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自閉スペクトラム症の感覚過敏の調査研究の動向

トップの写真は@Spectrumの記事”Sensory sensitivity may share genetic roots with autism”より転載

発達障害者の感覚の問題

 発達障害をもつ多くの方で、感覚について何らかの特徴が見られることが知られています。とりわけ”感覚過敏”がクローズアップされることが多いですが、実際には”感覚鈍麻”も高い割合で見られます。感覚過敏とは、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚などについて、刺激に対して過度に強い知覚的な経験したり、情緒的反応をしたり、刺激に対する激しい回避行動を示すような特徴を指します。感覚過敏に関し、近年の概念的定義については、以前のTwitterでの解説をご参照ください。

 一方、感覚鈍麻では、そうした刺激に対する反応が鈍く、怪我をしても気づけなかったり、温度感覚が鈍いことで服装の調節が難しく、体調不良の原因になったりします。ここで注意していただきたいのは、感覚過敏と感覚鈍麻は対照的なものとして、連続した一つの軸の両極端に位置しているのではなく、一人の個人が両方の特徴を同時に合わせもつ方が一般的だということです。多様な側面の併せもつのが発達障害の方で見られる感覚の問題で、これを感覚処理障害と包括的に定義することが多いです。NPO法人ぷるすあるはさんの下記のサイトが参考になるので、ご参照ください。

感覚処理障害の詳細とその発生率

 私は自閉症啓発のライト・イット・アップ・ブルー所沢とのコラボで、毎年4月に啓発イベントとして自閉スペクトラム症(以下ASDと略記)の方の感覚処理障害をテーマにしたシンポジウムを行ってきました。2019年は「敏感な感覚でも心地のよい環境ってどんな?」という企画を行い、その参加登録の際に、「普段の生活の中で過敏に反応する感覚はどれ?」という質問をさせていただきました。61名から得られた回答から、感覚ごとの割合を示したのが下のグラフです(後ほどこのアンケートは厳密なものではないことを説明しますので、そのことを踏まえてご覧ください)。

 視覚・聴覚・触覚でおよそ同じ割合で過敏の報告があったことが見て取れます。また、味覚・嗅覚・偏食などは、互いに密接に関連し合っているものなので、これをひとまとめに考えて、およそ複数の感覚間で同程度の割合で過敏が見られると考えて良いと考えています。これから紹介する論文などと関連して繰り返し述べますが、発達障害の方の感覚過敏は、人によって個人差はありますが、特定の感覚だけに限定して生じる(例えば、音だけが気になる)のではなく、複数の感覚にまたがって生じるものです。

 ここで、この調査の厳密ではないということの説明と絡めて、しばしばメディアを通して伝わってくる調査データを読み取る際、最低限気に留めて欲しいことを説明します。

調査データの読み取る際の最低限の注意点

 先ほどのアンケート結果は、あくまで来場者とのディスカッションを膨らませることを目的にしたものなので、質問紙調査の方法論としては全くナンセンスです。主要な問題点を大雑把に3つ挙げたいと思います。

 1つ目の問題点は”標本抽出”に関してです。アンケートでは、参加登録者の中でご協力いただける方に、自由記述式で、普段過敏でお困りの感覚とその具体的体験内容を尋ねました。その際、回答者の発達障害の診断の有無やその他の属性について一切聞いていません。来場者には一定数の当事者は含まれていると考えられますが、この結果は、「一般の方でも経験する日常生活での感覚に関する困り感」だと考えた方が穏当です。例えば、「高架下を歩いている時に聞こえる電車の音に過敏だ」というのは、過敏の特徴というより、誰でも強く反応する刺激に遭遇する状況であって、その人の生活環境において高頻度に接する不快な刺激を表していると考えるべきでしょう。こうした定型発達の方でも経験する刺激による苦痛と、発達障害の方の感覚過敏を明確に区別するためには、データ収集の際に診断の有無を確認することは必須です。もちろん、診断を受けていない方で、発達障害の特徴をもち、過敏を経験している方も多くいらっしゃると思いますが(こうしたケースもご本人には大きな苦痛になると思います)、あくまで科学的データとして報告する際には、一つの線引きとしての診断、もしくは何らかの発達検査で回答者の属性を明確化しないと、過度にこの問題を一般化することにもつながる恐れがあります。

 2つ目の問題は、”質問項目の妥当性”についてです。アンケートでは、「普段の生活の中で過敏に反応する感覚はどれ?」ということを聞いていますので、回答者が最も思い出しやすい過敏な体験について記述していると考えられます。このような聞き方では、回答時に思い出せなかった他の感覚で経験している過敏について、フェアに尋ねているとは言えず、特定の感覚に偏った回答を誘導します。こうしたことを避けるため、後ほど論じるように、感覚プロファイルなどの標準化された質問紙を用い、多様な感覚に関する網羅的な質問項目を用意して、それらに自分が当てはまるかどうかを聞く方が、感覚ごとの過敏の発生率などを調べることには適しています。

