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同調率99%の少女(20) :那珂 VS 川内・神通

--- 8 那珂 VS 川内・神通

 先に演習用プールに来ていた川内と神通は準備運動をした後、訓練用の砲弾エネルギーすら込めない空砲状態で組手よろしく砲撃の訓練をしていた。
 那珂との演習試合まではあと30分近くある。昼食を抜いて二人とも来ていたため腹がどちらからともなしに鳴る。が、そんなことは気にしていられない。自分らに対して牙を向いて襲いかかってくる那珂の戦闘スタイルが全くわからないため、二人はとにかく基本訓練通りに砲撃を繰り返す。
 なお、今回は那珂たっての希望で、演習用プールのもう半分も開放し、約2倍の広さのプールを使えることになった。その半分とは、未だその艦種の艦娘がいないために遊ばせ放題であった空母艦娘用の訓練施設内にあたるプールの領域だ。
 その広さの恩恵からか、訓練用の魚雷も使用可能になっていた。が、二人とも深海棲艦ではなく艦娘相手に果たして魚雷をどうして効果的に活用できようかと、悩んでいた。

「一応雷撃はしていいことになってるけど……那珂さんというか艦娘相手だと絶対命中しなさそうだよね。どうする?」
「……あまり慣れていないことはしたく……ありません。無難に砲撃だけでいきませんか?」
「うん、そうだね。まぁその状況に応じてなんとかしてみよ。」
 不慣れなことをしてヘマをしでかしたくない二人は意見を一致させ頷き合う。

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 やがてプールサイドに人が集まってきた。メンツは各校の教師と艦娘たち、そして提督である。
 那珂は見学者とは異なり、演習用水路を通ってプールへと入ってきた。

「やっほ、二人共。準備はおっけぃかなぁ?」
「はい。いつでも。」
「(コクリ)」

 二人の同意を得た那珂は一旦プールサイドに近寄って声高らかに見学者に伝えた。
「それではおまたせしました。本来であれば全員で揃って各訓練を一通りこなしていき、先生方に艦娘の基本の能力を認知していただくつもりでしたが、予定を変更し、ここにおります新人二人の最終試験を行います。最後までお付き合いいただけますよう、よろしくお願い致します。さ、二人とも挨拶と意気込み。元気良くね?」
 那珂に促された川内は那珂と同じ位置にまでプールサイドに近づいた。続いて神通がその後ろを位置取る。

「え~、軽巡洋艦川内やってます、○○高校一年、内田流留です。今回は頑張って那珂さんにアタックしてみせるので、見ててください。よろしく!」
 川内が言い終わった後、続けて言おうとした神通だが、川内の一歩左後ろにいたことを気にかけた那珂に背中を押される。彼女は川内と同じ列に立った。
「あ、あの。軽巡洋艦神通担当、○○高校一年生、神先幸です。川内さんの同期として、那珂さんの後輩として恥ずかしくないよう私も……戦います。よろしくお願い致します。」
 プールサイドの庇の下からパチパチと拍手の音が拡散する。その音を励ましではなく純粋なプレッシャーの元として捉えた神通は胸を抑えてやや乱れた深呼吸をする。一方の川内は至って平気な様子で両腕を掲げて庇の下にいる人々に手を振る。
 二人のそれぞれの様子を見ていた那珂は手をパンパンと叩いて二人の視線を自分に向けさせた。
「さて二人とも。簡単に説明しておきます。」
「「はい。」」
「全体的な審判は明石さんに頼みました。それから戦闘の細かいところを判定したり解説する実質的な審判は五十鈴ちゃんに頼んだから。二人の判定をよく聞き入れて従ってね。」
 那珂がそう言い始めると、明石と五十鈴の二人は庇から出てプールの縁のギリギリまで近寄ってきた。

