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同調率99%の少女(21) :長良型と川内型の少女たち

# 7 長良型と川内型の少女たち

 長良と名取の二人が着任して数日経った。那珂をリーダーとした既存の艦娘たちと五十鈴ら長良型の三人はその数日、別行動を取っていた。那珂たちは海で、五十鈴たちは演習用プールでの基本訓練である。

 着任式以後の流れを経験済みの川内と神通はこの数日の長良と名取の様子を、自分たちの訓練の合間にプールの外からチラ見していた。学年的には先輩で、なおかつ五十鈴の友人という自身らにはなんの繋がりもない他人とはいえ、艦娘としては後輩。気にならないといえば嘘だ。
 那珂は何かと理由をつけて長良たちの訓練を見学しに行く二人のことをあえて黙認した。一応自分たちの訓練のノルマはこなしているし、これから後輩となる人物を見るのは、ある意味自身らを客観的に見る良い機会だと判断したためだ。

「あはは~水上移動って楽し~ね~!あたし艦娘になってよかったぁ~~!」
「あ!あ! ……きゃあ!!」

 川内と神通が見たのは、着任からまだ2~3日しか経っていないのに自由自在にプールの上を移動しまくる長良と、バランスを崩して水面で転んでびしょ濡れの名取の姿だった。
 自分たちを見ているようで、なんだか微笑ましく、そして苦い感情を抱いた。今まではなんとなく嫉妬の念を抱いていたが、現実の彼女らの姿を見ると応援したくなってくる。
 川内と神通は一通り彼女らの訓練の様を見て、自然とお互い見つめあう。

「アハハ……なんか、いいね、あの二人。」
「なんだか、少し前の私達を見ているようです。」
「そうそう。そういえば神通ってば、水上移動の時は超~へっぴり腰だったよねぇ~。そんで大暴走で気絶とか。」
「!! そ、そんなこと言うなら……川内さんだって綺麗に曲がれなくて那珂さんたちを怒らせてたじゃないですか……!」
 お互いの汚点を指摘し合い、そしてクスクスを微笑を漏らす。

「それにしても……」
 再び川内が視線を戻した先では、五十鈴が長良と名取に厳しい指導の声をぶつけまくっていた。
「ホラ良!ちゃんと指示通りに動きなさい。あ~もう、宮子はバランス気をつけなさいって何度も言ってるでしょ!」

「五十鈴さんこえぇ~~。あたしたちの時と全然違うじゃん。」
「多分、ご友人だから、気楽に接することができるんだと、思います。」
 二人が真っ先に思ったのは、五十鈴の口調や振る舞いが、自身らの基本訓練に付き合っていた時の彼女のそれよりも、スパルタ気味ということだ。

「そういうもんかねぇ~。誰とでも同じような接し方なのは那美恵さんくらいな気がするけどね。ま、あたしは神通とだったらすごく気楽だよ。他の娘はやや、まだ、ほんのすこ~しだけ緊張してるんだ。神通はどう?」
 いきなり告白めいた、ドキッとさせられる発言してきた川内に、神通は誇張でない、彼女の素の思いを聞いて通常の照れを超えた恥ずかしさを覚えた。
 何気ない一言だけれども、神通に取ってみればものすごく重い。そして今すぐ泣き笑いたくなるほどの感情の沸き立ちも覚えるものだ。
 とはいえ突然泣き出すのはまた恥ずかしい。なんとか我慢して、この同僚に言ってやらねば。

「わた、私に取ってみたら、せ、川内さんも……不思議と安心して付き合えるどうry……お、お友達、です。和子ちゃんとは違うタイプですけど……二人とも私には大切なお友達です。」
 隠しきれなかったのか、神通の顔は真っ赤に染まりあがっていた。さすがの川内もその色が示す神通の感情に気づいた。
「アハハ。言ってくれるねぇ。ありがとね。あたしさ、実は不安だったんだよ。」
「え?」
「神通にとってみたらさ、あたしは毛内さんとは全然違うタイプじゃん? そんなあたしが側をウロチョロして気兼ね無く話しかけたり馴れ馴れしくしたりさ。実は心の中では嫌われてるんじゃないか!?とか、そういう不安をこんなあたしでも感じることはあるのですよ。」
 川内の自身に対する気持ち。始めて知った。そしてそれがどこまで本気でどこまで照れ隠しのための冗談なのか判別がつかない。付ける必要はないだろうとすぐに思ったが。
 川内こと内田流留は己の感情に正直なのはこれまでの短い日数ではあるがわかっていた。だから照れが混じっていてもその気持ちは確かに本物。裏がないから、その言葉を全て受け入れられる気がする。
 神通はそう思い、川内の不安をどうにか払拭してあげるべく言葉を返した。

