僕たちはこんなにも面白い時代を生きているということをもっと自覚した方がいい


その日は朝から予定があって、昼過ぎにはそれをすませて帰路の電車に乗っていた。

新宿から中央線に乗り換えて、僕が空いている席に座ってすぐ年配の男性が隣に座った。僕は最寄りの駅までの間、SNSでニュースでも見ていようとスマートフォンを取り出した。

電車が出発して一駅がすぎた頃


「ちょっと、お兄さん、ちょっと。」


と隣に座っていた年配の男性が肩をたたいてきた。イヤホンをしていたから声にすぐ気づけずに、何か失礼なことでもしてしまったかとイヤホンをとって男性の方に顔を向けた。


「お兄さんはそんな小さな字が読めてるの?さっきから見てたけど、もう私には何を見てるのかさっぱりわからなくてね。」


と、男性はSNSのタイムラインが流れる僕のスマートフォンを指差して言った。笑っていたので、どうやら単純に興味本意で話しかけてくれたのだろうと安心した。


「見えてますよ、僕も目は良い方ではないんですが、コンタクトレンズという眼鏡のレンズのようなものを目の中に入れてるから、見えるんです。」


男性はたくさん皺のついた顔をさらに崩して


「目の中に眼鏡を入れてるのかい、今は色んなのがあるんだねぇ。」と感心したように言った。


僕は男性にスマートフォンの画面を見せながら


「この中で世界中の人が考えをつぶやいたり、文章を投稿したりしているんです。」

「世界中の人が?本当に?」

「そうなんです。だから、僕が会ったことのない人や、海外の人も皆ここに投稿して、それが自由に見れるようになってるんです。」

「それはすごいねぇ!お兄さんのそれは電話でしょう?電話でそんなことができるんだねぇ。私のは電話をかけるか、かかってくるかしかできないんです。これももう10年ほど使ってるんだけどね。」


と、角の塗装がはがれて見るからに年季が入っているガラケーを取り出して言った。


「最近はもう面白いことがなんにもなくなってしまってね。」


ガラケーを鞄にしまいながら男性が話し出した。

なんとなく、彼は僕にこの話をするために話しかけてきたような気がして、僕もスマートフォンをしまった。


「昔はテレビが面白くてね、私も若い頃は夢中になって観ていたんです。相撲とか野球も面白かったし、音楽番組やバラエティだって皆が観ていた。仕事から帰って、家族と話しながらテレビを観るのが日課だったんですよ。

今はどれもつまらなくなって、もうずいぶん見ていないですね。誰かが金を持ち逃げしただとか、不倫しただとか、音楽番組だって大勢の若い女の子が踊ってるよくわからない音楽ばかり流れてるし、スポーツもつまらなくなった。

最近はこうして電車に乗っていると10人いたら7人くらいはお兄さんみたいに電話を見てるでしょう。だいたいは絵しか見えないけども。」

「ゲームをしているんですかね。」

「そう、ゲーム。あんなことをする暇があるならまともなことのひとつでも考えたらいいのにね。さっきまで隣にいた女性はずっとゲームをしていたけど、お兄さんは熱心に小さい字を追っていて、なんだろうと気になったんですよ。

もう、こうして人と話すことしか楽しみがないんです。急に話しかけてしまって申し訳ありません。失礼しました。

それにしても、若いっていうのはいいですねぇ!お兄さんのそれもそうだけど、今は面白そうなものがいっぱいあるんですねぇ。私たちの時はテレビしかなかったからね。」


そう言って少しした後、僕が降りる駅の一駅手前で


「お兄さん、ありがとう、楽しかったよ。急に失礼しました。」


と言って電車を降りていった。


今は時間が足りなくなるほどたくさんの娯楽に囲まれて、たくさんの物や情報を浴びるように生きているけれど、ほんの少し前までこんな生活は考えもできなかったことだ。

想像もできなかった世界が毎日のように大きく広がっていき、興味や関心を共有できる世界中の人たちと交流ができて、実際に会うことだってできる。

話しかけてくださった男性のような世代の人が若い頃にもSNSがあったとしたら、彼らはどんな使い方をしたんだろうか。きっと、SNSは誰かの夢を叶えただろうと思う。


今、「若い世代は不利だ」とか「未来がない」とか、ネガティブな話題ばかりを耳にするけれど、

これだけたくさんの選択肢と可能性がある僕たちの時代は、もしかするとこれまでの歴史で一番面白くて幸せなのかもしれませんし、少なくとも僕はそう思っています。

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