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Frammenti di amore ~恋愛ショートショート

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イタリアを舞台に書こうとして頓挫した恋愛ファンタジー小説の断片です。主従関係にある25歳男子「ミケーレ」と17歳女子「都」のおはなし。一部だけを抜き出してとっておいたため前後がぶ… もっと読む
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都のラブレター

都のラブレター

※都とミケーレのお話のラストシーンは、ミケーレへの手紙で終わる予定でした。その手紙が↓です。

 例えば愛と呼ばれる感情がただの錯覚なのだとしても、私はそれなら錯覚上等だと思う。
 だってそれらが私たちをここへ連れてきたのだし、抱き合わせているのだから。
 この世界に確かなものは何ひとつなくて、どんなものにも何の意味もないというのなら、残るのはその事実です。
 そのときにこそその事実を、私は愛と名

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あなたへの祈り ~ミラノ

あなたへの祈り ~ミラノ

 凍てつく銀世界のなかに荘重な佇まいを見せるミラノのドゥオーモは、イタリアを代表するゴシック建築として知られている。白く鋭角的で、直線的な美しい教会だ。
 大聖堂の屋根からは135本もの尖塔がそびえ、剣でできた教会のように見える。天空を突き刺す刃の大聖堂。
 輪郭を冴え渡らせる冬の寒気のなかで、その偉容は氷のように研ぎ澄まされている。
 その先端にはそれぞれに聖人の像が立っていた。ドゥオーモ中央、

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あなたへの祈り ~ローマ

あなたへの祈り ~ローマ

 世界最小の独立国家ヴァチカン。国土全体が世界遺産に指定され、カトリックの総本山であるサン・ピエトロ大聖堂や、歴史的な美術の巨匠の作品が数多く展示されるヴァチカン美術館などがある。小さいながらも世界的に重要な意味を持つ国だ。
 サン・ピエトロ大聖堂の正面にはサン・ピエトロ広場が広がっていた。大聖堂へと続く玄関口でもあり、直径は240メートルにも及ぶ。
 広場中央のオベリスクを円形に囲むように回廊が

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Fortunate fall

Fortunate fall

 忍び寄る虎は、獲物が気づかぬうちに驚くほど距離を詰めていて、いきなり目の前に現れる。
 だから虎に遭遇した場合は、空腹ではないことを祈るしかないという話を聞いたことがある。
 ――私の場合は、もう手遅れだ。
 襲うと言ってもごく甘く、喰らうと言ってもひどく優しく、それでも残酷なほど私を魅了するあなたに。
 出逢ってしまえば、私たちはもう恋に落ちるだけ。
 あなたを想うことはこんなに苦しくて、こん

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スカーフェイス

スカーフェイス

※負傷したミケーレを心配する都、みたいなシーンでした。

 剣を持ち続ける限り、傷のキャンバスになってしまうミケーレの体。
 自分たちをのせたさだめの前に、人間は否応無く無力だ。どんな肩書きを持ち能力を持っても、そのほんの気まぐれでいとも脆く消え去る灯をともす、非力な存在。
 ――だからこそ私たちはこうして身を寄せあい、相手の弱さを慈しんで護ろうとするのかもしれない。
 私が傷つくことを、私を失う

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The Tower of Babel

The Tower of Babel

 可愛い、とか綺麗だ、とか美しい、とかの褒め言葉を、ミケーレは私にだけものすごい頻発する。あいさつかというくらい。
 ミケーレはごく自然にそれを言うのに、その言葉にはどれにもてのひらに乗せてしまえるほどはっきりした実感がこもっている。
 そしてその言葉はまるきり「愛している」に聞こえる。色使いやタッチをかえた、単純な告白のように。
 ミケーレがそういう魔法を使えることを、私はちゃんと知っているのだ

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promise

promise

 フィレンツェの通りの番地を示す標識の赤と黒は、ミケーレにはぴったりの組み合わせのように思える。
 強靭の黒と、情熱の赤。
 イタリアの街の、そこここで見かける方尖塔(オベリスク)。
 まっすぐに刃を突き立てるような碑は、ミケーレが提げる剣に似ている。
 もの言わず、ただその身で刻まれる想いを語る…。
 剣士は剣で語るのだ。
 シニョーリア広場には野外美術館さながらに彫刻が立ち並ぶ。ダヴィデやヘラ

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あなたに、毎日花束を

あなたに、毎日花束を

※告白前に毎日、都の花束サンタになるミケーレ。手先は不器用です(笑)。

 最初は薔薇だった。
 虹を模したようにとりどりの色を集めた薔薇のブーケ。イギリスの上流階級の庭を渡り歩いて集められたかのような、ソフトな宝石のような薔薇たち。
 次の日はかわいらしいレウイシアとダイアンサス。その次はくっきりしたすいれんと月下香(チュベローズ)、ふんわりしたメランポディウムとセンニチソウ、きりりとしたハゴロ

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うみうしデート

うみうしデート

※水族館でデート。なぜかうみうしがツボる二人です(笑)。

「イチゴジャムウミウシなんてのがいるんだね」
「イチゴミルクウミウシもいますよ」
 なかにはアカズキンリュウグウウミウシなどという立派な名前のもいた。
 姿を見るとたしかに命名の由来も頷けるのだが(イチゴジャムなどいびつないちごそのものだ)、ネーミングセンスがいまいち可愛げな方向に傾いているのはなぜなのだろう。ツブツブウミウシとか。テンテ

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いとうみほさんのめくるめくような文章――もうなんか字間とか文字面から色めくかほりが立ちのぼって文字酔いしそうな――どの文節で斬っても芳醇な蜜が血となって溢れそうなあれを読んでから『すする宇宙』を眺めると逆に清々しくてやっぱ駄作なんてものはないんじゃないかと思いたくなってしまうな。

花の街の魔法使い

花の街の魔法使い

 窓を開けると、部屋中を春が満たした。
 風をいっぱいに吸いこんだカーテンは帆のように満足げに膨らむ。その向こうに開けるのは花びらが舞い込んできそうな青(アズーロ)。
「いい天気だね」
 身を乗り出す都のとなりにミケーレがやってきた。
「こういうのを瞳瞳と言うのでしょうね。あなたの瞳に確かに似ています」
 フィレンツェの空を見上げ、眩しそうに金色の眸を細める。目の覚めるブルーの空全体が、そのうえか

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春の闇

春の闇

※「フィレンツェに降る雨」( https://note.mu/m_medium/n/n9486988c6b36 )のミケーレver.です。

 レンガ色をした数々の屋根に、教会に、聖堂に、街灯に。綿のようにふわふわした小さなかたまりが、ゆっくりとちらつき始める。
 雪と見まごうそれは――しかして桜色をした花びらだった。
 ひとひらふたひら、淡い紅色の雪を満たした篩をかすかに揺すって零す具合だった空

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フィレンツェに降る花

フィレンツェに降る花

※ミケーレはちょっとしたイリュージョン的なものが使える魔術師みたいな設定です。ミケーレ視点の「春の闇」( https://note.mu/m_medium/n/n5fc720fe21d6 )もあります♪

 春の闇は暗幕を下ろしたように深く、そのなかに鼓動を孕んでいる。
 温かい夜の中でひやりとした風に吹かれると、無性な高揚で心が躍る。どこか遠くへ、信じられないくらい美しい場所へ運んで行ってくれそ

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