「せんd……内田さんのこと、迷惑だとか馴れ馴れしいだとは思ったことはありません。私、気づいたんです。」
「?」
「変われない私を変えてくれるのは、やっぱり周りの人なんだって。私は……自分で決断したことなんてなくて、結局那珂さんの指示や川内さんの影響を受けてるだけに過ぎません。平凡な生活しかしてなかった私がここまでやってこられたのは那珂さんや川内さんのおかげだと思ってます。だから、これからも……こんな私に仲良く、して……ほしぃ…で
「あたしはするよ、仲良く。」
 神通が言い終わる前に川内は口を挟んで言い返す。
「ぶっちゃけさ、あの学校で同性の友達っていったらあんたしかいないだもん。あたしを必要としてくれる友達がいるなら、あたしはいつだって全力でその人のためになりたい。だから、あたしは神通……ううん、さっちゃんとずっと親友でありたい。こちらこそ仲良くしてよね。あたしを見捨てるなんてしたら、ゆっるさないんだからね~~?」
「フフ……はい。もちろんです。」

--

「あら、二人ともどうしたの、そんなところで?」
「「え?」」
 クスクスアハハと微笑みあう二人は、プールのフェンスの先、プールサイドに上がってきていた五十鈴に気づかれた。こっそり眺めているだけの予定が気づかれてしまったことに神通は狼狽えるが、川内がスパっと返事をした。
「新人二人の様子を見に来たんですよ。せ・ん・ぱ・いとしてね。アハハ。」
 自分の言い回しにこらえきれず語尾に笑いを混ぜる川内。そんな少女を見てフェンス越しに五十鈴がツッコミの言葉を投げつけた。
「ふん。いっぱしの先輩になったつもりでいるなんていいご身分ね。」
「うえぇ~。五十鈴さんさっきから見てると、なんか厳しいんですけど~? あたしたちの時は手ぬいてましたか?」
 肩をすくめてややおどけて愚痴る川内に、五十鈴は肩で息をしながら答える。
「はぁ……。あのね。あんたたちのときは立場が違うの。あの時はあくまでも那珂が指導者・訓練の主役はあなたたち、あたしは単なるサポート役。今回は私が指導者。立場が違えば振る舞い方も違うのは当然でしょ。」
「そういうもんですかね?」
「そういうものよ。……そうだ、二人とも今時間あるかしら?」
「え?」
「え……と、なんでしょうか?」

 突然の五十鈴の問いかけに神通もようやく口を開いて反応する。確かにこの日の訓練のノルマは達成しているので二人とも暇ができている。だからプール設備の外側から眺めていた。

「こっちへいらっしゃい。帰るまで時間あるなら、二人の訓練に付き合ってよ。」
 五十鈴の提案。二人はそれぞれの反応を示す。
「お~、いいんですか?」
「え……でも。」
「いいからいらっしゃいな。特に、神通はあなたの訓練の時付いて見てあげていたからその恩があるはずよ。それをちゃーんと返してもらいましょうか。」
「えぇ!?そ、そんなぁ……。」
「ちょっと五十鈴さん、そんな言い方ないんじゃない?神通だって真面目にやってたんだし。」
「恩とかそういうのは冗談よ。良……長良はいいとしてもね、宮子……名取は多分神通あなた以上にヤバイから、似た経験をした者として、側で見て力になってほしいのよ。」
 そう言って後ろを振り向いて視線誘導した五十鈴につられて二人がプールの水面に浮く長良と名取を見る。するとさきほど来た当時とさほど変わらずの様をしていた。
 察した神通は苦笑しながら言葉を発した。
「そ、そのようですね……。でも上の学年の先輩になんて、私緊張します。」
「気にしないでいいわよ。あの娘もたいがい大人しいし、多分ウマが合う気がするわ。一度来てみなさいよ。」
「あの五十鈴さんがお願いしてくれてるんだから、行ってみようよ、ね?」
「……そこまで言うなら、はい。」
 神通が承諾の意を示すと、五十鈴の口の両端はさらにつり上がって笑顔を倍にする。

