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同調率99%の少女(21) :公開訓練に向けて

# 1 公開訓練に向けて

 川内の早とちりから始まった議論の脱線、そして川内・神通両名のデモ戦闘は結果は那珂の勝利に終わった。結果としては負けたが、川内と神通はともに良い気分で感情が高ぶっていた。
 それは当事者の二人であるだけではなく、見学していた五月雨や時雨たちにも影響を与えていた。

 プールサイドに近づいてデモ戦闘終わりの雑談をしていた那珂たち。
「ほら三人とも、その面白すぎる格好は先生方に申し訳ないから、早く工廠に戻って洗い流してきなさい。」
「「「はい。」」」
 提督からの指摘に那珂たちは返事をすると、プールサイドには上がらず三人揃って反転してプールを横切り、演習用水路から工廠へと戻っていった。明石は那珂たちのアフターケアのため先に戻っていき、残りの皆は提督がその場の音頭を取って連れて正規の出入り口からプールを後にして工廠へと戻った。

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 提督らが工廠に寄って数分後、体中のペイントを洗い流して半乾きになった那珂たちが工廠の奥から出てきた。
「や~や~提督。ゴメンゴメン待ったぁ?」
「いや、今さっき来たところだよ。」
「アハハ!なんか今のやり取り、デートみたいだよね~?」
 自身が意図していなかった思わぬやり取りに那珂はケラケラと笑って提督に向かって言い表した。すると提督はつられて笑うがコホンと咳を一つしてすぐに真面目な表情に戻す。

「この後の予定はどうするんだ?」
 提督の言葉を聞いて那珂は皆から少し離れ、提督を手招きする。
「そーだねぇ、ホントならさっきの話し合いをもうちょっと内容詰めて、今日時点の内容として発表するところまでを先生方に見てもらいたいって思ってたの。話し合いだけずっと見ててもらっても先生方に悪いだろーから、今日は早めに切り上げるつもりだったの。」
「なるほど。ところでなんで離れて話す必要が?」
 提督のやんわりとしたツッコミに那珂は真面目な言いよどみをして遠慮がちに言う。
「だってぇ……あたしの最初の考えとは違う流れになっちゃったし、あの場であたしもついつい川内ちゃんに乗って少しキレちゃったし。あたしの考え聞かれちゃったら、“あんた、偉ぶってるけど指導力ないじゃないの。”って思われちゃうし先生たちにも迷惑かけて申し訳ないよぉ。」
「……そんなこと思われないと思うけどな。考え過ぎだって。君ってそんな心配性だったっけ?」
「なにおぅ!?」
 提督の何げない鋭い指摘に那珂はわざとらしく大きめに腕を振り上げて叩くリアクションする。提督は乾いた笑いをしながら落ち着きはなって那珂を宥める。対する那珂ももちろん本気ではない。
「……まぁなんですかねぇ。本来はってことだから。さすがのあたしも一試合したからちょっと疲れたよ。提督の口から音頭お願いね?」
「あぁわかった。」
 那珂から割りと本気半分冗談半分の疲労気味の言葉を聞いた提督は皆のもとに戻り説明をした。教師たちは納得の意を見せるが、艦娘たちは同じではない。

「あたしたちぜーんぜん疲れてないしぃ~、むしろさっきの川内さんたちみたいに演習試合したいっぽい!」
 真っ先に不満を口から漏らしたのは夕立だ。ピョンピョンと小刻みに跳ねてカラリと言う彼女に続けとばかりに回りからも声が響き始める。
「今回ばかりはゆうに賛成です。僕も……ちょっと動きたいです。」
「そうねぇ。私もひと暴れしたい感じぃ~。」
 時雨が珍しく夕立を叱らない言葉で続き、村雨も上半身を軽く左右に振ってストレッチしながら同意見を示す。三人が口々に欲すると、理沙がそれに反応した。
「ちょっと……三人とも?西脇さんや那珂さんにご迷惑かかってしまいます……よ? え?」
 言い終わる前に理沙は服の裾をクイッと引っ張られているのに気づいた。その方向には五月雨がいる。服の裾を軽くつまみ、五月雨は理沙をやや垂れ下がり気味のくりっとした目で上目遣いしている。
「え……と。早川さんも?」
「エヘヘ。はい。私もなんだかやる気たっぷりなんです!」
 五月雨こと早川皐月は学校ではおっとりほんわかマイペースながらも体育以外の授業はすべてに堅実にこなして成績も良い。しかし熱く取り組む光景を教師である理沙は見たことがない。そのため、先の三人に続いて五月雨も意志強く言い出したことに驚きを隠せない。
 理沙が戸惑っていると、理沙の従姉である妙高こと黒崎妙子が助け舟を出した。

