたまにしれっとどっか行っちゃうから、さすがのあたしも焦るっぽい!!」
 珍しく強く憤る時雨と夕立に一驚した村雨は両手を突き出して二人を宥めながら弁解する。
「ゴ、ゴメンゴメン。後退する距離が多かっただけよ。でもおかげで那珂さんたちとすぐに出会えたわ。これでもう安心よぉ。」
「「那珂さん!」」
「はぁ~い、みんなの那珂ちゃんですよ。三人ともご苦労様。敵は?」

 一通り文句を言い終わった時雨と夕立は、ようやく那珂の姿を見て素直に安堵の声を漏らすことができた。
「一匹はもうすぐ死にそうであそこでほとんど動かないっぽい。もう一匹は……来たーー!?」

 夕立は後ろに視線を送ると同時に、焦りの声をあげて全員に知らせた。
 軽巡級と想定された個体は、速度をあげて那珂たちの集団に突っ込んでくる。
「全員回避ぃー!」

 那珂の合図と同時に8人はおよそ半々に左右にバラけて避けた。那珂がすぐに合図を出す。
「夕立ちゃんは時雨ちゃんと一緒に瀕死の一匹にトドメを。倒したらさっさとこっちに戻ってきて。村雨ちゃんは最初からあたしたちに加わって。みんなであいつを追い詰めるよ。いいね?」
「はぁい!」
「はい。」
「了解っぽ~い!」

 那珂が指示をすると、夕立と時雨がすぐに離れていく。那珂は村雨が加わって6人になった援軍チームを率いて、Uターンしてくる軽巡級を迎え撃つことにした。

--

 軽巡級の深海棲艦は細かく移動し、砲撃まがいの体液を放出してくる。
 どれだけ出せば気が済むのだと辟易するほど、出しまくる。ちょこまかと動く。おかげでかわすのも、五月雨たち駆逐艦勢に回避させて隊列をまとめ直させるのも面倒になってきた。
 絶倫すぎるだろ、と那珂はシモの方面で思ったが、口に出すのは止めておいた。この場にはよその鎮守府の艦娘もいるし、鎮守府Aのメンツには純真なままでいてほしい娘もいてさすがに忍びない。下ネタ気味な発言で体外的な印象を悪くしてしまうのも今後に向けて超絶まずい。
 普段の軽調子な発言意欲は努めて抑え、代わりに鋭い指示で気分を発散させることにした。

「夕立ちゃんが来るまでは綾波ちゃんのレーダーとソナーで検知、綾波ちゃんはあたしの側にいて。他の4人はやつを左右から挟み込むように位置取りして。絶対に自分たちの先に行かせないように、効かなくてもなんでもいいから射撃してひるませて。」

「えぇ、了解したわ。」
「りょーかーい。」

「分かりましたぁ。」
「はい! 私、頑張っちゃいますから!」

「りょーかいーですぅ~。」

 雷と敷波、五月雨と村雨は那珂からすぐに離れ、標的の軽巡級との距離を20m弱まで詰め、逃げられないように間合いを調整し始めた。
 那珂は綾波にほとんど寄り添い、彼女を目や耳のような大事な器官として頼る。
 目の前の軽巡級は肉眼でもかろうじて捉えることはできるが、レーダーで捉えたほうが確実だ。検知した反応の位置情報は、艤装の近接通信機能を通じて五月雨ら4人に送られた。実際動きまわっている4人にはいちいちコンパスやマップアプリで確認している暇はないが、送られてきた位置や方向の情報は主砲や魚雷でより正確に狙う際に必要となるので、綾波以外の艦娘の行動うんぬんにかかわらず、常時送受信が行われた。

「あ~こっち来たぁ!」
「さみ!あいつの手前に向かって同時に砲撃するわよぉ!」
「うん!」

ドゥ!ドゥ!
バシャーン!!

