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同調率99%の少女(25) :とあるシステムエンジニアと艦娘

# 4 とあるシステムエンジニアと艦娘

 流留と幸が主導で鎮守府見学会の計画を練る日々が続く中、那美恵は金曜日、学校に話を付けて2時過ぎに学校を出て鎮守府に向かった。
 那美恵のクラスメート達は、那美恵から学校を出て外出する理由を本人からそれとなく聞いていた。そのため、我らが生徒会長が艦娘として出陣だ!!と冗談半分でその時間の担当教師含めて教室の全員から大手を振って那美恵は見送られる形になった。

「「我らが生徒会長の艦娘としての出撃だー!バンザーイ!!」」
 窓を開けて声を上げて叫ぶ生徒達は全学年の教室から適度に分かれて存在していた。その中には教師も混じっている教室もある。

「う……。アハハ。行ってくるぜぃ~~!」
 手を振って声援に応じるが那美恵にしては珍しく、素で照れながらの出発である。

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 提督にメールで一報して那美恵は足早に通学路を逆走し、電車で鎮守府のある検見川浜へと向かった。途中提督から来たメールを開く。
「本日3時から打ち合わせです。遅れないよう、よろしくお願い致します。」
 相も変わらず硬い文面に那美恵は電車内であるために口を抑えて噛み殺した苦笑を浮かべていた。

 鎮守府に到着した那美恵は着替えて那珂になり、すぐに執務室へと向かった。執務室に入ると、そこにはすでに五月雨と妙高が揃っていた。
「お、来たか。それじゃあ事前に意識合わせしておくぞ。」
「うん。」
 同意を得た提督は艦娘三人をソファーに座らせ、今回の開発案件の話を始めた。

 那珂は五月雨が事前に印刷しておいた自身らの評価チェックシートを眺めながら提督の話を聞き続ける。今回、打ち合わせにおいて那珂がすることはほとんど全くない。しかし、心構えは自身が主役並にどっしりと固めていた。なにせ自分たちの評価システムを構築してくれる相手なのだ。専門用語がわからなくても食いついてやらないといけない。

 事前の打ち合わせが終わり那珂達が執務室内で時間を潰していると、チャイムがなった。
 秘書艦であるため、五月雨がすぐに訪問客の元へと向かっていった。しばらくしてから提督も席を立ち、那珂と妙高に合図を送る。
「さて、俺達も行くか。二人とも、準備はいい?」
「えぇ、大丈夫です。参りましょう。」
「はーい。」
 妙高と那珂の返事を聞いた提督は、机の上のノートPCを小脇に抱えて先頭を切って執務室を出る。後に那珂そして妙高が続いて打ち合わせの場へと赴いていった。

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 会議の場は1Fの大会議室、那珂たちにとってすでに見慣れて久しい多目的の大部屋だ。提督たちは扉の前で五月雨と合流し、部屋に入った。そこには二人の人物がいた。
 一人は初老に入りかけ少々くたびれた風貌だが、人当たりの良さそうな見るからに優しそうな男性、もう一人はミディアムヘアで、ボン・キュッ・ボンという表現がピッタリ似合うふくよかでスタイル抜群、同じく穏やかで優しそうな雰囲気の女性だ。
 提督らの姿を見て二人は席を立って挨拶をする。
「やあ西脇、ご苦労様。」
「お疲れ様です。先輩。」

「お疲れ様です。暑かったでしょう。まずは涼んで休んでください。それからお茶もどうぞ。」
「おぉありがとう。いただくよ。」
「ありがとうございます、先輩。それにしても、先輩って本当に提督になったんですね。」
「一応正式名称言っておくと、深海棲艦対策局の支局長って役職だけどな。」
 提督と二人は明らかに内輪と思われる雑談をかわす。

 五月雨たちが三人の輪に入り込めずただボーっと眺めていると、視線に気づいた女性が提督に指差しで示して暗に促した。
「あ、ゴメンゴメン。紹介しなきゃいけないね。五月雨、君からお願い。」
 提督の合図を受けてまず五月雨が自己紹介をした。次にもうひとりの秘書艦である妙高、最後に那珂が自己紹介をした。

