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セドとスーの付き合い初めのお話

 ある日の午後。「8号館」の居間でセドとユタがテーブルを挟んで向かい合っていた。
「で、なんだよ相談って」
ユタがテーブルの上のクッキーに手を伸ばしながら聞いた。
セドはためらっていたが、意を決したように言った。
「その、なんだ…好きな人ができて、さ…」
「へ〜ぇ、セドが恋ねぇ…んで、どんな奴なのさ」
「それが、その…」
もじもじしているセドを、ユタはクッキーをほおばりつつ興味津々な様子で見つめている。
少しの間の後、セドが口を開いた。
「…スーのこと、でさ…」
むせる音。ユタがクッキーを喉に詰まらせたらしく、胸を叩いている。
「…お前マジか。マジか」
「そこまで驚かなくても…」
ジュースを飲んでしばらくすると、ユタは落ち着いた。
「だってさ、お前は何というか、もっとおとなしくてお淑やかな感じの女の子を好きになるもんだと思ってたよ」
セドにムッとしたように睨まれ、ユタはギクッとした。
「悪かった、悪かったって。でも、なんであいつなんだ?」
「この間、僕が毒にやられた時にスーが介抱してくれてね。で、その時目を開けたら心配そうな顔をしていたのがホッとしたような笑顔になってさ。その時の笑顔がすごくいい笑顔で…あの笑顔が欲しいっていうか、自分が笑顔の理由になりたいってそう思ったんだ」
「ふーん」
ユタは頬杖をつきながら聞いている。
「ていうか、お前ならいけんだろ。あいつにお前ほど信用されてる男もいないだろうしさ。普通に好きですって言えばいいじゃん」
「いや待って、ダメだって!」
慌てるセド。
「なんで?」
「だって、スーは僕が手を出さないから親しくしてくれているのかもしれないし…近づこうとしたら嫌われるかもしれないって怖くて。ほら、あんな過去があるから…」
「あー…」
ユタは苦笑した。スーに初めて会った時、彼女が自分にどんな態度をとったのかを忘れたわけではなかったのである。
「んじゃ、とりあえずさりげなくアプローチしてみたらいいんじゃないか?お菓子を買っていって一緒に食べようとか、カフェとかに一緒に出かけたりとか」
「…えっと、それはもう前からやってて…」
「それもそうか。そんじゃ、頻度を増やすとか?あるいは何かお菓子以外でプレゼントでもするとか。…あ、でもそんなあからさまなのだとまずいかな」
セドはしばらく考え込んだ後に言った。
「うーん、でも他に方法も思いつかないし…ひとまずやってみるよ。ありがとう」

「なぁヒノ。ちょっと相談したいことがあるんだが」
「ん?なーに?」
あれからしばらく経ったある日のこと、スーはヒノと一緒に町のカフェでお茶をしていた。
「最近、セドからなんか誘われる事が多くてさ。一緒に出掛けようとか、お菓子を一緒に食べようとか」
「え?でも以前からそういうことはあったじゃない?」
「そうなんだけど、なんか前よりか回数が増えた気がするんだよな。あとなんていうか、セドの方からよく話しかけてくるようになった」
スーは一瞬間を置いた。
「…なぁ、これってやっぱり、その、アプローチされてんのかな」
「…うーん、まぁそうかもね」
なんとなくスーの気持ちを察していたヒノは続きを促した。
「で、スーはセドのことどう思っているの?」
「…好きさ。そうだよ、好きだよあいつのこと。でも、でもさぁ…」
ため息をつくスー。
「あいつはドラゴン、私は妖精。それに…」
スーは左手首に巻きついたリボンに目をやった。
「私は家出をした挙句、自分の魂をちぎって武器を作ってもらうような、碌でもない奴なんだ。初めて会った頃、あいつに酷い対応もしてきた。あいつは家柄の良い奴だし、私なんかよりもっと釣り合うような女の子と付き合った方がいいんだ…」
いつになくネガティブになっているスーを見て、ヒノはスーの気持ちをなんとか良い方向に持っていけないか頭を巡らせた。
「え、えっと…でもさ、セドは全部知ってるじゃない?」
「…え?」
「だからさ、セドは知ってるでしょ。スーの性格も、スーの過去も。自分がされたことも忘れたわけじゃないだろうし。その上でスーを誘ってきているわけでしょ?」
「…」
「悪いところも知った上で誘ってくるなんて、よっぽどスーのことが好きなんだと思うけどね。それにセドが誰と付き合うのが幸せかなんて決めるのは、他の誰でもない、セド自身だと思うよ」
しばし沈黙が流れた。やがてスーが口を開く。
「…なぁヒノ。私どうすればいい?」
「スーはどうしたいの?セドとお付き合いしたいの?」
「うん、お付き合いしたい」
「うーん…じゃあ好きですって言っちゃえば?」
「う、そ、それは…だって、もし勘違いだったらって思うと…」
「ダメかぁ…うーん…」
考え込むヒノ。
「それじゃあこっちからもアプローチしてみるとか?さりげなくあなたのことが好きですアピールをしてみる、みたいな」
「むぅ…」
少し考えたのち、スーは言った。
「…それだったらできるかも。うん、相談に乗ってくれてありがとう」