 その場を後にし、工廠に入って艤装を装備して演習用プールにやってきた川内と神通は、プールサイドで休憩していた長良と名取、その二人と初めてまともに会話をすることになった。
「あ~!確か川内ちゃんと神通ちゃんだっけ?なみえちゃんの後輩の。」
 出会って一番に声をかけてきたのは長良だった。その軽さに既視感を覚えて一気に戸惑う川内と神通だが、努めて平然と返すことにした。
「はい。○○高校の一年、内田流留です。川内やってます。」
「私も○○高校の一年、神先幸と申します。神通を担当しています。」
「アハハ。あたし黒田良。□□高校の二年だよ。これからは長良って呼んでね!」
「わた、私も□□高校です。二年生の副島宮子っていいます。名取って呼んでください。」

「先輩方、訓練はどーですか?」
「アハハ! 艦娘としてはむしろそっちのほうが先輩じゃん。学年とか気にしないでいいよ~。あたしはこの水上移動はけっこー慣れたかなぁ。艦娘って楽しいね!」
「……私は、ダメです~。クスン。」

 全く正反対の反応を示す長良と名取。その二人を見て川内たちは苦笑する。
「アハハ。あたしと神通も今の長良さんと名取さんのようでしたから。まだ始まったばかりなんですし、気楽にいきましょうよ、ね?」
「あの……名取さん。」
「はい!?」
 神通が名取の方を見て口を開くと、名取は緊張の面持ちで視線を向けた。その挙動に神通も一気に緊張を高める。学年を気にしないでとは言われたが、そういう本来の立場を払拭することができない神通はとても川内や長良のように振る舞うことなどできない。
 緊張が相手にも伝わる。つまり神通と名取は二人ともお互いの緊張に敏感に反応して緊張の連鎖を作り出してしまっていた。
 それでも艦娘としては先輩である意識でどうにか正気を保てた神通が主導権を握り、喋り始める。

「名取さんの動き、見させていただきました。私も名取さんとほとんど一緒だったので、きっと……お力になれると思います。で、ですから……。」
「あ、はい。……はい。こちらこそアドバイスお願いします……ね?」
 傍から見れば反応の差は変わらないが、神通に取ってみれば打ち解けられたかも、と思える微妙な空気の破壊ができたと感じた。ぎこちないながらも笑顔を名取に返してみた。すると名取も微笑み返した。

 しばらくして五十鈴が四人の前に立って手をパンパンと叩いて合図をした。
「それじゃあ再開よ。川内、あなたには長良と競争してもらいたいの。」
「「競争?」」
 川内と長良は声を揃えて反芻した。
「そう。長良はかなり自由に動けるようになってるから、川内とプールを回ってタイムを競い合ってほしいの。」
「へぇ~いいねそれ。さっすがりんちゃん!あたしそれやりたーい!」
「はぁ。ま~いいですけど。別に勝ってもいいんですよね?」
 川内はニヤリとかすかに笑みを見せすでにやる気満々な反応をアピールする。それに対して五十鈴は言葉なくコクリと頷いて肯定した。
 そして今度は神通と名取の方を見る。
「それから神通には、私と一緒に名取の水上移動の手ほどきをしてもらいます。いいわね?」
「はい。」
「うぇぇ……あの、えとえと。よろしくお願いしますね?」
 ピシっと返事をする神通と、オドオドと返事をする名取。
 それぞれの役割を得た川内と神通は、休憩に付き合ってだらけていた気持ちをすでに完全に切り替え、新人二人の訓練に臨むことにした。

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 川内は長良とともに、五十鈴に指定されたプールの端まで移動した。指示どおりにプールを周回すると、神通らのいる水域は避けて、うまく回って一周。今いるポイントまで戻ってくる流れとなる。
「え~と、それじゃあ長良さん。いきますよ。あたしは新人だからって遠慮するつもりはないし、絶対負けませんから。」
「アハハ。よろしくね~川内ちゃん。」

 川内の心境は複雑だった。この長良という少女(学年的には先輩)は前々から五十鈴に話を聞いていたし、仲良くなってみたいという想いがあった。しかしいざ本当に顔を合わせてみると、訓練の進み具合は実は自分と対して変わらぬ進捗。これはライバルになりかねない。後から来た新人に追い抜かされるのはまっぴらごめんだという敵対心が川内の心を占め始める。駆け出しぺーぺーのうちに実力を見せつけ、この先輩を自分に従わせてやる。
 自分を完膚なきまでに叩きのめして実力で従わせることができるのは、先輩である那珂以外にはいないのだから、他のやつには絶対負ける訳にはいかない。ここで叩きのめす。

 今の川内には自身の最近の訓練の至らなさを別の方向にぶつける方向性が必要だった。そういう思いも湧き上がってきたので、今回の五十鈴の提案は渡りに船なのだ。

 もはや隣にいる長良の方を見ない。川内は眼光鋭く目の前のプールの波が立っていない静かな水面を見る。
 そして自身で合図をした。
「よーい、スタート。」

ズザババアアアア!!!!