「あたしは軽巡洋艦艦娘の那珂を担当しております、光主那美恵といいます。○○高校の2年生です。よろしくお願いします。」

 次に提督は視線を男性と女性に移す。まずは女性が自己紹介を始めた。

「初めまして。私は株式会社○○ソフトクリエイティブ、第4開発部の雄山ミチルと申します。よろしくお願いします。」
「初めまして。同じく株式会社○○ソフトクリエイティブ、営業部門2課の石坂と申します。今回の担当営業です。よろしくお願いします。」
 二人が自己紹介を終えると、ふと気になった那珂はそうっと問うた。
「ねぇ、提督の会社での役職とかは?」
「お、そうだねぇ。西脇、せっかくだから君も自己紹介しなさい。」
 営業の石坂が肘でつつくように促すと、提督は後頭部に手を当ててやや恥ずかしそうにしながら従って自己紹介し始めた。

「え~、俺もですか? んん! 株式会社○○ソフトクリエイティブ、第4開発部のサブリーダーの西脇栄馬といいます。それから国の艤装装着者制度の選抜によって、深海棲艦対策局および艤装装着者管理署千葉第二支局の支局長を勤めています。よろしくお願いします。」
 最後の方で提督は恥ずかしさに耐えきれず笑いを漏らす。すると釣られるようにその場の一同はクスクスと笑いだした。
 これから打ち合わせに臨むにあたり、最初の雰囲気としては出だし上々だった。

「それでは本題に移ります。艦娘制度のことは説明すると長くなるので、一般的な紹介サイトとかでざっと見ておいてください。今回御社に……なんか違和感あるなぁ。」
「ハハ。責任ある立場は大変だろう? 同じ会社の人間だけとはいえ、艦娘の皆さんがいらっしゃるんだし、あくまでそちらの責任者の立場で臨めよ?」
「あ、はい。気をつけます……。」
 提督が言いづらそうにすると、石坂は提督に気楽なやり方をせぬよう忠告した。それを受けて提督もミチルも軽く息を吐いて改めて雰囲気を正した。

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 その後、主に提督の語りで要件が伝えられ、ミチルと石坂がその要件を掘り下げる質問をするという応酬が続いた。完全に分野外のことのため、那珂たち艦娘は黙ってその話し合いを見守り続ける。一通り要件を伝え終わると、提督は五月雨に評価チェックシートの紹介をさせた。中学生ながら五月雨は、大人の会議の場でそつのない説明をしてミチルらを感心させた。
 そして1時間程経ち、打ち合わせも終いの時間となった。
「……わかりました。それではその評価チェックシートと、国から配布されてる評価シートを提供していただけますか? 見積もりを出して後ほど連絡いたします。えぇと、先輩。会社のメール?それとも鎮守府のメール?どちらでいいんですか?」
「それじゃあ両方に送っておいて。細かい話や確認は俺が会社戻ったときにしてもらってもいいし。」
「あ、はい。了解しました。」

「それでは、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
 提督とミチルの応対が一区切りした。これで打ち合わせのメインの内容は終わったことになる。提督は改めて依頼することを挨拶とともに伝え、打ち合わせは硬い雰囲気が解かれた。

「ふぅ~とりあえず問題なく伝えられたようで安心したよ。」
「ウフフ。まさか顧客の立場になった先輩と話すなんて、不思議ですわねぇ。」
「ほんっと大変なんだぞ。今まで一介のSEでしかなかったのに、急に会社の社長させられてる気分だよ。」
「これもいい経験じゃないか。うちの会社の代表として選ばれた期待の星なんだから、気張れよ西脇。」
「う……恐縮です。が、頑張ります。」

 那珂たちは、今までしっかりした大人に見えていた提督が、同じ会社の人間と接する姿を初めて目の当たりにして驚きと不思議さが共存した気分だった。なによりも、垣間見える提督、西脇栄馬の素顔が新鮮でたまらなかった。
 那珂たちが若干奇異の目で提督を視界に収めているなかで、当の提督は帰り支度を始めた二人に尋ねた。

「二人は帰りどうします? 駅まで送っていきますよ。」
「ありがとうございます。あの……もしよかったら、鎮守府っていうところを見させてもらってもよろしいですか?」
「おぉ、俺も見てみたいと思ってたんだよ。」
 ミチルの何気ない頼みごとに石坂も乗り気になる。
「あ~、そうですね。そういやうちの会社の人来たの初めてだしちょうどいいか。それじゃ案内しますよ。君たちも少し付き合ってもらっていいかな?」
 提督はやや眉を下げて申し訳なさそうに五月雨たち三人に懇願した。
「別にいいんじゃないの。ね、妙高さん。」
「そうですね。せっかく来ていただいてるんですし。五月雨ちゃんもいい?」
「あ、はい! 私もいいと思います!」
 那珂と妙高が快諾すると、年上二人の返しを窺っていた五月雨も笑顔で快く返した。

