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同調率99%の少女(20) :新たな出会い

--- 4 新たな出会い

 8月第2週の金曜日、鎮守府Aでは久しぶりとなる艦娘の採用試験が行われた。この日装着者を募集した艤装は、次のものである。

 軽巡洋艦長良
 軽巡洋艦名取
 重巡洋艦高雄

 これらと同じタイミングで配備された駆逐艦黒潮については提督に思うところあり、試験の募集枠には含まれなかった。
 試験の結果は最終項目である実際の艤装との同調試験をもって、即日合否がわかるようになっている。この日、合格者は珍しいことに四名もいたが、うち二人は辞退、残る二人がその合格通知を得ることになった。
 それは五十鈴こと五十嵐凛花のクラスメート、黒田良と副島宮子である。

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 試験前日、那美恵たちは提督から出勤してきても良いが試験が終わるまで本館内1階をうろつくなと釘を差されていた。そのため那美恵たちは朝早く出勤早々に着替えて艦娘に切り替わった後、工廠へと向かい艤装を出してもらって演習用プールへと駆け込んでいった。
 試験が始まる10分前、演習用プールには那珂・川内・神通、そして村雨・時雨・夕立という顔ぶれが水上に浮かんでいた。なお、不知火は提督から別件で呼ばれていたためこの日は完全に別行動だった。

「さてと、提督から厄介払いされちゃったので、あたしたち暇人組は試験が終わるまではここでのんびり訓練してましょー!」
「厄介払いって……暇人って……。」と苦笑いを浮かべる時雨。
「でもまー暇してるのは当たりっぽい。あたし手伝おっかって言ったらてーとくさんってばいいから演習しておいでって。」
「なんだか……ある意味すごく綺麗な笑顔だったわねぇ、提督さん。」
 夕立はふくれっ面で不満気に言葉を漏らす。誰もがこのふくれっ面な少女に手伝わせようものなら飽きて早々に遊びだすかあるいは何をしでかすか知れたものじゃないという思いで一致していた。が、努めて誰も口にしない。
「ま、各々思うところはありますがそれは置いといて。タイミング合えば多分受験者の方々が見物しにくるだろーし、良い見本になれるように思いっきりやりましょー!」
「「「「「はい。」」」」」

「それじゃあみんな、何かやりたい訓練とか、考えてきてくれたかな?」
 那珂が尋ねると、我先にとばかりに川内と夕立が手を挙げた。遅れて残りの3人も手を挙げる。
「それじゃーねー……時雨ちゃん!」
 ビシっと指さしを時雨に向ける那珂。それを見て川内と夕立が文句を垂れ始める。
「えー!? 先に手を挙げたのあたしじゃん!なんでですかー!?」
「あたしのほうが早かったっぽいのにぃ~!」
「え、えと……いいんでしょうか?」
 二人から非難の目を向けられた気がした時雨は申し訳なさそうに確認する。那珂はそれを受けてニッコリと笑顔を時雨に向けて言った。
「特別特別。」
 那珂の言い振りを聞いてさらに唸る川内を神通が、夕立には村雨がなだめる。時雨は友人の反応を気にしないことにし、小さく咳払いをした後口を開いた。

「ええと、僕はみんなから遅れてしまったので、この2週間ちょっとの間のみんなの訓練内容をやりたいです。」
「ん~~って言ってもねぇ。実際のところ川内ちゃんと神通ちゃんの訓練だったんだよね。夕立ちゃんたちには雷撃訓練と自由演習に参加してもらっただけなの。」
「そ、そうなんですか。」
 声ボリュームを尻窄みにしてセリフを言い終わる時雨。積極的な性格ではない時雨はすぐに一歩下がって悄気げる。それを見て村雨が時雨の背中をポンと叩いて何かを耳打ちした。
 那珂は時雨が何か言うのを待っていると、耳打ちが終わってつばを飲み込み僅かにうなずいた時雨が再び口を開いた。

「それでは、攻撃を受けた時の練習をしたいです。」
「攻撃を受けた時?」那珂は思わず聞き返す。
「はい。先日の緊急出撃のお話を聞いて、川内さんや神通さんの状態は他人事ではないって思ったんです。僕も、以前の合同任務でまっさきに被害を受けて中破判定出してしまいましたし。つまり、どこかしら不自由になった状態での動き方や、そうならないための回避の仕方をもっと訓練したいです。」

