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同調率99%の少女(23) :哨戒任務、再び

# 9 哨戒任務、再び

 明石と一緒に艤装を収納している施設に行き、各自の艤装を装備して川内たちは早速自衛隊堤防から海へと降り立った。
 事前に、この日の哨戒任務にあたる神奈川第一の艦娘の旗艦に、川内達が増員メンバーとして参加することが伝えられていた。そのため川内は自衛隊堤防を離れてほどなくして旗艦と出会った。

「よう。あんたらが隣の鎮守府のやつらかい? あれ、あんたどっかで見た気がするな。」
「ど、ども。」
 川内は彼の人と初めて会ったときの嫌な緊張感を思い出した。一切喋っていなかったので実質的には面識はないと言っても過言ではないその人。
「あ~、思い出した。那珂さんや五十鈴さんと一緒にいたヤツだよな?」
「軽巡洋艦川内です。そういうあなたは天龍さんっすよね?」
「おぉそうだよ。んーっと、後ろのやつらも知ってるけどまぁいいわ。うちのやつらをあっちのブイの傍で待たせてるから、詳しくは集まって話すぞ、いいな?」
「は、はい。」
 川内が妙におとなしくなったので、夕立始め他のメンツも川内に従い、おとなしく返事をした。

 指定されたブイまで天龍に連れられて行くと、そこには見知った顔が三人いた。
「あ、昨日の!」
 顔が見える位置まで近づくと、雷が真っ先に反応した。続いて綾波と敷波が会釈をして挨拶をしてきた。川内たちが一気に気持ちを明るくして同じく挨拶を返すと、天龍が一通り全員を見渡してコホンと咳払いをし、音頭を取って説明を始めた。

「これで全員だな。あたしらは午前中から海中探知機のあるブイに沿ってずっと巡回していたんだ。うちのメンバーはこの6人さ。」
 天龍はそう言って自分の艦隊のメンバーをざっと紹介した。
 軽巡洋艦天龍
 軽巡洋艦龍田
 駆逐艦雷
 駆逐艦綾波
 駆逐艦敷波
 水上機母艦日進

「ホントは暁って駆逐艦が入る予定だったんだけど、外すってパ……提督から連絡あって、水母の日進さんを急遽入れた編成なんだ。まぁ偵察とか監視とかやりやすくなったから助かったけど。昨日何かあったの?」
 一瞬にして気まずさを覚えた川内は、黙っていられず正直に言おうと口を開きかけた。しかしそれを雷に制止された。
「実は、あたs
「あ~!えー! 千葉第二の娘たちとは関係ないところで何かあったから全然知らないハズよ。それよりも天龍ちゃん、早く任務に戻りましょうよ! ホラ龍田ちゃんもそう思ってるわ、ね?」
 同意を求められた龍田は一切口を開かずにコクリと頷く。綾波と敷波はというとアタフタと明らかにバレそうな態度をし、唯一まったく関係ない日進はポカーンとしているのみである。
 それを見て天龍は首を傾げるが、興味を持続させる気はないのか、雷の言に素直に納得を見せて話を続けることにした。
 口を滑らそうとした川内は雷から諫言目的のウィンクを投げかけられ、ひとまず空気を読んで黙ることにした。