「二人とも、よろしくね。私詳しい事情聞いてないんですけど、急にデモ戦闘したいって本当なの?」
 本当に事情を知らない明石がふと尋ねると、一番気まずそうにする川内、その次に気まずい表情をほのかに浮かべる五十鈴と神通と、3人とも態度を暗くさせる。口を開こうとしない三人に代わって普通の笑顔を保っている那珂がフォローした。
「えぇ。やっぱりやることになったんです。あたしは二人のやる気をそんちょーして相手役を買ってでました!」
「そうですか~。それじゃあこの試合、とっても楽しみですね。念のためデジカメ用意してますので、永久保存しちゃいますよ。」
 あえて触れない那珂の態度に川内は胸を撫で下ろし、心の中で那珂にひれ伏す勢いで頭を下げていた。

「私も携帯で録っておくわ。良たちの訓練の良い参考になりそうだし。」
 明石がデジカメをプラプラと掲げると、それに合わせて五十鈴が制服のショートパンツのポケットから自身の携帯電話を取り出して同じく掲げて見せる。
「うわっ!二人とも準備いいなぁ。あたしはいいけど神通大丈夫?録られるけど変に意識しないでよね?」
「うぅ……また余計なプレッシャー……なんとか無視してみせます。」
「アハハ。五十鈴ちゃんも明石さんも思いっきりプレッシャー与えておいてね。外野の盛り上げは任せたよぉ~。」
「う、那珂さん鬼だ……鬼がここにいるわ!」
「(コクコク)」
 那珂の発言に五十鈴と明石は含みのある満面の笑みで頷く。企みたっぷりな雰囲気に川内と神通はたじろぐ。しかし内なる思いはいよいよデモ戦闘が始まることに武者震いさえしている。それは川内だけでなく、勢い控えめな神通も同じ思いを有していた。

 その後五十鈴が判定条件等説明をし始める。通常の演習ルールとなり、実戦に近い状態が適用される。艤装の訓練用モードにすることにより、訓練弾の命中状態によって耐久度が小破~大破まで変化する。各自のスマートウォッチのアプリ画面上や通知機能で確認できるのも実際の出撃を模したものである。
 ただし耐久度が変化しても実際に破損するわけではないため、動作にその影響しない。通常の訓練の範疇ならばその状態を見て自己判断で負傷状態を身体の動きで再現して自ら制限かけることもあるが、こと今回に関してはそのたぐいの負傷再現もなし。審判が大破と判定したら、即時動きを止めるよう言い渡される。
 那珂はハンデをつけようかと提案したが、川内ら二人ともそれを頑として拒否した。

 提督や五月雨、阿賀奈ら見学者のいる庇に近いポイントに川内と神通が、仕切りが取っ払われて本来空母艦娘用の施設内に相当するプールのポイントには那珂が立った。両者の間は普段のプールの奥行きよりも1.5倍は離れている。
 両者が位置についたことを確認した五十鈴は右腕をスッと上げて、2~3秒後に正面へと振り下ろした。
「始め!!」
 掛け声を上げたのは総審判役の明石だ。明石の声が響き渡ると、那珂たちはもちろんのこと、見学者の提督たちも緊張の面持ちを創りだして真剣味のあるものにさせた。

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「よっし、行くよ神通。先手必勝!」
「えっ!?ちょ……待ってくd……

 神通が言いかける言葉をすでに気にしていない川内は訓練当初に見せた、水しぶきと波を巻き上げながらの粗雑で豪快なダッシュで那珂との距離を一気に縮めようとする。置いてけぼりになった神通は呆気にとられて動けないでいる。対する那珂はインパクト大の豪快な様で近づいてくる川内を落ち着き放った態度で視界に収めている。

「てー!」
ドゥ!

 先に火を吹いたのは川内の右腕の単装砲だった。移動しながらの砲撃ができるようになっていた川内の初撃は、しかしあっさりとかわされた。
 那珂は川内の砲撃を10時の方向へと前傾姿勢でかわす。ゆっくりとした姿勢の動かし方である。川内はそれを逃がさない。

「続いてそこだぁ!!」
ズドッ!

