見出し画像

同調率99%の少女(20) :教師参観日

--- 5 教師参観日

 五十鈴の友人、黒田良が軽巡長良、副島宮子が軽巡名取に着任が決まった翌日以降。五十鈴は二人の着任の準備に追われることになり、日常の訓練や那珂たちの訓練構築の打ち合わせへの参加に割ける時間が思うようにとれなくなる。新たな二人の着任までには川内と神通の時と同じくらい準備と時間がかかるためだ。そんな新たな二人の着任式は一週間先に予定された。
 その間、既存の艦娘の立場になっていた那珂は、新たな二人にも安心して取り組ませられるように鎮守府A独自の訓練方法を形にさせるべく、本格的に動き始める。
 那珂が右腕として頼りたかった五十鈴が別件で忙しくなることを危惧し、不参加時の代行者として神通と時雨をその役割に抜擢した。提督からは訓練の構築のリーダーは那珂に一任されていたため、那珂は真面目で真摯に取り組むその二人を選んだ。

--

 週が開ける日曜日、那美恵は自身の高校の艦娘部顧問の四ツ原阿賀奈からメールの返信を受け取った。
「光主さんへ。先生も鎮守府に行っていいのね!?行っちゃうわよ!」
「はい。今すぐにでも来て欲しいところなんです。事情はこの前簡単にお話しましたけど、先生にはあたしたちの訓練の後ろ盾になって欲しいんです。ちなみに五月雨ちゃ……以前うちの高校に来てもらった中学生のあの子の学校からも艦娘部の先生が来ます。あと不知火という艦娘の子の中学校からも同じく艦娘部の顧問の先生がいらっしゃいます。どうか、うちの高校の教師代表として期待していますので、お願いしますね。」
「光主さんへ。任せなさーい!それで、先生はいつ行けばいいの?」
「よその先生方の都合もあるので、○日か○日、そして○日なんですけど、いかがですか?」
「うーん、先生、教育研修や職員会議でとかで夏休みでも忙しいのよね。でもなんとか都合つけてみるわ。他の学校の先生方の確認お願いね?ちゃんと伝えてくれなきゃ先生泣いちゃうわよ?」
「アハハ……はい、それはちゃんとやりますので。」
 那美恵はメールの文章にもかかわらずヒシヒシと伝わってくる阿賀奈の間の抜けたしっかり者の先生アピールに、苦笑を浮かべつつメールでのやり取りを進める。その日曜日中に那美恵は五月雨こと早川皐月、不知火こと智田知子からそれぞれの学校の艦娘部顧問の教師の都合を確認する。早速それを阿賀奈に伝える。
 そうして決まった翌週のとある日、鎮守府には那珂たち艦娘部の顧問の教師が3人、集結することになった。

--

 那美恵・流留・幸が駅で待っていると、改札を通って阿賀奈が姿を見せた。
「先生!」
 那美恵が手招きをすると阿賀奈は那美恵たちの数歩前で一瞬突っコケるという天然っぷりを見せて小走りで駆け寄ってきた。
「アハハ、光主さん、内田さん、神先さん、お久しぶり。夏休みの間ちゃーんと宿題やってましたかぁ?」
 一人を除いてすぐさま頷いて返事をする。その一人は話題そらしのため強引に声を上げる。
「先生先生!それよりもさ、あたしもさっちゃんもちゃーんと艦娘として訓練してこの前初めて戦いに出たんですよ。すっごいでしょ!?」
「あら!内田さん頑張ったのね~。神先さんも?」
 ほんわかした口調でもって流留とその隣にいる幸に尋ねる阿賀奈。幸は言葉を発さずにコクコクと頷いた。
 鎮守府までの道中、これまでの出来事を報告したりプライベートでの趣味の話題を投げかけ合う那美恵たち三人。自分たちに一番身近な大人が来たとあって三人は我先にと語りかけ、阿賀奈を嬉しい悲鳴で喜ばせるのだった。

 鎮守府へ着き、那美恵たちは更衣室へ行って着替えた後、阿賀奈を改めて案内し始めた。真っ先に向かうのは執務室である。
 那珂がノックをして返事を確認した後入ると、そこには妙高、五月雨と不知火の他、綺麗なストレートヘアで背筋をわずかに傾斜させた女性とウェーブがかったロングヘアに身なりも姿勢も非常に整った女性が執務席の前で話し合っていた。

