私の天職は助産師だった!
みなさん こんにちは
ノア助産院の新居信子(あらいのぶこ)です
今日はもう少し詳しく自己紹介をさせていただきたいと思います!
私は今年で助産師28年生。
ノア助産院を開いて、今年の秋で3年になります。
助産師学生のころは、まさか自分が助産院を開くなんて思っていませんでした
それはですね
実は・・・・
私が助産師になった動機が不順だからなのです。
[高校の衛生看護科に行っていた]
私は高校1年の時から、看護の勉強をしています。
一般の高校の勉強と看護の勉強で、高校時代は少し大変でした。
高校卒業時に准看護師の資格試験があるため、高校生なのに病院実習に行き、患者さんの体を拭いたり、頭を洗ったりとケアをしていました
その時には、
正直まったく楽しくありませんでした
なぜなら、看護師の仕事を見たことがなかったからなんです
[看護師を見たことない?]
私の住んでいる近くには小さな医院がありました。
そのため、子供のころから病気になるとそこに通ってました。
ある日、いつも白衣を着て医師の近くにいるひとに
『看護師の仕事って、なんですか』
って聞いてみたら…
『私、看護師じゃないのよ』
との返答。
看護師だと思っていたひとが、看護師じゃなかったという衝撃。
Σ(-∀-;)ガビーン
じゃぁ、看護師ってどこに行けばあえるのよー!!
どこで働いているのよー!!!
その後、友達の母親が看護師だったので、そちらから情報をもらって、
取りあえず准看護師で2年働きました
その後、正看護師の学校に行きました
[卒業間近に方向転換]
看護学校の時、12月で就職が決まっていなかった私は、付属の病院へ就職しようと思ってました。
そこで、悪い自分が出来てしましました。
「でも、ちょっと待てよ。もう少し、学生やっていたいなぁ~」
と甘い考えが出てきてしまい・・・
結局、助産師学校を受験することにしました。
私のこの判断で、看護学校の先生はと言うと・・・
「考えが甘い。
助産師になる人は1年生のころから、目標をもって勉強しているのよ。
受験したって受からないわよ。
どうしてもって言うなら、願書を貰ってきてもいいけど、たぶんダメでしょうね。」
そりゃそうでしょ!
1月の受験なのに、1か月前の12月に進学したいというトンチンカンな学生だったのですから・・・。
トンチンカンな私は、
究極のポジィティブでもあるので、
全く動じません。
それどころか、
「まぁ、大丈夫でしょう」
という自信をもって受験をして、
無事に合格してしまったのです!
[新人助産師の新居信子です]
そして、平成4年4月に助産師学校に入学しました
翌年の2月の助産師国家試験に合格し、無事に助産師になりました。
就職先は、助産師学校の付属の病院で働き始めました🏥
毎日毎日覚えることばかりで、大変でした。
でも、職場の先輩や仲間に恵まれていたので、勉強の仕方を教えていただいたり、遊びに連れて行ってもらったりと、充実した日を過ごしていました。
しかし、3年目の時に助産師になった動機が不順なだけに、つまらなくなってしまったのです。
辞めようかな・・・
辞めて何しようかな・・・
准看のときに外科にいたから、戻ろうかな・・・
と迷いがでてきました。
[渋谷のおじさんが私の道しるべ]
夜中までの仕事が終わったある日
わたしは職場の友達と、渋谷にいきました。
食事をしようとお店を探していると、手相の占いのおじさんが見えました。
「迷っているから、手相でも見てもらおう」
おじさんは私の手相をみて
「あなた、看護師に向いてるみたいだよ。看護学校にいったら?」
とのこと。
「ふーん、おじさんスゴイじゃん!
でも私、看護師も助産師ももってるんだよねー」
なんて思っていたら
おじさんは何度も「看護学校に行け!」と言い出した。
そんなに看護師が向くのか!
でも、このおじさんしつこいなぁ~
何度もおじさんは言ってくるので、私が看護師免許を持っていることを伝えると・・・。
「助産師が向くみたいだよ。天職だよ。助産師学校にいきなさい」と・・・。
私の中に
「人生のうち、天職につける人はそうそういない!」
と、またまたポジィティブ&変な自信が起きてしまったのです。
この手相のおじさんのおかげ?
で、28年間助産師を続けています
[周りに助けられての28年]
25年間病院で助産師をしていました。
その中では、産婦人科やNICUや看護学校の教員をしていました。
産婦人科では、病棟と外来に所属したおり、1000件以上の出産に立ち会ったり、
切迫流早産の妊婦さんのケア、また出産後のママたちへの育児指導も行ってきました。
また、新設病院の産婦人科立ち上げを経験しています。
そうそう、「私、出産がすごくつくのです!」
若いころから、一緒に夜勤を組む人に嫌がれます
出産がなくても急患が来たりと、なぜ忙しいのです
夜勤では、あまり休憩をとった記憶ないのです。
NICUの8年間は、出産予定日より早く生まれた子や、病気をもつ子供たちをみてきました。
また家族支援に力を注ぎ、面会制限の最小化や母児が早い時期に接触できるようにしていました。
私は2つのNICUにいたことがありますが、その一つでは新設NICU立ち上げを行いました。
看護学校では、講義をしたり、学生と一緒に実習にいっていました。
人に物事を教えるのは、子育てと一緒だな。。。なんて感じました。
その時々で、良い仲間(助産師・看護師・医師)出会い、
楽しく仕事をしてきました。
そして、なにより患者さんたちに助けられて、助産師を続けてこれたのだと思います。
[結論]
助産師歴28年を振り返って思ったことは・・・
「助産師は私にとって、天職だった‼️」
これからも、ずっと助産師を続けていきます。
コロナが蔓延していても、変わらず母子の支援はしていきます!
☆アメブロで子育て情報を載せています☆
http://ameblo.jp/m45057
☆ノア助産院HP☆
http://www.noa-jyosanin.com/sp/
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