 五月雨と村雨の砲撃により軽巡級は一瞬前進を停止し、身体を強引にねじって向きを変えて反対側へと舵を切る。その反対側には雷と敷波がおり、同じように軽巡級の手前に向かって一斉砲撃して進行を阻止する。それが何度か繰り返し、駆逐艦4人は次第に軽巡級の動く範囲を狭めていく。

「いいよいいよ!みんなぁ~このまままっすぐ追い詰めるよぉ~~!」
「「「「「はい!」」」」」

 那珂の掛け声に駆逐艦たちは威勢良い返事をしてその身を奮い立たせ、主機に強く念じ、主砲パーツを握る手の握力を強める。
 五月雨・村雨からの砲撃、雷・敷波からの砲撃の範囲とタイムラグがどんどん短くなる。二つの列の中間を進む那珂・綾波と合わせて三組はVの字型に、軽巡級を完全に追い詰めた。もはや軽巡級は艦娘たちの包囲網を破ることができず、ひたすら前進するのみだ。この集団は、南東に進み、軽巡級の針路に従って時計回りに進んでついに北向きにまっすぐ進む形になっていた。軽巡級は艦娘たちからの砲撃から逃げるのにいっぱいいっぱいといった様子で、面と向かって反撃してくる気配はもはや感じられない。
 そして北からは別の一匹を倒した夕立と時雨がようやく迫ってきた。
「すみませ~ん。遅れました!」
「倒したよ~これからあたしたちもそっちっぽい!」
 時雨と夕立が声を上げてまだ少し遠い那珂たちに知らせる。すると那珂も大声で返した。
「おっけぃ! 夕立ちゃんは五月雨ちゃんたちの列に、時雨ちゃんは雷ちゃんたちの列に加わって!」
「「はい!」」

 左右の列の構成員が3人ずつになったので、那珂は次の指示を出す。
「時雨ちゃん、夕立ちゃんは引き続き砲撃で敵の移動を制限、他のメンバーはあたしと綾波ちゃんの位置まで下がって雷撃準備!」
 するともはや返事なく、那珂の指示通り先の二人はそのまま、残りの四人は速度を落として那珂と列を構成する位置まで後退してきた。

「いい? 次に時雨ちゃんか夕立ちゃんが砲撃してあいつを二人の中間あたりに戻してきたときが狙いだよ。綾波ちゃんはまっすぐ、合図をして最初に撃って。あたし含め他のみんなは綾波ちゃんから受信した、彼女の0時の方角に向けて撃つこと。多少角度甘くてもいいから。時雨ちゃんと夕立ちゃんは雷撃が始まったらすぐに左右に大きく離脱。」

 那珂の指示の後、ほどなくしてその時が訪れた。東に逸れようとした軽巡級を時雨の砲撃が襲う。
 硬いと思われた腹全体だったが、時雨の砲撃のエネルギー弾が軽巡級の腹の一部をかすめた途端、甲高い音の中にゴボッという濁った音が混ざって響き、その直後、小爆発を起こした。
 軽巡級は自身の身に起きた小さくはあるが鋭い痛みと衝撃に仰天して海面を飛び跳ねて後ずさろうとする。

「今!」那珂が小さく叫ぶ。
「は~い。そーれー!」

ボシュ……ドボン
シューーーー……

 綾波が相も変わらず気の抜けるような間延びした声で返事をする。しかし魚雷発射管のスイッチを押すときの眼光は鋭く、動作は素早い。この少女、マイペースそうだが侮れない。那珂は勝手にそう評価していた。

 綾波の撃った魚雷が進み始めたのと合わせて、那珂そして村雨たち、雷たちが次々に魚雷を前方に向かって撃つ。と同時に前方にいた時雨と夕立が魚雷の針路に巻き込まれないよう、軽く横にジャンプしすぐに後ずさる。

ズガガガアアアアァァァァン!!!

 合計6本の魚雷は、軽巡級に引き寄せられているかのごとく集まっていく。魚雷の噴射光の緑色の光が一つに集まったと思ったら、次の瞬間、真夜中の海に爆音の多重奏が響き渡った。大房岬の沖合約1.3km付近の海の時間帯を日中にするかのようにまばゆい光が爆発とともに弾けて広がった。那珂の指示による一斉雷撃は、キレイに軽巡級にヒットどころの話はなく、オーバーキルするくらいに命中していた。
 爆風が肌をかすめるので、那珂たちは速度を緩めて海上で踏ん張った。脇に避けた時雨と夕立も爆風の煽りを受けてよろけそうになるが耐えきった。
 ようやく爆風と光と波打つ海面が落ち着く。那珂が綾波に確認させると、軽巡級の反応はなくなっていた。