 川内は最初から速力電車をイメージしてロケットスタートを試みる。今回は空母艦娘の訓練施設との仕切りが閉まっているため、プールの全長は50mほどしかない。わずか数秒のうちにプールの端まで到達した。身を左によじり下半身に重心を置き身をかがめ、スライディングばりに足の向きを変えて水面でブレーキを効かせる。仕切りの壁ギリギリで停止すると、その勢いと溜めを殺すことなく今度は進行方向を左へと向けてダッシュした。プールの横幅は一般的な50mプールのそれと対して変わらぬ幅のため、今度はスピードを半減する。つまり速力バイクでプールを横切り、再び左に見をよじって方向転換をしつつ速力を高めるイメージをした。
 川内はまたしても激しく水をかき分けて波を発生させながらスタート地点目指してダッシュした。
 結果、長良はそんな川内に追いつけずに遅れること数十秒経ってからスタート地点に戻ることとなった。

 無理をしすぎた。そう感じるのはたやすかった。戻ってくる長良を待つわずかな間、川内は肩でハァハァと息をして整える。ようやく戻ってきた長良は裏表のない笑顔を保ったままだ。
「アハハ。川内ちゃん速いね~。あたしビックリしちゃった。訓練して強くなるとそれだけ速くなれるんだね~。あたしも頑張らないと。良いお手本見せてくれてありがとーね!」
「は? な、なんで悔しがらないんですか?勝負に負けたんですよ?」
 競争だったのに負けたことをまったく意に介さずに破顔しながら意気込みを述べる長良に、川内はカチンときた。そんな川内にやはりまったく意に介さずにキョトンとした顔で長良は反論する。
「え~、逆になんで~?あたしは艦娘なりたてホヤホヤなんだし、先輩に勝てないの当たり前じゃん。あたしはこうして負けたから次はもっとこうやってこーしよ~って思って頑張れるんだし、結果オーライだよ。だからあたしと勝負してくれてありがとーって素直に思えるから、別に今は悔しくないかな~。」

 その口ぶりと気の持ちように川内はさらにイラッと来た。那珂の態度に似ている。この(学年的には)先輩、素でこう思っているのか。あの人から裏の企みや思考能力をマイナスした感じかも。そう川内は捉えた。
 企んで小馬鹿にされるより、天然でやられるほうが反応に困る・厄介だ。
 もう少しこの長良という少女を観察したほうがいいかもしれない。川内はハァと溜息をついて話を進めることにした。

「まぁいいです。さっきも言ったように、あたしは手を抜きませんから、もう一度同じように競争しましょう。訓練を終えた艦娘がどれだけやれるのか、今のうちに身を持って体験してください。」
「アハハ。は~い、よろしくね、川内ちゃん!」

 脅しをかけても全然気にしない。なんなんだこの女は。アホなのか。アホの娘なのか。裏表のない性格がこれほど自身の感情に響くとは思わなかった。これならまだ夕立のほうが接しやすい。あっちもアホの娘っぽいけど、ウマが合うから別に構わない。自分も大概馬鹿なのだから。
 しかしこの女は違う。
 あぁ、多分あたしはこの長良こと黒田良という先輩は苦手なタイプだわ。

 川内は長良の訓練に初めて付き合ったこの時、第一印象をそう決めてしまった。

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 川内と長良が(ある種一方的な競争)をしていたそのプールの一角では、神通が五十鈴とともに名取の訓練のサポートをし始めていた。
 始めてからどれくらい経ったのか、神通はすでに時間を気にするのをやめていた。というよりもする暇がないくらい、目の前で足元がおぼつかずに転びまくる名取が気になって仕方がない。

「あの……先輩。進むときは○○するときのようなイメージを強くするんです。艤装は、強いイメージがあれば本人に多少バランス感覚がなくても十分に補ってくれる……はずなんですが。」
「うぅ……ゴメンなさい、ゴメンなさい!あたしほんっと運動とか苦手なんです。」
 制服の下の自前と思われる下着が一部透けて見える状態にまでびしょ濡れになりながらも再び水面に立つ名取。何度やらせても基本となる、停止状態からの発進ができていない。何度同じことを伝えたかわからない。さすがの神通もイライラとまではしないがもどかしい気持ちで心あふれていた。それと同時に自身がどれほど恵まれていたのか、若干悦に浸る。