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「事情は聞いている。東京湾の各所で深海棲艦の出没が急に増えたらしいじゃねぇか。午前は特にこのへんでそういう気配はなかったから、多分こっちのほうはまだ大丈夫なんだと思う。けどこれからの夕方にかけてが不安なところだな、うん。ここまでで何か意見は?」
 天龍が一同に視線を送って確認すると、神奈川第一の艦娘たちは黙って頷く。それを見た川内たちは一瞬天龍と視線を合わせた後、すぐに真似をしてコクコクと頷いて相槌を打った。
「でだ。人数も倍に増えたし、哨戒の範囲を広げようと思う。あたしとしてはあんたら千葉のやつらには海中探知機のブイ周辺を警備してもらって、あたしたちは外洋、もうちょっと外側を回ってみようと思う。日進さんは綾波・敷波を従えて、南向きに回ってくれ。偵察機もガンガン使ってくれよな。あたしと龍田と雷は北向きに回るよ。」
「あ、あたしたちの回るルートとか細かい流れはどうすればいいんすか?」
「ん~? そっちは任せる。旗艦はあんたなんだろ?」
 天龍の投げやり気味な指示に川内は恐々と戸惑いながら尋ねる。
「そうです。けど、あたし新人なんすけどいいんですかね?」
「は? 何言ってんのお前? 一回でも戦場出てんだろ、んなの関係ねぇよ。自分の役割ちゃんと意識して考えてやれよ。新人だからとか甘えて言い訳すんな。」
 急に声を荒げて川内を叱る天龍。カチンと頭にきたが、よくよく考えると確かに甘えと捉えられても仕方ない。
 川内の弱気な返しには意味がある。どうしても昨日の暁のことが思い出して頭から離れない川内は再び事情を言うべく口を開いた。
「いやーでも、うちらがもし何かしくじったら、そちらが責任取らされるんでしょ?」
 すると雷たちは苦々しい顔をして目を反らし始める。天龍は疑念を再発させて脅すようにゆっくりとした口調で確認する。
「あ? なんでうちのその運用のこと知ってんの? おい、雷お前何か知ってんな?」
「え? あ、えと……天龍ちゃん、運用規則のことわかるでしょ?だったら……」
「うるせぇ。第三者が口出すなとか関係ない、教えな。もしかして暁が妙に悄気げてたのと関係あるんだな?」
 天龍がそう察して口に出すと、さらに気まずそうに雷たちは態度を変えて小さくなった。
 そして天龍の詰問の矛先は川内に向いた。
「おい川内って言ったな。お前暁に何かしたのか? あの責任の運用が関わってるとなれば、さすがのあたしも察しがつくぞ。言え。」
 川内は制服の胸元のタイの結び目を掴まれて引き寄せられる。かねてから自分が悪いと感じて収まらなかったために、なすがままの川内は眉を下げて悔し泣き顔を作り、謝りながらすべてをぶちまけた。

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 川内が一通り説明し終わると、天龍は睨みを利かせるのをやめ、川内の制服から手を離した。
 そして深い溜め息を吐いてから川内に言葉をぶつけた。
「そっか。そういうことだったのか。だったら二人とも悪い。少なくともあたしだったら、提督の決め事なんて無視してその場で二人とも叱り飛ばす。で、暁をひっぱたいて川内、あんたもぶん殴る。二人とも夜間の出撃を舐めすぎだぞバカ。」
「う……やっぱ、ですかねぇ~。」
「でも、あたしはお前みたいな勢いのヤツ、嫌いじゃないぜ。」
「へっ!?」
 突然天龍が感情の方向性が異なる言葉を発したことに川内は驚いて顔を見上げる。身長的にはほとんど変わらないか川内のほうがわずかに高かったが、叱られていて川内は頭を垂らし悄気げていたため、多少の身長差が発生している。
「さすが那珂さんの後輩だけあるな。面白い素質ありそうだわ。あんたはちゃんと規則とか覚えた上で暴れるようになれば、きっと良い艦娘になれるぜ。うちの川内さんより話通じそうだし。」
「そ、そうですかね……?」
 川内の性格が天龍の琴線に触れたのか、天龍は口厳しく川内を叱った後、肩をバシバシと叩いて励ました。
「それにしても、暁の変なこまっしゃくれぶり面白かったろ?」
「え、えぇまあ。からかいやすいってのはあったかもしれないっす。」
 川内が控えめに言葉を返すと、天龍はガハハと豪快に笑いながら、今この場にいない人物に対して評価を述べる。それを当該人物の親友たる雷に確認させ、その場の雰囲気を緊張感あるものから氷解させて賑やかした。
 川内の傍で黙って様子を窺っていた時雨たちはキモを冷やしていたが、様子が一気に明るくなったことにホッと安堵の表情を浮かべた。それは雷や綾波たちも同様だった。

「うんまあ、あんたの事情はなんとなくわかったよ。でも今回の哨戒任務では抑えてくれ。切り替えをきっちりとな。」
「はい。わかりました。」
「一応言っておくと、今回はあたしが責任代理者だ。あたしだってパパ……提督に他人のヘマのために叱られたくはないからさ。何か見つけても勝手に行動しないで必ずあたしに連絡してくれ。」
 今度こそ余計な失態をしたくない。川内は心に強く誓って強く返事をした。
 暁はこの場にいないので未だ自身の反省の念は溜まったままだが、天龍という、先輩那珂と親しい人物から一定の評価をもらえたことは川内に気持ちの引け目を無くさせ、心を前向きにさせた。

 川内は思わぬ形で天龍と意気投合に近い距離に縮めることができ、やる気を充填した。天龍たちが先に動いて離れると、鎮守府Aのメンツに向き直して音頭を取った。
「よし、あたしたちも行こう。」
「どういうルートで回りますか?」
 時雨が質問すると、川内は数秒思案した後、答えた。
「そうだね。うーんと、天龍さんたちみたいに二手に分かれよう。それで北と南でぐるりと。どうかな?」
 時雨を始めとし、全員が快い返事をしたので川内は頷き返す。メンバーは川内・村雨、そして時雨・夕立・不知火のチーム分けとした。二つのチームは早速分かれ、海域の巡回を始めた。