 川内の右腕の二番目の端子に装着されていた単装砲が那珂を狙う。川内はあらかじめ単装砲の砲塔を回転させていた。指先から数度右に向いているそれは決して今この時とっさに回転させたわけではない。川内はある範囲の各方向へいつでもどんな状態でも撃てるようにという、いわゆる保険だ。
 川内の二撃目を那珂はさらに前傾姿勢かつ片膝を曲げてしゃがみ込み、そのまま10時の方向へとやや内角に弧を描いて移動し続けてかわす。最初の姿勢時と異なるのはさらに前のめりに、さらに鋭角な低い姿勢という点。そして風の抵抗が減った那珂の移動スピードはグンと上がる。
 一気にスピードをあげた那珂は弧を描くに任せて川内の背後に低い姿勢のまま回りこんだ。水しぶきが激しく立ち上がって湾曲した水壁を作り上げる。

「川内ちゃんいいねぇ~。あたしの動きをとっさに見られるのはいいことだよ。けど……甘い!」

ズドズドズドド!

 アドバイスを口にした直後、那珂の両腕一基目の端子に取り付けたそれぞれの単装砲が交互に連続で火を噴く。

ベチャベチャチャ!

 川内の制服の背面やコアユニット付近にペイント弾がビッシリと飛び散り、橙色の服を白濁に汚す。

「うわっ! くっ……このぉおお!!」

 被弾の衝撃は大したことはないがそれでも十分驚ける強さだった。川内は前のめりになりつつも上半身を捻って右腕を背後に向けて単装砲で応戦する。

ドゥ!

ヒラリッ

 川内の三度目の砲撃。
 那珂はしゃがんだ姿勢から水面を思い切り蹴ってバク転して飛びのいて避けた。その際左腕1基目の単装砲で狙うことも忘れない。

ズドッ!

パァン!
「くっ!」

 那珂のペイント弾の軌跡がまっすぐ自身の顔~首に向いていたので川内はとっさに左腕を目前に出してペイントの付着を防ぐ。防ぎ切れなかったペイントが飛び散って自身の前髪や制服の胸元に付くが気にしている余裕はない。
 川内の視線の先、那珂の背後には未だ呆然と水面に棒立ちしている神通がいた。
「ちょっと神通!あんたも動いて攻撃してよ!」
「は……、うん!」
 川内の怒号にも近い声が耳に飛び込んできた。神通は上半身をビクッと軽くのけぞらせて我に返る。気がついたら目の前、数十メートル先ではすでに川内と那珂が戦っていたのだ。遠目で見ても川内の被弾率しか高くない。
 早く近づいて攻撃しなければ。しかし一度実戦を経験したとはいえまともな戦闘をできたとは言い難く。巨大で殆ど動いてない的状態だったあの深海棲艦ならまだしも、目の前で自分らと敵対しているのは化物ではなく、素早く動きまわる那珂。
 いや、ある意味化物だが。
 本気で確実に当てるには立ち止まるか落ち着いた動作でないとまだ撃てない神通は戸惑うが、那珂の恐れよりも仲間である川内からの怒号と役立たず認定されるほうが直接的に怖い。そう感じた神通は思考の寄り道をやめてゆっくりと前進し始めた。

 神通の目の前では、右手にいる川内、左手にいる自分をキョロキョロを見ている那珂の姿があった。

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 川内は顔への直撃を防ぎ、続く勢いで神通へ檄を飛ばした後、1時の方向へ前進する。左腕二番目の端子に装着した連装砲、三番目に装着した機銃を前腕に対して真横に砲塔を向け、砲身が那珂を狙うよう前腕を胸先に添えて構える。
 その時、スマートウォッチ越しに神通から通信が入った。
「川内さん、通信で伝えますね。那珂さんの注意を引きつけておいてください。」
「え?なになに?どういうことよ?」
「私の存在感なら、静かに近づけば那珂さんの背後を狙えるかもしれません。私は動きまわる那珂さんに当てるなんてとてもできないので、川内さんが那珂さんと戦っている隙を狙いたいんです。」
 神通からの作戦提案。川内はそれを快く承諾する。
「オッケー。やってみるよ。」
 通信を切った川内は那珂を10~9時の方向に視界に収めつつゆっくりと移動する。那珂に取ってみても、川内は視界に収まっている。
 そのまま前進してしまうと神通と立ち位置を揃えてしまうため、川内は途中で停止した。那珂とほぼ直線上で対峙した後、チラリと神通を右目で見て視線をすぐに那珂へと戻す。なんとか自身だけを見るように那珂を誘導せねば。
 戦いの流れを変えるにはどちらかが思い切り動くべきだ。被弾を恐れる思考がない川内は10時半の方向、つまり那珂の右側に向けてダッシュした。そのまま移動すると左腕では狙えないため左腕前腕を垂直に立てて軽くひねり、移動しながら連装砲で砲撃した。