((先輩には悪いけど、私はまだ運動もできるタイプだった。ちょっと自信がついたな。))

 抱いた思いは決して口にはせず、アドバイスになりそうなことを必死に考える。ふと五十鈴と目が合う。すると五十鈴は見透かしたかのごとくその言葉を口にした。
「これならまだ神通のほうがよかったわね。あなたは運動苦手じゃなくて、単に経験がないから苦手そうに見えただけですもの。宮子ったら、ほんっきで運動ダメなのよ。体育の授業でも下へのトップクラスでダメダメ。どうしようもないわ。艤装が十分にサポートしてくれる艦娘ならこの娘でもできるかと思ったけど……ダメね。宮子は体育以外の成績はいいのに、なんでそこまで運動はからっきしなのかしらね?」
 友人からの辛辣な言葉を受けて名取は水面で立ってはいるが首から上がガクリと下がってうなだれてしまった。鼻をすする音がかすかに聞こえる。

 なんだ?
 友人同士とはいえこんな辛い当たり方をしていいのか。さっきから聞いていれば飛び出してくるのは友人であるはずの名取こと副島宮子に対する悪評だ。五十鈴の言い方に頭に血が上った神通は自分の思ったことなぞ棚に置き、意識するより前に声にした。
「あの……そんな言い方、やめてください。運動苦手な人の気持ち、五十鈴さんは……考えたことあるんですか?」
「え、神通?」
「神通ちゃん?」

 神通の眼差しは眉をひそめてやや細めの眼光で鋭く五十鈴に向かう。五十鈴は初めて見た年下の少女の怒り具合にその身を固めた。

「頭で考えても、身体がついていけないんです。五十鈴さんや那珂さんたちには当たり前のことなんでしょうけど、私や多分名取さんにとってみれば、その当たり前のことが、頭と身体で連携できないから辛いんです。やるせないんです。いくら練習しても、人にはできないことだってあるんです。」
 神通の静かな怒りに、身体の硬直を解凍した五十鈴は一切臆することなく反論する。
「でも神通、あなたはできたのよ。私から言わせてもらえばね、あなたたち二人は基本同じなの。けれど二人の決定的な差は、宮子にはそのできないことをなんとかしてやろうっていう気概が足りないのよ。それが神通には合ったし行動の端々からそれを感じることができたの。それが宮子ときたら……。ずっとこのままだと長良型の訓練期間の限界の3週間をすぐに超えてあのイベントに参加できないのは確実ね。」
「い、五十鈴さん!!なんでお友達にそんなにあたるんですか!?」

 やや裏返った大声がプール設備一帯に響いた。
 プールを回っていた川内と長良が遠巻きながらも驚いてその足を止めて視線を向けた。視線が集まっても、今の神通には気にする心の余裕がなかった。
「なんでお友達に……厳しく、できるんですか。出来ないかもしれないお友達をそんな言い方で……見限らないでください……。」
 俯く神通。神通と五十鈴の間に立つ位置にいた名取は突然の口論が始まったことで呆気にとられている。それでもどうにかハッと正気に戻り、今にも泣きそうな顔をして俯いている神通に水面を歩いて近寄る。
「あの……神通ちゃん? 私は平気だよ。りんちゃんから怒られるのいつものことだもの。鈍臭いのも私自身わかってることだから。だから……あなたが気にする必要なんて、ないんだよ?」

 自身がかばって慰めているつもりが、逆に慰め返された。神通は眉をひそめたまま、目つきの鋭さを解いて泣きそうな表情を保ったまま顔をあげ、名取そして五十鈴に視線を行ったり来たりさせる。
 そんな神通を目の当たりにして五十鈴がため息混じりに言った。
「私たちにとっては日常茶飯事の接し方なんだから、神通あなたが必要以上に過敏に反応しないでもいいのよ。これが私たちの日常なのよ」
「……私、余計なお節介……なのですか?」
「……端的に言えばそうね。」

 五十鈴のその一言を聞いて神通は顔を赤らめ、そしてうなだれた。しかし収まりが付かない。そして五十鈴の態度も気に入らない。名取の一瞬の感情の様を見れば、今さっきの取り繕いが本心ではないことくらいわかる。友達だからといって我慢する、そんなのはダメだ。
「名取さん。」
「はい!?」
「いくら友達だからって、自身の尊厳を傷つけられて黙って我慢しているの、ダメです。そんなのよくありません。」
「神通ちゃん……。」
 名取は神通のへそ付近から顔めざして視線をゆっくりと上げる。
「友達でも、怒るときは怒っていいのだと、思います。あ……先輩にこんな説教じみたことするなんて、ゴメンなさい。でも、あなたの気持ちを本当に理解しないで教えようとする人に私はあなたを任せたくない。私が、名取さんの訓練を全部指導してあげたいくらいです。」
「言うようになったわね神通。あんた、私にケンカ売ってるの?」
「!! そ、そんなつもりでは……。」
 心穏やかに聞き続けるつもりだった五十鈴だが、遠回しに悪し様に言われてさすがに瞬間的に怒りを露わにした。神通は調子に乗って色々言い過ぎたとすぐに反省し、勢いを萎縮させる。

