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「マルタン・マルジェラ」の幕引きと沈黙のエンドロール



無音のまま流れていくエンドロールが、2人への黙祷のように思えた

この文章は『We Margiela マルジェラと私たち』を観てから数週間のあいだ、まるでタンスと壁の間に落ちてしまったアルバムのように下書きの中で眠っていたものだ。取りだしたいけれど、手を伸ばしてもなかなか届かない。いっそ忘れてしまおうとも思ったけれど、そこには大切な写真が入っていたような気がしてそうもいかない。

端的に言ってしまうと、この映画はマルタン・マルジェラの「幕引き」で、もう再びマルタンのドキュメンタリーが撮られることもないだろうし、マルタンがファッションの世界に戻ってくることもない(もしくは、あったとしてもそれはもう以前のマルタンではない)。そう思わざるを得なかった。

どんなことにも光の面と影の面があって、多くの成功者がそうであるように、光の面がまぶしく輝くほど、影はより色濃くその背後に伸びていく。

同時に、「人の心を打つもの」とはどこか破滅的な匂いをいつもはらんでいて、絶妙で奇跡的な巡り合わせでその歯車がまわりだしてしまったら最後、その歯車を外してしまう以外にその動きを止めるすべはないということ。

無音のまま流れていくエンドロールが、僕にはジェニー・メイレンスとマルタン・マルジェラ、2人への黙祷のように思えた。



マルタンの帰りを今も待つひとりの女性

印象的だったシーンは二つある。

ひとつはマルタン・マルジェラを初期から買い付けていたというセレクトショップのオーナーの女性が出てくるシーン。

モノトーンを基調としたシックなコーディネート、眼鏡のついたグラスコードを首からぶら下げながら煙草をふかす仕草はいかにも日本人が描くヨーロッパのマダム、という印象の女性だ。

マルタンを心から賞賛し、その帰りをずっと待ち続けている彼女の部屋には、インタビューを受けている今もマルタンの作品が印刷された紙や写真のコラージュが壁に貼られていた。

映画の終盤で彼女はそのコラージュをそっと指で撫でるように触れる。それはもう初孫を抱きかかえるように、神に触れる(紙だけに)宗教的な儀式のような、慈愛に満ちた仕草で、感嘆の声をあげながら。

マルタン・マルジェラという人間はデビューした当時から実際に会い、関わってきた人にとってもそれほどの存在だったのだ。失踪して何年経ってもその帰りを待ち続け、祈り続けるだけの価値があるデザイナーであり、作品なのだ。そんな洋服を作れる人間が今の時代にもいるだろうか。

もしもマルタン・マルジェラのことを知らずに、例えば彼氏の付き合いなんかでこの映画を観た人は呆然としてしまうだろうと思う。

彼女の話の中でこういう言葉があった。

自分がブスだと思ってる子もマルジェラを着ると自信を持てた。(マルタン・マルジェラは)そういう人を何百人も救ってきた。


それはマルタンに限らず、ファッションの持つ(唯一と言ってもいいほどの)価値でもある。その中でも、マルタンの強烈なカリスマ性と独創的なクリエイションは代えのきかない特別なものだった。

いちファッションブランドに対してあまりこういう言い方はしたくないけれど、白衣をイメージしたコートを着てマルタンのアトリエで働く人のことが宗派(セクト)と呼ばれていたように、それはすでに信仰に近いものだったのかもしれない。


逆に言えば、それほどのブランドだったからこそ規模が大きくなるにつれてその「抑え」が効かなくなっていったのだろう。ひとりのカリスマが治められるキャパシティーを超えて、一人称はいつしか「We(私たち)」になり、マルタンとスタッフ達との距離は遠くなっていった。

いわば、それはこれまでにいくつもの革新的な宗教がそうだったように、はじめから永遠に続けられるものではなかったのかもしれない。



「この業界で年を取っていたいか?」

映画の終盤、マルタンは引退した後、偶然出会ったアトリエスタッフに「この業界で年を取っていたいか?」と質問したという。それはおそらくネガティブなニュアンスだった。彼は「この仕事が好きだから、他の業界で働くことは考えられない」というような返答をしていた。

「創作に明け暮れていたあの時でさえ、マルタンは楽しんでいなかったのかもしれない…」そう彼は話の後でこぼしていた。

ジェニー・メイレンスによれば、マルタンは当時週7日の働きづめで、報酬も最低賃金に近いものしか受け取っていなかったそう。これはきっとマルタン・マルジェラを知る人にとっては少なからずショッキングな話だったと思う。

何より、マルタン・マルジェラは「ファッションを愛して、楽しんでいた」と信じていたから、疲弊して(もう嫌になって)ファッション業界から姿を消してしまったというのはあまりに救われない話だし、稀有な才能を手厚く保護できない業界の体質にも憤りを感じてしまう。

もっとも、カリスマとして想像を超えるプレッシャーの中で次々と斬新なアイデアを提案するには、この業界はあまりに窮屈で排他的だったのかもしれない。

僕は社会人になってからずっとファッションに携わって生きている。少なからずマルタン・マルジェラの影響を受けている部分もあるだろう。

「この業界で年を取っていたいか?」

僕は、そうですね。作中に出てきたスタッフの方と同じく、イエスと答えるだろうと思います。



メゾン・マルタン・マルジェラの幕引き

映画を最後まで観て思ったのは、後継のデザイナーとしてジョン・ガリアーノが選ばれたのはマルタンにとってやはり嬉しかっただろうということ。そして、おそらく彼を選んだのはマルタンだろうということ。

彼ならメゾン・マルジェラをビジネスとして成功させてくれると信じていただろうし、実際にそれから数年の間に売り上げは飛躍的に伸びた。

ガリアーノのなんとも皮肉な四本ステッチの使い方には少なからずこれまでのファンをがっかりさせたと思うけど。僕はそれもよかったと思う。

なんだか、ファッション業界の体質に対するウィットのきいた強烈なジョークのような気がして。

もうマルタン・マルジェラはファッションの世界に戻ってくることはない。本人がそれを望んでいないし、なによりそれをビジネスに育ててくれた人がもうこの世にいないのだ。

*共同創業者であり経営者のジェニー・メイレンスは作中のインタビューのあと、2017年7月1日に逝去した。

だからこそこのドキュメンタリーは今公開されるべき作品だったのだろうと思う。

何も言わずにファッション業界から去ってしまった、彼に対する思いが成仏してくれるような(少なくとも僕にとっては、と付け加えておきます)素晴らしい作品だった。


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