エッセイ

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ノート

高価なものを買い揃えはじめたとき、僕は歳をとったんだと気づいた

もうすぐ30歳になる

僕にとってはとてつもなく長かったように思えるし、とは言っても思い出せることもそれほど多くないから、案外短かったのかもしれない。

世間で30歳と言えばわりにしっかり大人のことを指す。地元に住む友人のほとんどはすでに家を買って子どもを育てているし、「それだけは絶対にないだろう」とたかをくくっていたにも関わらず、だらしのない妹がついにこの春結婚して実家を出ることになった。

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「マルタン・マルジェラ」の幕引きと沈黙のエンドロール

無音のまま流れていくエンドロールが、2人への黙祷のように思えた

この文章は『We Margiela マルジェラと私たち』を観てから数週間のあいだ、まるでタンスと壁の間に落ちてしまったアルバムのように下書きの中で眠っていたものだ。取りだしたいけれど、手を伸ばしてもなかなか届かない。いっそ忘れてしまおうとも思ったけれど、そこには大切な写真が入っていたような気がしてそうもいかない。

端的に言ってしま

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動く歩道を歩く人

僕は動く歩道が好きだ。特に恵比寿駅からガーデンプレイスに続いていく長い歩道がいい。晴れた日の昼下がりに、並んだビールの広告を横目に見ながら歩道の上に突っ立ってのろのろと運ばれていくのは、他では味わえない趣がある。

僕が恵比寿にいるときはたいてい時間に急かされていない日なので突っ立っていることが多いけれど、都会の平日だ。半分以上の人が足早に僕の右側を過ぎ去っていく。

そういえば動く歩道が初めて設

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大切な人との関係が終わっていくのを、悲しむことも、怖がることもない

はじめて出会った人と少し言葉を交わしただけで「この人とは気が合いそうだ」と直感的に思えることがある。

そして、「相手もきっとそう思っている」という、確信に近いものを感じとれる瞬間がある。

毎年冬になると彼のことを思い出すから、僕は今もこの街から出られないんだろう。

これまでも数え切れないほどの相手が僕の前にあらわれ、立ち止まり、少しのあいだ同じ時間を過ごしては、多くの場合、なんとなく連絡をと

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当たり前のことを言葉にして話す意味。

先日、ある著名なデザイナーの方にお話を伺う機会があった。

デザインの仕事につくことになったきっかけや背景、素材や手法への探究心、メンバーへの畏敬の気持ち。時々言葉に詰まる男性が不器用そうに、でも明らかに心を込めて話されていて、終わる頃にはその場にいる全員がすっかり彼のファンになっていた。

もちろん、その人自身が魅力的であることは大前提だけど、それを聞いていて僕は、これは大なり小なり、仕事をする

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最初のひとりになれないのなら、最後のひとりになりたい。

高校生の頃、誰かの誕生日の0時ちょうどにお祝いのメールを送るのが仲間内での恒例だった。

それが何人から来たとか、お気に入りのあの子から来たとかいうのが一種のステータスにもなっていた。

内容はシンプルな一言だったり、この1年であった出来事に対する感謝の気持ちだったり、人によってさまざま。

年に一度自分と相手との関係性を言葉にして確かめあうような、そんな意味を持っていた。

その日は、当時付き合

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アニエスベーのTシャツを着た女の子。

「アニエスベーのTシャツ」と言えば、高校の頃に読んでいた雑誌のスナップに毎回と言っていいほどそれを着た女性が登場していた。

セミロングの茶色い髪に真っ白な肌、麦わら帽、袖が少し短めに作られたTシャツにアーペーセーのデニム、ハーフムーンバッグ。

毎回同じ人というわけではもちろんなかったけれど、どの人もフレンチカジュアルを意識したシンプルなコーディネートだった。

当時のファッションスナップは奇抜

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もう東京ですらなく、そこはロンドンだった。

トレンチコートを着るのにちょうどいい季節。

東京の街を歩いていると、いたるところにトレンチコートを着た人を(それはリクルートスーツの上に「しかたなく」着ている人もふくめて)みかけることができる。

トレンチコートは、都会の人が着るものであると思う。田舎にトレンチコートというのは似合わない。

なんせ、防寒具としてはちょっと頼りなくて、妙に格好つけたかたちだし、長いすそは車に乗ったりするときにじゃ

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最低と最高を知る意味。

上京して間もない頃、尊敬する先輩からこう言われたことがある。

「最低のものと最高のものを知りなさい。東京にはそれがどちらもある。

最低のものしか知らないのも、最高のものだけ知っているのも、どちらも良くない。

両方を知ってはじめて本当のものを生み出せるようになる。

だから、それを知るためにお金や時間を惜しみなくつかいなさい。」

それを聞いて僕は、コムデギャルソンでラックにかかっている洋服と

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僕が紺色の服ばかり着る理由。

僕と会ったことのある人は知っていると思うけど、僕はほとんど毎日、なにかしら紺色のものを身につけている。

持っている服は紺と黒、少しだけ白、その3色だけ。決めているというより、自然とそうなってしまった、という方が正しいかもしれない。

 

服やおしゃれをするのは好きだけど、毎日のコーディネートを考えたり鏡の前で服をいろいろ合わせてみたりすることは、面倒だと思ってしまう。

だからできるだけ「何と

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