「理沙、いいではないですか。せっかくあなたの生徒たちがやる気になってるんですもの。」
「……お姉ちゃんがそう言うなら。」
 理沙はひそめていた眉を水平に戻し、提督に向かってお辞儀をしながら丁寧に言った。
「あの……西脇さん。うちの生徒たちがこう言ってるのですが、私からもお願いしてよろしいでしょうか。」
 提督はその言葉を聞いてさらに五月雨たち艦娘の顔をザッと眺め見る。それぞれ表向きの表情は違えど、うちに秘める思いは4人とも同じに提督は感じられ、小さくため息をついて返事をした。
「別に構わないですよ。あとは那珂がどう答えるかがね……。」
 と言葉を濁しながら右斜め後ろに立っていた那珂の方へチラリと視線を送る。那珂は五月雨たちのやる気っぷりを一緒に見ていたため、提督の視線を受けるとすぐにニコリと笑顔で返した。
「ん、いいよ。せっかくみんながやる気出してくれてるんだもの。ここで年上のあたしたちがへばってたらいけないのですよ。あたしはいいとして、二人はどーお?」
 川内と神通は那珂から視線と言葉を受けて顔を見合わせてから答える。
「あたしも構いませんよ。てか体力はまだまだ有り余ってますし。」
「わ、私は……ちょっと休んでからなら。」
 二人の意見を聞いて那珂は改めて提督と理沙に向かって回答する。
「というわけなので、前言撤回! あたしたちもこのまま引き続き訓練することにしました!」

 那珂が承諾の意を示すと、理沙は笑顔で小さくため息をつく。そして振り返って五月雨たちに伝えた。
「皆さん、いいそうですよ。ご迷惑にならないようしてくださいね。」
 理沙の許可にやったぁと四人とも飛び跳ねて喜び、そして理沙に向かってタックルして抱きつきあう。教師である理沙はそれをされるがままにしている。側にいた提督や那珂の目には、微笑ましい教師と教え子愛だなぁと映ると同時に、にこやかな笑顔の中に相当無理してるというのが容易に見て取れた。
 提督は五月雨たちの直接の保護者たる理沙を尊重して、那珂は他校の先生と生徒のことなのであえて触れずにいた。

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 那珂や提督らが理沙そして五月雨たちとワイワイ話している間、唯一意見を発していない不知火がジーっと自分を見ているのに神通は気がついた。相変わらずの無表情である。明確に言えないが、その視線に犬のような感覚を覚える。ただし、子犬というわけではない。
 神通が不知火の方をハッキリと向いてニコリと笑顔で無言の問いかけをすると、不知火は隣にいた桂子をチラリと見上げた。
「ん?智田も……コホン。智田さんも皆さんと訓練したいのかしら?」
「(コクコク)」

 その後二人とも小声でやり取りをし始めたのをなんとなしに神通は見続ける。バラすな!だのうっせぇ!だのあんたは!などと妙に乱暴な声が聞こえてきたが、神通は努めて何も聞いてないことを自身に言い聞かせる。余計な事を知るとろくな事がない。こういうとき自分の大人しさは非常に便利だ。そう思って神通は意識を不知火だけに向ける。
 そして不知火と目が合うと、それに気づいた隣の教師が声をかけてきた。