ドゥドドゥ!

 それを那珂はその場でしゃがんでかわす。

ドドゥ!ドドゥ!

 川内は再び砲撃する。二度、三度続ける。しばらく移動していたが川内は立ち止まり、今まで横目で視界に納めていた那珂を真正面に捉える向きに変えた。
 さてどうするか。正直狙うための行動パターンなぞまったく考えていなかった川内は眉間にしわを寄せて那珂を睨みつつ悩む。目の前の那珂はなぜか川内から見て1~2時の方向にスケートを滑るようになめらかに移動し始めた。と思ったら突然方向を変えて10時の方向へと移動する。真横に移動しているようで、川内自身には近づいていない。ある程度移動してプールの対岸へ近づいたと思ったら今度は思い切りジャンプし始めた。
 川内自身は遠いため目を上に動かすだけでその動きを捉える。

バッシャーン!

 高く、というよりも中空を距離長く跳んだ那珂は五十鈴たちがいる対岸近くに着水した。水しぶきがプールサイドへと飛び散る。

「わぷっ!ちょっと! 何するのよ!?水かかったじゃないのよ!」
「アハハ。ゴメンゴメン。真夏のあっつーい日中に見てくださってる皆様へと涼水のサービスサービスぅ!」
「んなことどうでもいいから、さっさと戻りなさい!」
「は~い。」

 怒ってまくし立てる五十鈴に那珂はまったく反省の色を感じさせない謝罪をしておどけながらプールサイドから離れる。それを見ていた五十鈴と明石はハァ……と溜息を漏らした。

 そして那珂の言葉はプール内にいた二人に矛先を変える。
「うーん、あたしの想定では二人はもっとガンガンに向かってくると思ったんだけどなぁ~。まさかここまであたしを警戒して冒険してこないなんて思わなかったよぉ。あたしの見込み違いかなぁ~?期待はずれ?」
 後頭部をポリポリと掻きながら言う。その物言いに川内はカチンと来た。
「それじゃあ、お望み通りガンガン行ってやりますよ!」
 自身のその言葉どおり、右腕の2基の単装砲も前腕に対して外側に砲塔を回して砲身を向け、そしてボクサーよろしく両腕を胸元で脇を締めて構えた。川内の右腕の単装砲2基、左腕の連装砲と機銃は自然と正面を向く。

「てやあああああ!!!!」

 川内は川内はもはや細かく考えるのをやめにし、那珂に突進することにした。とにかく自身が那珂の注意を引き付ける。それだけでいい。あとはあの頭の回転が早く色々気がつく神通に任せればなんとかしてくれるだろう。突進しながら合計3基の主砲から砲撃をした。

ドドゥ!
ドゥ!ドゥ!

ドドゥ!ドゥ!