 二人の帰社時間、それから学校から許可を得ているとはいえ、戻らねばならない那珂と五月雨の帰校時間もあるため、細かい説明は歩きながら、そして最低限の場所だけとなった。
 つまるところ、工廠と湾だ。
 提督は明石や技師たちにもミチルたちを紹介し、艦娘制度に関わる人間の生の声を聞かせた。

「西脇提督の会社の方ですか~。提督も本当に会社勤めだったんですね~。」
「俺をなんだと思ってるんだよ!? ニートとかじゃないぞ……。」
 提督の強いツッコミとその直後の弱々しいつぶやきに、明石やミチルはもちろん、那珂たちもクスクスと失笑するのだった。

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「そうだ! 雄山さん。せっかくだから艤装の同調試験受けてみません?」
 明石が叫ぶように突然口にしたその意外な提案に、当のミチルはもちろんのこと、提督ら一同は声を揃えて仰天した。

「「えっ!!?」」

「な、何言ってるんですか!? 今回はそういう目的じゃないんだぞ?」
「いいじゃないですか。意外なつながりで艦娘になれる人を見つけられるかもしれないじゃないですか。それにちょうど一つ艤装空きがありますし。」
 慌てる提督とニコニコして楽しそうだがその実、艤装の実験対象が増えるという技術者の性でウズウズしている明石。那珂は他のメンツと同様に呆然としていたが、明石の意見には一理あるとして賛同を示した。
「そうだよ。あたしの学校だって、流留ちゃんとさっちゃんを見つけられたんだし、ダメもとで受けてもらえばいいじゃん。提督の会社で艦娘になれる人が一人でもいれば、きっと安心できると思うよ?」

 提督にとって那珂が乗ってきたことは予想の範疇の現実でしかない。乗り気になるのはいっこうにかまなわいが、自社の人間を艦娘界隈に迎え入れることに抵抗があった。
 この時点では提督の真意が明石や那珂ら艦娘に伝わることなく、また提督としても何の脈絡もない状況で思いを伝える気はなかった。

 艦娘からすれば、提督がただただ妙に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて態度をハッキリさせないでいるようにしか見えなかった。歯切れ悪くモゴモゴ言う提督に、妙高がそっと近づき何かを聞いた。妙高に耳打ちする提督は、若干表情を和らげた。妙高に何かを諭されて、ようやく顔を明石ら周辺に向けた提督は決断を下して述べた。

「わかった。けどあくまでも雄山さん自身の気持ちが当たり前だけど優先だぞ。どうかな、雄山さん?」
 提督と同じくあまり気乗りしなそうな表情を浮かべていたミチルが反応した。
「そ、そうですね……。私としては少し興味あります。けど今すぐやりましょうと言われると困ってしまいます。そのチェックには時間かかりますか?」
「いえいえ。同調自体はすぐ終わりますよ。ちょっとだけ、いかがです?」
 明石の食い下がるその気迫に押されたのか、ミチルは苦笑を浮かべて頷いた。

 本人と提督の承諾を得た明石は軽くガッツポーズをして喜びを露わにする。
「それでは那珂ちゃんと五月雨ちゃん、それから雄山さんついてきていただけますか? 妙高さんはちょっとあのフォローをお願いします。」
「はーい!一名様ごあんな~い!」
「アハハ……二人ともなんかノリノリですね~。」
 明石に合わせてノッて振る舞う那珂と年上二人に苦笑する五月雨、そんな三人の艦娘はミチルを連れて工廠の奥へと入っていった。

 その場に残された提督ら。
「西脇はいかんでいいのかい?」
「え? あ~はい。俺は同調試験の立会許されてないんですよ。」
「へぇ~提督ってそういう制限もあるのかい。」
「いえいえ。規則としては制限ないはずなんですけど、故意にいようとすると、工廠長の明石さんはじめ女性陣がめちゃ怒るんで。以前那珂の学校の娘が同調したときにたまたま立ち会うことありましたけど、具合悪そうにしゃがんじゃったんでなんか気まずくて。なんでなの、妙高さん?」
 提督が石坂からの質問に言葉と雰囲気不明瞭に返す。続く流れで妙高に尋ねると、妙高は目が笑ってない笑顔で提督に静かに返した。
「知る必要のないことなんですよ。」
 あまりにも不自然で恐怖を抱く笑顔と優しい口調のセリフに、提督だけでなく石坂も思わず「はい」と改まって返事をした。