「え~と誰っつったけあんた。……コホン、どなたとおっしゃったかしら?」
「神先幸と、申します。……艦娘名は神通です。」
「そう。この智田からお話は伺っていますわ。うちの智田は感情を表に出すのが苦手な子なの。そんな子があなたのことを必死になって話すのよ。もう面白いったら……コホコホ。え~、この娘が他校の人間を慕うのは珍しいのよ。あなた高校生よね?ぜひうちの生徒の良い手本になってくださらないかしら。あなたの先輩の那珂さんのようにね。」
「は、はい……善処します。」
 一人で他校の、知らない大人と対面する羽目になるなんて……。よりによって一番苦手な流れに踏み込んでしまった。神通は諦めが混じる鬱屈した表情を一瞬浮かべる。対する桂子は他校とはいえ学生の態度には慣れているのか、神通が上手く隠せたと思い込んでいる、あまり相手によろしくない表情を見て怪訝な顔をするもすぐににこやかな、ただし自然ではない笑顔で神通にさらに話しかけてきた。
「神通さんは学校ではお友達とはどういうお付き合いをしているのかしら?」
「え……と。それは、どういう意味……で?」
 何の脈絡もなくなんて話題を出してくるんだこの先生は。神通はてっきり艦娘絡みの話題が続くとばかり思っていた。その矢先にこの問いかけ。取り乱さないわけがない。しかし表向き神通は努めて平静を装い相手の出方を待つ。
「いや~……ええと、艦娘になった他校の生徒の素行が知りたいのですよ。特に他意はございませんわ。オホホ。」
 神通はその言い回しに既視感を覚えた。そういえば人を食って掛かる言い方をする人物が身近にいたっけと。しかし今はその人物の援護射撃がほしい。そう願って視線を送ろうとするが、彼の女は桂子と不知火によって塞がれていて見えない。上半身と頭をわずかに傾けても無駄だ。
 神通はおとなしくその問いに答えることにした。

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 神通が桂子と不知火に捕まっている間、那珂は話を進めていた。
「それじゃあ皆に確認ね。これから行う訓練は、午前中に決めた中のいずれかをしたいと思います。皆さん色々やりたいことあるでしょーが、せっかく先生方に見てもらうんだもの。基本中の基本である、航行訓練、つまり水上移動をしたいんだけど、どーかな皆?」
 真っ先に口を開いたのはやはり川内と夕立だ。
「えー、めっちゃ基本じゃないですか。今更な気もするなぁ。」
「ホント。そー思うっぽい。なんか普通に駆けっこを先生に見せる感じがするよー。」
 そんな二人に時雨がツッコむ。ちなみに川内へのツッコミをするはずの神通はまだ桂子に捕まっていた。
「ゆうも川内さんも……。まだ艦娘になっていない先生方に艦娘のなんたるかを見せるには、やっぱり基本の部分から見せないといけないと思うよ。」
「そうねぇ。私は那珂さんに賛成よ。」
 村雨も頷いて同意する。
 次に五十鈴が口を開く。
「私からもその基本をお願いしたいわね。ここにいる二人にとっても、良い手本だと思うの。」
 そう言って五十鈴が両隣にいた良と宮子の肩を叩く。不意に振られて二人とも焦るが、すぐに五十鈴の言葉を追認して頷いた。
「そういえばそうでしたね~。お二人が次に着任される方々なんですもんね!私たちが頑張ってお手本にならないといけませんね!」
 フンス、と鼻息を荒げて立てて意気込んだのは五月雨だ。その仕草に時雨や村雨、そして那珂はフフッと微笑する。