 3つ目の問題は、”サンプルサイズ”の問題です。今回、回答をいただいた人の数は61名でした。上述のように、今回のアンケートでは、回答者が一つの感覚についてのみ記述することを誘導するような質問の方法でしたので、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の5つの感覚について、一人一つずつ回答を求めるのであれば、(厳密に論じると大変難しい問題ですが)この回答者×5(感覚の数)程度のサンプル数が望ましいと思われます。統計学的に十分な信頼性のあるデータを取得することを考えると、今回のアンケートの回答者の数は不十分です。

感覚処理障害の特徴ごとの生起率 

 ここで話を戻し、感覚処理障害に含まれる特徴と、特徴ごとの生起率を先行研究から紹介します。Dunn (1999, Sensory profile: User’s manual San Antonio)は、ASDで見られる感覚の問題を、感覚過敏、感覚回避、低登録(いわゆる感覚鈍麻)、感覚探求と分類して定義しています。また、感覚過敏と感覚回避、低登録と感覚探求をそれぞれまとめ、前者は感覚過敏に基づく反応の種類、後者は感覚鈍麻に基づくそれとして、一人の個人でこれらの特徴がどのようなバランスで生じているかということの見立てから、支援につなげることを推奨しています。こうした理論的背景から、感覚プロファイルという質問紙を作成し、世界中の臨床や研究において感覚処理障害の評価に用いられています。Lane et al., (2009, Journal of Autism and Developmental Disorders)では、54名のASD児童の保護者を対象に感覚プロファイル(調査には短縮版感覚プロファイルを使用)への回答を求め、各カテゴリーごとの生起率を報告しています。下の図をご参照ください(Lane et al., 2009から引用)。

 棒グラフで表されている各カテゴリーは、左から”触覚過敏”、”味覚/嗅覚過敏”、”動きへの過敏”、”低反応/感覚探求”、””聴覚フィルタリング”、”低活動/弱さ”、”視覚/聴覚過敏”です。緑色で表されているのが、そのカテゴリーの回答スコアが「極めて顕著」の分類に当てはまった割合、赤色は「顕著」の割合、青色は「平均的」の割合です。やや、聴覚フィルタリング(聴覚過敏によって刺激を回避する行動)の割合が高いものの、むしろ、その他の視覚・触覚・味覚・嗅覚といった感覚、その他のカテゴリーでも、一定以上のASD児が「極めて顕著」「顕著」以上の評定に当てはまっていたことに注目する必要があります。こうした、ASD当事者における複数の感覚にも共通して高い割合で見られる感覚処理障害については、これまでの多くの大規模データで一貫して示されています(例えば、Ausderau et al., 2014, Journal of Autism and Developmental Disorders; Lane et al., 2014, Autism Rsearch; Little et al., 2016, Child: care, health and development等)。感覚プロファイルは、保護者(もしくは本人)が、質問紙に記載されている特定の感覚刺激にさらされる場面を想起し、その場面でどの程度不快感をもつかを回顧的に内観する形で答えます。したがって、保護者から見て、苦痛の表出が明確でないお子さんを評価する場合、本人が自己の内部感覚についてのモニターが弱い場合などでは、正確な評定にならない可能性があります。加えて、上述した「高架下を歩いている時に聞こえる電車の音に過敏」といった例のように、本人の生活環境によって、過敏を誘発する刺激との接触頻度が異なり、回答にバイアスを与えると考えられます。調査データを読み取る際の注意点で述べた”標本抽出”、”質問項目の妥当性”に関連し、調査法に基づいたアンケートがデザインされていなければ、生活環境の要因などが調査結果に大きな影響を与え、偏った回答を導いてしまうことが分かります。こうした最低限の調査法のデザインに基づかないデータが様々な媒体を通して私たちに伝えられますが、信頼性の低い調査と統計によって得られた知見から、誤まった対策が取られることにもつながるので、常に疑いの視点からデータを読み取る必要があります。