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 巡回が始まって以降、川内はずっとおとなしく前進していた。妙な違和感があった村雨は、後ろから背中越しに川内に話しかけた。
「あの~、川内さん? どうかされたんですかぁ?」
「ふぇっ!?いや。何もないけど……どうしてさ!?」
 急な質問をされて川内は慌てふためく。
 村雨から見て、やはり何かおかしいと気づくのは容易いことだった。誤解であればそれにこしたことはないが、今まで川内に対して感じていた溌剌さがまったくにじみ出てこない。川内とそれほど親しくなったわけではないが、村雨自身としては自然な観察を欠かさない。自分なりによく見て観察していたから、川内に対してもそれとなく気付ける。

「川内さん……。いつもならゲームや漫画に絡めて案をおっしゃったり、だらけてあくびでもしてますよね?」
 自身の行動パターンをチクリと指摘してきた村雨に、川内は顔を近づけて抗議する。
「うおぉい!? 村雨ちゃーん、あたしのことどう見てたのさぁ!? あたしだって真面目に任務こなすよ?」
「え~、でもぉ~。」
 村雨が、自身が見ていた普段の川内を伝えると、川内は苦笑するしかなかった。
「あ、アハハ。村雨ちゃん、人のことすっげぇ見てるね。あたしいつそんなに観察されてたんだろう。こえーよ村雨ちゃんってば。」
「ウフフ。それは褒め言葉として受け取っておきますねぇ。」
「なんか神通以外に隠せない娘ができてつらいな~。まぁいいや。」

 気が抜けた川内は、口が軽くなっていた。それに呼応して村雨も問い詰めの手(口)を強める。
「それでぇ、本当にどうなさったんですか? ……もしかして、昨日のことが気になって?」
 その指摘を聞いた瞬間、川内は「う」という一言の唸りとともに上半身をやや仰け反らせて悄気げてとうとう白状した。
「まぁ……ね。昨日のあんなの見せられちゃったらさぁ。あたしはさ、自由気ままにやりたい、縛られたくない。だけど、あたしを見守ってくれてる人に迷惑かかってるってわかったなら、それを押してまでしようとは思わないんだ。それくらいのブレーキは持ってるつもりだよ。」
「私が言うのもなんですけど、あまり気になさらないでいいと思いますけどね。」
「あぁうん。そう言ってくれるのはありがたいんだけど、一度気にしだすと……なんていうのかなぁ。嫌な思いって、結構心のなかに残ったりするじゃん。良いこと楽しいことははすーぐ忘れちゃうのにさ。前に那珂さんを怒らせちゃったときもそう。あの人はその後ケロッと忘れた素振りあったけど、あたし的には結構心の中で引っ張ってたんだよね。まぁあたしがワガママ言ったから自業自得といえばそうなんだけどさ。」

 村雨は黙って川内の言を聞いている。
「昨日のさ、神奈川第一の事情を聞いて、さすがのあたしも普段通り振る舞うのはまずいって察したのよ。でもだからどうすればいいのかがわかんない。」
「……で、悩んだ末にああいう棒立ちでの移動なんですねぇ。」
 正解の指摘に川内はコクコクと勢い良く頷く。
「何もそこまで極端にしないでも、普段通りにすればいいんじゃないですか? 今この場では誰も見ていないんですし。」
「いや、村雨ちゃんがいるじゃん。」
「な……私は告げ口とかしませんよぉ!」
 普段の立ち居振る舞いに似合わず頬を膨らませ、途端にプリプリと立腹する村雨。川内はなだめながら話を進めるべく白状した。
「ゴメンゴメン。冗談だってば。誰ってわけでもなくなんとなく周りが気になってくるの。だから自然とああなっちゃったのかもしれない。」
「はぁ……。いいですかぁ川内さん。逆に周りの人が気にしちゃってみんなの調子を狂わせるときもあるんですよぉ。だ~か~ら、なるべく意識して普段通りにしてください。いいですかぁ?」
「お、おぅ。了解。」
(なんであたしは年下に説教されてるんだ……)

 川内は何か釈然としないながらも、逆らえない妙な気迫を感じたため、村雨の言に何度も頷いて従順な姿勢を見せておいた。

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 村雨との会話以降、川内はしきりにキョロキョロと周囲を見渡したり、時々スマートウォッチで方角やソナーを確認するようになった。時々グローブカバーの主砲の角度を調整して構えて撃つフリをするその様は、普段の川内らしさをようやく表していた。
 それを見て村雨は少し安心感を得るが、その極端っぷりに、この人のことだから逆に慎重さや警戒能力が落ちてしまわないかと気が気でない部分もあった。そのため、手放しで全面的に喜べるわけではなかった。