「それじゃあみんなの同意を得られたってことで、今日の……公開訓練ってところかな。公開訓練は水上航行にしよ。ってことで、おーい、神通ちゃん?話聞いてたァ~?いいかな?」
「へっ? ……は、はい!」
 那珂は桂子と不知火と話し込んでいる(ように見えた)神通に呼びかける。神通は、やっと先輩からの助け舟が来たことに多大な安堵感を得て心の中でため息を吐きそうだった。しかしさすがに目の前の教師に対して失礼な反応だと気づいたので口では吐かずに鼻で空気を吐き出して緊張を解く。
 そんな目の前の様を教師は逃さない。
「細かいお話はまた次の機会にいたしましょうね。それから……神先つったっけ……さんと言ったわね。あなたもう少し声を張ったほうがいいわよ。自分の意見くらいキビキビ口を開いて言いなさいな。」
「は、はい……ゴメンナサイ。」
「うちの智田が同級生の友人以外を慕うなんて珍しいんだから、もっとシャキッとなさい。」
 桂子はそう叱りつけて、神通の肩に手をポンと置いて抜き去って提督らのもとへと歩いて行った。一同から離れていた場所にいるのは、神通と不知火だけになった。
 顔が強張ったままの神通に不知火がそうっと近寄り、ペコリと頭を下げて言った。
「ごめんなさい。桂子先生は、実は熱血タイプなので。」
 不知火の説明にいまいち要領を得ないといった様子で悄気げた表情をしてしまうが、神通は本当に泣きそうになるのをあと一歩で堪えて作り笑いを返す。
「だ、大丈夫ですから。さ、行きましょう。」
 そう言って神通は振り向き、不知火と揃って那珂のもとへと歩み寄っていった。

 いつの間に他校の先生と話せるようになったんだろうと那珂は一瞬勘ぐる。側に寄ってきた神通の顔にひどく疲れた色が見えた。それが先刻の試合のものではないことは確かだとなんとなく察したが、まぁそれも成長だろうと、そう判断してあえて触れずに気に留めないことにした。

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 その日、教師らに見せる訓練を水上航行に決めた那珂たちは早速工廠の奥へと艤装を装着しに戻り、10人の艦娘揃って演習用プールへと向かった。
 プールへと向かう前の準備の最中、那珂は初めて艦娘として動く様を見ることになる妙高に話しかけた。
「そーいえば妙高さんは、重巡洋艦の艦娘なんですよね?」
「えぇ、そうです。」
「重巡洋艦ってどんな戦い方っていうか、動き方できるんでしょーか?」
 那珂の素朴な疑問。妙高はそれにクスリと微笑む。
「フフッ。多分みなさんと変わりませんよ。明石さんや提督によると、私の妙高の艤装は相当燃料や弾薬エネルギーを費やすとかで、なんだか申し訳なくて。ですのであまり出撃や本格的なアクションはしたことないんです。だからこうして若い子に混じって訓練をするの、とっても楽しみなんですよ。」
「へぇ~そうなんですかぁ。訓練だけじゃなくていつか一緒に出撃したいです!」
 妙高は那珂の素直な要望に、言葉なく笑顔で頷いて返事とした。
 艤装を装着し終えた那珂が妙高のそれを見てみると、なにやら自分たち川内型の艤装と似ている感覚を覚える。
「あ~、妙高さんの艤装も、もしかして端子に装着させるタイプなんですか?」
「えぇ、そうですね。あら?よく見たら那珂さんと同じみたいですね。」
 那珂と妙高のやり取りに気づいた川内が興味ありげに近づいてくる。
「おー、妙高さんの艤装ってそういうのなんだ。あたしたちみたいに動きやすそ~。ね、神通。そう思わない?」
「(コクリ)」
 若い娘三人から急に注目されて妙高はやや頬を赤らめて反応を返す。
「そう言ってもらえるとなんだか嬉しいですね。あまり意識したことなかったから不思議な感覚です。おそらく細かい使い方はもうあなた達のほうが詳しいでしょうし、おばさんに教えてもらえると助かります。」
 少し感じた妙高の茶目っ気。那珂は心からの笑いを浮かべてツッコむ。
「アハハ!もー妙高さんってば!自分でそんなこと言ったらダメですよぉ!」
「そーですよ妙高さん。ぶっちゃけあたしのママより数十倍は美人ですよ!それにあたしや神通でも2週間であれだけ動けるようになったんですから、らくしょ~ですよらくしょ~。」
 川内たちの会話に、側で耳を澄ませていたのか女性技師が話に入ってきた。
「あ、そうそう。那珂ちゃんたち聞いてないかもしれないけど妙高さん、訓練を本来3週間で終わらせるところを約半分の期間で全部終わらせたすごい人ですよ。」
「えっ、マジですか!? あたし達なんか目じゃないじゃん……。」速攻で反応したのは川内だ。
「へぇ~!それじゃあまさにスーパー主婦艦娘って感じですねぇ~。やっぱお艦だ~。」
「んもぅ、二人とも……。○○さんも余計な事おっしゃらないでください。」
 那珂と女性技師から妙な賞賛を受けた妙高はさらに照れを見せ、しとやかに苦笑する。
 那珂たちはまだ見ぬ妙高の立ち居振る舞いにも期待しつつ、教師たちへ全員の訓練の様を効果的に見せられるよう意気込むのだった。