 それからしばらくの間、セドとスーがお互いにさりげなく好意を見せつつ、お互いの気持ちを探る日々が続いた。セドがスーをカフェに誘うと、行った先でスーがセドの真似をしてコーヒーを注文する(ただし砂糖たっぷり)といった具合だ。一緒に過ごす時間を重ねるにつれて、二人はお互いの気持ちが以前にも増して近づいているように感じていた。

 二人で出かけたある日の帰り道、セドは「8号館」の屋根の上に行かないかとスーに提案した。スーは何かを察したかのように一瞬はっとした顔をしたが、すぐに了承した。「8号館」まで着くと、二人は屋根の上まで飛び、腰を下ろした。木々の向こうに夕日が見える。
「へぇ、屋根の上から見たことってなかったけど、ここから見る夕日も綺麗なもんだな」
「たまにね、こうやって屋根の上から夕日を見ることがあるんだ」
「へー、セドがそんなことをするとは意外だな」
たわいのない会話をした後、セドはおもむろに持っていた鞄から綺麗にラッピングした箱を取り出した。
「あの…これ。スーにプレゼントしたいと思って」
スーは驚いたように箱を見つつ、箱を受け取った。
「私に、プレゼント…?」
「うん。開けてみて」
スーは箱を開けてみた。中に入っていたのは、真ん中に青い宝石のついた薄い緑色のリボンだった。
「…良かったら、着けてみてもらってもいい?」
セドに言われるがまま、スーはリボンを首元に着けてみた。
「…どう、かな?」
スーははにかみながらセドの方を向いた。
「…うん、似合ってる!良かったぁ」
セドの嬉しそうな様子を見て、スーは照れくさそうな顔をした。
「それで、あの…僕、あなたに言いたいことがあって…」
セドは居住まいを正し、深呼吸をした。
「スー、僕はあなたのことが大好きです。僕は、あなたの笑顔を見て、初めて女性を好きになるという気持ちを知りました。だから、これからも、あなたの側にいて、あなたの笑顔を見ていたいです」
セドは息をついた。長い沈黙の後、スーが口を開いた。
「…私も、私もセドのことが大好きだ。私も、これからもセドの側にいたい。…嬉しい。すごく嬉しいよ。…でも…」
「…でも?」
スーはおずおずと言葉を続けた。
「…本当に私で良いのか?私は妖精だし、家出をしたり他にも色々と悪いことをするような奴だし…」
「…スー」
セドはスーの目を真っ直ぐに見つめた。
「あなたは勘違いをしている。僕は、あなた「で」良いんじゃない、あなた「が」良いんだ!確かに僕はあなたの今までのことを知っている、でも、それでも!僕はあなたのことが好きなんだ!」
先ほどよりも長い沈黙が流れた。やがて、スーがセドに右手を差し出した。
「…え…」
「…セドの想い、受け取った。これからもよろしくな」
そう言うと、スーは恥ずかしそうに笑った。セドは一瞬固まったが、だんだんと明るい笑顔に変わっていった。
「…うん、これからもよろしく!」
セドはそう言うと、スーの手を握った。

 部屋に戻ったスーは、さっきまでのやり取りを頭の中で反芻していた。
「あなた「で」良いんじゃない、あなた「が」良いんだ、か…」
スーは首元に着けたリボンを外し、手に持って見つめた。
「…ふふっ」
頬を染めて微笑みながら、スーはリボンを胸元でそっと握りしめた。

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