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 明石と一緒に艤装の格納庫に来た那珂は、初めて見る光景に圧倒されていた。
「うわぁ~~ひっろーい! ここが艤装をしまっておくところなんですか?」
「えぇ。格納してある棚にはそれぞれ番号がついていまして、ここのパネルで操作すれば、高い位置にある棚でも自動的に床ごと押し出されて、地面に降りてくるんです。あらかじめフォークリフトを設置しておけばすぐに持ち運べますよ。」
「ほうほう。あたしたちって頼んで艤装を出してもらうことしかしなかったから、裏っかわこうなってるんですね~。五月雨ちゃん知ってた?」
「い、いえ。私も初めて入りました。普通に中学校だけ行ってたらこういう工場見学もしなかったからなんかもう感想が追いつきませんよぅ。」
「アハハ。あたしも~。ところで明らかに何も入ってないスペースが多いですけど?」
 五月雨と掛け合いをしつつ、那珂は観察して思いついた感想をすぐに口にして尋ねる。
「そりゃまあ、うちにある艤装は空いてる高雄と黒潮をはじめ、那珂ちゃんたちの艤装、あとは汎用の簡易艤装が数点です。どこの鎮守府の工廠も少なくとも100以上の艤装の格納するスペースを確保しておくことって決められてるんです。ですから全体を見るとまだどうしても空きが目立ちますね。」

 前方後方、左右の棚を両手で指し示す明石。その説明に反応したのはミチルだ。
「艦娘って、私あまりよくわからないんですけれど、意外と一般的な工業品を扱う仕事感覚と変わらないのかしら?」
「まぁ私どもは工業製品方面のエンジニアなもので、こうした工廠はよその工場と大して変わりませんよ。」
「そうすると私達のようなソフトウェア業界が艦娘制度に絡むことはあり得るのですか?」
「そうですねぇ。そこは提督のほうが詳しいかと。現に提督は艤装の基本ソフトウェアに改修を加えたことあるので、普通に関わりはあると思います。」
「なるほど。自分たちの分野に絡めると、だんだん興味が強くなってきましたわ。あとはその同調をする前に、もしよろしければ、艦娘の実際の動きを見せてもらえると助かります。」
「あ、そうですね! 那珂ちゃん、五月雨ちゃん。一般船舶用ドックからでいいので、ちょっと水上での動きを雄山さんに披露してもらえますか?」
「はいはーい。お安い御用です。ね、五月雨ちゃん!」
「はい。私、頑張っちゃいますから!」

 那珂と五月雨は明石に艤装を運び出してもらい、格納庫の隣のブースにあるドックに行った。今このときはドックは排水しておらず、途中から海水が入っていて機械仕掛けの浜辺と表現するにふさわしい状態になっていた。
 二人は海水に迫るギリギリまで坂を駆け下り、明石とミチルに手招きして合図した。
「それじゃー行きますよー!」
「行きまーす!」五月雨も叫ぶ。
「はい、お願いします。」
 明石が両手で輪っかを作り受け入れる。ミチルが無言で見守る中、那珂と五月雨は同調開始し、海水に一歩また一歩と足を付けた。

「よっし五月雨ちゃん。ドックの入り口まで行って戻ってこよ。」
「はい!」
 那珂たちは速力を極力落として進み、Uターンして戻るというごくごく単純な水上航行をしてみせた。艦娘の仔細を知らぬ一般市民にはこれだけでも多大な効果がある。それはミチルも例外ではない。
「す、すごい……。なんとかの法則でしたっけ。それを無視するかのように自然にそのまま浮かんで動かれましたね! 明石さんもできるんですか?」
「アルキメデスの原理ですね。艤装は人工的に浮力を調整しているんで原理の在り方を大幅に補正して浮くことができるんですよ。仕様上は私の工作艦明石の艤装もできますけど非戦闘要員なので、艦娘としては最低限の訓練しか受けてないし、海の上にいることはほとんどまったくないし、実は海の上に出たことないんですよ。」
 那珂と五月雨が、明石の説明に感心しっぱなしのミチルの側まで戻ってきた。