「あ、五月雨ちゃんと不知火ちゃん。そちらはもしかして?」
「那珂さん!」「那珂さん。」
 続いて提督も那珂と阿賀奈に挨拶をする。
「おぉ那珂。それに四ツ原先生、ご無沙汰しております。」
「提督さん!ご無沙汰しています!」
 那珂たち&阿賀奈も来て対象の三人が揃ったことで、改めて執務室内で教師陣の自己紹介と生徒たちの紹介が始まった。

--

 打ち合わせの音頭は提督が取って進む。提督は三人の教師をソファーに促し着席してもらい、自身と妙高は向かいのソファーに座することにした。なお那珂たちは普段の調子を努めて抑え、教師たちの座るソファーの後ろで立って控える。
「えー、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。それではお互い自己紹介をしていただきたいと思います。それではさみだ……早川さん、お願いするよ。」
「はい!千葉県○○市立○○中学校、二年の早川皐月です。駆逐艦艦娘五月雨と秘書艦を担当しています。よろしくお願いします!」
 五月雨に続いてストレートヘアの女性教師が自己紹介し始めた。
「あ、あの。私、早川さんと同じ千葉県○○市立○○中学校で教師として勤めております、黒崎理沙と申します。世界史を担当しております。こ、この度は早川さんから提案をいただきまして参りました。よろしくお願い致します。……あ、私、重巡洋艦羽黒の職業艦娘の資格を得ております。」
 気弱さと頼りなさ気な雰囲気を醸し出しながら自己紹介をする。提督の隣にいた妙高が若干不安顔を見せる。対する理沙も妙高をチラチラと妙高を視界に収めつつ気まずそうな表情をうっすら浮かべる。
 提督や妙高、他の艦娘や教師らが軽く会釈をしあい、タイミングを見て次に不知火が自己紹介を始めた。

「千葉県○○市立○○東中学校、二年生の智田知子と申します。駆逐艦不知火をしています。……よろしくお願いします。」
 抑揚のない声で淡々と進める不知火。言い終わるが早いか不知火は隣にいた女性に目配せをして次を促す。
「わたくし、智田と同じ中学校で数学教師を勤めております、石井桂子と申します。生徒からは優しくて頼れる桂子先生って慕われおりますの。航空母艦の職業艦娘、隼鷹の資格を有しております。どうかよろしくお願い致しますわ。オホホ。」
 わざとらしい丁寧語。誰が聞いても無理してるんじゃね?と思わずにいられない口ぶりにその場にいた一同はやや目をギョッとさせてチラリと桂子を見た。が、すぐに作り笑いと会釈で驚きの表情を隠す。唯一表情をこわばらせたままなのは不知火だ。彼女は小声で桂子に何かを言うが、もともと聞き取りづらいしゃべり方をしている不知火のために他の者はその内容までは聞き取れない。ともあれ気にしないでいいだろうと誰もが思っていたので、提督が代表して次を促した。次は那珂たちと阿賀奈の番となった。

 那珂の後ろには川内と神通が控えていたが、二人とも那珂だけ自己紹介でいいだろうと任せるつもり満点でいたので、声の小さい神通が代表して那珂に耳打ちしてその意を伝える。那珂もそれに同意して早速自己紹介を始めた。
「あたしは千葉県○○市立○○高等学校、二年生の光主那美恵と申します。鎮守府Aでは軽巡洋艦の艦娘那珂を担当させていただいております。本日は私共の提案でお集まりいただき誠にありがとうございます。よろしくお願い致します。」
 普段の真面目モードを個人比30%増しで丁寧に振る舞う那珂。それに阿賀奈が続く。
「光主さんと同じ○○高等学校で国語の副担当を勤めております、四ツ原阿賀奈と申します! 私、この度軽巡洋艦阿賀野の職業艦娘に合格しています!よろしくお願い致します!」

