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「果実の工程」 村上遥香

(以下は2023年12月14日の金原のブログからの転載です)

 久しぶりに創作表現論の秀作を。
 ギリシア神話の次にヘブライ神話の話をして、そこで簡単に解説した「天地創造」の「創造」をテーマに何か書きなさいという課題。
 こんな作品が出てきました。
 なんとなく、『ゴドーを待ちながら』に似ているところがおかしい。たぶん、本人は読んでない(観てない)と思う。
 あ、読んでたら、ごめん。

「果実の工程」 村上遥香

カラカラ、ごうんごうん、カラカラ。あっ、ごとり。……カラカラ。
 二人の間で灰色のベルトコンベアが一方向に回っている。茫洋とした暗闇に来し方行く末、どこから来たのかも分からないリンゴの行列が現れ、流れ、またどこかへと吸い込まれていく。
「それで、オレらはいつからこんなことしてんだっけ」
 赤ジャージは問う。途中、あっ、と声を上げたのは彼で、コンベアに乗ったリンゴの一つに茶色のシミを見つけたためだった。
 彼の仕事は、痛んだリンゴをコンベアから取り上げ、除けること。白い長靴すぐ脇のコンテナボックスには、傷や腐りかけなど、ワケありリンゴたちが無造作に積み上げられている。
「さぁ。考えたって仕方がない。噂じゃあおれたちは新入りだって話だから」
 先輩が言ってた、と緑ジャージは答えた。緑ジャージの横のコンテナには、まだ青いリンゴの山。こちらは赤ジャージの横に積まれた山より小さい。コンベアの上を流れてくる中で、青いリンゴはまれだった。
「色や形が必要な仕事につかされてるだけ若いってさ」
 カラカラ、ごうんごうん、とローラーが回っている。赤ジャージの除けた一つ分だけ、穴があいたリンゴ列が、どこかへと運ばれていく。
 お互いがお互いのダブルチェックの役割を果たしているのは、効率的なようでいて、監視のようで気が抜けない。休日は七日に一度来る。単純化された文字通りの流れ作業の中で、暇つぶしのためにお互いを相手に話すことは赤ジャージから持ち掛け、緑ジャージが答えたことでいつの日にか自然に始まった。
「オマエ、アレとよく話せるよな。センパイて、あんなん概念じゃん。どこにいるかも分かんねぇし」
 赤ジャージがパチパチはじけるような光や、ざぁざぁと上下を行き来する液体の『先輩たち』の姿を想像して身震いをするのを見て、緑ジャージは肩をすくめた。同じように生まれた筈の相方は、まったく正反対にできている、ということを対話を通して理解してきた。コンベアを挟んで線対称になるのは、形だけで良かっただろうに。と、緑ジャージは思っている。
「まぁ、悪いモノじゃないだろ、いろいろ教えてもらえるし。ほら、また流れてきたよ、お前の分」
 善いも悪いもねぇだろう、と赤ジャージはべぇっと舌を出してから、緑ジャージが指さした傷のあるリンゴをつまんで自身の脇にあるコンテナへ投げる。
「で、そのセンパイ方はこんなことに何の意味があるって?」
 こんなこと、とは、彼らがしている仕事のことだ。どこからか流れてくるリンゴの選別をして、またどこかへと流れていくリンゴを見つめる。それだけ。ここにはそれしかないのだから、赤ジャージが話題に出すのはいつもこの単純作業についてで、緑ジャージもすっかり心得ているからよどみなく答える。
「知らない。おれたちがここに在って、これをしているってことは、『そう』作られたからだろ。この世界とおんなじに」
「創造主さまのご意思どおりに、なされたって?」
 赤ジャージは気に食わない様子で、緑ジャージに問うたがいつものような答えはない。緑ジャージの視線が、コンベアの上でなく、彼の対岸に、つまり赤ジャージの側の暗闇から表れた来訪者に釘付けになっていたからだった。
「……へびだ」
 来訪者は細長いからだで、ひも状の先っぽに頭があるらしい。小さく皮膚の裂けたような隙間から真っ黒の瞳をぎょろぎょろ覗かせながら、コンベアの方へ、うねりくねって進んできた。
「ヘビ?」
 応答の大暴投に、赤ジャージは振り返って珍しい来訪者の存在に気付く。振り向いた赤ジャージと目が合ったヘビは、しゅる、と挨拶がわりに舌を鳴らした。
「へび、だ。おれたちより何日か後に創られた〝生き物〟ってヤツのひとつ、だったと思う」
「じゃあコウハイ?」
「……そうかもな」
 先輩後輩などとささいなことは今は問題ではないだろう、と緑ジャージはため息をつくが、二人の間のコンベアに阻まれて、向こう側にいる赤ジャージとヘビには干渉できない。
「よお、元気? 何してんの」
 気さくに声をかける赤ジャージを前に、しゅるしゅる、と細い舌を出してヘビは言う。
――ここでない場所で、あなたたちのように、二対でいる生き物がいる。私の後輩だ。あなたたちのように、この果実を真ん中に置こうと思ってここへ来た。その場所は楽園と言う。
 リンゴ選別の作業はすっかり緑ジャージに任せて、ヘビの話を聞いてやっていた赤ジャージはふん、と頷いた。
「なんだ、これが欲しいのか? いいよ、もってけもってけ、一個くらい分からん」
 赤ジャージはズボンのあたりを軽くはたきながら立ち上がると、流れていたリンゴを一つ適当に選んでポンとヘビへ投げ渡した。ヘビはとぐろを巻いて器用にキャッチする。
「おい、いいのか」
「まぁいいんじゃね。だいたい誰のためにしてる仕事でもねぇし、赤いリンゴが何になんのかもわかんねぇ。だいたい、オレらがこれまでただの一個も間違ってないなんてこと、お前あると思ってんのか?」
 大したことじゃない。と赤ジャージが緑ジャージをあしらう間に、ヘビの姿は消えていた。
「本当に? 良かったのだろうか。明らかにおれたちに課された仕事じゃないだろう」
 緑ジャージは赤ジャージに問う。普段緑ジャージがするように、あくまでいつもどおりに、赤ジャージは答えた。
「ここにヘビが来て、りんごを持って、どこかへ行った。『そう』なったんだからいいんだろ。創造主様がなされることすべてに、オレらがする余地なんかないんだから」
 このリンゴだって、オレらの前にいる、誰かの塗りミスかもしれないし。『そう』あるんだろ。
言い終わると赤ジャージは何事もなかったかのように、コンベアに向き直り染みつきリンゴを取り上げる。しばらくして、ほら、青いのが来てるぜ、と赤ジャージのかけた声にはっとして緑ジャージも己の仕事に戻った。
 カラカラ、ごうんごうん、とコンベアは進む。