「まぁいいわ。もともと宮子のサポートはあなたにお願いしたかったし、きっかけはどうであれ乗り気になってくれるのなら何よりよ。」
 五十鈴は本当の考えを白状する。その言葉には自身が頼られているというハッキリした意味が感じ取られるが、素直に喜べない。名取に言い放った言葉は紛れも無く本心だからだ。
 良い人だと思っていた五十鈴の印象にヒビが入った気がした。いくら友達とはいえ、心の奥であのように考えていた人に、名取のためになる教育ができるのか。いやできるわけがない。
 同じく出来の悪かった自分であれば名取のためになれる。同じ境遇だからこそ気持ちを理解して、彼女が真に頼れる存在になることだってできる。

 この人“名取”には私がついていないときっとダメだ!

 神通の思いに嘘はない。
 ただし、 “この人がいれば私は輝ける” とも思ってしまった。神通は自身の心の闇を無意識に湧き上がらせていた。

--

 この日の長良と名取の訓練は1時間ほど経ってから終わり、5人は工廠に戻って艤装を解除した後、待機室へと戻ってきた。そこには那珂が一人で本を読んでいた。
「あれ~?5人とも一緒だったの?訓練終わって二人でどこか行ったからてっきり帰ったのかと思ったよ。」
「実は長良さんと名取さんの訓練を見てたらですね、協力することになりまして、それでこの1時間ほど付き合ってたんですよ。ね、神通。」
「(コクリ)」

「そっかそっかぁ~。五十鈴ちゃんに訓練付き合ってもらってた分、二人で恩返ししないとね~。」
「う……那珂さんもそれ言いますかぁ。」
「え?」
「それ五十鈴さんにも言われたんですよ~。」
 本当は神通だけが言われたが、川内が代弁して答えた。それに那珂はケラケラ笑う。
「アハハ!それだけ五十鈴ちゃんから頼りにされてるってことだよぉ。だってあたしと五十鈴ちゃんの二人で教えこんだ期待の星だもの。ね、五十鈴ちゃん。」
「はいはい……そうね。」
「うぅ~ん!五十鈴ちゃん反応が冷たいぉ~~!」
 わざとらしいぶりっ子演技をしながら那珂は五十鈴に擦り寄っていく。もちろんその後の五十鈴の反応は川内と神通ならばすでにわかりすぎているものだ。

 デコピンされた額をスリスリと撫でながら那珂は五十鈴たちから感想を尋ねる。
「そんで、長良ちゃんと名取ちゃんの訓練はどーお?」
「そうですね~。あたしは長良さんとky
「まぁまぁよ。まだ4日ほどだし、のんびり着実にやらせてもらうわ。」

 五十鈴が川内の言葉を遮って那珂の確認に答えた。本当のことは言わないのかと神通は黙って見ていた。
 しかし五十鈴の気持ちを考えてみる。同じ鎮守府の仲間とはいえライバルにわざわざ事細かく言う必要もないだろうなと。それ以上を察することはできない。他校とはいえ同じ学年同士、自分ら後輩にが知らぬコミュニケーションもあるだろう。だから神通はこの場では先刻まで保っていた静かな怒りを再発させてズケズケと言うことなどできようがなかった。
 自制しよう。
 しかしせめてもの訴えで、一度那珂に視線を送った後、ゆっくりと五十鈴に視線を移した。その視線には那珂の時とは全く異なる色合いを称えてみる。五十鈴・長良・名取の後ろに位置することになっていたため、その視線の動きは向かいにいる那珂にしか気づかれなかった。
 那珂は一瞬神通のそれに気づきキョトンとするも、すぐに視線を五十鈴たちに戻して会話に意識を戻した。