 時雨は合同任務以前にも、いくつかの出撃や依頼任務において真っ先に被害を被る自分の申し訳無さを痛感していたがため、そう願い出たのだった。その思いは川内と神通に伝わるのは容易かった。
 時雨の願いに真っ先に反応を示したのは神通だ。

「あ、あの!私も、その訓練に賛成です。私は先回、片足をやられてしまって不知火さんと五月雨さんに迷惑をかけてしまいました。ああなったときにでも一人でうまく対処できるようにしたい……です。」
 語尾に行くに従って声量が小さくなっていく神通。言い終わるが早いか神通の肩に手を置いて川内が言い出す。
「神通が陥ったその状態、あたしも経験しておきたいな。だって同期だもん。同じ苦労を同じように感じたいよ。」
「せ、川内さん……。」
 お互いコクリと頷き合い見つめ合う二人。その視線は時雨にも向けられる。時雨は軽い会釈で反応を返した。

「よっし。それじゃあ今日は艤装がやられたときの対処の仕方、それから敵の攻撃をかわす練習をしよ。」
「「「「「はい!」」」」」

 音頭を取ったはいいものの、具体的にどうやるかを決めるまでには至っていない。那珂は5人に意見を求める。するとそれに神通が最初に提案をし始めた。
「あの……私の体験した片足の艤装がやられたのが記憶に新しいので、みんなで片足で動く練習とか、助け方とかやりませんか?」
「おぉ~、いいねそれ。採用採用!」
 那珂はズビシッと神通に向かって握りこぶしを差し出した。そして那珂がその訓練方法の準備と深く掘り下げのためにプールサイドに移動しようと合図する。
 その最中、村雨がポツリと
「なんだか今日は服や下着がたっくさん濡れそうですねぇ~。」
 と、どうでもいいが大事な指摘でツッコんで、皆をギクリと肩をすくめ苦笑いさせるのだった。

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 その後那珂たちが負傷時の対処法をし始めると、意外と熱中できたのか1時間以上経過していた。各々の艤装の大きさや形状が異なるため同じ姿勢の対処法が通じることは少なかったが、それでも6人にとってこの1時間近くは単なる砲雷撃訓練よりも有益に感じた。

「まぁ、他の鎮守府や職業艦娘とかプロの世界では当たり前の対処なんだろーけど、あたしたちはあたしたちでマイペースに自分たちがやりやすい方法を確立していこ。そのうちあたしのほうで他の鎮守府のやり方を聞いておくよ。」
「うち独自のカリキュラムということですよね?」と時雨。
「うんうん。だからみんな遠慮しないで意見だしあっていこー。」

「えぇ、そうですね。」
「はぁい。」
「それじゃーガンガン出すっぽい!」
 時雨・村雨・夕立は思い思いの返事を口にする。川内と神通は中学生組から一歩距離を置いた場所で言葉を発さずコクリと頷く。

 そうしてもう1時間が経とうとしているさなか、プールサイドの先の壁の向こうから見知った声と不特定多数の声が聞こえてきた。

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「……今こちらでは、わが局の艦娘たちが訓練をしている最中です。」
「おぉ~!」
「へぇ~!」
 那珂たちがチラリと声の方向を振り向くと、プールに浮かぶ自分たちを格子状の壁越しに見た外野がワイワイガヤガヤと感想を述べ合っていた。
「もしあなた方がこれから行う同調の試験に合格なさって、艦娘として勤務する意志がある方は、このように日々訓練を受けていただくことになります。もちろんその間に本当の戦いが発生して出撃することもあります。私、軽巡洋艦艦娘五十鈴はもちろん、あそこにいる艦娘たちは覚悟と信念を持っていくつかの戦いを乗り越え、今この場で訓練に励んでいます。厳しいことを言うようですが、なんとなく艦娘になってかっこいい活躍をしたいとか、ちょっと怖いなと尻込みしてしまう方には絶対にお勧めいたしません。どうか真剣にお考えください。私達既存の艦娘や管理者の西脇はもちろんのこと、あなた方とご親族様にとっても不幸な結末しか待っていないと思います。とはいえ私たちは軍隊・軍人ではありません。実際の勤務に関しては私生活に支障が出ないようフレキシブルな勤務が行えますので、必要以上に身構えていただかなくても大丈夫です。それから……」