「やったわ!気持ちいいくらいの勝利ね!」と雷。
「わ~、や~りま~したぁ!よかったねぇ、敷波ちゃん。」
「う、うん。最近ちゃんとした戦闘したことなかったから……よかったかも。」
 綾波が敷波のところにすぅっと移動して両手で肩を軽く掴みながら話しかけると、敷波は照れながら返した。

「さみ! ますみちゃん!」
「わーい、さみぃーー助けに来てくれてありがとーねーー!」
 大きくぐるりと弧を描いて戻ってきた夕立と時雨が減速落ち着かないままに五月雨に左右から抱きつき、挟み込んでサンドウィッチを作り出した。五月雨はうきゅっという小さい悲鳴とともに押しつぶされるが、安堵感を抱いた時雨と夕立はその圧力を緩めずにひたすら素直に喜びをぶつける。
 隣にいた村雨、そして4人のそばに近寄る那珂は海上でサンドウィッチ状態になっている三人を微笑ましく眺めていた。

 しかしこれで終わりではない。那珂はすぐに思考と感情を切り替えて全員に号令をかける。
「さあみんな。まだ終わりじゃないよ。川内ちゃんたちを助けに行かないと。今の爆発であっちも気づいただろーから、早く行ってあげよ!」
「はい!」

 7人はそれぞれ返事をして意気込む。那珂は全員に一通り顔を向けて頷く。そして那珂たちは艤装の反応があった北の、もう一つの戦場に向けて移動を再開した。

--

 川内たちが5匹の深海棲艦の休む暇も与えてくれない砲撃や体当たりを必死にかわしていると、南のほうで大爆発が起こり、辺りがまばゆく照らされた。その爆発の規模たるや自分たちの立つ海面が波打ってバランス取りが難しくなるほどだ。

「な、なに今の爆発。」
「今のは……あんたたちの仲間のじゃないの? きっと派手に倒したのよ。」
「……多分、雷撃。」
 川内が呆気にとられて口に出すと、暁と不知火はそれぞれの想定を口にした。
「そっか。夕立ちゃんたちが勝ったんだ。ということはあともうちょっと持ちこたえれば、また6人になるから勝てるね。」
「そうね。うん、なんかそう思ったら、周りにいる深海棲艦なんてなんとも思わなくなってきたわ!」
 暁が鼻息荒く意気込むと、不知火がコクリと頷いて同意を示す。
 川内が改めて周囲にいる深海棲艦に睨みをきかせて凄む。

「1・2・3・4・5……6・7・8匹。ふん。今に見てなさいよ。夕立ちゃんたちが来ればあんたらなんて……ん? あれ?」
「どうしたの、川内?」
「?」
 ふと何気なく緑黒の反応を数えると、先程まで戦っていた数と合わないことに気づいた。川内が間の抜けたような声を出すと、暁と不知火がその一瞬の変化に疑問をすぐに抱いて問いかける。
「い、いや……増えてる。」
「え!?」「!?」
 川内の一言はわかり易すぎるほどに明確にその意味を知らしめた。

「多分、先に散っていった奴らが戻ってきたんだと思うんだけど、いつから増えてたんだろう。くそ! あたしとしたことが、見えてるのに気づかないなんて!」
「そ、それで今何匹いるのよぉ!?」
「……8匹。もう一回数えて、間違いない。」
「さすがに8対3は、辛い。」
 普段感情を見せない不知火の声に僅かに焦りが混じる。暁は口調だけでなく態度でもそわそわと焦りをふんだんに溢れ出して落ち着かない様子を見せ始める。

「もーーやだ!帰る! 響~、雷~、電~!」
 あからさまな泣き言を言い出す暁に川内はピシャリと言い放つ。
「コラ、来年高校生!もうすぐ6人に戻るんだから泣き言言うんじゃない!」
「だってだってぇ~! もー我慢できないぃ!」
 耐えてようやく血路を開けると思った矢先の敵の増援に、暁の我慢と背伸びは実は限界に達していた。暁はスマートウォッチを遮二無二に弄りだし、宿で寝ていると思われる雷に通信アプリで呼び出し始めた。

「雷!響?誰でもいいから出てよぉ! あたし一人で千葉の子たちと夜間任務なんてもー嫌よぉ!」

ザ……

「……き? ……暁? 暁なの!?」
「え!? その声は……雷!? あたし任務嫌!も~帰りたい!!」
 暁が誰かと通信を繋げたことがわかり、川内たちは密かに聞き耳を立てる。そんな二人を無視して暁は雷との通信に、スマートウォッチの画面に食らいつくように顔に近づける。