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 演習用プールに出た合計10人はブイや的、その他必要道具を持って姿を現した。プールサイドには提督が先に来ており、先程の那珂たちの演習試合と同じようにプールサイドの庇の下に教師たち三人と二人の少女を招いていた。
 提督の隣には阿賀奈が、理沙と桂子は阿賀奈の隣の椅子に腰掛けている。五十鈴の友人であり、この後艦娘となる良と宮子は遠慮しているのか、教師たちから1つ分椅子のスペースを空けて立って見ている。
 ブイをどのように配置するか那珂と五十鈴、そして神通と時雨が考え悩んでいると、そこでハキっと提案してきたのは川内だった。
「○○っていうバイクゲームがあるんですけど、カラーコーンやいろんなアイテムでコースが形作られてるんですよ。艦船を模したあたしたちがやるってんなら、そーいうコースづくりが必須でしょ!?でしょ!?」
「あ~はいはい。あんたのゲーム知識はわかったから。だから早くそのコースの指示頂戴な。」
「アハハ。五十鈴ちゃん口悪いなぁ。川内ちゃんの知識すっごく助かるよ。その案採用!」
 身を乗り出して案を提示してくる川内に根負けした五十鈴と那珂はそれぞれ違う反応で川内の案を受け入れる。

 提督らと一緒に来ていた明石は今回もやはり訓練全体の進行の判定・サポート役を買って出た。事前に明石に水上航行訓練の意図や流れを明石に伝えていた那珂は、プールサイドにいる彼女の目から、自分たちがブイと的で形作るコース全体を俯瞰してもらいながらコースの設置を急いだ。コースの仔細とポイントは那珂の口から明石と女性技師に伝えられ、訓練の準備が進められることとなった。
 プールには2レーンのコースが作られた。最初にブイが一定間隔にまっすぐ配置されたゾーン、そこを越えると半径数mをランダムに動く的のゾーン、そしてジグザグにブイが配置されたゾーンと三部構成になっている。
 一度に二人でコースを巡ることになるため、那珂はその順番とペアを決めるべく音頭を取り始めた。川内は五十鈴と、神通は不知火と、五月雨は夕立と、村雨は時雨と、そして那珂は妙高と一緒の回に決まった。

「さて、みんな。これから水上航行訓練を始めたいと思います。と言っても今のみんなからすればひっじょーに簡単だと思います。」
「そうだそうだー!」
「そうっぽいー!」
 今までのことなどすっかり忘れてヤジ飛ばしをする川内と夕立。那珂は二人のことはガン無視して話を続ける。
「簡単なんですが、一般人に見てもらう艦娘の活動としては、もっともシンプルで効果的なものだと思います。先生方に、あたしたち生徒が艦娘としてどのように活動しているのか、見てもらいましょー。ここまではいいかな、みんな?」
 那珂が全員に目配せをすると、五十鈴を始めとして神通、妙高、そして五月雨らが返事をして頷く。
「今日は水上航行だけど、これからしばらくは先生方の都合があえば随時あたしたちの訓練の様子を見て頂く予定です。この次は砲撃、とか次は回避、とか。」
「あなたのことだからただ見てもらうだけじゃないんでしょ?」
 五十鈴が確認のため思ったことを口にすると、那珂はエヘヘと微笑する。
「うん。事前に明石さんたちに、今回の訓練のチェック項目を伝えています。ちょーっとばっかし外野に一苦労してもらうことになるけど、それによってあたしたちの動きの良し悪しが数値化できるはずです。同じことを今後の訓練でもやるつもりです。」
「お~!実感湧いてきた。つまりRPGとかのステータス化ですね!」
「うんうん、川内ちゃん的確なたとえありがとー。」
 那珂の素直な感心の様に川内はエヘヘと照れ笑いを浮かべた。

