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一読者の、芦原先生の最後の言葉への想い

先日、小学館の編集者様のメッセージが出たことは、皆様もご存じの事でしょう。
芦原先生がお亡くなりになり、ある種の喪失感を持ちつつそれを言葉に表したけれど、それをアップしても良いものか気にして、お蔵入りしそうだった記事です。
それを、編集者様のメッセージで、出せる気がしてきたので、これを機にアップさせていただきます。

これは、個人的な想いです。
批判もご意見もあるかもしれませんが、一ファンのつぶやきとして、そっと覗くような気持ちで見ていただけたらと存じます。





芦原妃名子先生の、最後のメッセージが、


「攻撃したかったわけじゃなくて。
ごめんなさい」

だったことは、誰もが知るところだと思う。


なんて、やるせない結末だろう。
自分の生み出した、いわば子供を利用され踏みにじられて、それでもまだ成長するはずの子供を守るためにがんばって主張して。
それなのに精一杯のその主張さえも色々な人に湾曲して受け取られてしまったのではないだろうか。
それでも、攻撃したかったわけじゃない、責めたいわけじゃないと、仰った。

そして今、先生を想って擁護する人たちの存在が、他者を苦しめてしまっている。

SNSを見ていると、「セクシー田中さん」の8話までの脚本家の方を責める言葉の羅列がでてくる。

その攻撃的な言葉は、たくさんの人の負の感情を惹きつける。
誰かを傷つける良くない「いいね」を荒稼ぎし、海外のユーザーにまで注目されコピーされて、何度も何度もポストされてしまっている。

誤解を恐れずいえば、芦原先生はこの状況を望んでいたわけではないと思う。

先生の最後のメッセージが語っているではないか。

「攻撃したかったわけじゃない」と。

なんて優しいのだろう。
「アフターピル問題」や「性被害問題」等、マイノリティでセンシティブな弱者の立場を声を上げて堂々と守ろうとする主張を描いた先生らしい。

誤解されてしまって、攻撃的なムーブメントを先導したような形になってしまった。
なんて、悲しいのだろう。

もちろん、これ以降同じようなことが横行しないようにすること等の責任は、素人にはわからないし言及する立場ではない。
きっと、先生を思って、しっかりと、対応してくれると、信じている。

でも、一先生のファン読者として、「セクシー田中さん」ファンとして、漫画好きの立場として。
同じ読者としての行動には、先生の意を汲もうと、声をかけたい。

弱者の盾のような優しい物語を描いていた先生の言葉を、しっかりと受け取れますように。

先生は、「攻撃したかったわけじゃない」。


弱い立場の人の盾となるような作品を産み出してこられた芦原先生。
その先生を支えられたきたご親族ご友人や、編集者という味方だった方々に、今は何事にも煩わされずただただその存在の喪失を悲しみ、そしていつか笑って懐かしめるような安寧の時間が訪れますように。

芦原先生が、今は、ゆっくりと休めて、いますように。

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