 阿賀奈まで自己紹介が終わり、三人の教師は互いに挨拶を交わす。引き続き提督が口を開き、説明をし始める。
「先生方には生徒さんから簡単に説明が行っているでしょうが、改めて私のほうから説明させていただきます。」
 提督は先日の緊急出撃を始めとして、艦娘たちの訓練や鎮守府での過ごし方に触れる。そうしてようやく今回の目的が語られた。
「それでですね、今回はそちらにいる那珂の提案で、訓練内容や手順、評価方法をうち独自に明文化・規律化し、艦娘たちの効率よい強化を図れるようにしたいと考えております。そのために、先生方には彼女らが話し合って決める訓練の指導といいますか、レビューをしていただきたいのです。まずは彼女らの普段の訓練の様子を見ていただいて感覚を得ていただければ幸いです。」
 提督の説明を噛みしめるように聞く三人の教師。真っ先に口を開いたのは阿賀奈だった。

「えぇ。えぇ。わかりました!光主さんたちの訓練を見ればいいんですね!わかりました!」
 軽快に答える阿賀奈に対して、理沙と桂子は阿賀奈とは全く異なる反応を見せる。
「あの……よろしいですか?」
「はい、黒崎先生。」と提督。
「私は、早川さんが艦娘になった当初に何度か見させてもらっています。あの頃とは艦娘の皆さんも増えて状況が変わっているのでしょうし一概に言えないのでしょうけれど、私達普通の教師が、生徒とはいえ艦娘になって戦う彼女たちの訓練を見ても、良いも悪いも言えないと……思うのですが。」
「あ、それあたしも……コホンコホン。それ、わたくしも同意ですの。私は数学の教師ですので、戦いについては何もアドバイスも教育的指導もできないことははっきり申し上げておきます。」ピシャリという桂子。
 二人の反応は想定の範囲内だった提督たちはお互い目配せをし、代表して那珂が説明を引き継ぐことにした。

「西脇提督に代わってあたしが補足させていただきますね。今回のお話はあたしが最初に提案したことなんです。先ほど提督から話があったように、緊急出撃であたしたちは色々思うことがありました。特にあたしは、後ろにいる川内と神通の二名の訓練の指導をした直後の出撃だったので、それまでの訓練に足りない内容ですとか、本当に二人の能力を正しく見て進められたのかとか、いわゆる教育のイロハが不安になったんです。そこで、身近で教育や指導のプロである先生方に協力していただけたらなって思ったんです。」
「へぇ~なるほどねぇ。生徒に頼られたんなら期待に応えないわけにはいかないですよ。ね、黒崎先生、石井先生?」
 阿賀奈が率先して声を出すも理沙と桂子の反応は芳しくない。そこに那珂が攻勢をかけた。
「先生方もお忙しいとは思うんですけど、先生方もいずれ艦娘として着任していただくことになりますし、それぞれの学校の顧問なのですから、実際の現場を見て将来的には普通の部活動みたいにあたしたちの指導をしていただきたいんです。どうか、ご協力お願い致します!」
 那珂が深々と頭を下げる。それを見た五月雨らは同じく頭を下げてそれぞれの学校の顧問に懇願しだす。

 少女の艦娘らが頭を下げてすぐ、妙高が口を開く。
「私からもぜひお願い致します。私は下手をすればこの子たちの母親に近い歳ですし、教育に関わる仕事などはしてません。この子たちと同じ立場でしかありません。理沙、教職者であるあなたには特に頼りたいの。そちらの石井先生と四ツ原先生にはどうかうちの理沙と一緒に協力してほしいと存じます。」
「お、お姉ちゃん……!」
 妙高の物言いは艦娘たちの心配というよりも従妹である理沙への気にかけがメインになっていた。実の姉より慕う従姉の妙高こと妙子にいい年して心配されるという行為を衆目に晒され、顔を真赤にして抗議する理沙。その様子を左後ろで見ていた五月雨は慕っている先生の珍しい一面を見てポカーンとする。
 理沙の右隣りに座っていた桂子はうつむいて考えこむ仕草をして数秒の後、顔を上げて周囲を見渡して言い出した。
「ここで何も知らないわたくしたちがこうして話していても机上の空論でしかありませんし、とりあえず生徒たちの活動の様子を見てみませんこと? 最近の若い教師によくありがちな、生徒たちの本当の様子を見ないで批判という仮初の教育はわたくしども教師のためにもならねぇ……なりませんことよ。」
 よろしくない反応から一転、三人の中で一番まともな反応を見せる桂子。後ろにいる不知火はそれまで浮かべていた不安げな表情をようやく和らげてホッと胸をなでおろした。わずかな仕草のために同じ列にいた五月雨や那珂は気づくはずもなく見過ごす。
 三教師がまちまちの反応を見せたことで内心戸惑ってどうしようか焦っていた提督は、実は一目置いている人物が仕切って声をまとめてくれたことでホッと安堵する。