 その後も続く、五十鈴からの厳しい注意事項。見学者たる受験者の全員が神妙な面持ちで目の前の艦娘の言葉を聞いている。
 川内は、
(あたしはもともとゲームっぽいことが体験できるっていうことから始まったんだけどなぁ)
と心の中で苦笑する。
 神通も
(私は単に自分を変えたい一心でここにいます。それ以上の大それた事考えてませんゴメンナサイ!)
と心の中で誰に対してかわからずに平謝りした。
 他のメンツもほぼ同じように思い返し、聞こえてくる厳しい言葉に異なる思いを抱いていた。
 ほどなくして受験者を率いて五十鈴が去っていった。同調の試験と言葉に触れていたように、向かったのは工廠であった。外野がいなくなったあと那珂たちはアハハと声に出して苦笑し、実際には工廠に聞こえることはないものの小さめの声量でもってお互いの心の中を明かしあった。

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 その後那珂たちは回避訓練をし、服もびしょ濡れ・疲れもMAXに溜まって誰からともなしに音を上げて訓練の終了を口にし始める。那珂自身も疲れをかなり感じていたため、号令をかけてその日の訓練を終了することにした。

「それじゃー今日はここまで。今日一日でとりあえずは先回の出撃までの反省点を復習できたと思うんだけど、みんな手応えはどーかな?」
「あたしは神通の苦労がわかったのでそれだけでも満足です。あと、回避訓練ではみんなにタックルするのが楽しかったのでさらに満足度アップです。」
「私は……この訓練をこなすためにはまだまだ体力が足りないことを実感しました。自主練したいです。」
 川内と神通が感想を口にする。それに駆逐艦たちが続いた。
「やっとなんとかみんなと同じ経験に達することができたかなと思います。僕も自主練したいです。神通さん、お付き合いしてもよろしいですか?」
 真面目で律儀な時雨の言葉と要望に神通はコクコクと勢い良く頷く。フィーリングが合うかもしれない子と一緒に訓練外のトレーニングが出来る、その事実に胸が熱くなった感じがした。

「結構充実したって感じですねぇ。またしたいですぅ。」
「あたしもあたしも!それに川内さんと一緒に他の人にタックルしたりわざと狙うの楽しかったっぽい!!」
「ゆうは……妨害するのが目的じゃないんだからさ……。」
 夕立が若干本来の目的とそれた言い方をして感想にしたことに時雨がすかさずツッコミを入れ、ようやく普段の駆逐艦勢の雰囲気を復活させたのだった。

「うんうん。みんな満足できたようで何よりだよ。あとは五月雨ちゃん、不知火ちゃん、妙高さんにも同じ訓練を体験してもらって、今後の訓練のベースに取り入れていこ。」
「「「「「はい。」」」」」

 元気よく返事をした5人を見て那珂はニコリと笑い返し、合図をしてプールを出発して工廠へと戻った。

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 工廠の乾燥機で服を乾かしている間に那珂が明石に試験の経過を尋ねると、明石は満面の笑みで告げてきた。
「ウフフ~。今回はすっごいですよ。試験の最終的な判定はこの後ですけど、同調の試験にはなんと4人も合格者が出ましたよ!」
「えぇ~~!?すっごいすごい!今までで一番多いんじゃないですか!?」と乗り出す勢いの那珂。
「へぇ~!一気に4人も増えるの?」
「……川内さん、艤装は3人分しかないんですよ。ひとまずの結果だと思います。」
 言葉通りに受け取って驚いてみせる川内に神通が静かに鋭いツッコミを入れる。
「けどまだ外では言わないでくださいね。秘匿事項ですよ。」
「はーい。」
 明石から釘を差されたので那珂たちは抑えきれぬ喜びを強引に押し込めて工廠を後にした。
 川内たちを先に入浴させ、那珂は気になる採用試験の詳細を確認しに執務室へと足を運んだ。コンコンとノックをして提督の声が聞こえてから戸を開けて足を踏み入れる。
 そこには五十鈴と五月雨が提督の執務席の前で会話をしている最中だった。

