小林連載タイトル

ファイル14 農家民宿楽屋(らくや)〈埼玉県ときがわ町〉金子勝彦オーナー


空き家や空き店舗などが地域の課題となる一方で、そうした古民家・古建築等を活用して、まちづくりの活動を展開したり、商売につなげたりする若者も増えています。そうした若い世代の姿を2年間にわたりリポートした、日本住宅新聞での小林真さんの連載を、さらに加筆して順次配信していきます。1回目はファイル14農家民宿楽屋の金子勝彦さんです(2016年12月取材)。

2016年5月の「羊の毛刈り」。京都から羊がやって来る模様は、『羊を巡る冒険』としてFacebook上に記録された

  「論文的文章なら書けるんです。でも、小説の文体というのはまったく別物なんですよね」
 京都の大学を卒業して、2社を半年ずつで勤めサラリーマンに見切りをつける。最初は沖縄西表島の沖縄料理店で半年。次の東京葛飾のすし屋で小僧から3年間の住み込みで調理師免許を取り、ワーキングホリデーでオーストラリアに行ったのが30歳の時だ。
 「もともと文章、小説が書きたかったから、海外での経験は何でも肥やしになると思いました。日本に戻るつもりはありませんでしたね」
 オーストラリアのホテルでは、1回400食のバッフェをつくっていた。ビザの関係でいったん日本に戻り、インターネットでみつけたカナダに支店を持つ福岡のすし屋に入ったが、ハードな勤務で体調を崩しはたらき方を再考する。それで、そろそろ自分でお店をやるのを視野に勉強をしようとカフェ経営の会社に入ると、英語力を買われ香港出店の調理責任者になった。
 その後、故郷の埼玉に帰ったのが2013年、35歳の時。放浪生活で身についた多くの知識、技術から、ハーブカフェ起業の構想が生まれ、老人ホームのキッチンに勤めながら畑仕事を始めた。
 翌14年、自然の中の暮らしをめざし農業やDIYを学ぼうと、栃木県那須で発明家の藤村靖之氏が運営する非電化工房「自給自足大学」に入学。8か月のコースでは、技術をはじめ氏の哲学、刺激的な仲間と得たものは多かった。卒業制作の家の建築を完成させるために、期間を延長し結局は1年間学ぶことになった。自給自足大学は先生の負担も大きく、一期生のみの幻のプログラムとなる。
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 「わらしべ長者みたいですよね」
 たどり着いたのは埼玉県ときがわ町。約70%が山林の「日本一都会に近い里山」で、木で学校をつくる「ときがわ方式」などユニークな取組でも知られる。有機農業や循環システムで知られるおとなり小川町とともに、移り住む若者も多い。ときがわ唯一の八高線明覚駅近くの、巨大な木造住宅と広大な農地が夢の実現の場になった。
 「最初は高麗川のあたりで物件を探しました。でもあのあたりは、カフェや芸術家さんたちが多い人気エリアで物件がほとんどない。そんな時、喫茶店の店主から陶芸家さん、陶芸家さんから農家のおじいさんと、人づてに紹介を経てたどり着いたのがこの家でした」
 入母屋造りにぐるり廊下を配するこの家は、平成初期建造とそう古くない。「戦国の傾奇者」前田慶次の子孫という最初の所有者による内装は豪華。明かり窓の組子細工や欄間の彫刻、高級建材が訪れる者を驚かせる。
 「おじいさんの息子の新井さんが、地域のためになる活動ならと貸してくださったんです。農業機械も貸りられるし、非常に力になっていただいてます」
 新井さんは地域貢献に力を注ぎ、パネルの下を農地として活用できるソーラーシェアリング(営農型発電装置)を導入するなど環境意識も高い。
 そうして、当初計画していたハーブカフェではなく農家民宿「楽屋(らくや)」が今年2月に営業開始。「農家民宿」とは農水省が認定する農林漁業体験民宿で、埼玉県では楽屋が2軒目という。旅行業法上では「簡易宿所」に分類される。オーナーの言葉を借りれば、農家や農業、田舎暮らしに興味ある人たちの「プラットフォーム」。開業には県のビジネス支援課のサポートも受けた。
 客室は2間で定員10名。要予約で1泊3800円、調理師であるオーナーといっしょにつくるのが基本の食事は食材費夕食700円、朝食500円は、農薬や化学肥料を使わない野菜が中心の料理。「食の安全や健康に興味のある人に喜んでほしい」という。
 「宿泊料は安いかなと思いますけど、田植えの手伝いでときがわに来てくれる人が無理なく泊まれるようにとこの料金になりました。近くの公共施設よりも安いですし、経営を継続させるためにも、もう少し値上げもするかもしれません(笑)」
 京都から羊をもらい受け、「羊の毛刈り」「羊の小屋作り」ワークショップなどの企画も好評。調理師、開店業務、DIYと、放浪人生のキャリアすべてが活かされている。

