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「世界を創る音が聞こえる」 菊川華

(以下は2021年10月1日の金原のブログからの転載です)

 いよいよ、創作表現論II(秋学期)が始まりました。
 第1回目の課題は、桜庭一樹の『少女を埋める』を読み、桜庭・鴻巣論争について調べ、それをもとに、なんでもいいから「作品」を書く、というもの。
 1週間でこれをやれって、ちょっと酷かなと思っていたら、いくつも力作が提出されてきて読むのが大変だったけど、とても楽しかった。
 そのうち、とくに「!」と思ったものをいくつか、本人から掲載OKのメールがきたものから紹介しようと思う。添削は一切、してません。
 まず、ひとつ。

「世界を創る音が聞こえる」 菊川華

「だから違うって言ってんじゃん」
「はぁ? 何が違うのよ」
「だから、俺はそれが言いたいんじゃないってば」
「じゃあ何なのよ」
 リビングには何かの解釈の違いで喧嘩をしている父と母。
 ヘッドホンをして少し遅い朝食を食べる大学生の姉。
「……行ってきます」私は控えめに言った。姉だけが私に気づいて手を軽く振ってくれた。私は家をあとにした。
 駅に着き、電車を待っている間、私はLINEを開いた。友達から返信が来ている。私はそれを既読が付かないように3Dタッチで開く。彼女の返信は私が期待しているものとは異なるものだった。弁解の返信をしようと思ったが、電車が来てしまったのでLINEを閉じ、音楽アプリに切り替える。電車に乗りながら、音楽を聴いている時間が1番好きだ。何も難しく考える必要がないからだ。私は私の解釈に身を委ね、移り行く風景を眺めながら、流れてくる歌詞を丁寧に拾う。私が思った通りに、世界は色づいてゆく。世の中に発信するための添削など必要ないこの世界で、私は足を伸ばすことができる。
 私の好きなものには、人の意見が付きがちである。好きな歌にしろ、好きなYouTubeの動画にしろ、好きな漫画にしろ、好きな本にしろ、1歩でも深く足を踏み入れれば、そこは人々の意見で賑わっている。一度、それらを目にするとそれらが頭に焼き付いて離れない。目を閉じても瞼の裏に張り付いて離れない。“これって○○ってことだよね”の一言で私の世界は一瞬で崩れ落ちる。たとえ、それがたった一人の人間の、明日死ぬかもしれない人間の一言だとしても、私の世界を崩壊させるには十分なくらいの影響力を持っている。死人に口なしというが、生きているか死んでいるかなどこの際意味を成さない。そこに書かれた言葉は、そこに残り続ける。上手く消し去ったとしても、必ずその言葉をどこかに留めている人がいるものだ。今はそういう世の中なのだ。その人がその言葉を削除する前にスクリーンショットをしておけばいい、ただそれだけのことなのだから。
 私も分かってはいる。何かに意見するのはその人の自由だということを。その解釈を誰かに伝えることはその人の自由だということを。そして、どちらかというと、それをスルーするすべが自分に無いだけだということも。しかし、だ。一体どうやってこれらを無視すればいい。神様、教えてくれ。好きなジャンルのものこそなおさらだ。こういう考えもあるのか、では終われない。え、本当はこうだったのか、と困惑してしまう。
 教室の扉を開ける。席に座る。ふぅーと息を吐き、前方をただ見つめる。
 チャイムが鳴る。ホームルームが始まる。私が最近苦手になったもの……。Twitterのリプライ、YouTubeのコメント欄、映画の口コミ、本の口コミ、芸能人やアーティストに関する2chなどの掲示板。いわゆる人々の意見が飛び交う場所だ。しかし、決して苦手だから見ないというわけではない。私は愚者だから、それらを見てしまう。そして世界が崩れる。最悪な負のスパイラルである。どうして見てしまうのか自分でも分からない。自分は相当阿呆なのだろう。しかし、そんな阿呆な私でも流石に対処方法を編み出した。
 一生懸命再構築するのだ。自分の中で、情報を整理し、もう一度世界を組み立てる。純正ではないが、前より基盤はしっかりしているはずだ。構成色は汚くなったが、丈夫になったはずだ。そうして自分の世界が形成されていく。未だに、慣れない作業で時々失敗する。どうしても、引っかかる言葉によって私の世界は幾度となく破壊された。しかし、最近少しだけほんの少しだけ余裕ができたおかげで、ある考えが及ぶようになった。
 第三者である私がこんなにも世界を崩されており、やっと最近再構築に慣れてきたというのならば、当事者たちは今までどのようにメンタルを、自分を保ってきたのかと。エゴサをすれば、一瞬で周りの人々の自分に対する評価が、批評が分かる時代だ。まぁ、中にはエゴサを一切しない強者もいるかもしれないが、大抵の人は世間の目が気になり、エゴサに手を伸ばすだろう。そして目にするはずだ。思い描いていた自分とは異なる自分を。聞こえてくるはずだ。自分の世界が崩れてゆく音が。そうしたとき、彼ら彼女らはどのように自分を保つのだろうか。……私には想像のつかないことだ。
 予鈴が鳴る。授業が始まる。くそぅ、難しいことに頭を使ったせいで、授業に集中できない自信しかない。でもね、先生。本当に教えてほしいことは、それじゃないんです。この小説に出てくる登場人物の心情についての皆の意見を聞きたいんじゃないんです。その先を教えてください。色々な意見がありますね、じゃあないんです。
 そこから、自分の世界を作る簡単な方法を教えてください。コツを教えてください。解釈違いの対処法を教えてください。異質な解釈は、少数でも以外に人の目に留まることをあらかじめ伝えて下さい。だけど、解釈の自由があるんだよね難しい話だ、と言ってください。きっと先生が言ってくれれば、少しは納得できると思うから。

考えることを放棄してはダメだと叱ってください。
少しは立ち向かう勇気が出ると思うから。

 今のままじゃ、いつ私の世界が跡形もなく消えるか分かりません。
 それでも、私たちの文化には解釈が必要です。

 今日も世界を創る音が聞こえる。