感覚処理障害に基づく分類の必要性

 先ほど紹介したLane et al., (2009)の結果のグラフでは”低活動/弱さ”という耳慣れない用語のカテゴリーがあり、一定以上の割合でASD当事者は「顕著」以上の回答をしていました。これは、刺激を与えられた時にそれを受容する程度の低下(いわゆる感覚鈍麻)、感覚の問題と関連して生じる身体的な弱さなどを反映しています。冒頭でも、感覚過敏と感覚鈍麻が一個人内で併存することを述べましたが、感覚過敏以外の特徴も、過敏と同程度に問題としてあり、それらが包括的に内在する状態として、感覚処理障害をもつ当事者の実態に迫る必要があります。こうした問題意識から、近年は感覚処理障害の複数の要因の濃淡から個人を分類し、その背後にある神経生理過程を明らかにすべきとの声が世界的にも挙がって来ています(この問題について取り挙げたツイートも紹介します)。

 私の現在進行中の科学研究費の研究プロジェクト「自閉スペクトラム症者の感覚処理障害の認知神経基盤に基づく客観的分類」でも、専門の垣根を超えたメンバー構成で、この問題の解明を目指しています。

 既に、臨床研究と調査研究のチームとの連携で、感覚プロファイルのデータを一定数取得し、アメリカの約230名を対象にした調査結果(Lane et al., 2014)と極めて類似したASD当事者の感覚処理特性による分類が形成されることともに、先行研究から一歩前進する新たな知見を得ています(詳細は、今年度の第37回感覚統合学会にて研究生の矢口彩子さんが発表予定です)。本プロジェクトの真の目的は、この質問紙調査で当事者を分類した後、各分類に当てはまる当事者が、どのような刺激に対してどのような反応を示し、またその反応の背後にはどのような脳内神経生理基盤があるのかを実験的に明らかにすることです。プロジェクト全体の流れは、下記のようなイメージとなります(この原稿のために作成したものではないので、若干不明な記載が含まれるのはご容赦ください)。

 道のりは長く、これから行わなければならない研究も山積していますが、一歩一歩乗り越え、多くの方に研究に対する希望を持っていただけるよう努めていきたいと思っております。

参考図書

学術的観点から、感覚処理障害の基礎科学の知見を論じた日本語の文献は極めて少ない現状で、私自身が寄稿した論文を含んで紹介します。

1. 井手正和,矢口彩子,渥美剛史,安 啓一,和田 真(2017)時間的に過剰な処理という視点から見た自閉スペクトラム症の感覚過敏.BRAIN and NERVE 増大特集 こころの時間学の未来, 69(11).

感覚過敏の概説と、その神経科学的研究のレビューとともに、我々が行ったASD者の触覚に関する時間的情報の処理の特徴に関する研究を紹介しています。書籍の購入が必要な上に専門的な内容で、一般の方にはあまり適さないかもしれません。

2. 井手正和(2018)感覚過敏の神経生理過程が明かす自閉スペクトラム症者の感覚経験.日本認知科学大会第35回大会発表論文集.pp161-165.

2018年の認知神経科学大会で開催されたシンポジウム(認知ミラーリングと社会的認知:気づかれにくい障害の理解と支援)の招待講演の発表抄録です。スティグマをテーマとしたシンポの趣旨に合わせて感覚過敏について論じています。やや専門的です。

3. 季刊Be!127号特集 みんなの「感覚」でこぼこ図鑑(2017年7月)

感覚過敏の特集号における巻頭インタビュー記事です。ASDの感覚過敏や身体像をテーマとしたトーク内容に、NPO法人ぷるすあるはの細尾ちあきさんのイラストが添えられています。また、共同研究者でもある長崎大学の岩永竜一郎先生の作業療法における感覚過敏への取り組みや、宇樹義子さんの感覚過敏の体験などもあります。

4. プルスアルハ. 発達凸凹なボクの世界: ―感覚過敏を探検する― 子どもの気持ちを知る絵本 . ゆまに書房

感覚過敏をもつタク君を主人公にした絵本です。どんな方でも感覚過敏について理解でき、私もしばしばこちらのイラストを使って研究紹介をします。

5. 岩永竜一郎. 自閉症スペクトラムの子どもの感覚・運動の問題への対処法. 東京書籍

感覚過敏や発達性協調運動障害への作業療法(特に感覚統合療法に基づく)による対処方が紹介されています。前半の感覚過敏についての研究動向のレビューがしっかりしており、その箇所だけでも手に取る価値があります。

講演等のお知らせ

 発達障害の感覚や運動の問題について、世界的な研究動向を知る機会は、国内では極めて少ないのが現状です。こうした状況で、誤解を招くような状況が生じていることを危惧し、直接話題提供する機会に日ごろの疑問にお答え出来たらと考えております。

1. 「教えて井手先生!感覚過敏のほんとのところ」 発達障害サポータースクール主催. 2019年11月9日

2. 「自閉スペクトラム症の感覚過敏の認知神経基盤」 第37回感覚統合学会研究大会教育講演①. 2019年10月26日・27日

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