見事な瓦屋根が載り、分厚いログ材の壁が囲む楽屋。1時間に1本の八高線がちょうど通過した

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 「休みっていつですか? ってくらいいつも働いています(笑)」
 自分の田畑、管理農地合わせて約1万平米を耕し、鶏や羊を飼い、有機農家の直売所「ときのこや」に参加、となりの越生町に建具屋さんだったDIY作業所を協働で借りている。
 「同じ忙しくても、資本主義型の忙しさとは違う感じです。自分のできる範囲で、みんなが幸せになる生き方をする。そういう人生もいいかなと思った人が、何かを考えるきっかけになる体験をしに来てほしいです」
 利用者の満足度を保つために、宣伝なども適度な範囲でやることにしている。今はホームページもなく、口コミだけで週末はだいたい満室。グローバルな交流も重要と考え、ベトナムなどからの研修受入も計画している。2階を使えるようにして、ヘルパーも増やしたい。
 オーナーを紹介してくれた小川町就農の有機農家沓澤さんも、初めて知ったと驚きながらきいていた、わらしべ長者的放浪とときがわライフは、「論文」なのか「小説」なのか。
 「とくにやらなきゃならないことを次々にこなしていく農作業で、自分のフレームワークができてきたような気がします。これがいつか村上春樹のいうヴィークル(乗り物)になれば、小説も書けるかも知れませんね」
 農家民宿の話をきいた後、オーナーが好きという村上春樹や小川洋子のことを少し話した。
 冬の里山の暮れは早い。からっ風に冷やされる山道を平地の自宅に向かいながら、次に会う時は村上春樹も好きなジョン・アーヴィングのホテルの小説のことを話そうと思った。

【2017年10月の楽屋】
 開業1年半が経ちホームページ、SNSも開設している。農業も民宿業も「人生アドベンチャー」は順調だ。
 参加型、近所の農家や温泉施設などと連携してのイベントも活発。最近では、実は甘柿が混ざってたという「プチ渋柿ワークショップ」、「芋掘りからのこんにゃく作り」、「田んぼのヒエ抜き」、そして10月14〜15日は農業体験や食事会、温泉などで婚活する1泊2日の「農家民宿で、田舎暮らしと、婚活と。」が開催される。

9月のヒエ抜きの時の金子店主。農家姿も板についてきた


金子勝彦(かねこかつひこ)
 1977年埼玉県川越市出まれ。大学卒業後、短いサラリーマン生活を経て、オーストラリア、香港を含む各地で調理師としてはたらく。栃木県那須の非電化工房「自給自足大学」で学んだ後、2016年2月にときがわ町で農家民宿・楽屋を開業。頭上客室の欄間の「井波彫」の木彫は、初代所有者がこれをつけたくて家を建てたとも。「この竹のところなんか、物理的にどう彫ればこうなるのかまったく不思議ですよね」

【農家民宿 楽屋(らくや)】
埼玉県比企郡ときがわ町番匠445−1
☎080−4709−2798
ホームページ
http://www.rakuya-inn.com/
Facebookページ
https://www.facebook.com/rakuyainn/

【取材・執筆】小林真(こばやしまこと) 1963年埼玉県深谷市出身・在住。学習塾欄塾塾長、編集者・ライター、本庄NINOKURA広報。深谷、本庄でまちづくりや食などの活動にたずさわり、2014年から17年まで熊谷市非常勤「共助仕掛人」。17年4月からNPOくまがや理事として市民活動支援センター所長

       

 

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