--

 その後の6人のおしゃべりは当たり障りない話題に切り替わる。会話の主導権は那珂と長良が互いに握り、そのバトンは行ったり来たりした。
 川内とウマが合うと五十鈴がふんだ長良だが、実際には那珂とウマが合ったと残りの四人はすぐに気づいた。そして二人をよく知る互いの組の二人は、うざい(しゃべりの)やつが二倍になったと頭を悩ませる。
 そして訓練中は終始暗い顔でモゴモゴと口ごもってしまいには泣きそうな顔をして一歩足りとも移動がままならなかった名取は、二人の会話に笑顔で参加している。口数と声量は少ないが、雰囲気は訓練時とは180度異なるものだ。
 学年が同じ、先輩同士だから仲良くなるのもたやすかったのだろう。あくまでそう思うにとどめ、神通はその光景を一歩・二歩も置いて離れた心境で見ていた。

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 帰り道、幸は那美恵と電車内に最後まで残った。もともと地元の駅が近かったためであるが、この状況は今の幸にとってありがたかった。
 待機室で五十鈴が川内を遮って話をすぐに収束させた話題を、ここで掘り返してみた。

「あの、なみえさん。」
「ん、なぁに?」
「長良さんと名取さんの訓練の話なんですけど。」
 那美恵は並んで歩いていたため前かがみになって隣りにいた幸の顔を覗き込むようにして返した。
「うんうん。あの二人がなぁに?」
 本当に続けて言おうかどうか一瞬迷ったが、一度開いた口は中断を許さなかった。

「私、名取さんの訓練のサポートをお願いされました。」
「おぉ!凜花ちゃん直々に言われたの?」
「はい。実は私、ここ数日あの二人の訓練を覗いて見てたんです。名取さんは……私から見ても訓練の進み具合がよろしくなくて。それで……」
 話しているうちに五十鈴に対する憤りが再発し、結果としてあったこと・思ったことを包み隠さず全て口から零してしまっていた。自身でも珍しいと思えるほど、しゃべり続けた。ひとしきりしゃべり終えて我に返ると、那美恵が珍しく困り顔をしていたのに気づいた。

「そっか。うん。うーん……。」
 自身の言葉を思い返すと、ひどく辛辣な表現で貶めていた気がする。気がするだけで口から発して1秒以内に忘れ去っていたので正直思い出すことすら叶わない。
 幸の隣では那美恵が眉を若干ひそめて首を左右交互にかしげている。
 先輩を困らせてしまった?

 謝罪の言葉を必死に考えて発しようとした幸の前に那美恵が言い淀んでいた言葉を再開した。
「あの三人は私たちが知らない関係を築き上げてきたんだろーし、あまり深く首を突っ込むのはどうかな~って思うな。いくら私たちが艦娘としては仲間であってもね。凜花ちゃんの物言いはひどいかなって確かに思うけど、それは彼女なりの考えがきっとあってのことなんだろーし、どうかそんなに怒ったり嫌わないであげて。ね?」
「そ、それは……わかっているつもりです。ですが……。」
「さっちゃんの気持ちはなんとなく分かるよ。でもあまり、みやちゃんに感情移入しすぎると、それはきっと彼女にとってもプレッシャーとかになって辛いことになると思うから、ほどほどにね。」
「は、はい。」
「さっちゃんなら、通常の訓練の指導役も、名取ちゃんの基本訓練のサポートも、両方うまくこなせるってあたし信じてるから。それとこれだけは言っておくね。」
 那美恵が一瞬言葉を溜める。すると幸はゴクリと唾を飲み込んでその続きを待つ。
「のめり込み過ぎないでね。30分考えたり試みて行き詰まったら誰かに聞くなり気分転換しましょ。そこんところ上手いことまとめて、あなたと似てる人にも教えてみて……ね? 夏休みもあとちょっとしかないんだし、自分のやるべきことをはっきり意識して、効率良くね。」

 幸はいまいち要領を得ないながらも、先輩の貴重なアドバイスとしてそのまま飲み込んでおくことにした。別段何かに急かされているわけでもない。どちらも先輩から依頼されて始めたことだ。しかし目立つ活躍も能力にも自信が持てない自分に期待をかけられてのことだから、なんとしてでもやり遂げてみせる。
 通常の訓練の指導(補佐)役は艦娘の皆+自分たちを評価してくれる提督のため、敷いてはこの鎮守府が深海棲艦との戦いに負けないための大事な要素の構築。自分が足手まといにならないためにも、自分が能力をアピールできる方向性を見極めて皆の役に立てるようにするため。
 かたや長良と名取の基本訓練のサポートは、自分と同じ匂いを覚えた名取を応援するため、同じ匂いのする人を貶した五十鈴を見返してやるため。
 そして