「ちょっと待って。……繋がったわ!てか向こうからかけてきた! ……暁? 今どこ?位置情報送って!」
「え? あ、ええと。うん、今送るわ。……はい。って、雷は今どこ?ホテルよね?」
「んっふっふ~。それがね~~。ま、いいわ。一分後くらいにすごい展開が待ってるわよ。」
「え、ちょっと?」
 雷は暁の返しに明確に答えずはぐらかし、そしてプツンと通信を切断した。会話しようとしたら突然ぶち切られた相手たる暁はあっけにとられて声も出せないでいる。
「ち、ちょっと、暁。通信の相手は誰だったの?あんたのところの艦娘? なに?助けに来てくれるの?」
 一連のやり取りの流れについていけないでいる川内がどもりながら尋ねる。しかし暁自身もよくわからずに、ただ頭を横に振るだけだ。

 三人が頭に?マークをたくさん浮かべている間にも、8匹になった深海棲艦は、まるでライオンのように、獲物たる川内たちの周囲をぐるぐると回り始めた。明らかにチームプレーをされているが、追い詰められそして突然繋がった雷との会話の流れにもついていけず混乱していた三人には、もはや敵がどう動いているのか、考える余裕がない。

 長い時間にも思える約1分後、川内たちは深海棲艦の後から照らされる、人工的な光の筋を目にした。

--

シュー……

ズガアアアン!!
スガァァン!

 光の筋が西から東へとさっと走った後、艦娘にとって見覚えのある、海中を進む緑色の光の矢または槍ともいうべき、物体の証拠が見えた。
 川内たちを取り囲む深海棲艦のうち何匹かに、海中を走る緑色の光の矢が突き刺さり、爆発と水柱を立てた。かわされた何本かはそのまま夜の海を北に進んで見えなくなる。
 川内たちはその数の多さに疑問を感じた。夕立たち3人にしては多すぎる。
 しかし目の前を見てすぐに理解した。
 目にした瞬間、胸に奥底にたぎる何かを感じ、思わず喜の涙が浮かぶ。

 あぁ、ヒーローとは、存在自体が頼もしいああいう人のことを言うんだろう。女だからヒロインか。
 つまるところ、自分はヒーローに助けられる、市民か引き立て役の仲間だったのかも。そんなことはどうでもいい。川内は自身の急な思考の張り巡らせをそこで終えた。

 まるで自分が好きだった戦隊モノのリーダーのように中心に立ち並ぶあの人。
 川内は思わず叫んだ。と同時に向こう側からも声が響く。

「那珂さん!」
「川内ちゃん!」

 声とともに那珂が率いる艦娘らがようやく、彼女らの艤装のLED点灯によって数が確認できるようになった。
 那珂を含めて、そこには8人の艦娘が立っていた。
「川内さ~ん!援軍っぽい!」
「川内さん!暁さん! うちからは那珂さんとさみ、神奈川第一からは雷さんたちが駆けつけてくれました!」
 夕立が一言で指し示し、時雨が補完した。

「いち、にい、さん……はち!? なんか増えてません? 川内さんたちを追っていたのが8匹、うち2匹は私達のところに来てぇ~……やっぱり増えてますよねぇ!?」
 村雨が裏声になりつつの通信越しに叫んで指摘すると、川内は力なく答えた。
「ハハ……正解。気がついたら、増えてたの。見えるあたしとしたことが。」
 川内のため息混じりの愚痴の慰めは、那珂が担当した。
「気にしないでいいよ、川内ちゃん。よく無事に耐えたね。頑張ったね~偉い偉い!」
「うぅ……那珂さぁ~ん!」
 川内は初めて那珂に対して泣きつく声を上げた。
「よしよし。もー大丈夫だよ。この11人で押し切ろう。あと少しだよ!」

 那珂の声に、川内たちは元気良く「はい!」と返事をし闘志を復活させた。視線を向けた先には、2~3匹の深海棲艦の個体が、闇夜に唯一の光たる月明かりで鱗をチカチカと不気味に照り返らせて、艦娘たちを暗に威嚇している。

