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どっちが強いか

「どっちがつよいでしょーか?」

よく息子にされる質問。
質問の対象となるのは、恐竜の人形と恐竜の人形だったり、ミニカーとミニカーだったり、時におしりとお◯んちんだったりする(どんな質問だ)。

その度にわたしは、強さがすべてじゃないしなぁ、なんていう違和感を感じながらも「こっちかな。」と応える。
正解は、戦いごっこのデモンストレーションを通して「こっちでしたー!」と知らされるのだけれど、正直、わたしはこのやりとりがあんまりすきではない。

ある日のこと。
二体の恐竜の人形を前に、なんとなくこんな質問をしてみる。

「どっちが、“おもしろい”でしょーか?」

彼は、「えっ」とちょっと困ったような表情を浮かべながらすこしの間考えて、そして、よくわかんないけどこっちかなといった感じで片方を指さした。 そのやりとりのなかでふと感じたのが、彼のなかにある「つよい」というイメージの強烈さについて。

どうやら「つよい」って、わたしが想像していた以上に、凄さを感じやすい(すごい、ということがイメージしやすい)もののようなのだ。 

たたかう(目に見てわかる形で) → 勝つ → つよい(=すごい!)

こんなイメージの連鎖をしているのではないか、というのが、わたしの勝手な妄想。

それに比べて「おもしろい」というものの測り方は、けっこう感覚的な部分が大きく難しそうで、応えに困っていたのもうなずける。

視覚的にもわかりやすい「つよい」とか「はやい」を超えるものが登場するまでは、彼が、“すっげー!” と感じる対象のなかでは「つよい」が強い。
だから、強さで競おう(比べよう)とするんだろうなと、そんなことを思った。
(ちなみに、そもそもなぜ競おうとするのか、というナゾは温存中)

きっとだんだんと、「すごい」と感じるものの幅が広がっていくんだろうな。
これから先たくさんの “すっげー!” に出会って、たくさんの心動く体験をしていけるだなんて、息子よ、なんて羨ましい人生だ。

いや、かくいうわたしも、息子を通してずいぶんとたくさんの “すっげー!” に出会えているのだよなぁ。

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