持ってきていいもの、いけないもの。


「これ、うちの子のものじゃないんです」

そんな保護者からのひと言を発端に、当時のわたしの保育観はずいぶんと変わったように思う。

今でも覚えている、あるエピソード。

3〜5歳児の異年齢クラスの担任をしている時だった。
転職して半年、ようやく保育園やクラスの子どもたちと慣れてきたかな、というぐらいの頃。

クラス内の子どもたちの間では、いろんな私物が行き交っていた。
例えばそれは、匂い付きのティッシュだったり、ちょっと変わった色のペンだったり、キャラクターのシールや折り紙だったり、ちいさなマスコット人形みたいなものだったりした。
(当時、保育園の持ち物に特に指定や決まりはなかった。)

そしてだんだんと、持ってきた私物を取ったり取られたり、自慢したり交換
したりという姿が見え隠れするようになっていった。
保護者からのひと言は、そんな日々のなかで寄せられた。

さて、どうしようかと、子どもたちの様子を観察すること2週間。
わたしは、園長先生に一つの提案をした。

「持ってくるものと、持ってきてはいけないものを決めて新しいルールを作りたい」

園長先生は、にやりと笑って、「いいよ。好きにやってごらん。」と言った。

翌日から、クラスにこんな持ち物ルールができた(正確には、わたしがつくった)。

・持ってきてよいもの
クレヨン、自由画帳、のり、はさみ

・持ってきてはいけないもの
それ以外のもの。
折り紙やぬりえは、保育園で用意する

ちなみに、わたしがそれまでに関わっていた保育園 では、大体どこにも同じようなルールがあった。
だからこのルールをつくることで、この問題(当時のわたしは、これは問題だと捉えていた)は落ち着くものだと思っていたし、それ以外の発想なんて、正直なかったと思う。

ところが、だ。

数日が経ち、子どもたちの姿に変化が出てきた。
でもそれは、わたしが想定していた変化ではなかった。

見た目こそそんなに目立ったやりとりはなかったが、それもそのはず。
子どもたちはみんなコソコソと隠れて私物を持ってくるようになったのだ。

隠れて持ってきているのだから、何かトラブルがあってもわからない。
そのトラブルやその背景にある子どもたちの姿までもが、どんどんと見えにくくなっていく。

そんな様子を見ながらずいぶんと悩んだけれど、でも一体どうすれば良かったのか、なぜそうなってしまったのか、すぐにはわからなかった。

わたしは再び、園長先生の元へと向かう。

園長先生は見通していたかのように、またニヤリと笑って言った。
「この後どうするかは、ちょっと預けてもらってもいい?」

翌日、園長先生はクラスの子どもたちを集めて、こう切り出した。

「明日からは、みんな、なんでも好きなものを持ってきてもいいよ。」

子どもたちは、キョトンとした顔で、園長先生の顔を見つめる。

「なんでも、おっけー。
でもね、持ってきたらいけないものが、3つ。3つあります。
それは、

・危ないもの(小さくて誤飲の可能性があるものや、先が尖ったもの)
・高価なもの
・食べもの

わかった?
その3つはだめだけれど、その3つ以外は、なーんでももってきていいよ。」

子どもたちの表情は、よろこんでいいのかどうか、ちょっと戸惑っているように見える。

「でもーー。」
園長先生は続けた。

「でもね、持ってきても良いのだけどーー。

保育園に持ってくると、もしかしたら、いろんな友だちが欲しがるかもしれないよね。
かして、かしてって言って、使いたがるかもしれない。
そうしているうちに、汚れたり、壊れたり、なくなったりするかもしれない。

それでも良いって思ったら、さっきの3つ以外のものであれば、なんでも持ってきてもいいからね。」

翌日から日を追うごとに、私物を持ってくる子は減っていった。
隠れて持ってくることもなくなった。

特に我慢をしている様子もなく、これまでコソコソ持ってきたりしていたことが何もなかったかのようだった。


ーー衝撃的だった。

わたしが当初問題だと思っていたそれは、モノが溢れる世の中を見てみればごくごく自然なできごとであって、保育園の外でも、ましてや大人になっても起こりうる。
大切なことは、「今」の環境下において、子どものために必要そうに見えてしまう“ルール”という名の枠(制限)をつくるよりも他にあったのだ。

残念ながら、当時のわたしは枠をつくる以外の考え方を持ち合わせていなかったし、むしろそれが正しいと思っていた。

“知らないことがあることを、知らない”という怖さみたいなものを実感したできごとだった。



これが、今でも覚えている、あるエピソードの一部始終。

特に何かを結論づけたい、というわけではなく、ただ、ずーっと足踏みしていたnoteを始めるにあたって辿り着いたのがこのエピソードだったから、自分のあの頃の備忘録もかねて。

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Minami Amemiya

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