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 11人対8匹の戦闘は、その後十数分続いた。那珂は援軍たる艦娘の特徴を川内にざっと教え、そのまま旗艦として戦闘を指揮させることにした。自身はバックについて川内の指示を後押しする。
 そこからの十数分間は、川内指揮那珂サポートの下、残り9人の艦娘は2~3人で一組になり、深海棲艦一体一体を各個撃破していった。
 後に判明したが一匹だけ重巡級がおり、駆逐艦艦娘たちの砲撃を弾いて手こずらせた。砲撃が通用しない敵を目の当たりにして慌てる川内に那珂はアドバイスをして落ち着かせ、駆逐艦たちに囲い込みの上の雷撃を暗に指示した。
 合計9本の光の矢を次々に避けるも、ついに避けきれずに突き刺さった最後の魚雷で重巡級は爆散する。
 そしてついにその戦場たる海上に川内たちに歯向かう深海棲艦は見当たらなくなった。

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 戦闘終了を合図した那珂と川内は艦娘たちを集めた。川内と夕立、そしてレーダーを持つ綾波を周囲の警戒にあたらせ、那珂は時雨と雷に協力を頼み深海棲艦だった肉片を撮影し、記録をつけることにした。

 那珂たちが撮影をしている間、川内は夕立や綾波と離れて北の一帯をぼーっと虚ろな視線を水平線に向けながら名ばかりの警戒をしていた。その時、背後から話しかけられた。
「ねぇ、川内。」
 振り向くとそこには暁がいた。
「ん、どうしたのさ?」
 川内はハッと我に返り、振り向きざまにぶっきらぼうに応対する。
「え~っとさ。無事に、終わってよかったよね。」
「あぁ、そうだね。でも帰るまでが任務だよ。」
「わかってるわよぉ~そんなこと。それよりもあんた、今ぼーっとしてたでしょ?真面目にやってたぁ?」
「うっ!?」
 図星を突かれて川内はのけぞってたじろぐ。するとどちらからともなしにプッと笑いが漏れる。
「で、何か用?」
「と、特に用はないんだけど。雷が呼ばれて記録手伝いに行っちゃって、話し相手いなくてあたしやることないし。だから、あんたに協力してあげてもいいわ。なんたってこの中じゃあたしが一番の経験者なんだからね。」
「はいはい、構ってあげますよ、お姉さま。」
「うー、その言い方はムカつく!」

 川内と暁はケラケラと笑ったりプリプリと怒ってみせるなど、すっかり打ち解けた空気で互いを包み合っていた。
 しばらく並走していると、再び暁が口を開いた。
「ねぇ、川内。」
「ん?」
「あのさ。あんたがさっきまで一緒にいた、同じ制服来た人なんだけど……。」
「那珂さんのこと?」
「へ、へぇ~、那珂っていうんだ。」
「あんたんところもいるでしょ?」
「ううん。うちは川内型っていったら、川内さんと神通さんだけ。」
「そーなんだ。そっちのあたしや神通はどういう人?」
「川内さんは……おしとやかでお嬢様って感じで綺麗で良い人よ。けどあんまりしゃべったことないわ。ぶっちゃけよくわからない人。神通さんは担当してる人が二人いるわ。一人は、川内さんのリアル知り合いらしいわ。いっつもぶすっとしててぶっきらぼうって感じ。けど任務ではさりげなく助けてくれたり、やっぱり良い人。もう一人は川内さんと似た感じで綺麗な人。けど見た目とは裏腹に訓練では厳しいし、怖い人。三人ともすんごく強いから慕う人はいるけど、近寄りがたいからいまいち接しづらいわね。」
「ふーん。なんか同じ担当でも結構違うみたいだねぇ。それで、うちの那珂さんがどうしたの?」
「んーっとさ。あの……あんたが結構べったりっていうかすごく慕ってる感じに見えたからさ。どういう人なのか、気になったの。」
 やや俯き、照れを隠しきれずに打ち明ける暁。川内は顎に人差し指を添えて“んー”っと軽く唸って考える真似をし、そして言った。
「一言で言えば、頼れるお姉さんって感じかな。あぁいや。違うな。そんな軽い表現したくないわ。んーっと、頼れる……じゃなくて、憧れ。ヒーロー。あたしの学校生活の恩人かな。」
「は? え……と。結局なんなの?」