「えぇと、黒崎先生も四ツ原先生も賛同ということでよろしいですか?」
 提督が確認すると、理沙と阿賀奈は間にいる桂子越しにお互い顔を見合わせ、賛同した。
「はい。」「はぁい!」
 三人の教師からひとまずの同意を得た提督は那珂たちに視線を向けて合図を出した。
「それじゃあ那珂たちは待機室へ行ってくれ。俺と妙高さんは先生方を後で待機室へお連れするから。」
「はい。」
 提督から指示を受けた那珂たちはそれぞれの学校の顧問の教師を執務室に残して出て行った。

--

 待機室に行くと、そこには全員揃っていた。
「あれ?五十鈴ちゃんも?」
「えぇ。今日はこの二人の身体測定や書類の提出のためにね。時間が空いたら訓練には参加するわ。けど那珂の相談役は神通と時雨に任せるのは変わらないから。私は相談役の相談役ってところかしらね。」
 そう言って五十鈴は側にいた友人二人、まだ着任していない将来の長良と名取の肩に手を置きつつ鼻を鳴らして上半身やや反り返らせる。
「あ、あたしたちほんとーにここにいていいの、りんちゃん?」
「そ、そうだよぉ……艦娘の皆さんのおじゃまになっちゃうよぉ?」
 スポーティーなショートカットヘアにやや褐色に日焼けしたいかにも活発そうな少女、黒田良が見た目の雰囲気に反して弱々しく言うと、それに続いて副島宮子が申し訳なさそうに詫びを口にしてペコリと頭を下げる。良と同じくショートカットヘアだがややぼさっとして整えられておらず、代わりにヘアバンドを付けてまとめてある。お辞儀をした拍子に横髪と横髪の一部がサラッと垂れた。
「あんたらももうすぐ艦娘になるんだから、気にしないでいいのよ。今のうちに生の現場を見て肌で感じておきなさいな。」
 緊張しまくりの友人二人を余裕綽々な五十鈴が戒める。
「五十鈴さん……厳しそう、ですね。」
「アハハ。五十鈴さんこれから大変でしょうし、那珂さんのサポートは神通さんと僕に任せてください。」
 友人を連れた五十鈴ら三人のやり取りを見て二者二様の反応を見せる神通と時雨。那珂たちは賑やかに笑いつつこの日の訓練内容を詰め始めた。始める際、那珂は後から顧問の教師が入ってくるが一切反応しないようにと全員に釘を差しておくことを忘れない。

 那珂たちが見た目何の気無しの雑談ガールズトークのように見える訓練内容の打ち合わせをしていると扉が開き、提督と妙高が三人の教師を連れて入ってきた。川内たちは那珂の注意通りなるべく意識しないように意識して自分たちの打ち合わせを続ける。その雰囲気はさながら父兄参観日の授業である。
 よくいる生徒よろしく、やはり反応して視線や手を振ってしまう艦娘がいた。夕立である。顧問の教師たちが入ってくるまで20分少々時間があったが、単なる打ち合わせで意見を交わし合うのに早々に飽きてしまっていた彼女は後半数分で意見を出さなくなり、席を立ってフラフラしたり、弄りやすそうな雰囲気を出していた五月雨の髪を後ろから掴んでワシワシして半泣きにさせたりしていた。そうしているうちに入ってきた顧問の教師、自分たちの学校の先生である黒崎理沙を見つけた夕立はその照準を変える。
「あ~!黒崎せんせー!あたしの活躍見といてねー!バリバリ活躍できるっぽい!」
「フフ……はいはい。見てますからね。」
 あっけらかんと振る舞って手を振る夕立に理沙は眉を下げた微笑を浮かべながら手を振り返した。

「光主さーん、内田さーん、神先さーん!先生見てますからねぇ!○○高代表として恥ずかしくない姿を見せてねー!」
 そう叫んで手を振り出したのは生徒ではなく、教師である阿賀奈だ。
((あんたのほうが恥ずかしいんだよ))
 那珂たち三人はそう心の中で思って頭を悩ますのだった。

