「装う」について考えていること。

友人であり先輩である鳥井さんが運営に参加されている「SUSONO」の3月のテーマが「装う」とのことで、少し前に連絡をいただいたこともあって僕なりに文章を書いてみることにした。

装うとはなんだろう、暮らしを楽しむためにその気構えとして意識したほうがいいこととはなんだろう。多分、人によっていろんな考えや意見があるとは思うけど、僕にとって「装う」とは自分の社会に対する態度である。

社会に対して親しみをもって接するのか、そっけなくするのか。距離を置くのか、提案するのか、もしくは反抗するのか。

例えば社会に無関心な人はどんな服を着ても気にしないだろうし、社会に距離を置いて自分だけの世界で装いを楽しみたいという人は、他に言い回しが思い浮かびませんが悪い意味でなく、奇抜な格好をするだろう。

ある分野(モードとか、ストリートとか、アウトドアとか)のコミュニティを通して社会と関わっている人は、それぞれ「っぽい」格好をしているだろうし、パンクファッションとか、ヒッピーとかは「反抗」と言えるかもしれない。もちろん、いくつかのテイストを混ぜて自分なりに装いをつくっている人もいるだろう。

いろんな装いをする人がいるけれど、あえてことわっておくと「装い」自体に良い悪いはない。けれど、ならば僕は社会と親しくしたいと思う。

だから人に良くない印象を与えるかもしれない服装をしないようにできるだけ気を遣うし、TPOを守る。季節を楽しむようにその時の気候にあった服装をするし、流行にも無意識に反応してしまう。

「装い」の話と同時に服についても話すと、その時々の装いに用いられる服は、その国の気候や価値観、社会や流行が目に見えるかたちに具現化されたもの。
だから、服について知ることは、それを通して文化を知ることにもつながる。

人の持ち物のなかで唯一人目にふれて人肌にふれる服と自分はどう向き合って、無数に売っている服の中から1着を選んで自分の装いをつくっていくのか。

そのために、どう装うか、だけでなくどのブランドの、誰が作った(デザインした)、どういう服を装うか、というところまで考えることが大切だと思う。

僕は服のそういう、知的で奥が深くて社会的な魅力のあるところが好きで、服に関わることを仕事にしています。

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松尾翼 Matsuo Tsubasa

1989年京都生まれ。「#日常の制服 」を展開するファッションレーベル『Ithe(イザ)』セールス・PR。2019年からエッセイスト、ライターとしても活動を始めます。 ご依頼は m2.aowi[at]http://gmail.com までお願いします。

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