「それじゃあこれから走ってもらうけど、明石さんと技師の○○さんに頼んでちゃーんと録画してもらいます。恥ずかしいことになっても後世に残るのでそのつもりでコースを疾走してください。」
「うわぁ~、那珂さんすっげぇプレッシャー。」
「う……そういうの、私ダメです。」
 川内と神通がそれぞれの思いを口にすると、五月雨たちもワイワイと言い表して意気込みを語り合う。
「これであたしが時雨やますみんより上ってことがはっきりわかるっぽい?さみよりかは当然上だとしてぇ~。」
「わ、私だって負けないもん!」
「そうだね。運動神経は確かにゆうのほうが上だけど、艦娘としてはなんだか負けたくないね。」
「ゆうにはっきり負けるのはなんか癪に障るわね。艦娘が単に運動神経いいだけじゃダメってところ証明しましょ。ね、時雨、さみ。」
「うん。ホラホラ、さみもいつまでも膨れてないで。」
 時雨が頬をつっつくと、わざとらしくぷしゅ~と空気を吐いて五月雨は夕立に対する対抗心の表向きの表現を隠し、静かに燃やすことにした。

 一方、神通は中学生組で唯一他校の不知火と隣り合ってこれからの展開を話していた。
「基本に立ち返りましたね。」
「はい。」
「最初の頃、私、うまくイメージできなくて……。それで猛ダッシュして気絶しちゃったことあるんです。」
「最初のうちは、そういうものです。」
「不知火さん……も?」
「(コクコク)」
 自分の出来だけが特殊なのではなさそうだ。年下だが先輩艦娘の無口な告白に神通は安堵感を持った。
 それにしてもこの不知火という少女、イマイチ表向きの表情が読めない。口数が少ないし声にあまり感情を出さないがゆえに五月雨や夕立らに上手く混ざれないでいるように見える。しかしその傍から見ればそんなボッチな状況を、別段気にしている様子もない。
 本当のところはどうなのか推し量れないが、きっと内面は強い娘なのだろう。ただ、何回か感情をモロに出したことがある。おそらく我慢のキャパシティを超えた時だったりするのか、神通は隣にいる少女をチラリと見てそう付け加える。
 自身も口下手で口数が少ないと自覚しているし、なおかつ友達が少ないことでの痛手や空気感は知っている。だからこそ、同じ匂いのするこの少女ともっと仲良くなりたい。
 傷の舐め合いと言ってしまえば言い方は悪いのはわかっている。唯一の親友の和子も自身と似た感じだったため、すぐに仲良くなれた(と思っている)。同じ雰囲気の人となら気が楽だ。どんな形にせよ人付き合いなのだ。きっと那珂さんだってとやかくは言わないはず。

 神通はそこで思考を締めくくった。那珂の号令が響き渡ったからだ。ここからは真面目に取り組まねば。発せられた冗談のとおり、みっともない様を不知火はもちろん、四ツ原先生、そして二人の他校の先生にも晒してしまいかねない。絶対にミスはできない。
 神通は目の前でワイワイと強く意気込む川内、さらに目の前で笑顔のプレッシャー攻撃をしてくる那珂、そして一同それぞれにサッと眼球運動だけの視線を送り、静かな闘志を燃やし始める。

 そして10人の、水上航行訓練をはじめとする公開訓練のパイロット運用が始まった。

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