--

 生徒側、教師側で一部騒がしい存在がいるも、打ち合わせの議長として那珂が改めて音頭を取りはじめたため、打ち合わせの流れは滞りない流れを見せる。
「さて、ここまでで出た案を確認します。時雨ちゃん、読み上げてくれるかな?」
「はい。砲撃訓練、雷撃訓練、実弾とバリアを使った対人の砲撃訓練、砲雷撃の総合訓練、偵察機を使った対空訓練、偵察・索敵の訓練、負傷時の対処の訓練、航行訓練、回避訓練、夜間訓練。えーっと……ベニヤ板かビニールを被って深海棲艦の格好を真似たやつと戦う模擬戦闘。普通の模擬戦闘・演習試合、基礎体力づくり、と、ここまでです。」
「結構たくさん出ましたねぇ~。あたしは夜間訓練したいけど。」
「あたしもあたしもー!」
 川内が言うと夕立も真似して乗り出すのはもはや那珂たちにとって当たり前の流れになっていたので誰も気にしない。
「えぇと。どれも大事な訓練内容だと思うね。どーしよーかなぁ。」

 那珂は挙げられた訓練の中で何をしたいか一人ひとりに尋ね始める。最後の一人の手前で那珂は不知火に尋ねる。
「それじゃあ次に不知火ちゃん。」
 数秒の間の後不知火が喋り始めた。
「はい。対空訓練と回避訓練が。けど、皆バラバラにやりたい訓練を言い出しても。意味ない。」
 自分の要望を言いつつも踏みとどまる不知火。那珂は彼女の言葉を最後まで聞いてウンウンと頷く。
「お?そっかそっか。うん、鋭くて良い意見だね。じゃあ最後に秘書艦の五月雨ちゃん、どーしたいですか?」
「わ、私ですかぁ?」
 一人だけ立っていた那珂は右掌を上に向けて五月雨を指し示す。示された五月雨は背筋をピンと伸ばした。
「えぇと、あの~。私個人としては負傷時の訓練とか回避訓練とかやりたいんですけどぉ~、私は不知火ちゃんと同じ気持ちがあるんです。じゃあだからどうするのって言われたら……うーん、えーと。うまく言えないです!ゴメンなさい!」
 那珂は指し示す手のひらの先で見るからに慌てふためいてキョロキョロしている五月雨の意見に耳を済ませた。
 不知火といい五月雨といい、その実やはり古参であるだけに秘めたる鋭い感覚があるのか、そのセリフの一部に垣間見せる。那珂は二人の的確な考えを逃さない。
「うんうん。そーだよねぇ。みんなやりたいことあるよねぇ。あたしはね、偵察と回避かな。でも、不知火ちゃんと五月雨ちゃんの考えが正解かなって思うの。確かにあたしたちが皆やりたいことてんでバラバラに言っていっても収拾つかなくなるかなぁって。だから、あたしの考えでは、まずは皆に今出た訓練の案を全員やってもらおっかなって思います。」
「えぇ~~!それじゃー皆に意見聞いた意味ないじゃないっすか!」

--

 那珂の言い振りを素早く非難したのは川内だ。
「うんゴメンね。でも皆の声を聞きたいのは確かだったから。それでね……」
 そう一言言って那珂は川内をなだめようとする。しかし川内は何かが引っかかったのか先輩である那珂のセリフの途中で食いついてきた。
「大体あたしたちがやりたい訓練って言ってるのに、なんで全員で全部の訓練やる必要あるんですか?非効率じゃないですか!あたしたちが要望出した訓練をやらせてくださいよ!」
「川内ちゃん落ち着いて。」
「いいや!あたしは納得出来ないね! あたしがやりたいのは砲雷撃の総合訓練と夜間訓練。あたしはこれだけでいい!」
 顔をみるみる赤くして那珂に食らいつく川内。怒気を纏い始めた勢いの口ぶりに那珂は努めて冷静に見つめる。隣の席に座っていた神通は初めて見る同期の少女の激怒する姿になだめようと出しかけた手を引っ込めて泣きそうな顔をしている。川内と気の合う夕立もその様子に当てられて、普段の明るい無邪気な振る舞いを完全に潜めて不安げな顔で見つめるしかないほどだ。当然他のメンツも驚きのあまり目を白黒させている。
「川内ちゃん、それは我儘だよ。あなたと神通ちゃんは訓練を終えたばかりなんだっていうことを自覚してほしいな。だから……
「だから! あたしは自分がイケるって思えることを訓練したいんですよ!あたしは長所を伸ばしたいんです。RPGとかだって変に全パラメータにポイント割り振って万能キャラにしたって結局役に立たないで他のキャラに埋もれることがあるんですよ!?」
 川内は自身の考えを身近なゲームでの例を交えて必死に訴える。