 那珂は川内の砲撃に避ける様子を見せず、その場で自身も右腕で砲撃し始めた。
((え、避けないで相殺するの!?))
 川内が想像したとおり、那珂は川内からのペイント弾を自身のそれで全弾相殺しつくした。エネルギー弾ではなくペイント弾のため相殺の効果は単に勢いを殺すものでしかない。那珂の的確な相殺で川内のペイント弾と那珂のペイント弾は一つの塊になってプールの水面に落ち、そして漂って次第に溶けていく。
 なんでかわさないのか。川内が疑問に感じて立ち止まって首を傾げたその時、右目の視界の片隅に、緑色に光る何かが水中から自分に“近づいて”きたのに気がついた。
 それは、超鈍足の訓練用の魚雷だった。まるで川内がそこにそのタイミングで到達することをわかっていたかのように、青緑の光る物体が水中を泳いできていたのだ。
 川内は立ち止まってしまったがゆえに驚きで気づいた時にはすでに遅く、まるで彼女が気づいて驚き慌てるのもわかっていたかのように、超鈍足の魚雷は瞬時に速度を上げて川内を餌食にした。

ズドドドーーン!!!

「うわああああああ!!」

 魚雷が主機が搭載されたブーツ型の艤装へ命中した瞬間、衝撃と激しく立ち上がった水柱、そして爆風により川内はプールの端近くまで思い切り吹き飛ばされ、背中から着水して水面を跳ねる小石のように転げまわった。
 川内の耐久度の情報は審判をしていた五十鈴が持つタブレット端末のアプリにすぐに通知された。訓練用のため実際に艤装に当たっても破壊されないが、実際に近い衝撃を巻き起こす。そして命中箇所、状態を考慮してシミュレートされた結果、川内は一撃で大破となっていた。
「せ、川内大破!」
 五十鈴の宣言が響き渡る。

「へっへ~ん!めいちゅー!艦娘の魚雷はこうやって地雷みたいに使うこともできるんだよぉ~。川内ちゃんはもっと回りを見ましょ~ね?」

ドドゥドドゥ!

ベチャベチャベチャ!

 そう得意気に川内に向かって説教を垂れていた那珂を背後から砲撃が襲った。

「うあっ!」
 と響く那珂の悲鳴と同時に別の場所でもう一つの悲鳴プラス、水しぶきが立ち上がった。

バシャーーン!
「きゃあ!」

 神通が目の前で発生した水柱に驚いて悲鳴をあげたのだ。水柱を避けて落ち着ける位置まで前進して那珂を見ると確かに背中い白いペイント弾が付着している。

「な、なんで……?私、絶対気づかれてないと思ったのに?」

 神通は珍しく声に出して自身の失敗の謎を思い返す。実際は那珂に命中しているため失敗ではない。隙を突くのに成功したのは間違いない。しかしなぜ時間差なしで反撃された?

「神通ちゃんいいね~。あたしかんっぺきにあなたのこと忘れてたよ。おかげで背中にこーんな白くてドロっとしてる液体がついちゃった!」
 わざとらしい口調で状況説明をする那珂。そんな那珂を神通は猜疑の目で見つめる。

「そんなおっかない顔しないでよぉ~。神通ちゃんの狙いやタイミングはバッチリだよ。そういう戦術の立て方は間違ってない。それをもっと発展していけばあなたは絶対良い頭脳になれると思う。あたしは二人の意図を最初からわかっていた、それだけのことだよ。」
 そう言って那珂は神通を真正面に見ながら自身の左腕を頭上めがけて伸ばし、その場で方向転換しつつ、振り上げた左腕をゆっくりと背後に回して背中にピタリと付けた。
 神通はそれを見てすぐに気づいた。那珂の左腕の主砲の砲身が、自身を狙い定めていたのだ。

「まぁタイミングとしては偶然かなぁ。色々聞き耳立てていたからなんとか上手くいったって感じ?」
 そう弾むような声で言う那珂のその言葉すら疑わしい。本気でかかってくるようなことを言っておきながら、結局は新人ということで全て舐められていたのか。
 僅かに苛立ちを覚えた神通は両腕を前方に構え、突進し始めた。

「や、やあああぁぁーー!!」
 大声を上げて似合わぬ突進をする神通にハッとさせられた那珂。しかしその戸惑いを保つ気はさらさらなく、迫ってくる神通とそのペイント弾を回避する。
 神通は初めて高速移動しながらの砲撃をした。自身が不安に感じていたとおり当たらずじまいだが気にしない。那珂が回避して向かった、自身から見て2時の方向めがけて腕を伸ばして再び砲撃する。

ドゥドゥ!

