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過去のお話 1.猫のお話

自然の多い小さな田舎町。ヒノは両親と一緒にそこに引っ越してきたばかりだった。ヒノは一人っ子で両親から可愛がられていた。彼女には少し変わった特徴があった。興奮したり戦闘態勢になったりすると、本来1本しかないしっぽが2本に分かれるのである。

引っ越してきて少し経った頃のこと。ヒノは一人で庭で遊んでいた。ふと気配を感じて後ろを振り向くと、子供たちが数人、こちらに向かってくるのが見えた。

「こいつだ。こいつ、この前しっぽが2本あったぞ」
「怪しいやつだ」
「妖怪だ」
「化け物だ」
「退治してやれ」

そう口々に言うと、子供たちはヒノに飛びかかってきた。ヒノは逃げる間もなく押し倒され、殴られ、蹴られ、罵声を浴びせられた。やめてとお願いしても、大声で泣き叫んでも、暴力は止まなかった。声を聞きつけた母親が家の中から飛び出てくるまでは…

その日以降、ヒノは家から出ようとしなくなり、自分の部屋に引きこもることが多くなった。自分に暴力を振るった連中に怯えていたからというだけではない。また誰かに化け物だと罵られるかもしれない、殴られたり蹴られたりするかもしれない…彼女は人と会うのがすっかり怖くなっていた。

そんな日が数週間続いたある日のこと、父親が仕事を休めることになったから二泊三日で家族旅行に行かないかとヒノを誘ってきた。父親が提案してきたのは、少し離れた地方にある街だった。そこは最近になって発展して来た街で、独特な街並みや見たことのないようなものも色々と見られるという。元々が好奇心旺盛なヒノは興味をそそられた。
「どうだ?行ってみないか?」
父親の問いかけに対し、ヒノは答えた。
「うん、行く!」

旅行当日。ヒノはわくわくしながら両親と一緒に街中を歩いていた。初めて見る物、初めて見る街並み。目に入るもの全てが新鮮だった。久しぶりに外を歩いて開放感も感じていた。

喫茶店で一息入れている時、ヒノはもっと見て回りたいと両親に言って先に外に出た。歩き回っているうちに、森のあるエリアまで来た。木漏れ日を楽しみながら森の中を歩いていると、一軒の建物が目に入った。近づいてみると、比較的新しくできた建物のようだ。興味津々で建物の周りを歩き回るヒノ。その様子を建物の中から窺っている者がいた。

ヒノが建物の正面まで戻り改めて見ていると、不意にドアが開き、ヒノは体をビクッとさせた。中から出てきたのはヒノと同じくらいの女の子だった。赤い長髪に青い目。目玉模様のある透き通った羽にふわっとした白いしっぽ。頭にはつばの広い帽子を被っている。
「あ、あの、えっと、その…ごめんなさい…!」
ヒノは慌てて謝ると、急いで立ち去ろうとした。

「待って。ねえお願い、待って」
背後から呼び止める声が聞こえ、ヒノは立ち止まって振り向いた。
「あの、違うの。えっと、怒ってるとか追い払おうとしたとかそういうのじゃなくて、こんなところで何しているのかなって気になって」
ヒノは女の子を見つめた。どうやら敵意があるわけではなさそうだ。
「…えっと、街を歩いていたら森のエリアまで来ていて、森の中を歩いていたらここが目に入って…」
もじもじしていると、女の子が近づいてきた。
「もしかしてこの街に来たのは初めて?よかったら案内しようか?」
ヒノはびっくりして女の子を見た。
「え、いいの?」
「もちろんだよ!私、スーっていうんだ。あなたは?」
「ヒノ…ヒノっていうの」
「ヒノ、だね。よろしくね、ヒノ!」
そう言うと、スーと名乗った女の子は手を差し出した。
「…うん!」
ヒノも自分の手を差し出し、2人は握手を交わした。

スーが支度を整えると、2人はまず喫茶店で休憩しているヒノの両親の所へ行った。ヒノは両親にスーを紹介し、スーが案内してくれるというから一緒に街を見て回りたいというと、両親は快諾してくれた。

新しくできた友達と街の中を巡り歩くのはとても楽しかった。あっという間に時間が過ぎて、気がつくと夕方になっていた。スーはヒノが泊まる宿までヒノを送り届け、2人は次の日も会う約束をして別れた。ヒノはスーと街の中を歩いて回ったことを両親に話して聞かせた。

次の日、スーは宿までヒノを迎えに来て、2人は連れ立って街に繰り出した。スーは自分の住居の中の案内や一緒に住んでいる2人の少年に紹介もしてくれた。前の日と同じくらい、いやそれ以上に楽しい一日だった。

夕方になり、宿に着くとヒノは寂しい気持ちになった。これでお別れなんだ…。スーも寂しそうな様子だった。次の日さよならを言いに来るからと言って、スーは帰って行った。

その日の夜、ヒノは父親から話があると言われ、こう切り出された。
「ヒノ…この街に住んでみる気はないか?」
突然の話にびっくりして言葉が出ないヒノ。父親は話を続けた。
「母さんとも話したんだ、昨日友達と一緒に街を歩いた話をしていた時のヒノはすごく楽しそうだった、今の家に住んでまた閉じこもって過ごすよりもこの街で楽しく暮らした方がヒノにとって幸せだろうって。
…ただ私たちはそう簡単に引っ越せない、仕事があるからね。だからこの街に住むとしたら、ヒノ、お前が1人でこっちに住むことになる。」
「え…」
「もちろん、今すぐ結論を出さなくてもいい。帰ってからゆっくり考えてもいいんだよ。なんだったら、定期的にこの街に遊びに来れるように手立てを考えてたっていい。」
「…」
「まあ、考えてみてくれ。」

その日の晩、ヒノは眠れなかった。考えをまとめては迷いが生じて考えを打ち消し、それを何度も何度も繰り返した。夜が明ける頃、ヒノはついに心を決めた。

「…本当に?」
「うん!」
別れを言いに来たスーに、ヒノは昨夜のことを伝えた。この街に住まないかと父親に提案されたこと、そしてヒノはこの街に住むと決めたこと。
話を聞いてスーがあまりにもぽかーんとしているのを見て、ヒノは少し心配になって聞いた。
「あの…もしかして迷惑だっt」
言い終わらないうちに、スーがヒノに飛びついて来てそのままぎゅっと抱きしめられた。
「やったあぁぁぁー!これからずっと一緒にいられるんだね!よろしくね、ヒノ!」
嬉しそうに笑い声をあげるスーを見て、ヒノは自分の決断が間違っていなかったことを確信した。
「うん!よろしくね、スー!」
そう言いながらヒノもスーを抱きしめた。
「ね、うちはあと一部屋空いているんだよ。一緒に住もうよ!」
「え、いいの?」
「当たり前じゃん!他の2人もきっといいって言ってくれるよ!」
「本当?それじゃあそうする!」

ヒノの新しい生活が始まろうとしていた。

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