 立ち上がって言い争う那珂と川内の様子を提督・妙高と三人の教師が見守る。しかしその険悪な雰囲気に耐えられない阿賀奈が不安で心臓をバクバクさせて提督にささやくように言った。
「あ、あの~提督さん?あの二人を止めないといけないんじゃないですかぁ?」
「いや。ここはもう少し見守りましょう。」
 そう淡白に言い放つ提督に同意したのは理沙と桂子だった。二人は阿賀奈とは異なり極めて落ち着いた様子で目の前の少女たちの議論から視線を外さない。
「わ、私も、そう思います。」
「そうだn……ですわね。わたくし達大人が子供を叱るのは、彼ら彼女たちが道を誤ったり、危険な事をしでかすギリギリ2~3歩手前が最も効果的ですわ。」
「え、えぇ……?」
 他校とはいえ同じ教師である二人の声に阿賀奈おろおろするしかなかったが、やがて気持ちを落ち着けたのか、三人と同じように生徒たちに視線を戻した。

 那珂は目を瞑りながらため息をついて川内に向かって問うた。
「それじゃあ川内ちゃんはこの前やられた時のこと、どー思ってる?」
「え!?どうって……。」
 先輩からの質問に怪訝な顔をして川内は俯く。視線は机の上の自分の手に向いていた。那珂が言っている意味がわからない。川内は数秒黙った。
 那珂はもう一度問う。語気に苛立ちが混じっている。
「あなたはこの前2回も深海棲艦にしてやられて、何か思うことはなかったかって訊いてるの。答えて。」
「な、何って。次はそうならないように先に倒してやる。そー思います。だからその時と同じシチュで砲雷撃の訓練をするだけですよ。」
「そう。川内ちゃんに取ってそれ以外はどうでもいいんだ?」
「そうは言ってないじゃないですか!それにやられる前に倒せ的なこと言ったのは那珂さんや明石さんたちじゃないですか!?攻撃は最大の防御なりですよ。だからあたしは優先度をそう割り振っただけのことです。」
「他の子はともかく、あなたたちはそれじゃダメ。半人前だということを自覚して!」
「この前提督が認めてくれたじゃん!あたしと神通はもう一人前だっつうの!同じ立場になったならあたしたちの意見を尊重してよ!!」
 バン!と川内が机を強く叩く。
「提督が認めても少なくともあたしや五十鈴ちゃんの中では認めたつもりは正直ないの! 二人の声はちゃんと聞くよ? でも……川内ちゃんの好きなゲーム的に言えば、まだ二人にはレベルが足りないの。だから全ての能力を等しく上げる必要があるんだよ。」
 そのまま川内に合わせて怒りを纏ってはまずいと察し、那珂は途中で呼吸を整えて冷静に言葉を選びながら必死に怒気を抑えて口を動かす。
「じゃああたしはどーすればいいんですか!?せっかく基本訓練を終えて提督に一人前の艦娘に認めてもらったのに、かたや先輩には認めてもらえないなんて。あたしは自由にやりたいんですよ。その結果強くなってみんなの役に立てればそれでいい!!」
「それじゃあ集団行動の意味がないでしょ!! ここは学校と違うんだよ!?学生生活よりも一層集団行動の意義が問われるの。自由に振る舞いたいならあたし以上に強くなってからにしなさい!!」
 那珂が、誰にも見せたことのない激しい怒りを伴い川内を叱りつける。那珂のその言い方に川内は頭の中で何かがブチリと切れる感覚を覚えた。
「……じゃあ、あたしが那珂さんをぶちのめしたら、自由にさせてくれるんだよね?」
 ゆっくりとした口調でドスの利いた声で薄ら笑いを浮かべながら川内がそう口にする。
 側で聞いていた神通はブルっと震えた。今まで見たことがない、川内こと内田流留のおそらく素の一部。なんとなく仲良くなって親友になれたかもと思っていた目の前の少女の現在の様子に神通は恐怖すら覚えている。
 周りの様子を気にせず那珂と川内の口論は続く。冷静にと自分に言い聞かせておきながら、那珂はうっかり流れを川内に合わせてしまった。
「……いいよ。」
「じゃあ勝負です。あたしと神通が那珂さんに勝てたら、今後の訓練はあたし……たちが望んだことを好きなタイミングでやらせてよ。」
 承諾の言葉を出す前に那珂は深呼吸をする。二人とも脇にいた神通の「え、私も?」という仰天の声に耳を傾ける余裕がない。
「……その勝負、受けて立つよ。あたしが勝ったら、川内ちゃんには今後あたしが認めるまでは絶対文句は言わせないからね。あたしや皆が決めたことに黙って取り組んでもらいます。いいね?」
「望むところだ。絶対勝って自由にさせてもらうわ。」
 川内の口調には、普段なるべく意識していた敬語が消えてなくなっていた。