「どーでした、雄山さん!?」
 那珂が尋ねると五月雨は那珂の隣で目をキラキラさせながら暗に問いかけている。ミチルは少女二人の期待に満ちた表情に微笑ましさを感じてクスリと笑みをこぼしながら感想を口にした。
「えぇ。とてもすごいです。人が水面に浮いてしかも動けるなんて、ますます興味湧きました。」
「それでは雄山さん。受けていただけます?」
「はい。ダメもとで受けさせていただきますわ。」
 明石が再三の確認をすると、ミチルは遠慮がち・しとやかに返事をした。

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 その後格納庫に戻った那珂たちは、その一角に集まってミチルと艤装の同調を見守ることにした。
「それでは、今空きがある重巡洋艦高雄の艤装と同調していただきます。」
「あれ? 駆逐艦黒潮のはいいんですか?」
 那珂が尋ねると、その返事は明石ではなく五月雨が言った。
「あ、はい。黒潮はもういいんです。」
「へ!?なんで五月雨ちゃんが……あ、もしかして前の館山の時最初鎮守府に残った時になにかあった?」
「エヘヘ、はい。」
 那珂が鋭く洞察の結果を述べると、五月雨はコクリと頷いた。しかし深く語ろうと言葉の続きを発しない。五月雨のその口ぶりの様子を察して那珂はそれ以上問わないことにした。
 二人が納得した様子を見せたのを見計らい、明石が続ける。
「それでは雄山さんに艤装を着せるので、二人も手伝って下さい。」

 高雄の艤装のコアユニットは、腰に取り付ける湾曲した外装の尻の上に位置する区画に含まれている。那珂や五月雨の場合は軽いパーツのため同調する前からでも装備して問題ないが、高雄の場合はそうはいかない。
 那珂はあらかじめ同調し、パワーアップした筋力でもって高雄の艤装コアユニット格納部を支え持つ。その間に明石と五月雨はミチルにベルトを装着させ、装備心地を確かめる。

「け、結構大掛かりなんですね……?」
「担当艦によりけりです。高雄の艤装は一人では装備できないので、装着台と呼ばれる台に艤装を一時的にセットしてそこで装備していただくか、こうして他の艦娘に手伝ってもらったりします。」
「あたしたち川内型は軽いパーツだからいいけど、今のところ重くて大変そうなのは、五十鈴ちゃんたち長良型の艤装ですよね。」
 不安げなミチルに明石が説明をすると那珂が補足し五月雨が頷く。三人を順繰りに見渡すミチルの表情からは不安の色がいっこうに取り除かれない。

「さて、これから同調していただくんですけど、先程ご説明したように頭の中で思い描いてみてください。あと、これは男性がいないからお伝えできることですが、もし仮に同調できたら、ちょっとその……性的な気持ちよさを感じてしまうかもしれませんので、その点強く注意しておいてください。」
「へ!?」
 明石の思わぬ発言にミチルは呆気にとられる。その意味するところは、すでにイったことのある那珂と五月雨は十分すぎるほどわかっている。二人とも初同調時を思い出し、頬に熱を持ってしまった。
 ウブな反応を見せる少女二人を無視し、明石はミチルと最終確認を進める。

 そして……。

 提督と石坂は工廠内の事務室に移り、雑談をしていた。
「すまん西脇。ちょっと外でタバコ吸ってくるわ。」
「あ、はい。どうぞ。」
 そう言って石坂は事務室を出て、工廠の外で一服済ませた。

「きゅははは~~ん!!」
 石坂が事務室に戻ろうと歩いているとその時、工廠内にやや艶やかさを伴った悲鳴が響き渡った。石坂は頭をかしげるも、特に気にする様子もなく扉を開けて入室した。

「おい西脇。今さっき雄山の悲鳴が聞こえたぞ。なんだあれ?」
 事務室に入ってきた石坂から、提督は一言を耳にしてすぐに妙高を見る。しかし妙高はニッコリと微笑んだまま
「問題ないのでお気になさらずに。」
とピシャリと告げてそれ以上の詮索を許さなかった。やはり知ってはいけないことなのかと提督は察し、明石たちが戻るまで黙りこむに徹した。