自分が輝くため

にもあの名取を前に進ませてやらなければならない。

 那美恵が途中の駅で降りた。ついに幸は一人になった。そして地元の駅で降り、午後7時近いがまだ明るさがほのかに残る夜道を一人でテクテク歩きながら様々な思いを巡らせる。
 そんな幸のヘアスタイルは地元の駅についた後にバサバサと解かれ、いつもの雑な前髪・結びに戻っていた。

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 那美恵は帰宅後、入浴を済ませ食事を取り、くつろいでいた。最近毎日艦娘のために鎮守府に行っていたため、三千花と直接会わずにメッセンジャーでしか話していない。
 たまには声を聞きたい。
 そう素直な欲望を持った那美恵は早速電話をかけることにした。

「…はい。なみえ?どうしたの?」
「アハハ。たまにはみっちゃんの声直接聞きたくてさ~。好きだよみっちゃん。」
「……はぁ。いきなり告白とか、そういうのは異性だけにしておきなさい。」
「うえぇ!? あたし今みっちゃんにフラれた!?」
「はいはい、そういうのいいから。それよりも艦娘の方はどうなの? 内田さんと神先さんの訓練は終わったんでしょ? 普段は何してるの?」
 そういえば三千花には基本訓練終了後、僅かな状況しか教えていなかった。あえて黙っていたというのもあるが、最近では詳しい報告すら忘れていた。
「うん。今は普段の訓練をみんなでしている最中かな。さっちゃんはね、今はあたしの右腕として絶賛指導役で活躍中~。ながるちゃんは……基本的には自由人だけど、艦隊や戦いの知識をゲームや漫画経由だけど教えてくれるし、最近ではあたしに食らいついてくるようになっててさ、頼もしいなぁ~って。そんな感じ。」
「へぇ~うまくやってるんだ、あの二人。それでなみえ自身ははどうなの?」
「あたしはねぇ~、二人が手がかからなくなってきたし、提督から訓練のリーダー任されたから鎮守府のために色々考え中。そうそう。あたらしい人入ったんだよ。凜花ちゃんの学校のお友達が二人。それでねぇ~……」

 その後一方的にこれまでの出来事を話す那美恵。それを三千花は黙って聞いている。那美恵にとってはそれが心から安心できる空気だった。一通りしゃべり終えると、三千花は静かに口を開いた。
「そっか。うん、なんだかなみえが楽しくやってそうでよかったよ。新しい人ともすぐに仲良くなれてるのはさすがなみえらしいし。……うん、よかった。」
「エヘヘ。そーだ、今度一緒にお買い物しに出かけようよ。たまには艦娘のこと忘れて、みっちゃんや○○ちゃんたち同級生と思いっきり遊びたいんだ。」
「いいね。行きましょ。ところであんた宿題とか大丈夫? 艦娘の事にかまけて忘れてたりしないわよね?」
「ふっふっふ。それはダイジョーブ。そんなヘマをするあたしじゃーありませんことはみっちゃんがよーく知ってるでしょ。」
「フフ。それじゃあ安心して遊べるね。まぁ生徒会長さんが宿題課題忘れて二学期迎えたら示しが付かないものね。」
「うわぁ~みっちゃんなんだかプレッシャー与えてくれるなぁ~。意外なこと忘れてそーであたし急に不安ですよ。」
「それじゃあさ、○日は空いてる?出かける前の準備ということで宿題の確認しましょうよ。」
「うん! それ助かるよぉ~。ちょっと都合付けてみる。」
 しばらく雑談を続けた後、通話を切断して那美恵は部屋に一人ぼっちになった。

 たまには艦娘のことを忘れて遊びたい、その思いは最近膨らみつつある。後輩があっという間に成長を進めたことで、気が抜けたということもあった。
 別に艦娘のことに飽きたわけではない。むしろ自分があの鎮守府の艦娘集団の形成に一役買っているという実感が艦娘関連のことに熱中させているのは確かだし、フラれたがあの西脇提督の役に立てているという喜びが胸いっぱいに満たされていてずっと感じていたいと思うのも確かだ。飽きてやめたいだなんてこれっぽっちも思わない。
 しかし何かが足りない、忘れてる。艦娘を始めたのは、何か内なる想いがあった気がする。
 日常生活、艦娘生活、そのどちらにも欠けている何かを、那美恵はまさにここ最近、忘れていた。それを思い出し取り戻すにはどうするべきか。

 流留と幸が艦娘としての在り方で思いを巡らせて悩む中、那美恵は自身のアイデンティティとも言えた何かを取り戻すべく悩んでいた。

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