--

 打ち合わせは慮外な方向に進んだため、本来の流れは一旦中断された。怒りと興奮で顔を真赤にした川内は那珂からひとまずの約束を取り付けると、居ても立ってもいられなくなったのか待機室を飛び出して駆けていった。しかし那珂も神通も他の艦娘も誰も追いかけようとしない。

「皆様、お見苦しいところをお見せしてしまいすみませんでした。川内はあたしの後輩で、やる気も勢いも素質もあると思っているのですが、その勢いをあたしが制御しきれないのは事実です。本当でしたら、あの娘にはこう言ってなだめて議論を展開させる予定でした。」

 そうして語りだした那珂の説明を押し黙って聞く二人の教師と提督ら。それは五月雨は以前、その言葉は異なるも聞いたことのある内容だった。
 那珂が打ち明け終わると、すぐに反応を示したのは五月雨だった。
「そ、そうだったんですか。私たちの……。」
「確かに、僕達が何を得意として何を苦手とするのかは、全部を一通り行ってみないとわかりませんね。」
「学校の体力測定みたいなものよねぇ。」
 続いて時雨が感想を言い、村雨が例えを交えて言う。その例に那珂たちは頷いて認識を深めあう。一方の夕立は身体をぶるっと震わせてから口を開いた。
「川内さん、怖いっぽい。あたしは川内さんみたいに焦らないようにしたいな。」
「ゆうも苦手なところわかって不安をなくしておきたいよね?」
 時雨がそう尋ねるとさすがの夕立もコクコクと素早く連続して頷いて肯定する。

 言い終わると、那珂は視線を阿賀奈に向けて懇願する。
「すみません、四ツ原先生。せんだ……流留ちゃんをお願いします。」
「わ、わかったわ。これも顧問の役目ですもんね?先生に任せなさい!」
 ハァ……と深くため息をついて言う那珂の言葉に阿賀奈は気持ちを察したのか、戸惑いを僅かに見せながらもコクコクと頷き快い返事をして待機室を出て行った。

 自身の学校の顧問がいなくなり自校の関係者が神通だけになったので那珂は再びため息をつく。気持ちを落ち着けると、タイミングを見計らったのか提督が尋ねてきた。
「それで那珂。君はこの後本当にどうするつもりだい?」
「うん。とりあえずホントーの流れを始める前に、叩きのめしてでも 川内ちゃん従わせるよ。出だしからバラバラにしたら意味ないし。」
「そうか。すまなかった。」
「え?なんで提督が謝るのさ!?」
 突然頭を下げて謝罪してきた提督に驚く那珂。
「いやさ。俺が焦ってデモ戦闘なし判定省略で二人の訓練を強引に終わらせたからこうなってしまったんだし。あの時川内が言った文句は正しかったなって今反省してるよ。」
「ううん。気にしないで。想定とは違う流れになるけどこれで川内ちゃんの訓練を締めくくれる勝負になるのなら結果オーライだし。それに今回は先生方っていう別の目があるから、より効果的だと思うの。」
「ありがとう。那珂がいてくれて本当に助かったよ。」
 何気ない感謝の言葉に、那珂は頬の緩みに耐えて感情を押しとどめ、提督に向かって無言の笑顔で反応を返した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?