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 那珂と五月雨は、目の前に新たな重巡洋艦艦娘の誕生を目にした。ただ資格があるというだけで目の前には恥ずかしさで崩れ落ちるミチルがいるだけだが、すでに艦娘である自分たちにとってはその光景だけで十分嬉しい可能性なのだ。

「あわわ! 雄山さん大丈夫ですかぁ!?」
 明石がタブレットを床に置いて駆け寄る。那珂たちはポカーンとしていたがハッと我に返りミチルの体を支えるべく近寄った。
「はぁ……はぁ……なんだか、体の奥からこう……力というか燃えるような何かが溢れて、何かが私の中で開放されたような、そんな感じですわ。」
 明石たちはひとまず同調を切らせて艤装を解除し、ミチルを落ち着かせた後話を再開した。

「これは確かに……恥ずかしいですね。男の人が側にいなくてホントよかったですよ。」
「ですよね~~。あたしも最初そうでしたよ。」
「私もです。」
 那珂に続いて五月雨が三度思い出したように頬を染めてミチルに体験を語る。
「でもこれっきりですから。一度同調できれば、次からは感覚的にもスムーズに艦娘になれるはずですよ。ともあれ、重巡洋艦高雄に合格おめでとうございます、雄山ミチルさん。」
「やったぁ!これで二人目の重巡艦娘!高雄さん!」
「アハハ。なんだか山の名前みたいですね~。早く提督に教えてあげましょ~!」
 那珂の早速ミチルへの呼び方に五月雨はクスクス笑いながら反応する。
「まぁ待ってください。ほら二人とも、お片付け最後まで手伝って下さい。」
 はやる五月雨と那珂に明石は軽い口調で注意を促す。そして心の落ち着きを取り戻したミチルに何点か確認し、了承を得たので戻ることを促した。
「それでは戻りましょうか。」
「「はい!」」

 元の場所に戻るとそこに提督らの姿はなかった。事務室かもと想像し、明石は那珂たちを引き連れて移動した。
「ただいまです。あ、やっぱりこっちにいらっしゃったんですね。」
「おぉ明石さん。どうだった?」
 提督は開口一番早速尋ねる。明石はその答えを言葉ではなく表情で示した。提督はすぐに気づき、釣られて思わずニンマリしてしまうのを抑えて次はミチル自身に尋ねる。
「じゃあ雄山さん、報告してもらおうか。」

 ミチルは提督を上目遣いでチラチラと見、そしてゆっくり口を開いた。
「あの~……私、重巡洋艦高雄っていう艦娘になれるそうです。同調というのにごうかk……コホン。合格しました。」
 途中恥ずかしい感覚を思い出したのかミチルはてれ混じりに咳払いをして仕切り直して言葉を続けた。
「あ……うん。えぇと、おめでとう。」
 さながら、冷静に懐妊報告をしあう夫婦のような硬い雰囲気で提督とミチルは言葉をかわし合う。その緊張に耐えられない那珂はいつものノリでその場の空気を動かすべくピシャリと言う。
「あーもう二人とも何戸惑ってるのさ! 新しい艦娘の誕生だよ? もっと提督も喜びなって。自分の会社から艦娘生まれるなんてすっごいじゃん!」
「同じ会社の人間だから恥ずかしい気もするんだがなぁ~。」
「そ、そうかもしれませんね。ウフフ……。」
 提督の恥ずかしがる理由とミチルの恥ずかしがる理由には差があったが、誰もそれには気づかなかった。
 提督は気分を切り替え、ミチルに言った。
「どうだろう。しばらくはこちらに関わるんだし、艦娘になってみない? 本格的に艦娘として関わるのは大変だろうから、あくまで資格という形で。会社と話して勤務体制が整えばこちらにも勤務してくれればいいし。」
「えぇと。えーと……どうしたらいいでしょうか。」
 提督の提案と誘いに気持ち半々で悩むミチルは、石坂に視線を向けて助けを求めた。その視線と意味に気づいた石坂はこめかみをポリポリと掻きながら口を開いた。
「そうだな~。西脇のときもそうだったけど、何分うちの会社としては艦娘制度に関わるってのが勝手がわからなくて体制整えるの大変なんだよ。それでも西脇のときは、防衛省の方から正式に通達が来たもんで社長も役員も人事部も大慌てで話し合ってなんとかなったらしいけどな。」
「俺は社長たちの慌てた事の顛末は知らなかったです……。」
 提督は石坂の言葉に申し訳なさそうに頭を下げて相槌を打つ。石坂は失笑しながら続けた。

