ソウルへ:旅中のメモ⑩

旅中のメモ⑩

2023年8月25日18:00~24:00

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夕方、Aさんよりも少し先に、弘大入口駅の待ち合わせ場所に到着する。
これまではホステルの近辺・鍾路のエリアで夕飯を食べていたけれど、今日は最終日だから別のところに出かけてみようということになっていた。

メトロの出口付近に良い具合の屋台が出ており、トッポギやキンパ、韓国の天ぷらなどを買い食いすることができる。Aさんがトッポギを食べたいと言っていたことを思い出し(そしてわたしはといえばキンパ=韓国の海苔巻きを食べたいと初日から思っていた)、そこで軽い夕食をとることにする。

Aさんと落ち合い、Aさんはトッポギを、わたしは海苔巻きを注文する。海苔巻きは日本の細巻きよりもさらに細く巻かれており、エゴマの葉の風味がしておいしい。トッポギにも大量のエゴマの葉が入っている。
現地のひとが、大量の天ぷらのうえにトッポギをかけて食べているのを見て、思わず顔を見合わせる(ごく一般的な食べ方らしい)。また、天ぷらのなかにキンパの天ぷらがあるように見えて興味を引かれたが、あとで調べてみたところによるとそうではなく、春雨を海苔で巻いたものを天ぷらにしたものだという。

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弘大入口駅は美大に隣接した、原宿を思わせるようなところのある学生街で、路上ライブやパフォーマンスのできるちょっとした広場や、手軽な値段で服を買えるファッションロードなどがある(数年前にも来たことがあるような気がする)。
Aさんといっしょにふらふらとあたりを散歩し、服屋であれこれ試着をしたり、コミカルなマジックのようなものを路上で披露しているお兄さんを眺めたりして、過ごす。

そろそろ甘いものを食べたいねと言いながら歩いていると、いきなり、ハリー・ポッターは好き?と訊かれる。(いまも好きといえるのかわからないけれど)好きだと答え、子どものころは大好きだったと補足した。じつは近くにハリー・ポッター・カフェがあるんだけど、行く? (行きたいのかどうかにわかに自分では判りかねたけれど、Aさんが行きたそうなので)行きたいと答える。

ファッションストリートからそう離れていないところに5階建てくらいの建物が突然現れ、店に入ると、右手の壁に杖の箱が山積みにされている。メニューの中には、ハリーがハグリッドからもらったピンクの誕生日ケーキなどが含まれている。抹茶ドリンクなどを注文し、魔法使いの衣装を身につけて写真をとり、魔法使いの世界観の部屋の席につく。

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J.K.ローリングの話をする。全世界がお話の続きを待ち望んでいるなかで書くって、いったいどんな感じだろうと。わたしは小説を書くけれど、いまのところは全七巻におよぶお話を書ける気はしない。storyとnovellaは書くけれど、novelは書いたことがない。

子どもの頃に読んでいた本になにがあるか。グリム童話を全巻持っているし、『果てしない物語』が好きだと彼女は言った。でも、エンデの本は基本的に怖いし子どもにはちょっと難しい。エンデの父親はシュルレアリスムの画家だから、その影響があるのだと思う、とわたしは言う。日本では、エンデはものすごい人気がある。エンデはかなりの親日家だし、エンデの2番目の妻は日本人で、エンデ作品の翻訳家だった。モモという名前は、日本語の「百」という語に由来していると言われている。
モモの映画は子どもが見るにはかなり怖いよと彼女は言う。

最近読んだ本の話。聞いてみると、彼女は日本に関するフィクションをけっこう読んでいるけれど、日本の本の翻訳ではなく英語が原作のものばかりだった。『Stranger in the Shogun's City』という、江戸時代に生きた女性の物語。いわゆるゲイシャの話を書いた『さゆり(Memories of Geisha)』(ゲイシャって日本では言わないよね、という話をする。ゲイシャと呼ぶのは西洋人だけ。この本がcontroversialだったという話を知っている? この本については知らないけれど、こういうタイプの本に問題があるというのはよくあること)。日本の話ではないけれど、厳格なモルモン教徒の家に生まれた女の子の自伝『Educated』も面白かった。この間も話したけれど、脱北した女の子の自伝も。John Hersheyによる『Hiroshima』も。

カズオ・イシグロの文章は技巧的だよねという話をする。彼女は『クララとお日さま』を読んでいて、わたしはそれは読んでいないけれど『わたしを離さないで』などを読んでいた。全ての文章になにかが隠されている。イシグロは日本語で書いてる? いや、イシグロは決して公の場では日本語を使わない。英語で書き、英語で話す。『日の名残』は長崎を舞台にしたものだからあなたは興味を持つかもしれないけれど、5歳で日本を離れたイシグロの日本描写は正確なものではない。それは原爆の話?と彼女は訊く。原爆の話というわけではないけれど、原爆投下後の話ではある。

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ハリー・ポッターのドリンクを飲み終えて外を歩き、記念に写真を撮りたいよね、と言っていた矢先に、プリクラのフォトブースを見つける。彼女が嬉々として写真を撮ろうとするので、べつに構わないけど、狂気にみちた日本のプリクラをやったことないの?と思わず訊いてしまう(韓国一般のプリクラのレベルはわからないけれど、少なくともそのフォトブースはかなりローテクだった)。

うさぎの人形のついたヘアバンドを頭につけて、白いテディベアを抱える。彼女はバニーのカチューシャをつけて、シナモンロールのぬいぐるみを持っている。何度か撮影をして、エフェクトを選んでいるうちに、時間切れになった(日本のプリクラ機のように、わかりやすいカウントダウンはなかった)。時間切れのタイミングでたまたま選択していたデコレーションは韓国語のカトゥーン風の外枠で、ハングルの台詞がたくさん書き込まれていたから、結果的にソウル滞在の記念としてはけっこうよいものだったかもしれない。Google翻訳のレンズを吹き出しにかざしてみると、「わたしってかわいい♡」のようなふざけたナルシスティックな台詞ばかりで、なかなかいいデコレーションだなと思った。

また少し歩いて、アコギの弾き語りをしている男の子をしばらく眺め、日本の受験とドイツの受験の話とか、日本の恋愛や家族づきあいの話をする。どうして日本のカップルは親になったあとデートをしなくなるのか、とか。
わたしの両親はお互いのことを「ねずみ」と呼んでいて、10歳くらいまでそれが普通じゃないって知らなかった、と彼女は言った。

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メトロに乗ってホステルに帰る。すかさずトカルチュクの『逃亡派』を薦めるが、さほど気に入った様子ではなかった。
家に本が多すぎて困るという話をしながら、歩く。彼女の恋人はジェイムズ・ジョイスやロシアの長大な小説を通読する。帰国したらIKEAに行って、一番大きい本棚を買わないと。

ホステルに着く。エレベーターの前で別れを惜しんで(旅先で会っただけなのになんだかすごく仲良くなっていた)、それぞれの部屋に帰る。

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明日の朝が早いのでパッキングをして、明日着る服まできっちり揃えてから、横になる。
眠ろうとするけれど、早く起きなければと思うと逆に寝付けず、ぐずぐずと過ごす。

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