ゆのみ

 時に思う。私が今目にしているこの文章、ひいては私が日ごろ得ている情報は現実なのだろうか。いや…正確には現実なのだが、AIによって創られた情報であってこの世には存在しないものなのではないだろうか。
 私は一体、何を見ているのだろう。

 私たちは情報の取捨選択をすることができる。情報の真偽を確かめたり、気に入った情報だけを集め、それ以外を排除することも可能だ。だが、はたしてその行動は自身が「そうしたいから」行っているのだろうか。それとも、情報からこちらに歩み寄り、あたかも「そうしているように」見せているのだろうか。もし後者だとするならば、誰がそうさせているのか。

 SNSを例に採ろう。恐らく君のタイムラインには君の選んだ情報発信源が並び、皆好き好きにモノを言う。とても愉快な光景だ。
 …では彼らはどのようにして君の目の前に現れたのか。きっと色々な理由があるだろう。共通の趣味、友人の紹介、実際にあった人などなど…まぁいずれも「君が選んだ」ものであることは間違いない。なにせ生身の人間と違ってSNSじゃボタン一つで関係が切れるのだから、君の気に入らない情報はその中にはいないはずだ。もしいるとするなら…相当の博愛主義者か自身にストレスを与えるのが好きな変わり者だろう。後者は精神をイカレさせかねないのでその趣味をさっさとやめることを勧める。
 …だいぶ話がズレた。ついでだ、さらに話をズラそう。ではここで一つ質問。「そのユーザーが人間である根拠はなにか」。ただし、”実際にあったことがあるから”ってのはナシだ。…いや、それもいいことににしよう。その根拠の絶対性を崩す考えが思いついたからだ。

ではここで一旦目を閉じ、上の質問について少し考えてみてほしい。

 さて、上手い理由は思いついただろうか。私個人としては思いつかなかったほうが話が進めやすくていいのだが…
 ああ、「実際にあったことのあるから」ってのがあったか…面倒な根拠だ…が、その言い分に対して一つ気になるのは「本当にその人物がそのユーザーなのか」だ。ユーザー名を名乗った?顔が見えない相手だ、そんなことはいくらだって偽れる。ホーム画面を見た?それが加工されていない証拠はどこにあるんだ。同じ場所にいるって投稿を見た?その投稿を君が見られるなら、当然第三者もその投稿を見ることができるはずだ。アイコンが顔写真?それは本当に”本人”か?他にも同じような人に会ってる?なぜ全員が全員そうだと言い切れるんだ。いずれの理由も不思議でならない。

 で、だ。人間でなかった場合、一体そのアカウントは何者なのだろうか。まぁここで冒頭の話を持ってくるならばその答えはAIなのだが…では何故ソレはあなたの前に現れたのだろうか。

 その答えは『あなたに情報を与えるため』である。あなたは現れたソレをはねのけることはできるが、そうしようとはしない。何故か?理由は単純、ソレはあなたが選ぶであろう姿で現れたからだ。選ばない自由はあるが、除外する理由は無い。故に受け入れ、あたかも「自身で選んだ」ように思う。こうして”選ばれた”情報によってあなたの世界は形成されていくのだ。

 話を本筋に戻そう。ではそのような可能性のあるこの世界で、私たちが見ているコレは現実なのだろうか。ソレらによって創り出された虚構なのではないだろうか。逆に虚構でない理由はどこにあるのか。事故が起きた。人が死んだ。それは事実なのか。確かに”情報”は見た。しかしそれは現実ではない。どんなに陰惨な現場だろうと画面を挟めばそれはただのデータの一つにすぎない。なのに何故それを現実と認めるのか。あなたを楽しませるためにソレが創り出したかもしれないのに。
 この文章だってそうだ。この文字の羅列が現実に存在するものとは限らない。あなたが読みたがったものをソレが書きだしたのかもしれない。そもそも私は人間なのか?一体君は誰の何を見て、私は誰に何を書いているんだ?


私は 一体 何だ ?

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盛岡デミタス

140字の壁を越え、今日も行く行く脱線超特急。
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