 那珂はそれを低空のジャンプでかわす。そして反撃されぬよう自身の単装砲で神通を狙うことも忘れずに行った。

ドゥ!
ペチャ!

「くっ!?」
 とっさに両手で防ごうとしたが顔面にペイント弾がヒットした。勢いは両手で殺すことはできたが、神通の顔と綺麗にセットされた髪に白濁したペイントが少量ながらも広範囲に飛び散って付着する。

「神通ちゃんには大事なことを教えてあげる。」
「な、何……を?」
 聞こえるはずもない弱々しい声量で言った問いかけに、那珂がそれを待っていたかのようにタイミングよくその内容を口にし始めた。
「今の突撃みたいな、思い切りがあなたには必要なんだよってこと。」

サァーーーー

 低空ジャンプから着水していた那珂は姿勢を低くしていわゆる溜めの構えを取り、言い終わるが早いか、まさに水面を舞う花びらか何かのようなしとやかな水上航行をし始めた。その様は先ほどの川内の水しぶきを巻き上げながらのダッシュとは真逆だ。
 一定距離蛇行しながら進んだ後跳躍する。また蛇行して再びジャンプして着水、その勢いを殺すことなく横幅広くジャンプ、着水して再びジャンプする仕草を見せるかと思ったら水面をスィーっと滑るように一切の水しぶきを立てずに移動。それを繰り返して徐々に神通に近づいていく。

「う、ああああ!」

 その美麗さと表現できない底知れぬ不明瞭な不気味さで心を支配された神通は後ずさる。艤装の主機の推進力を使った移動ではないため、那珂の舞うようなゆっくりとした接近からすら逃れられずに徐々に距離を縮められる。せめてもの対抗で神通は遮二無二に砲撃・機銃掃射し始めた。当然那珂を確実に狙ったような精密射撃ではなく、混乱が見える撃ち方だ。

ドドゥドドゥ!
ガガガガガガガ!

「ダメダメ!そんなてきとーな狙い方じゃ~、ホントーの深海棲艦にまぐれ当たりできるかもしれないけど、決定的なダメージなんて耐えられないよぉ!」

 那珂は神通のむちゃくちゃな砲射撃を華麗な水面移動・ジャンプでかわす。そして那珂は神通の背後を取る。その刹那、神通は背後に寒気を感じた。

「あたしはね、他の鎮守府で聞くようなふつーの軍艦さながらの砲雷撃をして型に囚われた行動はしたくない。それをうちの鎮守府の皆、これから入る皆にもして欲しくないの。」

ドドゥ!

「きゃ!」

 神通の背中めがけてほぼ至近距離から砲撃する。ペイントが跳ねて飛び散る前に那珂は向きはそのままで背後へ1~2mほどジャンプして後退し、神通が振り向く前に素早く移動して抜き去る。
 神通を抜き去る途中でも一発砲撃。

「想像を超える化物と戦うんだから、よその艦娘がやらないような戦い方ができる艦娘になってほしいの。」

ドドゥ!

 再び神通の悲鳴が響き渡る。プールサイドの庇の下で見ている提督や艦娘たち、そして教師たちはその圧倒的な実力差に目を見開いて呆然と見ていることしかできない。
 艦娘たちは、那珂が訓練を終えたばかりの新人の最終試験でわざわざあそこまでする必要があるのかという疑念を抱き、教師たちはまた別の捉え方で那珂が神通をひたすら追い詰める光景を見続ける。
 そして提督は、那珂の一挙一動を見守る。一方で本当に怪我をすることはないものの神通の身の心配も忘れない。どちらかというと神通の心配のほうが今の提督の心内を占めていた。