 ただ、そんな二人の警戒体勢とは裏腹に、なんら問題を見つけることなく時間だけがただ流れていった。川内は定期報告を天龍に入れ、相手からも同じく報告を受け情報を共有しあう。状況は、夕立たち別働隊メンバーも、さらに天龍らとしても同様だったことを知った。
 1時間ほど経ち、集合した川内と天龍たちは、改めて報告しあった。
「相変わらず発見できずじまいだ。そっちは?」
「こっちもです。ぜーんぜん見当たりません。まぁそれが普通なんすよね?」
 川内は肩をすくめてため息を吐き、あっけなく感じた気持ちを吐き出す。天龍も同じような仕草で続けた。
「まぁな。けど事情が事情だからな。この辺でも発見してもいい気がするけどな。とりあえずこの時点までの報告はあたしの方から送っておくから、みんなは引き続き回ってくれ。いいな?」
 天龍の指示に川内たちは返事をし、再び巡回ルートに戻った。

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 8月も末に近づいた残暑の季節。気がつくと17時をすでに過ぎ、辺りは朱に染まった空のみ視界に飛び込んでくる。海上は傾いた太陽の光を反射して赤みがかった色に変えている。川内たちが陸地に視線を向けると、わずかではあるがポツポツと灯りが見えるようになっていた。
 気分的には早く帰宅したい気持ちでいっぱいである川内は村雨と普段の生活を混じえた雑談をしながら警備していた。

 村雨は若干辟易していたが、相槌を適当に打って、川内のトークショーばりのおしゃべりの独壇場をやりすごした。
 正直言って、川内の男子寄りの趣味話には興味が持てない。年頃の(ませた)女子中学生である村雨こと村木真純の、流行の最先端をゆく女子中学生の趣味とは肌が合わないのだ。
 村雨としては川内の女子高校生としての恋愛話に期待してみたが、それは結果として無駄な期待だった。川内および那珂たちの高校の事情を知らぬ村雨がそのあたりの川内の心境に気がつくはずもなく、その方面の話題出しでは川内を見限ることにした。

「ねぇ川内さぁん。それよりも、那珂さんや神通さんの恋愛周りってご存知ですかぁ?」
「え~、あの二人?」
 川内はせっかくノっていた趣味話を中断されて戸惑いながら振り向くと、村雨はコクコクと勢い良く頷き、期待の眼差しを見せている。
「いや……あの二人のそういうことは知らないわ。ゴメンね。」
「そ~~~ですかぁ~~。はぁ。じゃあもういいです。それよりもぉ、そろそろ戻りませんかぁ? もうだんだん暗くなってきましたし。」
「うん、そうだね。特に異常なしってことで連絡するよ。さっさと終えて遊びに行こう!」
「はぁい!!」

 川内の帰りたい気持ちは村雨にすぐに伝播し賛同に変わる。川内が連絡をすると、天龍からは戻ってこいとの指示が入ったので、二人は踵を返して指定の海上のポイントまで戻ることにした。

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 その後、結局天龍たち、時雨たちも、改めて深海棲艦を目にすることは叶わなかった。それならそれで良いことだと天龍も川内も認識を一致させたため、帰投の意欲を固めた。
 天龍が村瀬提督に指示を仰ぐと、帰投命令が下されたため、全員安心して帰路についた。
 その頃になると辺りはさらに染まり、夜の帳が落ち始めていた。帰る道すがら、川内と夕立は出撃があと数時間遅ければ活躍できたのにとささやかに愚痴り合うのだった。

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 川内たちが館山基地に戻り、すでに到着して久しい村瀬提督・鎮守府Aの妙高と話をし始めたのは、17時を数十分過ぎた頃だった。
 この頃になると、観艦式に参加していたメンバーも全員帰投しており、そのメンバーはイベント全体の報告会が終わった後、休憩用の会議室でくつろいでいた。川内たちとは別の部屋だったため、実際に会えるのは宿へ足を運ぶ途中か待ち合わせ場所など様々だ。
 ただ今回この時は日中の東京湾の問題があったため、村瀬提督と妙高はそれぞれ自身の鎮守府の艦娘を呼び寄せひとまとめにして、改めて説明をした。
 なお、その場には情報共有のため海自のメンバーも数人出席した。

