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産みの苦しみと「思考的シンギュラリティ」

新サービスを企画するにあたってブチあたった、論理的飛躍を許容してたどり着いた話。

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ここ数週間、新サービス企画で産みの苦しみを味わっていました。顧客の課題仮説を作り、見込み顧客にリサーチを重ねて、そこで得た示唆を分析し課題構造を可視化して…と、教科書的な進め方とこれまでの経験に頼った思考の仕方……だけではなかなかうまく行きませんでした。

思えばこれまでの仕事は論理構築がほとんど。カオスに手を突っ込んで情報を作って集めて構造化し、対策を作る。オプションに優先順位付けて提案はするけど、どれにするか「決める」のはいつも他の誰かの仕事でした(それでも価値発揮できていたと思ってますが汗)。そういう仕事の仕方が染み付いていたんですね。

そんな中、自チームで「決めないといけない」という環境に初めて立たされて。いやー、相当にタフでした。どれだけチームで議論しても、納得のいく結論にたどり着けません。どこかで論理が飛躍してしまい違和感が残り「それはそれで良さそうなんだけど、リサーチで見つけた示唆とどう関係してるんだっけ?」の積み重ねばかりで。

しかし、それでもようやく、ここ2日ぐらいのことですが、落としどころがようやく見えてきました。長いトンネル抜けて、ふと見えてきました。

その見えてきた瞬間は、それまでこだわってきた論理飛躍を許容してインタビューで会った人一人ひとりの顔を思い浮かべて「よしこれやってみよう!」とチームで思えた瞬間。今までの仕事では経験したことのないものでした。

どうやったたどり着けたのかは分かりませんが、そいつに思考的シンギュラリティと名付けてみました。

その落としどころもまだうまく説明できる状態ではないんですが(今から社内や顧客に説明しないといけない汗)、経験と思考と直感がうまい、というかあやういバランスで成立している状態です。まさに産まれたて。あとはこれをプロトタイピングしてさらに仮説検証を重ねて磨いていくフェーズです。多分たくさん失敗していくんでしょうけど、見つけたこのアイデアがどう変わっていくのもまた楽しみですね(と言って自分を鼓舞する)。

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