 那珂は舞うような移動と跳躍に砲撃をプラスして神通の全身をペイントでベタベタに塗りつぶしていく。神通はもはや素肌に身に着けている下着以外はほぼまだらに真っ白という状態になっていた。そして痛くはないが強い衝撃でフラフラと足元がおぼつかない。そんな状態であってもなお那珂は砲撃を止めない。
 その状態は五十鈴の持っていたタブレット端末の画面にもすぐさま伝えられる。五十鈴が見ていた画面で神通の耐久度は小破、すぐに中破と変化していく。
 完全に混乱の渦にハマってしまった神通は、那珂がどこにいてどうやって攻撃しているのかもはや気がつけない状態だった。そんな神通に那珂は再び背後を取り、優しく語りかけた。しかしその体勢は普通の砲撃の構えではない。
「あとこれはおまけ。ちょっと痛いかもだけどゴメンね。必要とあらば体術で敵を攻撃するのもありね。いざというときのために覚えておこーね。」
 そう一言謝った那珂は片足でバランスを取りながら神通の脇腹めがけて回し蹴りを放つ。

ドゴッ

「ただね、あたしたちのパンチや蹴りはすんごい格闘家の人並以上にパワーアップしてるから、人相手には手加減してあげてね~。」
 鈍い音と共に神通は砲雷撃の際に巻き起こる衝撃よりも遥かに弱いが強烈な衝撃を脇腹に受けて3~4歩後ずさる。
「かはっ……ぃたぃ……!」
 脇腹を抱えて水面でうずくまる神通。言葉どおり那珂は相当な手加減をしてくれたのだろうが、それでも今まで脇腹に強い衝撃を食らう生活なぞしたことがなかった神通にとって、目玉やら大切な何かが飛び出てくるような驚くほどの痛みである。お昼を抜いておいてよかった。そう余計な心配を頭の片隅に持った。

「神通ちゃんなら、もっと思い切ってもらえれば……。だから神通ちゃんには積極的に身を持って学んでほしいの。さて、チェックメイトだよ。」

ドドゥ!ドドゥ!ドドゥ!

 トドメとばかりに、うずくまったまま動けない神通に那珂は連続で砲撃した。瞬時にその被弾状況・耐久度は審判役の二人に伝わる。
「神通も大破! 那珂は小破まであと十数%でした。」
 五十鈴の状況報告の後、明石が高らかに宣言した。
「こ、この演習試合、那珂ちゃんの勝利です!!」
 神通も大破判定となり、これで川内と神通の二人とも演習続行を不可と言い渡される状態となった。言い渡されるまでもなく、二人は戦意を喪失していた。

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 那珂から雷撃を食らって吹き飛ばされていた川内は離れたところから、那珂が神通に襲いかかる光景を目の当たりにしていた。綺麗。美麗。可憐。しかしそんな上っ面を見るのも馬鹿らしいくらいの確実に追い詰めて倒さんとする攻撃。なんかのオンラインゲームであんなプレイして敵を倒してるプレイヤーがいたっけなぁ、と場違いな感想を抱く。

 なんだよ。あたしの時よりもめっちゃ激しいじゃん。やめて。やめてよ!
 そう叫びたかったが、そんな懇願でやめてくれるような先輩と状況ではない。仮に中止してくれてたとしたら、あの先輩の牙は自分に向かってくるかもしれない。そう考えた川内は心に影を落とす。艦娘になって本気で感じた恐怖がこれで二度目。一度目は謎の深海棲艦と戦った時。今神通に襲いかかっているのは、本気と言っておきながら舐めた態度を自分に対して取ってたように見える先輩ではない。華麗な立ち回りと確実な撃破を同時にこなす確かな本気の那珂だ。知り合いな分、一層怖い。
 怖がる川内は同僚である神通がやられる様を遠目ながらもまぶたに焼き付けるように見続けた。
 と同時に自己嫌悪に陥る。
 なんだ怖いって?冗談じゃない!
 仲間が、親友がやられる様をおとなしく見てるなんて。こんな思いはしたくない。もっと強くなりたい。自分の弱いところなんて誰にも見せたくない。見せずに済むようになってやる。
 下唇を噛みしめながら決意を新たにする川内だった。

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