「那珂さ~ん!五月雨ちゃん!」
 川内と夕立らが那珂の姿を見つけて嬉々として駆け寄ると、那珂たちもまた手をブンブンと振りながら川内たちのほうへと駆け寄ってきた。
「川内ちゃん!みんなぁ!」
「ますみちゃーん、みんなー!」

「さみ、お疲れ様ぁ~。」
「さみ、ごくろーだったなっぽい!!」
「お疲れ様、さみ。僕たちイベントを見られなかったから、あとでテレビとか録画で見させてもらうね。」

 親友から思い思いの言葉を受けた五月雨は那珂を顔を見合わせ、照れつつも笑顔で返事をした。那珂はそれを微笑ましく視界に収めた後、川内にそっと寄って小さな声で話した。
「そっちの状況教えて。」
「え? 那珂さん達もう聞いたんですか?」
「ううん。妙高さんと村瀬提督からは、話があるから全員集合としか聞いてないの。けど、あたしの想像ではそっちの哨戒任務で何かあったのかなぁって。どう?」
 那珂の問いかけに川内は口をゆっくりとつぐみ、真一文字にしながらコクンと頷いた。その表情は数々の思いを胸にしていたために複雑なものだった。
 那珂はすべてがすべて把握できたわけではないが、何かあったのだろうという程度に察し、川内に簡単な説明を求めた。
「あたしも聞いて慌てたり焦ったり興奮したりしていたんで内容怪しいかもですけど、東京湾で深海棲艦が出たらしいです。」
「……そりゃこのご時世見かけるでしょ。もっとちゃんと教えて。」
「あぁ、すみません。いつもの数倍多いって言ってました。」
「え……?」
 その追加の一言だけで、那珂は胸騒ぎを覚えるのに十分だった。しかし自身には今回、その原因となりえそうな事象を想像するだけの経験が足りない。どちらかといえば、川内のほうが今回は経験者だ。そう判断して、那珂は一言だけアドバイスをして、この後の打ち合わせに臨ませることにした。
「今回は、川内ちゃんが頼りだから、昨日のことなんて気にせず、アピールして活躍してね。あたしはそれをサポートしてあげるから。」
「へ? あ、あぁ、はい。」
 那珂はそう言って駆逐艦たちの方に戻った。残された川内は、先輩が言ったことの意味がわからず、ただ口を半開きにして呆けるだけだった。

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 村瀬提督の口から、その日、観艦式の裏で展開されていた事実が語られた。その内容に艦娘達はそれぞれ異なる反応を示す。
「18時の時点で緊急の目撃情報はゼロ。鎮守府に残してきた司令部から連絡を受けている。明日までは我々が戻らずともよいとひとまず判断した。うちの各所の警戒態勢は、出撃していたメンバーを割り振って人数を一時的に増員させて引き続き強化中。それからそちらの鎮守府から協力してもらっていた艦娘には協力体制は終いとして解放させました。あとは我々で人を割いて対応することを西脇君にも伝えてあります。」
「それでは……事態は収拾したということで、よろしいのですね?」
 妙高が心配げにそう尋ねると、村瀬提督はゆっくりと首を縦に動かした。妙高は胸に手を当ててホッと安堵の息を吐く。
「このことは海自と海上保安本部の第三管区各事務所にも通達済みだ。以後の館山周辺の警戒態勢は海自の指示に従って行うことになっているから、念のため明日の最終日まで一切気を抜かないように。」
 村瀬提督の言葉に艦娘たちは声を揃えて返事をした。那珂たちもまた同様に声を出して意識を合わせた。

 その後、館山基地司令部からは、艦娘を出動させない通常レベルの警戒態勢が取られた。前日と日中に、艦娘により地元館山守られてしまいやきもきしていた司令部は、せめてこの時間以降は自分たちの手で使命を果たしたいとプライドを賭けて動いていた。
 おかげで艦娘たちはある報告が来るまで、館山基地の中で下知がいつあるのかもどかしい気持ちで待機し、何もしない時間を費やしていた。

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 神奈川第一鎮守府の艦娘たちは打ち合わせがあった会議室および本部庁舎に残る者もいたが、一部はホテルに戻っていた。那珂たちは妙高と明石の指示で、全員がそのまま残っていた。
 いつまで続くのか、そう辟易していた那珂と川内、そして他の艦娘たち。そんな空気を破ったのは、会議室のドアを開けて声を荒げて報告してきたとある海尉だった。
「村瀬支局長および妙高支局長代理に申し上げます。今から15分ほど前の1845、安房勝山沖の浮島の西部海域で、艦娘二人が深海棲艦と交戦開始と通信がありました! 所属コードによると、千葉第二とのこと!」

 那珂の胸が、燻られるようにゾワゾワとざわめき出した。

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