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 提督と石坂・ミチルが話し合うその様子を、那珂は五月雨とともに呆けた表情でもって眺めていた。会社勤めの者しかわからぬ内容は那珂の脳を右から左へと通り抜けていく。ただわかったのは、提督も本来の会社員西脇栄馬としての付き合いの中だと、質の違う気さくさや恐縮っぷりを見せるということだ。
 その姿は、艦娘としての那珂、普通の高校生としての光主那美恵だけでは見ることができなかった提督の一面だ。
 それがわかったとしても、近い将来あの人の傍にいるべきなのは自分ではないのだろう。

 未練たらしく考えるのはやめよう。那珂は軽く一息吐いて目の前の話し合いが終わるのを見続けた。

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「……としか俺は言えんから、後は人事と経理にでも相談してみなさい。」
「そう、ですね。はい。わかりました。雄山さんも、それで納得してもらえるなら艦娘になってみるかな?」
「そうですね……考えさせてください。とりあえず今回お話をいただいた開発を優先させてください。その後でもよいのであれば。」
「あぁ。この件については急がないから、雄山さんに任せるよ。」

 提督と石坂・ミチルたちの話し合いが一段落したのを見計らって那珂は尋ねた。
「お話はついたの?」
「あぁ。返事は保留ってことで。俺としても今回の開発案件を優先して考えてるから、那珂たちもその心づもりで頼むよ。」
「あ~うん。あたしは別にいいよ。元々明石さんが勝手に言い出したことだもんね~~?」
 那珂は嘲笑が混じったジト目表情で明石に視線を送る。
「うっ!? 那珂ちゃんもノリノリだったじゃないですか~。余計な提案だとは反省してますけど、艦娘になれる方が傍にいることがわかっただけでもよしとしましょうよ、提督?」
「まぁな。ちょっと嬉しかったのは否定しないよ。同じ会社や学校から仲間が加わるっていうのは相当心持ちが違うな。やっと実感が湧いたよ。」
 提督は肩をすくめて明石の言葉を素直に受け入れた。提督のその一歩引いた姿を
「そーでしょ!?だから早くあたしたちの学校や五月雨ちゃんたち、不知火ちゃんの学校からもっと艦娘迎え入れられるようにしてよね、提督ぅ~!」
「そうですね~。私も早く貴子ちゃんに艦娘になってもらいたいですし。」
 那珂と五月雨の勝手な意見にたじろぐ提督であった。

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 鎮守府内の案内を終えて本館に戻った一行は、一階のロビーで石坂とミチルの二人と別れた。提督は二人を最寄り駅まで送っていくため一緒に出て行ったためいない。そのため那珂と五月雨は妙高とともに提督が帰ってくるまで留守番していることにした。
 が、二人共それぞれ学校に戻らなければいけないことに同時に気づいた。
「あ、あの~那珂さん、妙高さん。私、学校に戻らないといけないですけどぉ。」
 那珂は後頭部をポリポリと掻きながら五月雨の言葉を流用しながら返した。
「うおぅ何たる偶然!あたしも学校に戻らないといけないんですけどぉ。」
 どちらからともなしにクスクス笑いが漏れる。二人の学生を見ていた妙高は軽くため息を吐いて二人に言った。
「二人とも学校に戻っていいですよ。後は私がやっておきますから。」
「えぇと、ホントにいいんですか?」と五月雨。

 そんな五月雨の肩に手を置き、妙高はさらに言葉をかけて安心させる。というよりも急かす。五月雨を押しながら妙高は那珂にも言う。
「もう4時半ですよ。那珂さんも帰る準備してくださいね。」
「はいはい。わかってますよ~。」

 那珂たちは更衣室に行き着替えを急いで済ませ那美恵と皐月に戻った。そして妙高に見送られながら鎮守府を後にした。
 近くのバス停まで軽く駆けながら那美恵は言った。
「どうせだったらさっきの提督の車に一緒に乗せてもらえばよかったね~。」
「アハハ……もう遅いですけどね。」
 皐月の意外にも冷静なツッコミに那美恵は苦笑いを浮かべる。

 それぞれの学校に戻った二人は、すでに放課後で遅めの時間ではあったが学校への報告を済ませ、それぞれの仲間とともにようやく帰路につくのだった。

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