「だからつまり、憧れの存在。あの人さ、一つ上の学年で、しかも生徒会長やってる人なんだよね。性格はややうざったいところあるけど、なんでも出来る人だし親身になってくれるし、学校ではすっごく評判いい人。対してあたしは男子とゲームや漫画スポーツの馬鹿話してただけの、ふつーの女子高生。違いは明白じゃん?そんでさ……」
 川内は、続いて夏休み前に起こった自身の身の回りの事を打ち明けた。本人としてはもはや終わったことだし、けじめを付けて気持ちを切り替えた過去の事で、どうでもよいことだったので、つい語ってしまった。
 辛い体験をさも友人同士の軽いちょっかい程度のあっさりとした口調と雰囲気で聞かされた暁は、目の前で明るく語る当人の辛い思いを補完しまくって想像したせいか、思わず涙ぐんでいた。

「ヴぅ~ぐずっ……」
「ちょ!! なんであんた泣いてるの!?」
「だってだってぇ~~。高校怖い~!それに川内可哀想すぎるよぅ~……」
「あぁ~もう。こんな事、うちの駆逐艦たちにも話したことなかったんだからね。あたしもつい話しちゃったけど、誰にも言わないでよ?」
 そう言う川内の頬や眉間あたりはやや引きつって顔を歪ませていた。バツが悪そうに片手で後頭部をポリポリと掻いて照れくささと気まずさを解消しようとする。暁は鼻をすすり涙を拭いた後、コクリと頷いた。
「……うん。わかった。聞かせてもらったお詫びといったらなんだけど、あたしがあんたの同性の友達になってあげる。なんだったら進路そっちの高校にしてあげてもいいんだからね。」
「いや……さすがに行く高校はもっと良い理由で決めようよ。それにあたし、同性の友達まったくいないわけじゃないよ。ちゃんといるし。その一人が……」
 そう言いながら川内は視線を対象者の方向に向ける。夜のためハッキリと見えているわけではないが、顔の向きを見た暁は察した。
「それが、あの人なのね。」
 川内はコクンと力強く頷く。
「那珂さんは、あたしに初めて親しくしてくれた同性の友達で、尊敬する先輩で、憧れの艦娘。いつか、あたしはライバルとしてあの人に迫りたい。」

 川内の思いを聞いた暁は、ようやく鼻のすすりが止まり平常心に戻っていた。羨望の色を混じえた視線で確認する。
「そっか。プライベートでも、艦娘の世界でも良くしてくれる人なのね。なんか、羨ましいなぁ、そういう関係。あたしも……高校行ったら、そういう人欲しい。」
「そうだね。頼れる人ができるのはいいもんだよ。色々安心して思う存分やれるしね。だからあんたも、“響~!雷~!”って泣き言を堂々と言えるようになるかもね。」
「うぇっ!? もーー、なんてこと言うのよぉ!あんたってばぁ!」
 川内が茶化すよう言葉を挟むと、暁は瞬時に顔を真赤にして反応し、反論すべく迫り、川内に軽くあしらわれた。
「アハハ。ゴメンって。それにしてもあたしは川内って呼び捨てで、同じ鎮守府の川内のことはさん付けなんだね。」
「あんたは怖くないし、なんか……仲良くできそうだったし。あ、でも一応年上だから呼び捨ては迷惑だった?」
「いーよ別に。キャリア的には呼び捨てされるの当然だろうし、なんか体育会系みたいで嫌いじゃないよ。年下からの呼び捨て全然問題なーし。」

 傍目から見ると姉と妹、仲の良い先輩川内、後輩暁に見える二人は、今回の任務の一時を通じて、軽口を叩き合える関係を自然と構築していた。

--

「よーし、終わったよ~!警戒してくれた三人は戻ってきて~!」
 那珂の号令が響き渡る。暁とすっかり親しげに話せるようになっていた川内は、那珂のもとに戻った。
 川内は撮影した写真とメモデータを旗艦として那珂から受け取った。そして促されるままに全員に合図を出す。
「それじゃあみんな、戻ろう。今回はお疲れ様!」
 川内の言葉に全員頷き返事をした。

 帰りは川内・暁の両名を先頭として複縦陣で隊列をなして一路南に向けて進み出した。
 川内がふと時計を見ると、時間は午後11時30分を示していた。艤装装着者特別法による、未成年の就労の限界時間まで後30分というタイミングであった。


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