「おぉ、那珂。どうしたんだい?」
「うん。採用試験の結果が気になってね。明石さんからちょっと聞いてきたんだけど、受かった人四人いるんだって?」
 那珂の問いかけに答えたのは五十鈴だ。
「えぇ。その中には良と宮子もいるわ。」
「えーー!?やったじゃん五十鈴ちゃん!これで一緒に艦娘できるじゃん!!」
 五十鈴から最も聞きたかった結果を聞いて軽くジャンプしつつ思い切り喜びを表す那珂。しかし五十鈴の表情は思ったよりも明るくない。
「ただ、長良と名取に合格できてしまった受験者がもう二人いるの。これから次の試験をどうするか今話しあっているところよ。」
 そう言って五十鈴が提督に視線を戻すと、提督は五十鈴の視線を受け取ってコクンと頷く。
「あれ?重巡高雄には誰が合格したの?」
「残念ながら受験者の誰も高雄には合格できなかった。惜しい、という同調率の受験者すらいなかったよ。」
 提督は頭を横に振って答える。そしてそれまで会話で進めようとしていた内容の詰めを再開すべく五月雨が催促し始めた。
「それで、どうします?試験の運用規則だと、この後は個人面接ですけど……?」
 五月雨の催促を受けて提督も五十鈴も視線戻して打ち合わせを再開する。さすがにその輪の中に入るのはお門違いと感じた那珂がまごついていると、その様子に気づいた提督が一言で尋ねてきた。
「そういえば、那珂は何か用事あったんじゃないか?」
「あの……提督。今日の訓練は終わったので、その報告なんだけど?」
「あ~そうか。すまない。後でメールか何かでまとめておいてくれよ。ちゃんと読んでおくからさ。」
「うん。わかった。それじゃー三人とも頑張ってね、お先に~。」

 軽い声質で挨拶をして那珂は執務室を出ることにした。
((今回の試験はあたしに直接関係ないし、あとは3人に任せておけばいっか。))
 那珂は他の艦娘から遅れて浴室に向かい、その日の疲れを取り除いてから帰宅することにした。

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 その日の採用試験では4人から2人に絞り込むための面接はすでに夕刻ということもあり行われなかった。受験者には翌日土曜日に面接を行うことを提督が決断し、それを五十鈴が合格者の4人に伝えることとなった。
 翌日、再び試験会場たる鎮守府本館に集まった4人に対し、提督と五月雨、そして五十鈴の3人が面接官となり一人ひとりに対して問答をしてその人となりとその意思と決意の真剣味を確認していった。
 その日は午前に1回面接をしたのち提督らが内容を精査し、そして午後にもう1回面接が行われた。そうして2回行われた面接で、四人のうち、五十鈴の友人ではない赤の他人二人は、勤務の待遇・勤務地たるこの鎮守府Aの立地、そして何度か見せられた艦娘の出撃の現場動画により意思が揺らいだのか、辞退を願い出てきた。提督はその二人に対してやや憂いを含んだ真面目な表情でもってこれまで試験を受けてくれたことに感謝の意を示す。しかし心の中では、先日から知っていた五十鈴の友人の二人に本当の合格を言い渡すことができる喜びでいっぱいだった。
 管理者・責任者ともあろう人物が特定の人物を贔屓してしまうことになるが、関係者の五十鈴がそれを黙認したので那珂たち他の艦娘が知る由もない。

 そして土曜日中に、五十鈴こと五十嵐凛花の友人、黒田良には軽巡洋艦長良の、副島宮子には軽巡洋艦名取の合格通知が通達されることとなった。今回那珂たちは完全に外野であったため、そのことが正式に伝えられたのは、受験者の二人より後、土曜日の夜のことだった。
 私室でくつろいでいた那美恵はそのことを提督から聞き、すぐ凛花にメッセンジャーで連絡を取った。もちろん賞賛の言葉を贈るためだ。

「凛花ちゃん!おめでとーー!これでやっとお友達が艦娘になれるねぇ~。」
「ありがとう。艦娘部は作れなかったけど、それでも同じ学校から艦娘仲間が揃えられるのはとても嬉しいわ。きっとあなたも同じ気持を味わったんでしょうね。」
「うん!とっても嬉しかったよ。それにワクワクしたもん。」
「ワクワク……か。うん。いいわね、その気持ち。川内たちの訓練になんだかんだで全部付き合ったからわかるわ。良と宮子の訓練、今から楽しみで仕方ないもの。」
「アハハ。それじゃー凛花先生には二人の訓練にしゅーちゅーしてもらいますかね。その間残りのあたしたちで出撃とか依頼任務こなしておくよ。あたしたちの時のお・か・え・し!」
「ウフフ、言ってなさいな。早く二人を一人前にして、あんたら3人をあっという間に追い抜いてやるんだから。」
「エヘヘ~。こっちだって負けないよ。」
「同じ軽巡担当として。」
「うん。これからの鎮守府を支える背骨になろーね。」

 完全に立場が逆転することになる那美恵と凛花のメッセンジャーでのやり取りは深夜近くまで続き、お互いを励まし合い、からかい合い、電子的な会話をさらにふける夜まで続けるのだった。

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